2008/2/11 10:03
パリの4つ星ホテルは砂糖菓子の味 RECOMMENDATION
2時間も、電話をかけたり、ネットで検索してホテルの空き部屋を探した。
パリの宿である。場所は、いつもカルチェ・ラタンと決めている。治安が比較的良い、いわゆる「ソルボンヌ大学」などがある文教地区だ。
だいたい、2つ星(ミシュランの格付けではないよ。政府観光庁によるHマークに星の数による格付け。星の差はホテルの規模と設備の違いによるのだ)から探し始めるのだが、全滅だ。
フランスを旅するとき、一般的なのは、知り合いを訪ねて居候をさせてもらうことだ。フランス人は、たいていそうする。だから、日本に行きたいと思っているフランス人は、下心ありありで、友だちヅラして接近してくる。全ては宿代を浮かせるためだ。「パリのホテルに泊まるなんて、信じられない」というのが彼らの考えである。わたしも、そうしてきた時期があったのだが、結局日本食を作らされたり、パーティーやったり(そこでも焼きそばなんか作らされる)あげくのはてに、余分の布団はないから寝袋で寝ろとかいわれたり、こっちはバカンスで行ったのに、色々気を遣うことが多くて、最近は、フランス人の友だちにないしょでフランスに行くことにしている。フランスに着けば彼らに電話をかけるし、会えれば食事もするけれども。
パリの定宿は手頃な大きさで値段もそこそこ、簡素で清潔、気安いマダムとかわいい猫のいる地下鉄サン・ジェルマン駅のすぐ近く。シャルル・ド・ゴール空港から国鉄で一本という便利さが魅力の2つ星ホテル。今回もまずは、その宿に泊まろうとしたのだが、1カ月満杯であった。なぜかというと、それは2007年の9月初旬。そう、日本人は誰も知らなかった世界的イベント、ラグビーW杯があったからであった。友人の家にやっかいになろうとも考えたが、彼は、バリバリのスポーツジャーナリストである。朝から晩まで仕事漬けだろう。仕方がないので、ホテルのグレードを上げることにした。しかし、案の定3星も全滅。ということは、格付けでは上から2つ目の4ツ星なら……あった。しかもカルチェ・ラタンのへり、パンテオンのすぐ近くである。ネットで、室内画像などみると、重厚な木製の家具が、なかなかすてきだ。
この際だから、ぜいたくしちゃえ。ということで、生まれて初めて4つ星ホテルに泊まることにした。ネットで予約して、さらに電話をかける。フランスのホテルは、とにかく、予約確認をしっかりしないと、別の客をあっさり泊めてしまうのだ。4つ星に限ってそんなことはないだろうが、フランスはフランス。
しかし、電話してぼーっとなった。フロントの女性のフランス語の受け答えの美しいことと言ったら。発音などアナウンサーさながら。ああ、別世界だ。これが2つ星と4つ星の違い、セレブの世界なんだ。泊まるのが俄然楽しみになってきた。
4つ星ホテルにはベルボーイがいる。荷物を部屋まで運んでくれる。いい気分だ。
このホテルは、最近4つ星に昇格したらしく、歴史もそう古くない。しかし、外側は石造り、内装は木製の調度で、中世の城のようなアンティークな雰囲気で統一されている。エレベーターホールからは、緑の中庭にしつらえた大理石の彫刻が見える。重厚なドアをあけると、プロバンス風の壁、古びた木製の家具に大きなベッド。わーここに泊まるんだ。わたしはどきどきした。お風呂は、トイレと一緒になっている。水まわりなどは最新の作りだが、ドアノブや蛇口など細かいところは全部アンティーク風のデザインになっている。新しいホテルと聞いていたので、近代的な雰囲気を想像していたわたしは、じんわり幸福が心にしみてくるのを感じていた。。一度こんな、昔の映画のようなお風呂に入ってみたかったんだ。
雰囲気はアンティークだが、実はこのホテル、無線LANが走っていて、インターネットが無線で簡単にできる。フランスのホテルは、まだまだ、ダイアルサインアップが主流で、部屋の電話線をひっこぬいて接続するのだ。セキュリティーも最新設備で、みてくれは古風で、実情は近代要塞というところか。とにかく、快適である。
そんなわけだから、どうも外に出ずにホテルでまったりしてしまう。部屋に置かれた上品なチョコレートなどつまんで、新聞を読んだりして、ぼんやりくつろいでいるうちに、時間がどんどん流れてしまうのだ。でも、行きたいところがある。
いつも行くヌーベルキュイジーヌの店である。予約を入れて、夜な夜な出かけて行くと、なんと「まあ、あなた2年ぶりじゃないの」と店のスタッフたちが抱擁して、出迎えてくれた。おそらく、予約したときに顧客名簿を調べたのかもしれないが、それにしても、自分のことを覚えていてくれただけで感激した。また、客商売のプロとはこういうものかと感心した。
ここは、表だってはうたっていないが、ミシュランの格付けで3つ星のさるレストラン傘下のビストロである。味の実験場という役割なのかもしれない。シェフは、料理漫画を地で行く人で、料理に命をかけているというか、一皿一皿にその情熱が伝わってくる。定番の材料でも今まで食べたことのない様な味の料理を出してくるのだ。伝統的フランス料理をベースにしながら、かならず斬新な試みがなされている。どの皿も「サプライズ」である。料理の可能性とシェフの創造性に驚く。
したたか料理とワインに酔ってふらふらしながら真夜中のセーヌから、ライトアップされたノートルダム寺院を望む。闇夜にそびえる白いロマネスク。なんという美しさ。ああ、バカンスって、いいなあと、しみじみ思う。いつもの簡素なホテルもいいけれど、瀟洒な高級ホテルに泊ると、とんがった気持ちが丸くなる。こんなに豊かになるものなのだ。(しかし、若者は、ユースなどに泊るべし。歳相応の幸福というモノがあるのだよ)
翌日は、ギャルリー・ラファイエットというしゃれた名前の単なるデパートの、ただならぬ旨さの総菜フロアーでワインと食料をごっそり買い込み、ホテルの部屋で、へべれけになりながら、ラグビーW杯の開会式と、こてんこてんにフランスが負けた開幕試合を観た。あとで、ラグビーをやっている若者に妙にうらやましがられた。そんなものなの、と思ったが、確かに世紀の試合を、羽布団の上でごろごろワインと旨いつまみをやりながら観るなんていうのは、純粋なラグビー青年たちには考えられない贅沢。
それを抜きにしたってふわふわで真っ白な大きなバスローブやタオル、いい香りの石けん。どこまでもさりげない黒子に徹したサービスをつらぬくスタッフたち。わたしは頭から足の先まで「お客さま」。ああこのままずっと帰りたくないなあ、と本気で思った。浮き世の憂さを忘れるとはまさにこのこと。まったく、脳をとろかせる上質の砂糖菓子の味がする。
日本の「至高の宿」に泊ろう

