2008/3/10 16:34
母べえ 映画館で観ましたの〜
今年は日本映画率が高い、高すぎる。(爆)
ここ10年間の総数より、今年見た邦画の方が(シャレではない)、圧倒的に多い。
何故かと言えば、一つは母が仕事をついに辞めたために時間が出来た、ということ。
それと・・・素直に観たいと思う映画がある、ということだね。
****************
1940年日中戦争の只中、野上滋(坂東三津五郎)が足取り重く帰ってきた。書いた随筆がまた検閲を通らなかったからだ。そんな時代の中でも家族4人穏やかに暮らしていた。野上家は家族をそれぞれ”べえ”を付けて呼び合っており、父の滋を「父べえ」、母のかよ(吉永小百合)は「母べえ」、長女の初子(志田未来)は「初べえ」に、末っ子の照美(佐藤未来)は「照べえ」だ。そんな穏やかに思われた暮らしに影が忍び寄る。戦争の激化と共に国情は変化し、文学者だった滋は治安維持法の違反の罪で思想犯として投獄されてしまう。父の帰りを信じて待つ3人には温かい眼差しを向けてくれる人たちがいた・・・
***
今年の日本映画率が高い理由の一番目です、これ。
実は、「これはパスかな〜」と密かに考えていたのでした。しかし、母からの要請を受け、「んだば、観るっぺ」と映画館に馳せ参じました。
この作品は、戦争体験者の母の強い希望だったけれど、私も小さな頃から繰り返し聞かされてきた話を身近に感じ、なんとなく懐かしい気持ちになる時代背景だった。
しかし・・・今の時代のなんと幸せなことよ。
自分の言いたいことを言える、という、戦争に負けたことによって得た自由。言いたいことを好き勝手に言えることが当たり前の時代に生きる者から見れば、敗戦前の不自由さがどこか別の国のことのように思える。天皇陛下を天神と呼び奉り、常に写真に向かって礼をする国民。金属拠出に配給のお米。戦争に勝ってたら、お隣の国のようになっていただろうか。しかし、勝つことはなかったでしょうけど。
今日は昭和20年3月10日の東京大空襲の日ですが、同年5月24(25?)日にも大規模な空襲がありまして、母はその時家を失い、いわゆる”焼き出された”のですが、その時あたり一面焼け野原なのに、「皇居だけがすっくと立っていた」のが印象的だったそうです。
そんな区別して爆弾落としてく人たちに勝てますか・・竹槍で。
母の実家は正に東京の中枢にあったので・・麹町なの!生きる昭和史だよ〜〜〜。
2.26事件の夜、雪を踏みしめる軍隊の足音を聞いたとかなんとか・・・(ひえ〜)
小学校にはなんと、床暖房完備(またひえ〜)で、金属拠出の際は床へっぱがして温水パイプを持って行ったんだって。他にもすごい話がいっぱいありますが・・・
みんな全部話してくれたことが次々映像になって現われる。
憲兵は映画の通り、威張り腐って嫌な奴だったって。
映画を観ていて母は「懐かしい」と呟き、私はまた違う感慨に浸る。
さて、映画は滋が投獄されている最中を中心に描かれている。
滋不在の間、家族の支えになったのは滋の妹久子(檀れい)と山ちゃんこと山嚇ー(浅野忠信)だった。山ちゃんはかよに淡い恋心を抱いていく・・・のですが。
実年齢28歳、吉永小百合がいくら若いと言っても違和感だったーー。日活アクションシリーズの好きな私、若い頃の”小百合ちゃん”は好きだけんども・・・今はどうも演技がわざとらしくて好きではないのねー。凄い若さなの、還暦すぎとかじゃないの、絶対。しかし、今回の作品は若く見せようとして無理があったような、無理やり可愛くしてるみたいだった。もう少し実年齢に近づいた役だったらいいのに・・・などと思ってしまった。
この映画は、黒澤明監督の黒澤組スタッフだった野上照代さんの『父へのレクイエム』から題材をとって映画化されていて、「レクイエム(死を悼む)」とある。
父・滋は再び温かい家庭で皆と暮らすことなく獄中死してしまい、妹の久子は広島で被爆後亡くなった。そして山海眈そ犬気貽酳・鐇・惴・・αイ侶眥世砲茲蠕鏤爐靴拭」
戦争の惨さを改めて思う。日本人は平和ボケだと言われる。あの悲惨さの上に今のボケぶりが成り立った。私は決してボケてるのを悪いことだとは思わない。ボケてる日本人だからこそ、出来ることがあるように思えてならない。
ここ10年間の総数より、今年見た邦画の方が(シャレではない)、圧倒的に多い。
何故かと言えば、一つは母が仕事をついに辞めたために時間が出来た、ということ。
それと・・・素直に観たいと思う映画がある、ということだね。
****************
1940年日中戦争の只中、野上滋(坂東三津五郎)が足取り重く帰ってきた。書いた随筆がまた検閲を通らなかったからだ。そんな時代の中でも家族4人穏やかに暮らしていた。野上家は家族をそれぞれ”べえ”を付けて呼び合っており、父の滋を「父べえ」、母のかよ(吉永小百合)は「母べえ」、長女の初子(志田未来)は「初べえ」に、末っ子の照美(佐藤未来)は「照べえ」だ。そんな穏やかに思われた暮らしに影が忍び寄る。戦争の激化と共に国情は変化し、文学者だった滋は治安維持法の違反の罪で思想犯として投獄されてしまう。父の帰りを信じて待つ3人には温かい眼差しを向けてくれる人たちがいた・・・
***
今年の日本映画率が高い理由の一番目です、これ。
実は、「これはパスかな〜」と密かに考えていたのでした。しかし、母からの要請を受け、「んだば、観るっぺ」と映画館に馳せ参じました。
この作品は、戦争体験者の母の強い希望だったけれど、私も小さな頃から繰り返し聞かされてきた話を身近に感じ、なんとなく懐かしい気持ちになる時代背景だった。
しかし・・・今の時代のなんと幸せなことよ。
自分の言いたいことを言える、という、戦争に負けたことによって得た自由。言いたいことを好き勝手に言えることが当たり前の時代に生きる者から見れば、敗戦前の不自由さがどこか別の国のことのように思える。天皇陛下を天神と呼び奉り、常に写真に向かって礼をする国民。金属拠出に配給のお米。戦争に勝ってたら、お隣の国のようになっていただろうか。しかし、勝つことはなかったでしょうけど。
今日は昭和20年3月10日の東京大空襲の日ですが、同年5月24(25?)日にも大規模な空襲がありまして、母はその時家を失い、いわゆる”焼き出された”のですが、その時あたり一面焼け野原なのに、「皇居だけがすっくと立っていた」のが印象的だったそうです。
そんな区別して爆弾落としてく人たちに勝てますか・・竹槍で。
母の実家は正に東京の中枢にあったので・・麹町なの!生きる昭和史だよ〜〜〜。
2.26事件の夜、雪を踏みしめる軍隊の足音を聞いたとかなんとか・・・(ひえ〜)
小学校にはなんと、床暖房完備(またひえ〜)で、金属拠出の際は床へっぱがして温水パイプを持って行ったんだって。他にもすごい話がいっぱいありますが・・・
みんな全部話してくれたことが次々映像になって現われる。
憲兵は映画の通り、威張り腐って嫌な奴だったって。
映画を観ていて母は「懐かしい」と呟き、私はまた違う感慨に浸る。
さて、映画は滋が投獄されている最中を中心に描かれている。
滋不在の間、家族の支えになったのは滋の妹久子(檀れい)と山ちゃんこと山嚇ー(浅野忠信)だった。山ちゃんはかよに淡い恋心を抱いていく・・・のですが。
実年齢28歳、吉永小百合がいくら若いと言っても違和感だったーー。日活アクションシリーズの好きな私、若い頃の”小百合ちゃん”は好きだけんども・・・今はどうも演技がわざとらしくて好きではないのねー。凄い若さなの、還暦すぎとかじゃないの、絶対。しかし、今回の作品は若く見せようとして無理があったような、無理やり可愛くしてるみたいだった。もう少し実年齢に近づいた役だったらいいのに・・・などと思ってしまった。
この映画は、黒澤明監督の黒澤組スタッフだった野上照代さんの『父へのレクイエム』から題材をとって映画化されていて、「レクイエム(死を悼む)」とある。
父・滋は再び温かい家庭で皆と暮らすことなく獄中死してしまい、妹の久子は広島で被爆後亡くなった。そして山海眈そ犬気貽酳・鐇・惴・・αイ侶眥世砲茲蠕鏤爐靴拭」
戦争の惨さを改めて思う。日本人は平和ボケだと言われる。あの悲惨さの上に今のボケぶりが成り立った。私は決してボケてるのを悪いことだとは思わない。ボケてる日本人だからこそ、出来ることがあるように思えてならない。
