2007/9/30 23:47
ドイツ女が世界一に サッカー
女子サッカーのワールドカップ、ドイツが2連覇を飾り、ドイツ女の強さを世界に知らしめる結果となった。
予選リーグでは日本とも戦い、日本は体格差が大きなハンデとなって負けてしまった。何しろドイツのフォワード、ビルギット・プリンツは身長179cmなのに対し、日本のキーパーの身長は165cm(…)体格が全てではないにせよ、これは辛い。プリンツは代表暦170試合で114ゴールだそうな。
予選リーグでは日本とも戦い、日本は体格差が大きなハンデとなって負けてしまった。何しろドイツのフォワード、ビルギット・プリンツは身長179cmなのに対し、日本のキーパーの身長は165cm(…)体格が全てではないにせよ、これは辛い。プリンツは代表暦170試合で114ゴールだそうな。
2007/9/29 23:58
秋祭り 日常
今日、ハイデルベルクでは秋祭りが開催された。ハウプトシュトラーセ(メインストリート)には数多くの出店が立ち並び、大学広場には中世風の衣装や飲食を売る店などが軒を連ねた。そして古い橋には蚤の市。規模としてはクリスマスマルクトよりも大きい。ハウプトシュトラーセはいつにもまして大混雑で、なかなか前に進めず、家に着いたときはかなり消耗してしまった。。。
2007/9/27 17:56
修士論文の提出(と愚痴) 学生生活
本業である修士論文について。結論から言うと、今日無事提出にこぎつけたのだけど、そこに至るまで、他の人にとってはどうでもいいが本人にとっては結構困った事態を経なければならなかった。
以前書いたように、今月上旬に原稿を指導教授に送った。しかし教授は多忙なのか2週間音沙汰なし。一度催促のメールをしたが効果なし。仕方ないので、今週月曜まで待って、それでも連絡がなければ火曜に提出しようと決める。
そして月曜になっても連絡が無かったので、最終版をプリントアウトして提出の準備。そして火曜朝、最後の確認と思ってメールボックスを開くと、幸か不幸か、教授からメールが来ている!案の定、多忙で殆ど時間がなかったらしい。いくつかコメントが書いてあったので、火曜に提出することはあきらめ、考えを補強して執筆する作業を急いで行う。仕方ないとはいえ一度プリントアウトしたものが無駄になってしまった…
水曜、修正版を事務局に提出しようとする。しかしクリップで留めた原稿を一瞥して担当のおばさんが言った一言が、"Das ist keine Arbeit."(これは論文じゃないわね)。はあ?何言ってんの?と思ったが、おばさんによると、原稿はちゃんと製本したものでないと受け付けないという。しかも2部必要だとのこと。そんな話聞いていない。それに製本ってどうするんだ?と思い、色々質問したら、先方は私がどうしてもこの形で出すことにこだわっているように見えたらしく、色をなして「とにかく製本しなきゃダメ!」と言ってきた。こんな形で拒否されるとは思いもよらなかったが、とにかくコピーショップに行けばどこでも製本はできると聞き、「明日また来ます」と引き下がった。
製本したものを2部提出しろなんて話、初めて聞いたが、まあどこかに書いてあるのかもしれず、それを見落としていたのかもしれないと思い、関連する書類を読み返した。しかしそんなことはどこにも書いていなかった。ドイツ人にとっては暗黙の前提なのかもしれないが、明記されていないことなんか分かる訳ない。このおばさん、自分の担当を1ミリでもはみでた部分については「それは私の担当じゃない」と突っぱねる、相手の事情・感情を全く斟酌しようとしない、話し方が(上記の発言を見ても分かるように)きつい、という、ドイツ人労働者(特に役人)の一方の典型で、今までも余りいい印象はなかったのだが、今回はただ提出するだけだから何の問題もなかろうと思い、心理的に無防備だっただけにショックだった。
気を取り直し、コピーショップで製本を頼み、木曜(すなわち今日)、再びおばさんのところへ。今度は問題なく受理された。余裕を持って書いたつもりが結局締め切り間際の提出となったが、まあよしとしよう。
以前書いたように、今月上旬に原稿を指導教授に送った。しかし教授は多忙なのか2週間音沙汰なし。一度催促のメールをしたが効果なし。仕方ないので、今週月曜まで待って、それでも連絡がなければ火曜に提出しようと決める。
そして月曜になっても連絡が無かったので、最終版をプリントアウトして提出の準備。そして火曜朝、最後の確認と思ってメールボックスを開くと、幸か不幸か、教授からメールが来ている!案の定、多忙で殆ど時間がなかったらしい。いくつかコメントが書いてあったので、火曜に提出することはあきらめ、考えを補強して執筆する作業を急いで行う。仕方ないとはいえ一度プリントアウトしたものが無駄になってしまった…
水曜、修正版を事務局に提出しようとする。しかしクリップで留めた原稿を一瞥して担当のおばさんが言った一言が、"Das ist keine Arbeit."(これは論文じゃないわね)。はあ?何言ってんの?と思ったが、おばさんによると、原稿はちゃんと製本したものでないと受け付けないという。しかも2部必要だとのこと。そんな話聞いていない。それに製本ってどうするんだ?と思い、色々質問したら、先方は私がどうしてもこの形で出すことにこだわっているように見えたらしく、色をなして「とにかく製本しなきゃダメ!」と言ってきた。こんな形で拒否されるとは思いもよらなかったが、とにかくコピーショップに行けばどこでも製本はできると聞き、「明日また来ます」と引き下がった。
製本したものを2部提出しろなんて話、初めて聞いたが、まあどこかに書いてあるのかもしれず、それを見落としていたのかもしれないと思い、関連する書類を読み返した。しかしそんなことはどこにも書いていなかった。ドイツ人にとっては暗黙の前提なのかもしれないが、明記されていないことなんか分かる訳ない。このおばさん、自分の担当を1ミリでもはみでた部分については「それは私の担当じゃない」と突っぱねる、相手の事情・感情を全く斟酌しようとしない、話し方が(上記の発言を見ても分かるように)きつい、という、ドイツ人労働者(特に役人)の一方の典型で、今までも余りいい印象はなかったのだが、今回はただ提出するだけだから何の問題もなかろうと思い、心理的に無防備だっただけにショックだった。
気を取り直し、コピーショップで製本を頼み、木曜(すなわち今日)、再びおばさんのところへ。今度は問題なく受理された。余裕を持って書いたつもりが結局締め切り間際の提出となったが、まあよしとしよう。
2007/9/24 21:28
ドイツ世界遺産探訪シリーズ 第6回 マウルブロン修道院 ドイツ世界遺産探訪
第6回はマウルブロン修道院(Kloster Maulbronn)。一昨日、日帰りで行ってきた。
ハイデルベルクからだと、RegionalbahnでBrettenという所で乗り換え、700番のバスでKlosterという停留所で降りる。
バスの車窓からはワイン畑やりんごの木が見えたりして、牧歌的な田園風景が楽しめた。停留所に降り立つと、早速お目当ての修道院を発見。中世に建てられただけあって、歴史を感じさせるのは言うまでもないのだが、周辺の建物も相当古く、これがとても気に入った。

(修道院を正面から)

(周囲の建物)

(魔女の看板がかかっているのだが、本当に魔女が出てきそう…)
修道院の中は普通に見学もできるし、オーディオガイドつきでも回れるし(独・英・仏語対応だが+2ユーロ)、ガイドツアーも午前11時15分と午後3時の2回(独語のみだが追加料金なし)あった。我々はガイドツアーに参加。
修道院内部で興味を引いたのが、大きなキリスト像。一つの石でできていて、約30年かけて作ったのだそう。祭壇はプロテスタントということもあり、極めて質素なのだが、シャビーな感じは全くなく、逆にシンプルさが荘厳さを醸し出している。(相変わらず)不謹慎ながら、「ここでもし結婚の誓いをして、良からぬことをして別れたりしたら、間違いなく天罰が下るだろう」と思わせるような、極めて厳粛な雰囲気の所だった。

(祭壇)
廊下で修道僧達は話すことを禁止され、「沈黙の行」に従事していたとのこと。また、この修道院では若き日のヘルマン・ヘッセが修行し、途中で脱走したらしい。私は多分3日ともたないだろうなあ。

(廊下)
おすすめ度… ★★★★★
コメント… 中世そのままに残された修道院もさることながら、修道院前の広場の雰囲気が素晴らしい。交通の便が悪いのが唯一の欠点か。
(おまけ) 同じ日、近くにあるルートヴィヒスブルク城という所も訪れた。ここはヴュルテンブルクの大公が絶対王政期に建てたもの。まあ、ベルリンのサンスーシ宮殿(参照)やザクセンのツヴィリンガー宮殿(参照)と比べてしまうと見劣りしてしまうのは仕方ないところだが、ガイドツアーに90分かかるほど広く、きれいな部屋や装飾も多い。カメラ・ビデオ撮影可なのもいい。広大で美しい庭園も見事だった。



ハイデルベルクからだと、RegionalbahnでBrettenという所で乗り換え、700番のバスでKlosterという停留所で降りる。
バスの車窓からはワイン畑やりんごの木が見えたりして、牧歌的な田園風景が楽しめた。停留所に降り立つと、早速お目当ての修道院を発見。中世に建てられただけあって、歴史を感じさせるのは言うまでもないのだが、周辺の建物も相当古く、これがとても気に入った。
(修道院を正面から)
(周囲の建物)
(魔女の看板がかかっているのだが、本当に魔女が出てきそう…)
修道院の中は普通に見学もできるし、オーディオガイドつきでも回れるし(独・英・仏語対応だが+2ユーロ)、ガイドツアーも午前11時15分と午後3時の2回(独語のみだが追加料金なし)あった。我々はガイドツアーに参加。
修道院内部で興味を引いたのが、大きなキリスト像。一つの石でできていて、約30年かけて作ったのだそう。祭壇はプロテスタントということもあり、極めて質素なのだが、シャビーな感じは全くなく、逆にシンプルさが荘厳さを醸し出している。(相変わらず)不謹慎ながら、「ここでもし結婚の誓いをして、良からぬことをして別れたりしたら、間違いなく天罰が下るだろう」と思わせるような、極めて厳粛な雰囲気の所だった。
(祭壇)
廊下で修道僧達は話すことを禁止され、「沈黙の行」に従事していたとのこと。また、この修道院では若き日のヘルマン・ヘッセが修行し、途中で脱走したらしい。私は多分3日ともたないだろうなあ。
(廊下)
おすすめ度… ★★★★★
コメント… 中世そのままに残された修道院もさることながら、修道院前の広場の雰囲気が素晴らしい。交通の便が悪いのが唯一の欠点か。
(おまけ) 同じ日、近くにあるルートヴィヒスブルク城という所も訪れた。ここはヴュルテンブルクの大公が絶対王政期に建てたもの。まあ、ベルリンのサンスーシ宮殿(参照)やザクセンのツヴィリンガー宮殿(参照)と比べてしまうと見劣りしてしまうのは仕方ないところだが、ガイドツアーに90分かかるほど広く、きれいな部屋や装飾も多い。カメラ・ビデオ撮影可なのもいい。広大で美しい庭園も見事だった。
2007/9/23 23:52
ドイツ世界遺産探訪シリーズ 第5回 メッセル化石地域 ドイツ世界遺産探訪
前回のロルシュと同じ日に訪れたのがMessel。ここはドイツの世界遺産の中で唯一の「自然遺産」である(他は全て文化遺産)。ダルムシュタットからRBで約10分(ちなみに、フランクフルトにもメッセルという所があるらしく、切符を買う際、「ダルムシュタットの近くのほうだね?」と確認された)。
メッセルの駅に降り立つ。駅は簡素、というか殆ど何もなくて、ホームの一つは単なる砂利でできているほど。HPで入手した地図によると、駅から北に行くと博物館、南にいくと化石採掘場がある。どちらも2キロほど歩かないといけないのだが、方角が分からずキョロキョロしていると、"May I help you?"と、あるおばさんに声をかけられた。「博物館に行きたいんです」と言うと、行き方を丁寧に教えてくれた。おばさんは「車があれば一緒に行けるだけど、自転車で来ているからね。残念ね。」いえいえ、お気持ちだけで十分です。
教えられた道を歩くこと約10分、我々の前に一台の車が止まった。ライトをパッシングさせている。「何だろう?」と思って見てみると、運転席にはさっきのおばさんが!何と車で迎えに来てくれたのだ。博物館に連れて行ってもらう。帰りも駅まで送ると言ってくれたので、ここで少し欲を出して、「あの、できれば採掘場も見たいのですが。。。」とお願いすると、快くOKしてくれた。何て親切な人なんだ…
博物館は化石の他、村の歴史についての展示もあった。個人的に一番興味を持ったのが、化石採掘場の歴史。ここはもともと、表面が石油状の地層に覆われており、化石を含む地層がそれに護られる形で下に残ったそうである。石油が最初産業用に採掘され、後には大きな穴が残された。ここで持ち上がったのが、穴を産業廃棄物処理場として使おうという計画。土地を業者が買い受け、行政の許可も出された。しかしこれには地元住民が、地下水への影響等や化石の保護を理由に反対運動を起こした。多年にわたる裁判の結果、住民側が勝訴。業者は仕方ないので土地をヘッセン州に売却。するとヘッセン州はここをユネスコ世界遺産に申請。(…変わり身が早すぎない?)その後採掘場周辺の土地を処分場とする計画も持ち上がったようだがこれも潰え、現在に至っているとのこと。

(博物館)

(化石)

(廃棄物処理場計画を巡る歴史)
博物館を出て、車で採掘場へと向かう。おばさんはダルムシュタットの化学会社で働いていて、娘が2人いるとのこと。そして旦那は何と専業主夫だという。奥さんだけが働いているという実例に初めてお目にかかった。「私の方が稼ぎがいいから、そうしたのよ」とのこと。
採掘場は、事前予約をするとガイドつきで中に入れるが、そうでない場合は見晴台から眺めることができるだけである。見晴台に来て思ったのが、はなはだ不謹慎ながら、「なるほど、これは廃棄物処理場にしたくなる気持ちが分かるなあ」というものだった。実は私は一度産廃処理場を見たことがあって、ここの採掘場はそれに酷似していたのだ。普通、処理場を作るためには土地を造成して産廃を放り込むための穴を作らないといけないはずだが、ここの場合そのような手間はかからないから、業者からすればうってつけの土地のはずであっただろう(もちろん、この感想をおばさんに伝えることはしなかった)。ここで採れた化石の多くは、フランクフルトのゼンケンベルク博物館に多く展示されている。中でも馬の祖先である始祖馬の化石は、ここでしか見つかっていないそうである。

(採掘場)
再び車で駅まで送ってもらい、おばさんと別れる。実は博物館にいる間、「何かお礼ができないか?」と思って、家内と相談した結果、手元にあった紙で家内に折り鶴を折ってもらった。別れ際にそれを渡すと、おばさんは、「まあ、きれい!娘が見たら何て言うかしら!」と、とてもとても喜んでくれた。紙切れ1枚、所要時間数分で、こうも人を喜ばせる物を作れてしまう、Origamiの偉大さを見せつけられた。

(Vielen Dank!!!)
それにしてもこの人がいなかったら、合計6キロ近く歩かなければいけなかった計算で、本当に助かった。ドイツに来て色々不便や不快な思いもしたが、こういう人に会えると、そういったマイナスが全て帳消しにされ、余りが出る。
…おばさんについての話が長くなったが、メッセルの博物館&採掘場は、化石に興味のある人はもちろん、そうでない人も(ドイツ語ができれば)ある程度は楽しめるところではないかと思う。欠点は公共交通機関がなく、標識も立っていないところ。折角世界遺産になったんだから、少しは案内板でも立てればどうかと思うのだが…
おすすめ度 … ★★★☆☆
コメント … 正直言って、もう一度行きたいとは思わない。でも個人的には、おばさんのおかげでここが今までの旅行先の中で一番印象に残っている。
メッセルの駅に降り立つ。駅は簡素、というか殆ど何もなくて、ホームの一つは単なる砂利でできているほど。HPで入手した地図によると、駅から北に行くと博物館、南にいくと化石採掘場がある。どちらも2キロほど歩かないといけないのだが、方角が分からずキョロキョロしていると、"May I help you?"と、あるおばさんに声をかけられた。「博物館に行きたいんです」と言うと、行き方を丁寧に教えてくれた。おばさんは「車があれば一緒に行けるだけど、自転車で来ているからね。残念ね。」いえいえ、お気持ちだけで十分です。
教えられた道を歩くこと約10分、我々の前に一台の車が止まった。ライトをパッシングさせている。「何だろう?」と思って見てみると、運転席にはさっきのおばさんが!何と車で迎えに来てくれたのだ。博物館に連れて行ってもらう。帰りも駅まで送ると言ってくれたので、ここで少し欲を出して、「あの、できれば採掘場も見たいのですが。。。」とお願いすると、快くOKしてくれた。何て親切な人なんだ…
博物館は化石の他、村の歴史についての展示もあった。個人的に一番興味を持ったのが、化石採掘場の歴史。ここはもともと、表面が石油状の地層に覆われており、化石を含む地層がそれに護られる形で下に残ったそうである。石油が最初産業用に採掘され、後には大きな穴が残された。ここで持ち上がったのが、穴を産業廃棄物処理場として使おうという計画。土地を業者が買い受け、行政の許可も出された。しかしこれには地元住民が、地下水への影響等や化石の保護を理由に反対運動を起こした。多年にわたる裁判の結果、住民側が勝訴。業者は仕方ないので土地をヘッセン州に売却。するとヘッセン州はここをユネスコ世界遺産に申請。(…変わり身が早すぎない?)その後採掘場周辺の土地を処分場とする計画も持ち上がったようだがこれも潰え、現在に至っているとのこと。
(博物館)
(化石)
(廃棄物処理場計画を巡る歴史)
博物館を出て、車で採掘場へと向かう。おばさんはダルムシュタットの化学会社で働いていて、娘が2人いるとのこと。そして旦那は何と専業主夫だという。奥さんだけが働いているという実例に初めてお目にかかった。「私の方が稼ぎがいいから、そうしたのよ」とのこと。
採掘場は、事前予約をするとガイドつきで中に入れるが、そうでない場合は見晴台から眺めることができるだけである。見晴台に来て思ったのが、はなはだ不謹慎ながら、「なるほど、これは廃棄物処理場にしたくなる気持ちが分かるなあ」というものだった。実は私は一度産廃処理場を見たことがあって、ここの採掘場はそれに酷似していたのだ。普通、処理場を作るためには土地を造成して産廃を放り込むための穴を作らないといけないはずだが、ここの場合そのような手間はかからないから、業者からすればうってつけの土地のはずであっただろう(もちろん、この感想をおばさんに伝えることはしなかった)。ここで採れた化石の多くは、フランクフルトのゼンケンベルク博物館に多く展示されている。中でも馬の祖先である始祖馬の化石は、ここでしか見つかっていないそうである。
(採掘場)
再び車で駅まで送ってもらい、おばさんと別れる。実は博物館にいる間、「何かお礼ができないか?」と思って、家内と相談した結果、手元にあった紙で家内に折り鶴を折ってもらった。別れ際にそれを渡すと、おばさんは、「まあ、きれい!娘が見たら何て言うかしら!」と、とてもとても喜んでくれた。紙切れ1枚、所要時間数分で、こうも人を喜ばせる物を作れてしまう、Origamiの偉大さを見せつけられた。
(Vielen Dank!!!)
それにしてもこの人がいなかったら、合計6キロ近く歩かなければいけなかった計算で、本当に助かった。ドイツに来て色々不便や不快な思いもしたが、こういう人に会えると、そういったマイナスが全て帳消しにされ、余りが出る。
…おばさんについての話が長くなったが、メッセルの博物館&採掘場は、化石に興味のある人はもちろん、そうでない人も(ドイツ語ができれば)ある程度は楽しめるところではないかと思う。欠点は公共交通機関がなく、標識も立っていないところ。折角世界遺産になったんだから、少しは案内板でも立てればどうかと思うのだが…
おすすめ度 … ★★★☆☆
コメント … 正直言って、もう一度行きたいとは思わない。でも個人的には、おばさんのおかげでここが今までの旅行先の中で一番印象に残っている。
2007/9/22 23:44
ドイツ世界遺産探訪シリーズ 第4回 ロルシュの修道院跡 ドイツ世界遺産探訪
Lorschという街は、ハイデルベルクからだとフランクフルト方面に行く電車に乗りBensheimという駅で乗り換え、Worms方面のローカル線に乗り、一駅の所にある。規模はかなり小さく、町というか村である。先週金曜にここを訪れた。
駅から案内板を頼りに歩いて10分弱で、目当ての場所に着く。修道院跡のうち、現存するのはKönigshalle (「王の間」)と言われる門のような建物と、一部の教会だけである。774年創建ということで、歴史はかなり古い。カール大帝を輩出したカロリング朝時代の建物は、殆ど残っていないそうで、その稀少さから、世界遺産に選ばれたと思われる。

(「王の間」)

(教会)

(全体図)
小さいミュージアムが脇に併設されていて、入場券を買おうとすると、「ガイドツアーもやってるけど参加する?」と聞かれた。折角なので参加。ガイドの人はハイデルベルク大学で勉強したそう。参加者は我々だけだったので、最初、「英語はうまくないのでドイツ語でもいいですか」と聞かれた。「ゆっくり話してもらえれば分かりますから」と答える。
ガイドによると、ここロルシュはカロリング朝の時代、現在のドイツ・フランス・スイス・イタリアを領土とする一大王国の中心的宗教都市として栄えていたそうである。(今では想像もつかないが…)当時、家は粗末なものが殆どだったので、人々は「王の間」を見ると、「何てすごいんだ!」と感嘆したそうである(とてもそのように見えない小さな建物なので、あいまいに頷くしかなった)。
ガイドツアーでは、普段は鍵がかかって入れない「王の間」の内部に入ることができた。内部はこれまた失礼ながらシャビーなペイント。この「王の間」、いつ出来たかも分からなければ、もともと何に使われていたのかも分からないという謎の建物なのだそうである。仮説としては、聖人の遺骸を置いていた、裁判所だった、図書館だった、というのがあるが、どれも決め手に欠けるらしい。例えば裁判所説に対しては、当時の裁判は民衆の前で公開されてたから建物の中は不自然、とか、図書館説には、教会と図書館との距離があるので持ち運びに不便ではないか、とか。いずれにせよ、12世紀ごろ以降は外壁が塗りなおされ、チャペルとして使われたのは確実だとのこと。

(「王の間」内部)
ロルシュ修道院跡は、想像をたくましくしないとなかなかそのすごさが分からないが、ガイドを聞くことで、興味を持つことができたし、歴史を推理する楽しみも味わった(ガイドはドイツ語のみだが、ミュージアムには日本語の小パンフレットあり)。現在、学者が引き続き「王の間」の調査作業をしているらしいが、決定的証拠を見つけて欲しい反面、色々想像できた方が、ロマンがあっていい気もする。それにしても、こんな小さな所が1000年以上前繁栄していたとは、今では全く想像できない。
おすすめ度 … ★★★☆☆
コメント … 建物だけで評価すれば、星2つでも多いと思うが、ガイドさんの説明に興味を引かれたので。

(独特な形の市庁舎)
駅から案内板を頼りに歩いて10分弱で、目当ての場所に着く。修道院跡のうち、現存するのはKönigshalle (「王の間」)と言われる門のような建物と、一部の教会だけである。774年創建ということで、歴史はかなり古い。カール大帝を輩出したカロリング朝時代の建物は、殆ど残っていないそうで、その稀少さから、世界遺産に選ばれたと思われる。
(「王の間」)
(教会)
(全体図)
小さいミュージアムが脇に併設されていて、入場券を買おうとすると、「ガイドツアーもやってるけど参加する?」と聞かれた。折角なので参加。ガイドの人はハイデルベルク大学で勉強したそう。参加者は我々だけだったので、最初、「英語はうまくないのでドイツ語でもいいですか」と聞かれた。「ゆっくり話してもらえれば分かりますから」と答える。
ガイドによると、ここロルシュはカロリング朝の時代、現在のドイツ・フランス・スイス・イタリアを領土とする一大王国の中心的宗教都市として栄えていたそうである。(今では想像もつかないが…)当時、家は粗末なものが殆どだったので、人々は「王の間」を見ると、「何てすごいんだ!」と感嘆したそうである(とてもそのように見えない小さな建物なので、あいまいに頷くしかなった)。
ガイドツアーでは、普段は鍵がかかって入れない「王の間」の内部に入ることができた。内部はこれまた失礼ながらシャビーなペイント。この「王の間」、いつ出来たかも分からなければ、もともと何に使われていたのかも分からないという謎の建物なのだそうである。仮説としては、聖人の遺骸を置いていた、裁判所だった、図書館だった、というのがあるが、どれも決め手に欠けるらしい。例えば裁判所説に対しては、当時の裁判は民衆の前で公開されてたから建物の中は不自然、とか、図書館説には、教会と図書館との距離があるので持ち運びに不便ではないか、とか。いずれにせよ、12世紀ごろ以降は外壁が塗りなおされ、チャペルとして使われたのは確実だとのこと。
(「王の間」内部)
ロルシュ修道院跡は、想像をたくましくしないとなかなかそのすごさが分からないが、ガイドを聞くことで、興味を持つことができたし、歴史を推理する楽しみも味わった(ガイドはドイツ語のみだが、ミュージアムには日本語の小パンフレットあり)。現在、学者が引き続き「王の間」の調査作業をしているらしいが、決定的証拠を見つけて欲しい反面、色々想像できた方が、ロマンがあっていい気もする。それにしても、こんな小さな所が1000年以上前繁栄していたとは、今では全く想像できない。
おすすめ度 … ★★★☆☆
コメント … 建物だけで評価すれば、星2つでも多いと思うが、ガイドさんの説明に興味を引かれたので。
(独特な形の市庁舎)
2007/9/21 23:15
ドイツ世界遺産探訪シリーズ 第3回 シュパイヤー大聖堂 ドイツ世界遺産探訪
Speyerという街はハイデルベルクから電車で45分ほどの所にあり、エクスカーションには最適である。先月ここを訪れた。
駅から1キロほど歩くと、世界遺産の大聖堂が正面に見えてくる。大きさはそれほどでもないが、1030年創建の聖堂は独特のデザイン。

最近修復をしたため、内部は結構新しい。


地下に入るのは有料だったので、我々は行かずじまいだったのだが、地球の歩き方によると、「最大の見どころは、ドイツで最も美しいといわれる地下聖堂部分」だそうで、後悔。。。
シュパイヤー大聖堂は、建築された時代が古く貴重ということで世界遺産に選ばれたのだと思うが、正直言ってそこまで興味深いものではなかったように思う(まあ、見所とされる地下を見ていないので断言はできないが…)。少なくとも、「ここが世界遺産になるんだったら、ハイデルベルクもなっていいじゃないか」と思わせるものがあった。
おすすめ度… ★★☆☆☆
コメント… 歴史に造詣が深い人にとっては別かもしれないが、観光的見地からは、興味をそそられる所とは言いがたい気がする。

駅から1キロほど歩くと、世界遺産の大聖堂が正面に見えてくる。大きさはそれほどでもないが、1030年創建の聖堂は独特のデザイン。
最近修復をしたため、内部は結構新しい。
地下に入るのは有料だったので、我々は行かずじまいだったのだが、地球の歩き方によると、「最大の見どころは、ドイツで最も美しいといわれる地下聖堂部分」だそうで、後悔。。。
シュパイヤー大聖堂は、建築された時代が古く貴重ということで世界遺産に選ばれたのだと思うが、正直言ってそこまで興味深いものではなかったように思う(まあ、見所とされる地下を見ていないので断言はできないが…)。少なくとも、「ここが世界遺産になるんだったら、ハイデルベルクもなっていいじゃないか」と思わせるものがあった。
おすすめ度… ★★☆☆☆
コメント… 歴史に造詣が深い人にとっては別かもしれないが、観光的見地からは、興味をそそられる所とは言いがたい気がする。
2007/9/20 20:48
ドイツ世界遺産探訪シリーズ 第2回 バンベルク ドイツ世界遺産探訪
Bambergは去年12月、ニュルンベルクのクリスマスマルクトを訪れた際、ついでに寄った所(ニュルンベルクから鈍行で約1時間)。旧市街に残る教会等が「中世都市の遺構」として世界遺産となっている。
この街でまず感銘を受けたのが、市庁舎近くにある教会(名前不明)。内部に素晴らしい装飾があった。写真の通り、ちょうどミサが始まるところだったので、すぐ退散。


街の見所は、川沿いに広がる昔ながらの家の数々(小ベニス地区というらしい)と、大聖堂・聖ミヒャエル教会。ここは司教が権力を握っていたようで、教会に金がつぎ込まれてきたことが良く分かる。



ドイツの街にはどこも地元のビールがあるのだが、バンベルクのそれは特別である。ここでは麦芽を燻製して作ったラオホビーア(直訳すると「煙ビール」)が有名である。飲んだ瞬間は普通のビールなのだが、すぐに燻製独特の味が伝わってくる。一種の珍味だが、やみつきになる人もいるそうで、私も結構気に入った。

ハイデルベルクの旧市街に慣れ親しんだ私にとってしても、バンベルクはとても印象に残る素晴らしい街だった。ドイツの中でも、歴史が残る指折りの名所と言えると思う。ハイデルベルクほどツーリスティックになっていない分、こちらの方がいいとさえ言えるかも知れない。街を歩いていて、アメリカ人が英語を話すのが聞こえたのだが、私見によれば、アメリカ英語ほどこの街に似つかわしくないものはなかった。「おい、アメリカ人。アメリカにはこんな街ないだろう!アメリカには所詮、歴史的な深みがないんだよ!え?分かったか!」と言ってやりたくなった。(註:これは一時的な感情で、別に私は反米主義者ではありません。)とにかく、ドイツにはロマンチック街道・ノイシュバンシュタイン城以外にも見所はたくさんあるのです。
おすすめ度… ★★★★★
コメント… 美しい街に強烈な個性のビール。言うことなし。
この街でまず感銘を受けたのが、市庁舎近くにある教会(名前不明)。内部に素晴らしい装飾があった。写真の通り、ちょうどミサが始まるところだったので、すぐ退散。
街の見所は、川沿いに広がる昔ながらの家の数々(小ベニス地区というらしい)と、大聖堂・聖ミヒャエル教会。ここは司教が権力を握っていたようで、教会に金がつぎ込まれてきたことが良く分かる。
ドイツの街にはどこも地元のビールがあるのだが、バンベルクのそれは特別である。ここでは麦芽を燻製して作ったラオホビーア(直訳すると「煙ビール」)が有名である。飲んだ瞬間は普通のビールなのだが、すぐに燻製独特の味が伝わってくる。一種の珍味だが、やみつきになる人もいるそうで、私も結構気に入った。
ハイデルベルクの旧市街に慣れ親しんだ私にとってしても、バンベルクはとても印象に残る素晴らしい街だった。ドイツの中でも、歴史が残る指折りの名所と言えると思う。ハイデルベルクほどツーリスティックになっていない分、こちらの方がいいとさえ言えるかも知れない。街を歩いていて、アメリカ人が英語を話すのが聞こえたのだが、私見によれば、アメリカ英語ほどこの街に似つかわしくないものはなかった。「おい、アメリカ人。アメリカにはこんな街ないだろう!アメリカには所詮、歴史的な深みがないんだよ!え?分かったか!」と言ってやりたくなった。(註:これは一時的な感情で、別に私は反米主義者ではありません。)とにかく、ドイツにはロマンチック街道・ノイシュバンシュタイン城以外にも見所はたくさんあるのです。
おすすめ度… ★★★★★
コメント… 美しい街に強烈な個性のビール。言うことなし。
2007/9/19 22:19
ドイツ世界遺産探訪シリーズ 第1回 ケルン大聖堂 ドイツ世界遺産探訪
第1回は、日本でも有名なケルン大聖堂。
実は約10年前、私が大学生の時に初めて海外旅行として訪れたのが、ここである。(あの時は、ドイツに留学するなんて想像もしてなかったな…)今回の滞在ではケルンに行っていないのだが、家内は行っていて、その時の写真をもとに紹介しようかと思う。
世界史の教科書にも取り上げられるだけあって、ケルンの大聖堂は大きく迫力がある。内部のステンドグラスも綺麗。祭壇の右側にある絵はDombild(大聖堂の絵)と呼ばれ、15世紀のものという。

(でかい)

(内部)

(Glas)

(Dombild)
ひたすら続く螺旋階段で塔の上まで上ると、ライン川とケルンの街を見渡すことが出来る。

日本にいた頃、NHKのラジオドイツ語会話を聴いていて、ケルンの大聖堂にまつわる話が取り上げられていた。それによると、大聖堂は世界遺産に登録されたものの、その後ユネスコによって「危機遺産」に指定されてしまう。周辺の開発計画(確か高層ビルか何か)が、景観を破壊してしまう、というのがその理由であった。結局その開発計画は、景観への配慮ではなく、不況により十分な資金を集めることができなかったという単なる経済的理由により中止され、危機遺産指定も解除された、とのこと。
おすすめ度…★★★★★
コメント… やはり一度は見ておきたい所。

(ICE(新幹線)の車窓から。ケルン中央駅は大聖堂にほど近い)
実は約10年前、私が大学生の時に初めて海外旅行として訪れたのが、ここである。(あの時は、ドイツに留学するなんて想像もしてなかったな…)今回の滞在ではケルンに行っていないのだが、家内は行っていて、その時の写真をもとに紹介しようかと思う。
世界史の教科書にも取り上げられるだけあって、ケルンの大聖堂は大きく迫力がある。内部のステンドグラスも綺麗。祭壇の右側にある絵はDombild(大聖堂の絵)と呼ばれ、15世紀のものという。
(でかい)
(内部)
(Glas)
(Dombild)
ひたすら続く螺旋階段で塔の上まで上ると、ライン川とケルンの街を見渡すことが出来る。
日本にいた頃、NHKのラジオドイツ語会話を聴いていて、ケルンの大聖堂にまつわる話が取り上げられていた。それによると、大聖堂は世界遺産に登録されたものの、その後ユネスコによって「危機遺産」に指定されてしまう。周辺の開発計画(確か高層ビルか何か)が、景観を破壊してしまう、というのがその理由であった。結局その開発計画は、景観への配慮ではなく、不況により十分な資金を集めることができなかったという単なる経済的理由により中止され、危機遺産指定も解除された、とのこと。
おすすめ度…★★★★★
コメント… やはり一度は見ておきたい所。
(ICE(新幹線)の車窓から。ケルン中央駅は大聖堂にほど近い)
2007/9/18 23:55
Ladenburg 日常
9月8日のことになってしまうのだが、ハイデルベルクとマンハイムの中間にあるラーデンブルクという場所のお祭りを見た。ハイデルベルクからはトラムとバスで1時間弱。街自体は小さいが、旧市街は中世からの町並みがよく保存されていて実に綺麗だった。お祭りでは出店はもちろんのこと、蚤の市が数多く並んでいた。

(いろいろなワインオープナー)

(日光東照宮のパクリ?)
昼は肉屋が出している出店でBratwurst(ソーセージ)を食べた。できたてということもあって、これが極めて美味。ドイツのソーセージはどこで食べてもおいしいが、ここが今までで一番だったかも知れない。
街をそぞろ歩きしていると、とても趣のある家を発見。

帰りがけ、ドイツ代表チームのトランプを購入。2005年版と少し古いのだが、たった50セントだから文句はない。

ラーデンブルクはどの観光ガイドにも出てこないような街だけど、とても素敵なところで、ドイツという国の奥深さを感じさせられた。また行ってみたいと思う。
(いろいろなワインオープナー)
(日光東照宮のパクリ?)
昼は肉屋が出している出店でBratwurst(ソーセージ)を食べた。できたてということもあって、これが極めて美味。ドイツのソーセージはどこで食べてもおいしいが、ここが今までで一番だったかも知れない。
街をそぞろ歩きしていると、とても趣のある家を発見。
帰りがけ、ドイツ代表チームのトランプを購入。2005年版と少し古いのだが、たった50セントだから文句はない。
ラーデンブルクはどの観光ガイドにも出てこないような街だけど、とても素敵なところで、ドイツという国の奥深さを感じさせられた。また行ってみたいと思う。



