2007/9/18 16:07
Hen gap lai ベトナム アンコールワット
アンコールワットの大興奮を再度立ち寄ったベトナムでクールダウンする。
いまだ転がる石、湯船の柱、部屋の隅の装飾にまで、それを想い重ねる。
旅の開始に思った、「始まる事=終わりがある」への若干の寂しさや不安は
「終わりがある事=始まりである事」への期待に心変わった。
ベトナムにて一番驚いた事は、友人であるスティ先韓国人の長男の成長。
9ヶ月ぶりともなる小学6年生の彼は、身長も伸び、声変わりもして
可愛いやんちゃな子供というイメージは、大人へのステップの入り口にある。
6歳になる長女がその当時の彼そのものであり、同じDNAだと友人と笑う。
思えば長男との初対面は2・3歳の頃で、成長や誕生に年月を教えられる。
十分におじさんへのステップに迷い込んだ自分達に苦笑い、実感する。
やがてカンボジアもベトナムも、日本さえも新しい時代・世代が台頭する。
そんな中、まだまだしっかりとしがみついて、楽しくやっていこう!と
言葉交わさずも二人、共感する。
「Hen gap lai」とはベトナム語で「また会いましょう!」を意味する。
巻き舌は、熱帯な気候そのものに明るく強く期待を込めて開放される。

★2007年版 ベトナム・アンコールワット喜行 【終了】
いまだ転がる石、湯船の柱、部屋の隅の装飾にまで、それを想い重ねる。
旅の開始に思った、「始まる事=終わりがある」への若干の寂しさや不安は
「終わりがある事=始まりである事」への期待に心変わった。
ベトナムにて一番驚いた事は、友人であるスティ先韓国人の長男の成長。
9ヶ月ぶりともなる小学6年生の彼は、身長も伸び、声変わりもして
可愛いやんちゃな子供というイメージは、大人へのステップの入り口にある。
6歳になる長女がその当時の彼そのものであり、同じDNAだと友人と笑う。
思えば長男との初対面は2・3歳の頃で、成長や誕生に年月を教えられる。
十分におじさんへのステップに迷い込んだ自分達に苦笑い、実感する。
やがてカンボジアもベトナムも、日本さえも新しい時代・世代が台頭する。
そんな中、まだまだしっかりとしがみついて、楽しくやっていこう!と
言葉交わさずも二人、共感する。
「Hen gap lai」とはベトナム語で「また会いましょう!」を意味する。
巻き舌は、熱帯な気候そのものに明るく強く期待を込めて開放される。
★2007年版 ベトナム・アンコールワット喜行 【終了】
2007/9/18 15:48
トレンサップ湖の夕陽 アンコールワット
凄く綺麗だからという言葉に、夕刻、街中から30分ほどのトレンサップ湖へ。
アジア最大の湖で乾季と雨季で伸縮し、その大きさは数倍にも変わる。
水上の家屋からテレビのアンテナも伸び、何でもない夕方の風景が広がる。
貧しさ、ルール…陸の者とは違った彼らなりの生活エリアが存在している。
根無し草のようでもあるが集落も存在し、生活者は8千人をも越えるという。
闇に染まっていく静けさの中、雲のかたちにアンコールワットを重ねる。
********************************
ほぼ独り占め
オフシーズンで昼下がりのアンコールワットを腹いっぱいに満喫する。
外から見てるのでは無く、デバターや壁画に包まれた空間に身を置く感じ。
見るもの、触れるもの、そこは超プライベートな『天空の楽園』となる。
中央塔の階上の仏像が祭られ、幾種類もの容姿のデバターが微笑む
そのテラスでは管理人達が待ち遠しい昼飯を楽しんでいた。
十字回廊の一方では、中央側に足を向け昼寝する年老いた管理人。
せっかくだからと同じように、ただ頭は中央側に向けて、その石畳に
汗ばんだ背中を委ねてみた。すり抜けて行く風が心地良かった。
旅の落とし穴はRead Moreで
2007/9/16 18:27
写真というもの アンコールワット
幸せになれますようにと、泉に小銭を投げ入れるように
アンコールワットの聖池に各国の観光客がデジカメを投げ入れる…
そんな習慣・風景を想像した。当然、あり得ない事である。
世界遺産にて世界基準としてのデジカメの普及率を思い知る。
そして皆、自分だけのアルバムつくりに翻弄し、誰もが名カメラマンともなる。
ただ四角い画像の中では、当然、映し出せる事が出来ない限界も生じる。
矛盾だらけの自分でもある。矛盾だらけの自分でもある。
嬉しさや感動や叫びの数々が自分から相手から反射した結果として
レンズに映し出されるのであれば、とても素敵な一枚だろうと思った。
写真とは全てでは無いが、そこに導いてくれる鍵みたいなものだろうと思う。
******************************
魅せられたもの
デバターの数々(ふくよかさと優しい微笑み)
色とりどりの蝶(蝶マニアになりそう)
そして眩しい女神達(世界遺産級)
2007/9/14 17:35
タイゾーのお墓参り アンコールワット
バンテアイ・スレイで「タイゾー」と聞けば、みんな知っているからという
現地の旅行代理店のアドバイスに反し、一ノ瀬泰造が眠るという墓は
ガイド本にある写真を見せ、何人かに聞いてもタイゾーすら知らない…
という感じで、後部座席にて、これもこれで仕方も無いか…と諦めた。
墓参りする事が、必ずしも彼への敬意なのか?という疑問もあった。
日本のメディア等でも有名なアキー・ラー氏が運営する地雷博物館を見学。
今も尚、この土地での自由をも拒む、残された地雷や不発弾の脅威。
お金で参加できる援助を、多めに寄付箱に入れた。
さぁ、次に向かおうか!とゲートを出るとタイゾーの場所がわかった!!と
運転手が語った。どうやら客待ち中の同業者からの情報らしかった。
背中で自分の感情を悟り、希望を叶える努力をしてくれたドライバーだった。
メインの道を逸れ、土煙の舞う村を走り抜ける。
何でも無い小さな標識を目印に、かろうじて人とバイクが行きかう事が出来る
両サイドに果てしなく遠く水田広がる土手道を1キロ程突き進む。
「TAIZO」の看板にて、ドライバーが到着を告げ、ここから先は歩きのみ。
土手を下り、板と枯れ木で組まれた橋の小川を渡り、草原に踏み入る。
何でこんな寂しい場所に!?と思うような場所にそのお墓は存在した。
後で調べると、どうやらその地から彼の遺骨は発見され埋葬されてたらしい。
今でこそ、こじんまりとした墓ではあるもの当時は土を盛られただけのお墓。
更には今でこそ青空と水田広がるのどかな大地も生死をかけたフィールド。
何処からか現れた村人であろうナタを担いだ少女が「タイゾー・タイゾー」と
墓とその脇の小屋とは呼べない小屋に飾られた彼の写真等を案内する。
彼らしいように線香代わりにセブンスターに煙を点けて手をあわせた。
一緒にタバコをふかし一面を見渡したところで本当に何も無い地平線だった。
維持費としての「気持ちの寄付を!」と誰が書いたかわからない日本語で
設置された箱を示され、嫌嫌に…でも一応にポケットから一ドル札を投じた。
以外にも重いナタの使い方を少女から教わり、橋の手前で少女と別れた。
小川を渡りきって、もう一度墓の方面に目をやると別れたはずの少女が
草原の彼方をさえぎった。子供のこぶしが入る程の寄付箱の投入口の
大きさの意味を理解して、土手道を帰るバイクの後部座席でニヤリとした。
何らかの形で、今も彼はこの村に貢献し、そして愛されてもいる。
「それはそれでいいじゃないか!」と彼なら笑いながら答えるかもしれない。
2007/9/13 18:25
ここまで来て山登り アンコールワット
『プノン・クレーン』

アンコール発祥の聖地ともいわれ、山の頂上付近の川底の石には
リンガと呼ばれる彫刻が数百メートルにも及び続いている。
アンコール=寺院、とは違った、神秘なイメージとしての興味を持っていた。
何でそんなに早くから!?というドライバーの朝の出発時間に嫌嫌承諾し
山の麓に着いたのはホテルを出て1時間半程。
途中は前夜の雨で赤土というより泥んこの道にバイクのタイヤをうねらせ
二つに割れた僕の可愛いお尻は悲鳴を上げ、股は感覚を痺れさせた。
いざ!入山。緑の木々の一車線そこそこの山道をひた走る事30分。
バイクを降り、足場の悪い斜面を下りていくと、そこに爽快な水しぶきの
滝が待ち構える。いつか解説本で見た風景、マイナスイオン全快!!
売店というより生活そのものの朝の準備をしているようなオバちゃんの
確認を得て、踏みならされた森の小道に入っていく。
大木や岩陰の下、ひっそりと祭られた地蔵。草木に包まれた寺院の遺跡。
岩越しに橋げたを下りて、更に20m落差の大滝。


1キロ程上流にさかのぼった川の瀬を歩く。
やや残念な事に前夜の雨は、少しながらの川の増水と多少の濁り。
それでも、しっかりと憧れのリンガを確認する事は出来た。
膝下ぐらいなら、もっと近くまで歩み寄りたい気持ちは堪えた。
子供達は裸ではしゃぎ、向こう岸ではお母さんが洗濯していた。


*********************************************************
『クバール・スピアン』

バンテアイ・スレイを超え30分、山の麓の売店立ち並ぶ駐車場に到着する。
ガイド本には「ここから、山道を登る事40分」と書かれている。
寺院観光では、数段の階段から中央塔への上り下り等まで
遺跡巡りといえど高低差においての体力の消化は意外とイメージが無い。
運転手に「一緒に登るか?」と聞くと、予想通りにここで待つとの返事だった。
腕時計をストップウォッチモードに、現地のガイドとスタートを切る。
平坦な山道から苔の生えた岩斜面、次の一歩を考え踏みしめ登って行く。
ローカルなサンダル履き以上に彼の足元は軽く、自分の体力粋を思う。
登り始めた事への後悔、でも後悔はしてない20分程に滝の音が耳に入る。
山道はまだらなもの、多くない観光客は集い、一同に皆はしゃいでいる。
クールダウンに衣服のまま滝に打たれたい気持ちを堪え、周囲の遺跡巡り。
その岩に立って!とガイドに言われ意味わからず立った直後に「ウオーッ!」
足元に畳半分ぐらいの女神が横になった状態で彫られていた。
彫刻を眺め、跳ねるように進む瀬沿いに、ガイドの言う終着点が待っていた。



アンコール発祥の聖地ともいわれ、山の頂上付近の川底の石には
リンガと呼ばれる彫刻が数百メートルにも及び続いている。
アンコール=寺院、とは違った、神秘なイメージとしての興味を持っていた。
何でそんなに早くから!?というドライバーの朝の出発時間に嫌嫌承諾し
山の麓に着いたのはホテルを出て1時間半程。
途中は前夜の雨で赤土というより泥んこの道にバイクのタイヤをうねらせ
二つに割れた僕の可愛いお尻は悲鳴を上げ、股は感覚を痺れさせた。
いざ!入山。緑の木々の一車線そこそこの山道をひた走る事30分。
バイクを降り、足場の悪い斜面を下りていくと、そこに爽快な水しぶきの
滝が待ち構える。いつか解説本で見た風景、マイナスイオン全快!!
売店というより生活そのものの朝の準備をしているようなオバちゃんの
確認を得て、踏みならされた森の小道に入っていく。
大木や岩陰の下、ひっそりと祭られた地蔵。草木に包まれた寺院の遺跡。
岩越しに橋げたを下りて、更に20m落差の大滝。
1キロ程上流にさかのぼった川の瀬を歩く。
やや残念な事に前夜の雨は、少しながらの川の増水と多少の濁り。
それでも、しっかりと憧れのリンガを確認する事は出来た。
膝下ぐらいなら、もっと近くまで歩み寄りたい気持ちは堪えた。
子供達は裸ではしゃぎ、向こう岸ではお母さんが洗濯していた。
*********************************************************
『クバール・スピアン』
バンテアイ・スレイを超え30分、山の麓の売店立ち並ぶ駐車場に到着する。
ガイド本には「ここから、山道を登る事40分」と書かれている。
寺院観光では、数段の階段から中央塔への上り下り等まで
遺跡巡りといえど高低差においての体力の消化は意外とイメージが無い。
運転手に「一緒に登るか?」と聞くと、予想通りにここで待つとの返事だった。
腕時計をストップウォッチモードに、現地のガイドとスタートを切る。
平坦な山道から苔の生えた岩斜面、次の一歩を考え踏みしめ登って行く。
ローカルなサンダル履き以上に彼の足元は軽く、自分の体力粋を思う。
登り始めた事への後悔、でも後悔はしてない20分程に滝の音が耳に入る。
山道はまだらなもの、多くない観光客は集い、一同に皆はしゃいでいる。
クールダウンに衣服のまま滝に打たれたい気持ちを堪え、周囲の遺跡巡り。
その岩に立って!とガイドに言われ意味わからず立った直後に「ウオーッ!」
足元に畳半分ぐらいの女神が横になった状態で彫られていた。
彫刻を眺め、跳ねるように進む瀬沿いに、ガイドの言う終着点が待っていた。
2007/9/12 2:03
シェムリアップに掛かる虹 アンコールワット
特に遠出を考えた際、現地でのツアー参加を予定していた。
普通に片道60キロ以上の距離は、安全性を考えてもガイド本なら当然の事
現地旅行代理店でさえ、お奨めは出来ない…という意見の方が正しい。
しかし!オフシーズンという事もあり、そのツアーへの申し込みは2名に達せず
迷った挙句にバイクタクシーの兄ちゃん等の「大丈夫!」の意見に圧された。
結局のところ全日程、最終日の空港へまでもバイク荷けつ旅となる。
安旅行者になる事への抵抗、見ず知らずの日本人との億劫さも正直あった。
遺跡と遺跡の移動間の涼しいはずのエアコンは、大自然を切る風となった。
立った鳥肌は、心地良さか感動かとも思ったが、後で極度の日焼けと気付く。
チョナンと名乗った彼の後部座席で、当然一睡も出来る事も無く
街中−郊外−村−高原−山…スペシャルな視線でのアングルを楽しんだ。
以外にも移動の間のその場所が、物思いにふける時間ともなった。
ある時は周囲数キロにさえ人の存在を感じないような泥の道を山中を高原を
心細く、でもたくましく、僕等はカンボジアの風となったのです。
片言の英語能力の一致、観光客馴れしていない彼の誠実さ
バイク特権のツアーバスでは入って行けないゲートぎりぎりの送迎も含め
後で考えても、無事に事故も無く大きな大きなラッキー要素だった。
郊外の道を走り抜ける度に、その箇所箇所の人々の生活や遠い地平線の
景色を目に焼きつけ、そして彼の後頭部ごしに、この道の向こうを想った。
ある日の夕方、国道6号線をシェムリアップに向けて帰る途中
後方の彼方に、片橋だけのはっきりとした虹を見た。
興奮して振り向きながらシャッターを押し続けていると、その右隣にも
同じようにうっすらとだが片橋だけの、小さな虹の存在にも気付いた。
何処かしらで雨が降る事により、虹は生まれる。
虹を見て、悲しくなる人は誰もいないだろうと、あたりまえの事を想った。
2007/9/10 23:45
森の妖精と一輪の花 アンコールワット
『ベンメリア』は市内からバイクタクシーで1時間半程の距離にあり
森の中、静かにメジャー化されていない、限りなく手付かずに近い遺跡。
廃墟となったラピュタの城壁をも想わせるたたずまいで
何処かしらから残された手の長いロボットが現れそうな雰囲気さえ持つ。
ガイド本があるからと、現地の公認ガイドを丁寧に断った自分に
地元の子供達が「コッチ!コッチ!」と単語連発の日本語で先を導く。
森の妖精達。まさに映画『トゥームレーダー』で目にした光景。
木の橋を渡る等は大した事もないのだけれど、コースは段々と奥深く
木漏れ日の城壁を伝い、崩れた石碑の固まりを下っていく。
かくれんぼしている子供達に混じって童心へと、その古き遺跡の時代へと
迷い込んでいくような感覚。我が庭のようにまるで大人の知らない抜け道を
知っているような裸足の子供達に「コッチ!コッチ!」と指差された足元や
遠くに転がる苔の生えた石の塊に女神や大蛇が刻まれている。
木漏れ日がかろうじて届く森の中、小鳥さえずり、蝶も舞うテラス。
その先の「コッチ!コッチ!」がフィニットとなりお約束のチップを渡す。
ガイド代に気持ちのアミューズメント体験料を上乗せした。
*****************************************************
『バンテアイ・スレイ』へは市内からバイクタクシーで1時間程。
赤土系の遺跡としてアンコールワット等とは見た目が異なり
東洋のモナリザといわれる女官の彫刻が有名な寺院。
入場した門の左の窓越しに、RIAと名乗る少女は腰掛けていた。
一帯の遺跡は観光客も多く、物乞いや「オニイサン、コレカッテ!」連呼の
少年少女も多い。そして選りすぐられているかのように、みな可愛くもあり
まるで自分はロリコンか?と疑い、思い返してみるほどに。
少女は一枚の紙切れを差し出した。「プレゼント!」
破かれたノートのそのページには一輪の花がクレヨンで描かれていた。
思いがけない贈り物に暑さも忘れ感動し、足を止めノートを見せてもらうと
少しずつ異なるタッチの花の絵が数枚描かれていた。
「アイス、タベタイ!」と微笑むようなリクエストを受けて後でね!と別れた。
同じように歓迎を受けている後続の人影も目に入った。
新種の物乞いパターンか!?とも思ったがそれはそれでもいいと思った。
「イチドル!」「コレカッテ!」の連呼には疲れやワンパターンな飽きもある。
日中のジリジリとした陽射し照りつける、人影少ない遺跡を満喫して
その全景をカメラに収めようと寺院の周りの聖池たるもののその淵を
逆光を避けてブラブラ歩いていると蓮の花咲くその池で気持ちよさそうに
水浴中の子供達が目に入り、先程の少女が笑いながら手を振っていた。
カメラを向けると、蓮の花を一輪かざしてお気に入りのポーズを決めた。
地元の子にとって観光地とは、地雷ゼロの遊び場でもある。
微妙に観光客とは違った、彼らなりの時間の流れというものも感じる。
緑の上のクレヨンやノートのその脇にアイス代をのせて遠くから手を振った。
2007/9/9 13:57
Where you from ? アンコールワット
わずか人口10万人足らずのシュムリアップに世界中からツーリストが
集まっていて、そんな中で自分自身を泳がせているいという行為は面白い。
映画ディカプリオ出演の「ザ・ビーチ」のような外国人が集うような
安ホテルまでは避けたが遺跡名所の内外は当然の事、街中やパブ街、
コンビニやネットショップ等、至る所でその雰囲気を感じ楽しんでいる。
飛行機で隣に座り、まざまざと人の入国書類を覗き込み参考にしていた
国籍ロシアのおねーちゃんはロシア人形のように可愛かった。
しかしながら旦那か父親か?K-1ファイターのような風貌の帯同者もいた…。
2日後、偶然にもパブ街のレストラン「レッド・ピアノ」で再会する。
再会といってもこちらが気付いただけ。
又も、英語表記のメニューに悩んでいるかのような二人でもあったけど…。
さすがロシア人か!?ウオッカらしきドリンクを立て続けに飲み干していた。
自分はといえば、ウェイトレスのおね-ちゃんに
「非常に腹が減った!あなたが奨めるカンボジアメニューをチョイスして!」
と中学生レベルの英語でリクエストしたところ、返ってきた答えは意外にも
カレーだった。奨めるものであれば是非!とアンコールビール共々注文した。
実は到着した日の夜もホワイトカレーたるものを食した。
ベトナム含め東南アジアのカレーというのは、多分ココナッツ果汁が入ってて
コクがあり、甘く、スプーンを口に運ぶたびにノホホーン♪と嬉しくなる美味さ。
特にチキンとの愛称抜群と思う。カンボジアまで来て連日カレーか!?とも
思う気持ちを否定するような晩御飯。カレー=インドの固定概念は捨てよう。
ウェイトレスのおね-ちゃんへグッドのサインを笑顔で返した。
英国から来たカップルは5m程階下の地面に必死にカメラをセットして
なんとかタイマー機能で写真を撮ろうとしていたので、語りかけ撮ってあげた。
フランスからきたという、個人旅行者のオバサンには思わずカメラを向け
「こんなオバサン撮るんじゃないわよ」と笑われた。
「いいえ、そんな事無いですよ!」と笑い返し、遺跡で立ち話。
日本から来たと答えると
「何で!日本人は全く英語が話せないんじゃないの!?」と驚いていた。
(でも間違いなく自分のレベルも誇れるものではない筈で…必死の汗)
何処の遺跡が良かった?どうやって行った?料金は?等の情報を伝授し
この後もお互いに良き旅である事を祈り別れた。
2007/9/7 9:57
遥かなるアンコールワット アンコールワット
バイクタクシーは小さな市街地から、小新しいホテル建つ街道を後に
ジャングルを強引に切り開いただけ…というような一本道をひた走る。
10分も掛からずトンネルを抜けたように、そこに広々とした空間が広がる。
堀沿いの道を曲がると緑の木々の合間から、いつか写真等で
目にした事のある、そのシルエットが段々と近くに迫ってくる。
スコールとまでいかない小雨は興奮した自分へのクールダウン?
もしくは天からのメッセージ「ようこそアンコールワットへ!」
街中からの30分程度のその距離でさえ、いくつもの遺跡が点在し
決して遺跡マニアでない自分でさえも、ガイド本片手にほぼスタンプラリー♪
京都や奈良、浅草寺や地元の近所のお寺さえも
外国人なら尚更に、十分に歴史や文化を感じる事も出来るのだろうが…。
夕方という事もあって閉門の時間も迫り、颯爽とアンコールワットに望む。
とにかく、その象徴でもある中央の塔に立ち、景色を眺める事を目指す。
ビルの3・4階はあろう急勾配の奥行き15cm程、高さは30cm程の石段を
しがみ付くように、よつんばで駆け登る。馬鹿と煙は高い所を目指す!
上段も近くなり、いか程かと下を覗き込んだ時、泣きそうに固まりかけた。
幼少の頃の向こう側が見過ごせる階段に足がすくんでいた事を思い出した。
必死の思いで登り終えると、今ある高さが信じられない地上界が待ち構える。
十字に区切られたそれぞれの間や沐浴場としての聖池、四方を望む窓、祭壇。
壁や柱々にはデバターと呼ばれる当時の女官の彫刻。
管理のお爺さんさえも仙人にも思える程の、まさに『天空の楽園』
2007/9/7 7:07
アンコールワット・シンドローム アンコールワット
9/2より4泊5日にてカンボジア・アンコールワットへ行ってきました。
最後の最後にシムリアップの空港でちょっとやばい事件もありましたが
無事に楽しい夢のような時間を過ごしてきました。
PCは持ち込んだものの、なかなか現地でのブログUPには無理があるほど
充実しすぎる毎日で、ベトナムを経て10日の朝帰国予定です。
現地発とはいきませんが、旅先での思いや画像を自分の整理も含めて
追ってUPしていきますのでよかったら楽しんでください!
最後の最後にシムリアップの空港でちょっとやばい事件もありましたが
無事に楽しい夢のような時間を過ごしてきました。
PCは持ち込んだものの、なかなか現地でのブログUPには無理があるほど
充実しすぎる毎日で、ベトナムを経て10日の朝帰国予定です。
現地発とはいきませんが、旅先での思いや画像を自分の整理も含めて
追ってUPしていきますのでよかったら楽しんでください!
