2007/9/29  1:40

映画 『BOBBY』  感想

決してネガティブな心境でもないのだが
知っているようで知らない事ばかりな世の中だと実感する毎日。
それはポジティブな心境でない事を意味するのかもしれない。

響く映画をレンタルDVDで観た。『BOBBY』
1968年、LAのアンバサダーホテルで凶弾に倒れたロバート・F・ケネディ。
ボビーの愛称で国民から親しまれた大統領候補。JFKの弟にあたる。

当日のアンバサダーホテルを舞台に、様々な人達の生活の一面が
当時のアメリカを描き出している。
現代に至り抱える問題はアメリカだけにとどまらない。
傷んだ傷口の深さと塗り薬のような勇気さえも感じる。

彼の発した言葉こそ、現代社会に飢えている内容である。
ほぼ最低のギャラで出演したという豪華な出演者の真意も理解出来る。
ホテルの建物としての歴史的価値も特典メニューから知る事も出来る。
映画を観終え、ここまでまじまじと特典メニューをクリックした事は無い。

一国の首長とは、民への希望を示す人と思う。
会社で言えば社長で、家族で言えば父親であるべき存在とも思う。
国益とは何だろう?国としてのプライドとは何だろう?
トップに求めるだけの問題でも無いはず。
知らない事ばかりな世の中だと嘆いているだけでは、どうもマズイ。


2007/9/27  23:46

気になった事  分類なし

ニュース番組のメインは相撲部屋の若手力士の死亡原因から
ミャンマーのデモで日本人カメラマン死亡という方向に変わるのだろうか?
亡くなられた方の人柄・詳細は知らないものの、まずご冥福を祈る。
しかしながら邦人死亡となった際の、ニュースの扱いはガラリとも変わる。
自分や友人、家族といった自己中的な延長?その枠の大きさを考える。
海外での飛行機事故や事件・災害の際のアナウンサーが伝える
「日本人はいない模様」の発言には、何とも言えない虚しさも感じる。

昨日ベトナムのカントーで日本のODAで建設中の橋が崩落した。
カントーはホーチミンから車で3時間程のメコンデルタの玄関先。
カフェオレ色のメコン川を2度フェリーを乗り継ぎ、渡った所にかまえる都市。
ベトナム人作業員約60人が死亡、約150人が負傷し、工事を請け負っている
日本の技術者16人は全員無事だったと、小さくニュースで扱かっていた。
援助や指導している上では、人的災害としての検証や責任も必要とも思う。

今年の夏、ベトナム・ホーチミンの空港は隣接した場所に新しく開港して
ミニ成田か関空か?と思わせるような国際空港に生まれ変わった。
この空港も実は日本からのODAにて建設されたとの事。
正面のゲートを出た、出会い別れの興奮冷めやらぬ誰も振り向かないような
その場所に、しっかりとその内容は国旗入りの石碑に刻まれている。
待ち合わせの車を待つ自分は、何でこんな所にわざわざと…と思った。

国際社会での協調。テロ、民族紛争、拉致問題…。
公務員によるピンハネや年金問題。イジメや家庭内での殺傷事件・自殺…。
アパートの下の階に住むアベックの深夜の喧嘩・泣き叫び声問題…。
昼夜の逆転と就職先が絞れないでいる自分へのモヤモヤ…。
大なり小なりその問題の多くは、そのほとんどが人と人との問題でもあり
考え方によっては不謹慎かもしれないが滑稽であり、かつ怖い内容とも思う。
だからと言って何なんだ!という結論や持論を持ってない自分でもあるが…。


*ベトナムでの建設中の橋崩壊のニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070927-00000000-maip-int



2007/9/25  23:46

アスパラベーコン巻き  分類なし

道端の小暗い雑木林の中に、ベンメリアの遺跡群を重ね
信号待ちの車内から、飛び交う蝶を目で追いかけてと
なかなかアンコールワットボケが抜けない毎日でもあります。
食生活においても、帰国後に作ってみた気まぐれメニュー。

・ココナッツ風味カレー まろやかな風合いがいけます♪
(パックのカレーを温め、市販されてるココナッツミルクを加えたもの)
・豚汁  特にえのき、こんにゃくの質感がたまりません♪
(全くの純日本風味でもありますが…再発見という事で…)

そして本日は、アスパラのベーコン巻きハヤシライス。
タイのパーンさんが心を込めて生産したというミニ・アスパラを
人参と一緒にベーコンで巻き、カリカリになるまで焼き上げました。
塩コショウで味を付けパックのハヤシライスに乗っけただけです。
ベトナムの最終日、ローカルなレストランで肉料理に添えられていた
アスパラのベーコン巻きのジュ−シさに密かに心打たれていたもので…。

お味はというと、ちょっと焼き過ぎまして、カリカリ感が余計でした。
あのジューシーさへの追求は、気まぐれな次回へのテーマです。

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2007/9/22  0:06

そろそろ…  仕事

本日2度目の認定日としてハローワークに出掛け
まさに現在あなたはプー太郎ですという判を押してもらう。
居心地は決していい所でもなく、もう認印目的の通いは卒業のつもり。
2社ほど同業社から誘われており、旅行後の返事を伝えている。
「あいつはベトナム・カンボジアに居ついてしまったのでは?」という
笑える囁きもあるそうで、そろそろ結論としての報告を迫られてもいる。

ゆくゆく考えてみると、前回の会社を選んだ理由とは
アルバイト情報誌の購入、2・3ヶ月勤まればいいや!的な軽い気持ちで
高校に来ていた東京の会社からの求人の中で、しかも面接の際の交通費が
支給されるというそれだけの理由で選び、結果先々々月までに至った。(笑)
そんな自分が、どっちがいいか悩んでいるという現実もまた滑稽でもある。

「そろそろ働きたくなった!」という気持ちも正直強い。
忙しさの中に身を置く事。朝晩の通勤電車。連休への待ち遠しさ。
家庭を持たない一人身としても仕事とは十分に社会との繋がりでもある。
実際は未知でもあるけれど、そんな社会の中で再びキリッとしたくなった。
10月からの社会への再デビュー話しを詰めていきます。


2007/9/18  16:07

Hen gap lai ベトナム  アンコールワット

アンコールワットの大興奮を再度立ち寄ったベトナムでクールダウンする。
いまだ転がる石、湯船の柱、部屋の隅の装飾にまで、それを想い重ねる。
旅の開始に思った、「始まる事=終わりがある」への若干の寂しさや不安は
「終わりがある事=始まりである事」への期待に心変わった。

ベトナムにて一番驚いた事は、友人であるスティ先韓国人の長男の成長。
9ヶ月ぶりともなる小学6年生の彼は、身長も伸び、声変わりもして
可愛いやんちゃな子供というイメージは、大人へのステップの入り口にある。
6歳になる長女がその当時の彼そのものであり、同じDNAだと友人と笑う。

思えば長男との初対面は2・3歳の頃で、成長や誕生に年月を教えられる。
十分におじさんへのステップに迷い込んだ自分達に苦笑い、実感する。
やがてカンボジアもベトナムも、日本さえも新しい時代・世代が台頭する。
そんな中、まだまだしっかりとしがみついて、楽しくやっていこう!と
言葉交わさずも二人、共感する。
「Hen gap lai」とはベトナム語で「また会いましょう!」を意味する。
巻き舌は、熱帯な気候そのものに明るく強く期待を込めて開放される。



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★2007年版 ベトナム・アンコールワット喜行               【終了】



2007/9/18  15:48

トレンサップ湖の夕陽  アンコールワット

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凄く綺麗だからという言葉に、夕刻、街中から30分ほどのトレンサップ湖へ。
アジア最大の湖で乾季と雨季で伸縮し、その大きさは数倍にも変わる。
水上の家屋からテレビのアンテナも伸び、何でもない夕方の風景が広がる。
貧しさ、ルール…陸の者とは違った彼らなりの生活エリアが存在している。
根無し草のようでもあるが集落も存在し、生活者は8千人をも越えるという。
闇に染まっていく静けさの中、雲のかたちにアンコールワットを重ねる。

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ほぼ独り占め

オフシーズンで昼下がりのアンコールワットを腹いっぱいに満喫する。
外から見てるのでは無く、デバターや壁画に包まれた空間に身を置く感じ。
見るもの、触れるもの、そこは超プライベートな『天空の楽園』となる。
中央塔の階上の仏像が祭られ、幾種類もの容姿のデバターが微笑む
そのテラスでは管理人達が待ち遠しい昼飯を楽しんでいた。
十字回廊の一方では、中央側に足を向け昼寝する年老いた管理人。
せっかくだからと同じように、ただ頭は中央側に向けて、その石畳に
汗ばんだ背中を委ねてみた。すり抜けて行く風が心地良かった。

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                        旅の落とし穴はRead Moreで

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2007/9/16  18:27

写真というもの  アンコールワット

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幸せになれますようにと、泉に小銭を投げ入れるように
アンコールワットの聖池に各国の観光客がデジカメを投げ入れる…
そんな習慣・風景を想像した。当然、あり得ない事である。

世界遺産にて世界基準としてのデジカメの普及率を思い知る。
そして皆、自分だけのアルバムつくりに翻弄し、誰もが名カメラマンともなる。
ただ四角い画像の中では、当然、映し出せる事が出来ない限界も生じる。
矛盾だらけの自分でもある。矛盾だらけの自分でもある。

嬉しさや感動や叫びの数々が自分から相手から反射した結果として
レンズに映し出されるのであれば、とても素敵な一枚だろうと思った。
写真とは全てでは無いが、そこに導いてくれる鍵みたいなものだろうと思う。



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魅せられたもの

デバターの数々(ふくよかさと優しい微笑み)
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色とりどりの蝶(蝶マニアになりそう)
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そして眩しい女神達(世界遺産級)
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2007/9/14  17:35

タイゾーのお墓参り  アンコールワット

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バンテアイ・スレイで「タイゾー」と聞けば、みんな知っているからという
現地の旅行代理店のアドバイスに反し、一ノ瀬泰造が眠るという墓は
ガイド本にある写真を見せ、何人かに聞いてもタイゾーすら知らない…
という感じで、後部座席にて、これもこれで仕方も無いか…と諦めた。
墓参りする事が、必ずしも彼への敬意なのか?という疑問もあった。

日本のメディア等でも有名なアキー・ラー氏が運営する地雷博物館を見学。
今も尚、この土地での自由をも拒む、残された地雷や不発弾の脅威。
お金で参加できる援助を、多めに寄付箱に入れた。

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さぁ、次に向かおうか!とゲートを出るとタイゾーの場所がわかった!!と
運転手が語った。どうやら客待ち中の同業者からの情報らしかった。
背中で自分の感情を悟り、希望を叶える努力をしてくれたドライバーだった。
メインの道を逸れ、土煙の舞う村を走り抜ける。
何でも無い小さな標識を目印に、かろうじて人とバイクが行きかう事が出来る
両サイドに果てしなく遠く水田広がる土手道を1キロ程突き進む。
「TAIZO」の看板にて、ドライバーが到着を告げ、ここから先は歩きのみ。
土手を下り、板と枯れ木で組まれた橋の小川を渡り、草原に踏み入る。
何でこんな寂しい場所に!?と思うような場所にそのお墓は存在した。
後で調べると、どうやらその地から彼の遺骨は発見され埋葬されてたらしい。
今でこそ、こじんまりとした墓ではあるもの当時は土を盛られただけのお墓。
更には今でこそ青空と水田広がるのどかな大地も生死をかけたフィールド。

何処からか現れた村人であろうナタを担いだ少女が「タイゾー・タイゾー」と
墓とその脇の小屋とは呼べない小屋に飾られた彼の写真等を案内する。
彼らしいように線香代わりにセブンスターに煙を点けて手をあわせた。
一緒にタバコをふかし一面を見渡したところで本当に何も無い地平線だった。

維持費としての「気持ちの寄付を!」と誰が書いたかわからない日本語で
設置された箱を示され、嫌嫌に…でも一応にポケットから一ドル札を投じた。

以外にも重いナタの使い方を少女から教わり、橋の手前で少女と別れた。
小川を渡りきって、もう一度墓の方面に目をやると別れたはずの少女が
草原の彼方をさえぎった。子供のこぶしが入る程の寄付箱の投入口の
大きさの意味を理解して、土手道を帰るバイクの後部座席でニヤリとした。

何らかの形で、今も彼はこの村に貢献し、そして愛されてもいる。
「それはそれでいいじゃないか!」と彼なら笑いながら答えるかもしれない。

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2007/9/13  18:25

ここまで来て山登り  アンコールワット

『プノン・クレーン』
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アンコール発祥の聖地ともいわれ、山の頂上付近の川底の石には
リンガと呼ばれる彫刻が数百メートルにも及び続いている。
アンコール=寺院、とは違った、神秘なイメージとしての興味を持っていた。

何でそんなに早くから!?というドライバーの朝の出発時間に嫌嫌承諾し
山の麓に着いたのはホテルを出て1時間半程。
途中は前夜の雨で赤土というより泥んこの道にバイクのタイヤをうねらせ
二つに割れた僕の可愛いお尻は悲鳴を上げ、股は感覚を痺れさせた。
いざ!入山。緑の木々の一車線そこそこの山道をひた走る事30分。

バイクを降り、足場の悪い斜面を下りていくと、そこに爽快な水しぶきの
滝が待ち構える。いつか解説本で見た風景、マイナスイオン全快!!
売店というより生活そのものの朝の準備をしているようなオバちゃんの
確認を得て、踏みならされた森の小道に入っていく。
大木や岩陰の下、ひっそりと祭られた地蔵。草木に包まれた寺院の遺跡。
岩越しに橋げたを下りて、更に20m落差の大滝。

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1キロ程上流にさかのぼった川の瀬を歩く。
やや残念な事に前夜の雨は、少しながらの川の増水と多少の濁り。
それでも、しっかりと憧れのリンガを確認する事は出来た。
膝下ぐらいなら、もっと近くまで歩み寄りたい気持ちは堪えた。
子供達は裸ではしゃぎ、向こう岸ではお母さんが洗濯していた。

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『クバール・スピアン』
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バンテアイ・スレイを超え30分、山の麓の売店立ち並ぶ駐車場に到着する。
ガイド本には「ここから、山道を登る事40分」と書かれている。
寺院観光では、数段の階段から中央塔への上り下り等まで
遺跡巡りといえど高低差においての体力の消化は意外とイメージが無い。
運転手に「一緒に登るか?」と聞くと、予想通りにここで待つとの返事だった。

腕時計をストップウォッチモードに、現地のガイドとスタートを切る。
平坦な山道から苔の生えた岩斜面、次の一歩を考え踏みしめ登って行く。
ローカルなサンダル履き以上に彼の足元は軽く、自分の体力粋を思う。

登り始めた事への後悔、でも後悔はしてない20分程に滝の音が耳に入る。
山道はまだらなもの、多くない観光客は集い、一同に皆はしゃいでいる。
クールダウンに衣服のまま滝に打たれたい気持ちを堪え、周囲の遺跡巡り。
その岩に立って!とガイドに言われ意味わからず立った直後に「ウオーッ!」
足元に畳半分ぐらいの女神が横になった状態で彫られていた。
彫刻を眺め、跳ねるように進む瀬沿いに、ガイドの言う終着点が待っていた。

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2007/9/12  2:03

シェムリアップに掛かる虹  アンコールワット

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特に遠出を考えた際、現地でのツアー参加を予定していた。
普通に片道60キロ以上の距離は、安全性を考えてもガイド本なら当然の事
現地旅行代理店でさえ、お奨めは出来ない…という意見の方が正しい。
しかし!オフシーズンという事もあり、そのツアーへの申し込みは2名に達せず
迷った挙句にバイクタクシーの兄ちゃん等の「大丈夫!」の意見に圧された。
結局のところ全日程、最終日の空港へまでもバイク荷けつ旅となる。
安旅行者になる事への抵抗、見ず知らずの日本人との億劫さも正直あった。

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遺跡と遺跡の移動間の涼しいはずのエアコンは、大自然を切る風となった。
立った鳥肌は、心地良さか感動かとも思ったが、後で極度の日焼けと気付く。
チョナンと名乗った彼の後部座席で、当然一睡も出来る事も無く
街中−郊外−村−高原−山…スペシャルな視線でのアングルを楽しんだ。
以外にも移動の間のその場所が、物思いにふける時間ともなった。
ある時は周囲数キロにさえ人の存在を感じないような泥の道を山中を高原を
心細く、でもたくましく、僕等はカンボジアの風となったのです。
片言の英語能力の一致、観光客馴れしていない彼の誠実さ
バイク特権のツアーバスでは入って行けないゲートぎりぎりの送迎も含め
後で考えても、無事に事故も無く大きな大きなラッキー要素だった。

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郊外の道を走り抜ける度に、その箇所箇所の人々の生活や遠い地平線の
景色を目に焼きつけ、そして彼の後頭部ごしに、この道の向こうを想った。

ある日の夕方、国道6号線をシェムリアップに向けて帰る途中
後方の彼方に、片橋だけのはっきりとした虹を見た。
興奮して振り向きながらシャッターを押し続けていると、その右隣にも
同じようにうっすらとだが片橋だけの、小さな虹の存在にも気付いた。

何処かしらで雨が降る事により、虹は生まれる。
虹を見て、悲しくなる人は誰もいないだろうと、あたりまえの事を想った。

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