2008/4/14  17:01

わかってキボンヌ  RECOMMENDATION

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ケータイメールを初めてやったときのこと、覚えていますか。
親指、痛かったですよね。以前は、変換予測候補なんか出なかったし、ひたすら、親指痛いの世界でした。
そういえば、1980年代、女子高生を席巻した、ポケベル。今はなき、ですが、こいつは、暗号の嵐だった気がします。わかる人しかわからない、アルファベットの羅列。ある時は、象形文字(顔文字の元祖)だったり、言葉の略語だったり。最小単位である2人でしかわからない言葉から、巨大なコミュニティーで通用する言葉まで、さまざまでした。
コミュニケーションの場が、インターネットになってからも、面倒な変換はスラングで表されるようになりました。KYが最も有名ですね。最近では、略語辞典も出ています。

筆者は、いわゆる言語としての略語辞典を作っていた経験があります。これは、欧文の頭文字をひたすらとるという簡単なものですが、言語により、いろいろ違います。文法上の問題なのですが、例えば、国際オリンピック委員会は英語ではIOCですが、フランス語ではCIOです。こういう国際機関は、最近まで、規定などは英語フランス語で書かれていることが多かったのですが、国連などでは何カ国語もの公用語が制定されています(ちなみに日本語は入ってません。国連というのは、いまだに先の大戦の戦勝国がイニシアチブを取っている名残りがたくさんあるので、くわしく見ていくと面白いですよ)。
4月2日付の毎日新聞の夕刊によると、ネットスラングというのは、KYのように定着するものと、ある仲間同士だけに通用するもの、その場限りでもりあがりいつしか消えていくものに別れるようです。つまり、いわゆる略語とは違い、膨張と収縮を繰り返す「うたかた(毎日新聞より)」のようなものであるのかもしれません。

人間というのは、共通の符丁を作りたがります。まあ、言語などは一番大きな符丁なのですが、いわゆるシンボルとしての符丁は太古よりあります。ある結社に例を取りましょう。
それはフリーメーソンという組織です。元は、ヨーロッパ石工労働者の集まりだったのですが、次第に形を変え、今は紳士会みたいになっています。昔は秘密結社でしたが、日本のフリーメーソンの偉い人が、ガイドブックを書いたりして、今は内部の情報がかなり明らかになっています。

古代・中世の石工労働者は、昔は先端技術を持つエリート集団でした。大規模建築物を造るときは、ヨーロッパ中から腕利きの石工労働者が集められます。そして、その技術はほぼ口伝でありました。しかも、城塞など国家機密に関係する建造物をつくることもあり、秘密を守ることが求められました。そこで、国籍をとわず、石工労働者であるということをお互いだけがわかる符丁で、証明することが行われました。職人ですからそこには厳然たるヒエラルキーがあり、一番偉い人は「親方」と呼ばれました。たくさん階級があるのですが、それも公には隠されました。フリーメーソンのメンバーはメーソンと呼ばれ、仲間同士が会うときは、握手する手と手の上に布をかぶせ見えないようにしました。その中で、握手するときの指の形で、どの階級で、どこの組織かというのをお互いに知らせるのです。

フリーメーソンは、中世イギリスで生まれたと言われ、その後複雑な枝分かれをしましたが、フランスでは、グラントリアンという組織が一番有名です。政治家が多く加盟するようになり、ときどき歴史のあちこちで、暗躍したり、活躍したりしたとされています。たとえば、フランス革命に深く関わっていたとか(これはまゆつば)、現在、フランスの公立学校が無宗教であるという運動(バチカンと戦った)である反教権運動で勝利したとか(これは確からしい)とか、いろいろな逸話があります。そうそう、はじめて百科事典を作ったのは、イギリスのメーソンだとされています。これはほぼ定説です。これを作った背景には「智と技の探求をつきつめていくと、神をも超えることができる」という思想が根底にあります。これは錬金術という思想と連動していて、やがてバチカンと対立するようになります。キリスト教では、人は神を超えることはありえないからです。
現在もグラントリアンパリにあります。実はパリはメーソンの符丁がたくさん埋め込まれていて、そういう意味では、宝探しのような面白い旅ができます。実はガイドブックも売っていて、筆者はそれをもとにパリメーソンの符丁探しの遊びをしたことがあります。

最近再結成ライブをして、大成功したレッド・ツェッペリンというバンドがありますが、このバンドのリーダーであるジミー・ペイジは、錬金術思想に傾倒したところがあり(注:こういうことは、自分からは絶対言いません)、ギター少年などがギターを買いに行ったとき、かならず弾くといわれる「天国への階段」は、錬金術思想が色濃く反映されています。最後のフレーズは「音楽的高みとは、神さえも超える絶対無二なものである」という意味が内包されています。(Rockは石=後に述べる「賢者の石」に通づる)まあ、皆さんの中には、異論もあるでしょうが。そこはおいておいて。
その曲の収録されているアルバムは、アルバムタイトルも、メンバーやスタッフのクレジットもありません。不思議な紋章が4つ並んでいるだけです。手がかりは、中側に断崖の頂上に賢者がいる、という意味深長な絵です。賢者とは錬金術では智と技を極めた、いわば超越者であります。ジミーは、自分の音楽を智と技を極め、理解者に発信していく、そのためにアルバムタイトルやごちゃごちゃした説明は必要ですか? というメッセージなのです。

実は、プリンスというR&Bの天才も、自分の名前をシンボルで表わしたことがありました。彼は、こういった思想とは全く関係ないノンポリなのですが、当時、所属レコード会社と険悪な状態にあり、その怒りの現われだと考えられます。
つまり、自分の音楽は「わかる人だけわかればよい」という絶対的な自信と確信です。
シンボルで表わすということは、ある暗号の解読帳をもっている人だけにわかるということにほかなりません。つまり、自分の音楽が心の琴線に触れた人だけ聞いてくれればいいのだ、そのために名前など、必要ですか? という利権と欲が先行する音楽業界人に対するアンチテーゼなのです。
「わかる人だけわかればいい」とかいいながら、ツェッペリンも、プリンスも全世界でその音楽が愛されています。大ヒットを延々と続け、小さなコミュニティーでひさぐことない、大メジャープレイヤーです。優れたものには、言葉や説明は不用なのです。

わが日本では「源氏物語」で源氏の死の章「雲隠」というのがあります。
そこには何も書いてありません。源氏の死はそれで十分わかるのです。書かないことによってその事実が際立つのです。こんな前衛的な表現が、千年前に行われていたということに驚愕します。

話が大分それました。源氏は別として、こうしたシンボルサンボリズムの考えの裏には、図像学とか、面白い歴史やルールが根底にあるのですが、ネットのスラングというのは、そういう背景は全くなく、機能主義というのが先にあるのが特徴的でしょう。つまり、いかにキーボード、あるいはケータイのボタンをたたく回数を減らしてなおかつ「仲間」と交信し、共有空間を形成するという符丁です。背景になにも確固たるものがないからこそ「うたかた」のように勃興してはいつのまにか忘れ去られる運命なのです。
しかし、わかればいいじゃないですか。わからなければ「暗号の解読表がこの人たちとはべつなのだな」ということを暗に示しているともいえるのですから。
親指の腱鞘炎には気をつけましょう。<自分



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