2008/10/27  23:36

供養と感謝を  脇野沢にて

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 きょうはイノシシの供養祭に参列してきました。
 ここむつ市脇野沢では30年前からイノシシの飼育を始めました。
 いまでは300頭が大きく育てられ、年間70頭が出荷されます。
 偉い方々が代表してイノシシのかたどった石碑に玉串を捧げました。
 11月からの今年度出荷開始を前に、まずはイノシシの供養です。
 続いて会場を室内に移して感謝会です。100人の出席者が乾杯し、
 15種類のイノシシ料理を試食しました。ボタン鍋はもちろんのこと
 『しし肉キムチサラダ風』、『モモ肉のチャーシュー』などなど、
 よくもこうも考え出したというバリエーションです。
 予想よりもあっさりしていて、成分的にも脂肪分が他の肉より少なく
 ヘルシーな『イノシシのお肉』。値段がやや割高なのがネックです。
 

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 私のおすすめはシシ肉のラーメン。
 お肉の柔らかさと、じっくりにこんだシシ肉のスープ。
 なんとも言えないあっさり目のラーメンは他に類を見ません。
 11月から3月はイノシシ祭りとして脇野沢地区の食堂や民宿で
 イノシシ料理が食べられます。事前にメニューを問い合わせして
 どうしても食べたいメニューは予約して、ぜひこの素晴らしい
 脇野沢特産のうまいものを食べてはみませんか?


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2008/10/26  20:31

マグロ不足に悩む  大間にて

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大間町ではきょうまで『超マグロ祭り』でした。
一年も早いもので、去年の祭りがこの間あったかのような感じがします。

メインイベントは本マグロの解体ショー。大間のマグロが有名となってから、
あちこちで解体ショーが催されますが、目の前で見るとまた違った感動があります。
地元の職人さんが大きな庖丁で手際よく捌いていく姿は圧巻です。
200`級の大物7本が3日間の祭り期間中に解体され、即売されていきました。
会場には大勢の観光客。この祭りのために全国各地から集まる人たち。
どちらかと言えば、県内よりも首都圏などから車で北上するマグロの買い物客が
ずっとずっと多いような気がしました。

ことしのマグロは水揚げが予想よりも少なくて漁師が困っています。
本来は秋のピークの10月くらいまでに、
例年では1200本以上取れていたはずのマグロが
ことしは未だ600本ほどにとどまっているということ。
水温の影響からか、水揚げが激減しているのは困った状態。
おかげで市場でのマグロの値段は高値らしい。
だから浜値で即売されるマグロを追いかけて、多くの観光客が北上する訳ですね。

一本釣りではなく、延縄でマグロを追いかける漁師たちは、
大間沖から津軽半島沖にまで漁場を移して、地元の漁師たちと摩擦が出てきたという。
マグロ漁師の世界は熾烈。獲れるか獲れないかは生きるか死ぬかにつながります。
船の燃油高騰のなかで、多くの漁師が糧としてきた「昆布」もことしは不漁。
マグロだけでなく、漁師たちはみな苦しい一年を送っているのです。
来年は少しでもマグロやブリや、海の幸が戻ってくるように祈っています。


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2008/10/22  23:26

ゴミか資源か  風間浦にて

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水産物加工会社の社長が廃棄物処理法違反容疑で先日逮捕される。
社長は従業員を使って、加工後に出た大量のウニの殻を私有地に投棄。
逮捕された社長と、土地を貸した男性はともに『ウニの殻は資源』と主張。
黒い殻が一週間すると匂いが薄れ、風化して塩分が薄くなると白くなる。
それを畑にまいて土壌改良を促すと、花や野菜の出来が向上するとのこと。

『ウニの殻』
廃棄物処理法では『動植物性残さ』という産業廃棄物に該当する。
このうち魚や獣の骨や皮、内臓などのあら、ボイルかす、うらごしかすをはじめ、
卵からや貝がらなどが『動物性残さ』。醤油かすや大豆かす、野菜くずなどが
『植物性残さ』というそうだ。
ただしこの動植物性残さの場合、食料品や医薬品、香料などの製造業が
捨てたものが産業廃棄物で、それ以外の業種や個人が捨てる場合には
産業廃棄物にならず、一般廃棄物になるらしい。

肥料化、堆肥化すると効果的なウニの殻。いわゆる資源というのもわかるが、
行政の指摘を無視して、我が物顔で日常的に捨てていたことが問題であり、
そうした不法行為がとがめられるのは正当なことだと思う。
違法性の認識がこれからの争点になりそうだが、合法的な措置をとらぬまま
こうした不法行為を長年続けてきた身勝手な行為が問題ではないのか。
企業は法律を遵守しながら、なおかつ、その行動には謙虚さが必要だろう。
逮捕されたあと、反省して悔い改めるか、今後注目したいと思う。


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2008/10/18  22:48

先延ばし?  大間にて

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 東日本フェリーの撤退で揺れた、大間と函館を結ぶフェリーがようやく暫定的に存続になりました。
 子会社の道南自動車フェリーが12月から、とりあえず1年間引き継ぐとのこと。しかしながら、運賃はこれまでの2倍に値上がりし、減便も発表しました。
 地元住民にとって廃止にならなかったのはひと安心ですが、依然不安が残ります。航路存続のためには経営努力もしないまま、一方的に税金で財政支援をしろという、あまりにも足元を見たひどい業者だと思ったのは、おそらく私だけではないでしょう。
 結局、大間町は来年1年間に6千万円をただつぎ込むことになりました。これも廃止回避の交渉の末の、やむを得ない措置とは思うのですが、ただ金を出すのでなく、もっと口を出せるように、これからすべきではないのでしょうか。
 うちが赤字覚悟で引き受けてやっているんだ、というような姿勢のフェリー会社にただ頼るのではなく、地元のことをきちんと考える企業を探したり、なければ地元で第三セクターなり新会社を作るなど、過去にとらわれずに、将来にわたって永続的に地元の足を守るべきでしょう。今回の騒動を振り返ると、フェリー会社にとっては、町の出資や補助金など全くないから、勝手な言い分を並べて利用者の立場を考えずに突然の撤退を発表し、それに対し行政側も、これまで一方的にフェリー会社に将来を任せっぱなしにしてきたことが重いツケとなって、ただただ反論も説得もできぬまま、防戦一方で押し切られてしまったのではないでしょうか。
 高い勉強代になりましたが、これから1年の間に、地元住民の足をなくさないよう最善の策を早期に打つべきで、行政に任せっぱなしでなく、町民そして下北の人たちは全員でこの海の道を守る努力をしなければならないと考えます。1年はあっという間です。みんながそれぞれの立場を譲り合わずにこれまでのように足を引っ張り合うのではなく、大同小異、ここは協力して大局に臨まないとこの問題は解決しないと思います。
 『なくすなぢゃ!』みんながそういう意識を持って取り組まないと、あすの下北はありません。航路がなくなれば、本当にどんずまりの下北になりかねないのですよ。


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2008/10/15  22:27

どっからきたの?  大間にて

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 大間町に4日前から出没したシカです。大間崎のそばの駐車場に突然姿を見せました。
 人馴れしているようで、観光客のカメラにも気にすることなく、のんびり応じてます。
 下北半島でシカというと、特別天然記念物のカモシカはよく見かけます。
 でも普通のシカ、いわゆるニホンジカは下北地域では90年以上前に絶滅して、
生息していないと言われてきました。
 ではこのシカはどこからやってきたのでしょう。
 2つの有力な説がありました。一つは南から北上してきた『ホンシュウジカ』。
 群れの北限は岩手県南部の五葉山。大間までは300`以上離れています。
 オスの行動範囲は120`を超えるものもいるということで、
ひょっとしたら北上したシカかもしれません。
 もう一つは北海道から津軽海峡を渡ってきた『エゾシカ』。
わずか30`の海を、泳ぐというより浮いていて流されついた、可能性は高いといいます。
函館のある渡島半島は近年、エゾシカが増えてきていて、狩猟も幅広く行われているということです。
 追われて海を渡ってきたと思えば、なんだかドラマのようなロマンさえ感じます。
 さて2つの説、どちらが本当か、シカに聞こうと思いましたが、なんとも答えてくれません。
 時折、キューキューと求愛を意味する鳴き声を発します。
 そういえばこいつは角の長さ・大きさから、4歳ほどのオスのシカと推定されています。
発情期だから気が荒く、警戒心も強くて、近寄ったら刺されるかもしれないと危険な状態でした。
 おまえはどこからやってきて、これからどこへ行くのか、教えてーチョーダイ!


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2008/10/12  20:39

連休のひととき  川内にて

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ことしも秋恒例の「川内高原まつり&べごまつり」が三連休の中日に開催されました。
晴天に恵まれて、町内外から大勢の家族連れが押し寄せて、賑わいをみせました。
会場の野平キャンプ場は高原ならではというか、とかく風が強くて吹き飛ばされそうでしたね。
キャベツだ、レタスだ、ダイコンだ、とれたての特産高原野菜がとっても安く、即売されていました。
川内に伝わる郷土料理の『けいらん』や、手づくりの棒パンなども味わえました。
メインは黒毛和種の牛肉を使ったバーベキュー。会場のあちこちでジュージュー焼いてました。
すごく美味しそう。見ているだけでお腹いっぱいになりました。


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2008/10/9  21:50

苦節10年で  川内にて

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 むつ市川内町のブドウ畑では、ワイン用ブドウの収穫が始まりました。丘陵地に広がる7000平方メートルの畑に立つとさわやかな香りが漂います。
 収穫されているのは、うっすらと赤紫がかった色の皮をしているブドウの「シェーンベルガー」。これでも赤ワインではなく、実は白ワイン用なんです。
 有機肥料を使い、農薬を減らして、1本の枝につける実は1房に絞った、最高のブドウ。ここまで来るには苦節10年がかかりました。
 リゾート開発用だった土地の活用に『ワイン生産』をと決めた会社が、1999年に地元出身の50歳代の男性社員に試験栽培を任せます。全くの農業素人だったこの社員がただ一人、ブドウの栽培を一から調べて学び、病気や虫、積雪にウサギやアナグマ、そして日照不足、寒さを一つ一つ克服して、川内に適した品種を探しながら、ここまで収量を増やしてきました。
 去年になって、念願の醸造所が川内にできて、ようやく生産から醸造まで地元で一貫して行われるようになりました。そして、このシェーンベルガーを使った、辛口白ワイン『サラア』が初参加の国産ワインコンクールで見事、銅賞に輝きます。特有の青リンゴのような爽やかな香りと花の蜜の風味が調和した、飲みやすい一品に仕上がりました。
 きょうは雨を避けるようにして行われている収穫作業。来年の春の仕上がりを目指し、地元の下北ブランドになる、立派なワインになってほしいと願います。


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2008/10/5  18:47

中川五郎治  川内にて

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 中川五郎治をご存知ですか?
 日本で最初に『種痘』いわゆる予防接種を行った川内出身の男性です。いまから200年以上昔の江戸時代、仕事先の択捉島でロシア人に捕らえられた末に、連れて行かれたシベリアで偶然、書物から『種痘法』を身につけました。帰国後に伝染病の「天然痘」にかからないように予防接種を行ったことから、たくさんの人の命が救われました。
 五郎治の功績を伝え残そうと、川内町では生誕記念碑・生家跡の柱を立ててPRに務めてきましたが、朽ちて荒れ果てていた先祖の墓がようやく先日、史跡として整備されました。こんな人物が古く昔にここ川内に生まれたという、証しがいつまでもたくさんの地元の人たちの心に残ることを願います。特に、子どもたちの夢に何か一つ残してくれたらと思いました。


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2008/10/1  23:16

存続か廃止か  大間にて

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 東日本フェリーの撤退で大間町が揺れています。
 燃油高騰を理由に突然の大間・函館航路からの撤退話に驚きと不安に包まれています。
 町の一角には函館市内の病院所在地の看板が。「函館市大間町」などと揶揄されます。
町内に病院は1つだけで、眼科・耳鼻科・皮膚科など専門医にかかる必要ある町民は
毎月フェリーで函館の病院に通っています。その数は年間5000人にも上るそうです。
これは「命の航路」といっても過言ではありません。
 そしてフェリーの撤退は、決して大間だけの問題じゃありません。
 北海道と本州を結ぶこのフェリーは、春から秋までは大勢の観光客を運んでいます。
1時間40分の短時間であり、車やバイク、自転車などさまざまな乗り物も積んで
函館と大間を往復しています。なくなればまさに本州最果ての陸の孤島になります。
 さらには原発が稼動すると、防災航路としての役目も出てくるはずです。
冷静に考えれば、それほど大切な生活の足なのです。
 それなのに、住民の間には「なんとかなるのでは」との楽観的な空気が。
 唯一の航路廃止がほぼ決まった室蘭市の判断を見ても、そんなに楽観できないはず。
もっと深刻に考えて、町民ひとりひとりが行政に頼らずに県民全体に働きかけて、
このフェリーを守らないと、のちのち後悔につながるのではと心配です。
 本当にみんなが身近に感じて、もっともっと危機感をもってほしいと思うのです。
下北半島がどんづまりになるのかどうか、大間の人たちの危機意識に注目します。


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