2005/12/30  18:34

思い立ってサンフランシスコ!  アメリカ生活

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(写真:サンフランシスコ名物ゴールデンゲートブリッジ)

友人のK君からお誘いがあり、急遽サンフランシスコで年明けを迎えることとなりました。メキシコ・カンクン行きのフライトをキャンセルして戻ってきたマイルを使って当日券を予約しました。激動の一年を締めくくるイベントとなりそうです。

これが2005年最後の更新となります。2月の開設以来、このブログをご覧頂いた方皆さんにお礼申し上げます。

それでは皆さん、良いお年をお迎えください!

2005/12/30  1:48

12月29日生まれの有名人  分類なし

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(写真:岸本加代子。おなじみの富士フィルムの宣伝の一こまか「岸本加代子オフィシャルページ」より)

私が子供のころ同じ誕生日の有名人といえば、岸本加代子と故コージー・パウエル(ドラマー)くらいしか知らなかったんですが、実は結構いますね。

奥田碩(トヨタ会長)
故リック・ダンコ(ザ・バンドのベーシスト)
Mr.マリック
浜田省吾
桜金造
加瀬大周
荒川静香(フィギュアスケート)

など。

情報源はhttp://www.d4.dion.ne.jp/~warapon/data00/birth-1229.htm からです。

いやー、こんなくだらない疑問を瞬時に調べられるし、インターネットってホントに便利ですねえ。林家ペーいらずですね。

2005/12/29  0:13

仕事納め&誕生日  分類なし

12月28日を持って年内の仕事が終了。アメリカの顧客とのコンタクトはクリスマス前より停滞気味であったが、アジアとの仕事を含め、とりあえずカタが着いた。まあ慣れない環境の中、よく7ヶ月間走り抜けたと思う。机の上をきれいに片付け、会社の人と焼肉で忘年会。最後はカラオケで歌いまくって終了。

家につくと時計は12時を回り、翌29日に。そう12月29日はYoshiの32歳の誕生日なのです!年の瀬の忙しい時期に生まれた親不孝ものは、今後ともワガママにアメリカ生活をエンジョイしていきますよ。請うご期待!(←こればっかですみません)

2005/12/26  2:38

現在クリスマス休暇中  アメリカ生活

うちの会社は23日と26日がクリスマス休暇となっており、4連休で私自身ものんびりしている。アメリカの顧客は12/19日頃から反応が悪くなり出張もない。ただ年末に出荷する積荷の調整や新規案件の開発に当たっているので25日夜は自宅で少し仕事をした。

年末年始は12/29〜1/2までが休み。せっかくなのでメキシコ・カンクンのビーチでのんびりしようと思ってフライトも予約していた。が、こんな感じで自宅でのんびりするのも悪くないと翻意し、キャンセルした。年明けはラスベガスで展示会があり、仕事始めの1/3から出張が決まっていることも一因。

寒暖の差は相変わらず激しく、革ジャンを着たり、上着なしで外出したりと様々。ただここ数日は天気も良好で、今日26日は最高気温25°とのこと。

2005/12/24  18:34

Prime  映画

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(写真:サーマン(右)が息子と付き合っていることを知りつつ、気丈に振舞うストリープ(左))

メリル・ストリープ、ユマ・サーマン主演の映画「Prime」を観た。ストリープ演じる心理カウンセラーの下に通うサーマン演じるバツ一の女性。その女性が付き合い始めたのはなんとカウンセラーの息子だった、という話。女37歳、男23歳という年齢差、さらにはユダヤ人と非ユダヤ人が果たして上手くやっていけるのかどうか、という考えさせるテーマ。

この映画、コメディ映画のように心底笑うこともできず、ロマンス映画のようにホロっと泣くシーンもなく、そしてエンディングは微妙な終わり方で「あれっ」という感じで終了。月並みなハッピーエンドから差別化をしたつもり(?)なのかもしれないが、ハッピーエンドのように癒されることもない。なんとも中途半端な出来になっている。テンポも悪く、ベターッとした展開で飽きさせる。

それから、ユマ・サーマン(発音としては「ウマ」・サーマン。さすがに「馬」をイメージさせないように、どこかの日本人が気を使ったのでしょうが)。スタイルは良いが、結構「怖い」顔だと思うの、私だけ?男を誘うときの上目遣いが結構恐ろしい。今夜夢に出てきそう・・・(ファンの方、失礼!)。

2005/12/19  22:16

ブラックモアズナイト(最終回)  音楽

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(写真:キャンディスは「あなた達にはアンコールなしよ!」とは言わなかったが・・・blackmoresnight.comより)

彼らがステージから去った後、すぐにCDの音楽が流れた。これは通常「終わり」のサインだ。そしてもうしばらくすると、客席のライトがついた。これはもう一つの「終わり」のサインである。

ロックやポップのコンサートに行く人であれば常識だが、アーティストはアンコールをやることが今や当たり前である。もちろん元々の意味は観客がどうしても、という場合の特別な機会だったのだろうが、2回アンコールをやるのがロックでは当たり前である。それを考え、あえて本編を短く演奏するアーティストも居るほどだ。

もちろんこの「アンコール拒否」にファンは納得するはずがない。しかし人一倍気難しいリッチーを知るファンは私を含め、アンコールをやらないであろうことはこれまでの彼の態度から既にわかっていた。

「彼の様子からやるとは思えないね、叫んでたやつらリッチーのことを知らなさ過ぎる。」
「騒いでいたのはたった二人じゃないか。その他はみんな良いファンなのにアンコールをやらないのはおかしい。」
「俺もパープルやレインボーを聞きたかった。ブラックモアズナイトの曲はほとんど知らない。でもあれはあれですばらしい音楽じゃないか。昔のものばかりリクエストする奴らは敬意を払っていない。」
「リッチー、お前は最低だ(Ritchie sucks)!」

みな思い思いのことを言っていたが、多くのファンはあきらめ切れない。リッチーのことをよく知っている人ほどやらないことは早くわかっていたがが、それでもその場から立ち去れなるほど簡単に諦められるものでもない。最後には最低1曲、昔の曲をエレキギターでガツンとロックしてくれたはず、あるいは「泣き」のフレーズ満載で喜ばせてくれたはずだ。ブラックモアズナイトの曲も含め、全部で4曲くらいは演奏したことだろう。
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(写真:騒然とする観客をなだめる警官(中央))

15分くらい経ってからだろうか、警備にあたっていた警察官がステージ前の椅子に立ち「みんな、残念だがコンサートはおしまいだ」と言った。エンジニアが機材を片付け始めても約3分の1程のファンは思い思いのことを話してその場を去ろうとしない。私も20分ほど粘ったが、仕方なく立ち去ることとした。

演奏時間はわずか1時間弱。もしかしたら本編の曲数も減らしたのかもしれない。アンコールと彼がエレキギターを弾く姿が見られなかった残念な気持ちと、理想主義の気分屋リッチーが相変わらず「とんがっている」ところを目の当たりにしてうれしい気持ち。更にはやっぱり1曲でも多く彼のギターが聞きたかった、という気持ちと、マナーのよい客が多い日本公演ではありえない貴重なものを体験した、という気持ちが複雑に交錯してよくわからなくなったいた。しかしこのコンサートのためだけに、はるばるダラスから飛行機でやってきた私の後味が悪かったことは否定できない。外に出ると心も体もものすごく寒かった。

ブラックモアズナイトは来年新譜を発表する。そのコンサートツアーも遠くない未来にあることだろう。

よし、決めた!次のツアーには彼のお気に入りのドイツの古城まで行ってやる!

ん、今あなた、「お前はアホか!」って言いました?(「ブラックモアズナイト」終わり)

2005/12/18  12:39

ブラックモアズナイト(3)  音楽

前座に登場した彼らはGeyersというドイツの2人組みらしい。20分ほどブラックモアズナイトの曲(ドイツ語版)も含め演奏した。そのうち1人は太いだけあって、バスの効いたいい声をしている。

30分程の休憩を挟み、ノリの良い「Cartouche」のリズムに乗って、ついに御大登場!!!

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(写真:blackmoresnight.comより。リッチーももう60歳。)

小さく田舎の会場であることも一因かもしれないが、カメラ撮影については事前に厳禁であることがアナウンスされ、実際に取った人は一人一人警察に注意されていた。よって私は最後に一枚くらい撮ろうと思って、撮影はしてなかった。

「Queen for the Day」へと流れるが、リッチーはギターが上手くなっている。8年前に観たときはアコースティックに違和感を感じていたが、大分アコースティックを引き続けて上達したようだ。運指はエレキの時と同様に小指も使ってバタバタときれいに動かしていく。ボーカルのキャンディスも大分慣れてきているようだ。MCは相変わらず得意ではなさそうだが、そつなくこなす。

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(写真:ステージはこんな雰囲気です。blackmoresnight.comより)

「Soldier of Fortune」というディープパープル時代の曲を演奏すると盛り上がる。今回は「Child in Time」まで演奏してくれた。私はブラックモアズナイトの曲で、個人的に好きなこともあるが、「Where are we going from here」と「Dandelion Wine」の出来が素晴らしいと思った。やはりパープルやレインボーの曲はそれなりのボーカリストとバックバンドで演奏しないと、ちょっと感じがでない。

客席から「Rainbow Blues」という曲のリクエストがしきりに出る。これはブラックモアズナイトの曲であるが、リッチーのエレキギターによる「泣き」フレーズ満載の曲だ。さらに「Smoke on the Water」、「Burn」という場違いなリクエストにリッチーはアコギで少し爪弾き、おどけてみせる。ボーカルのキャンディスが「あなたたち、このバンド、どうゆうものか解かってるわよね?」とやんわり否定する。

ここまでは冗談で良かったのだが、同じ2人くらいの観客がやりすぎた。「Stormbringer」、「Maybe I'm a Leo」、「Burn」、「Highway Star」とのリクエストが飛ぶ。どの曲もかつてのハードロック時代の曲で、メロウな曲の多い中世の音楽を奏でるブラックモアズナイトでは出来ないものばかりだ。リッチーはセットリストに乗っていた予定の曲をやりたくない、と言い出し、ギターを持ち替えた。キャンディスも心無いリクエストをする客に向かって少し品のない言葉を投げかけると、周りからは拍手が起こった。

そして1曲終わるとリッチーは限られたスペースでウロウロし始めた。ここで私も「ヤバイ」と思った。しかしブラックモアズナイトの「Christmas Eve」を演奏すると、私の心配は杞憂で終わったかな、と思った。

これで一旦終わり、キャンディスが「おやすみ」と一言残し、メンバー全員足早にステージを去る。さあ、アンコールでは何をやってくれるのか、と期待し、拍手を続ける(続く)。

2005/12/16  4:40

ブラックモアズナイト(2)  音楽

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(写真:こんな衣装の人たちがたくさん来ていました。blackmoresnight.comより)

ニュージャージー州といっても最寄駅ならぬ最寄空港はフィラデルフィアである。少し観光でもしようと早めのフライトを取ったのに、どうしても日本時間月曜までに作成する資料が3つあったため、ホテルにチェックインして数時間仕事に勤しんだ。せっかくの週末、どうせなら頭を空っぽにして、ミーハーに「ロッキーの像」でも観に行きたかったのに、とぶつぶつ言いながらも2つの資料を完成。3つ目は自宅に帰ってからなんとかなりそうだと考えた。

会場は私の泊まる安宿から車で20分弱のところにあるScottish Rite Auditoriumという場所。クリスマスのイルミネーションがまぶしい住宅街を通り、夕方7時過ぎに到着。良くこんなひなびた田舎の会場を見つけたものだ。ステージは小さく、キャパは3〜400人くらいだろうか。中世のルネッサンス音楽を奏でるにはもってこいのこじんまりした雰囲気だ。日本ではどうしても大きなホールになってしまうが、この小さな会場こそ、リッチーの求める彼の音楽に合った会場なのだろう。ドイツなどでは雰囲気のある古城にてコンサートを行ったりしていたらしい。中世のコスチュームを着てくると割引になることもあり、4分の1ほどの客は人形のような衣装でコスプレ(?)をしている。ある意味異様な空間だ。

公演前にコンサートグッズを物色する。東京で勤務していたころは、こういうコンサートのグッズを1公演で1万円くらいポーンと使っていたものだ。以前の会社を辞めてからそういうことはしないように心がけたが、現在は少し稼いでいるので、20ドルのプログラムと18ドルのTシャツを購入。プログラムは昨年10月に行われた日本公演のものだった。ちなみに「Ghost of a Rose」というアルバムのバンドスコアも日本製だった。ブラックモアズナイトの日本での人気がよくわかる。

席に陣取ると15列目くらいだろうか、かなりステージに近い。ま、一番後ろでもこの会場であればよくステージが見えるのだけど・・・。開演が迫った8時5分前。突然客先から2人の男がバグパイプのような楽器とギターとバイオリンの合いの子のような古楽器を演奏しながらステージに登場してきた。この人たち、一体誰???(続く)


2005/12/12  21:52

ブラックモアズ・ナイト  音楽

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(写真:80年代前半頃か?レインボー時代のブラックモア)

私はあまり「ハマる」ということがない。とかく物事にこだわらず、行き着けの場所を作らない、流行モノに飛びつかない、などなど。男性にありがちな女性アイドル歌手などには一度としてハマった記憶がない。

しかしこれまで「お前はアホか!」といわれるレベルまでハマったことがある人物が2人だけ居る。植木等とリッチー・ブラックモアだ。植木等の話はまたの機会として今回はリッチー・ブラックモアの話。

リッチー・ブラックモアは1945年生まれのイギリス人ギタリスト。ディープ・パープル、レインボーというロックバンドで主に70〜80年代にかけて活躍した。大学時代はとにかくリッチーが大好きだった。理由は単純で、彼のギターほど心に訴えてくるものはないから。もちろんこれは非常に主観的、感覚的なものであり、なんとも言葉で説明し難いものなのである。彼の整然としながらもキチガイなギターフレーズに狂気し、深夜までヘッドホンで彼のライブ演奏のギターを聞いていた。あまり上手いとはいえない私の腕でパープルやレインボーの曲を一所懸命コピーし、「ヨッシー・ブラックモア」と名乗って黒装束に身を包み、新宿のライブハウスでギターを演奏していた。

1995年にリッチーブラックモアズ・レインボーとして来日したときなど、追加公演を含め3度も観に行った。追加公演のNKホールでは4列目に陣取り、ちょっと見下した感じの彼と目が会った(ような気がした)時はものすごくうれしかった。1997年にフィアンセのキャンディス・ナイトと始めたブラックモアズ・ナイトになってからは音楽性がこれまでのハードロック路線とは大きく異なる中世ルネッサンス音楽であっても、彼のギターは多いに楽しめた。東京国際フォーラムでのライブ後半ではアコースティックからエレキギターに持ち替え、レインボー時代に演奏していた「Still I'm Sad」を突然演奏したときの感動と興奮は冷める事がない。

そのブラックモアズナイトがアメリカツアーをしていた。ヨーロッパと日本では根強い人気があるが、アメリカではわずか3日間のみ。12月10日ニュージャージー州Collingswoodという片田舎の地がファイナルだというので、土曜日ということもあり、私は2ヶ月以上前にチケットを予約しておいた(続く)。

2005/12/7  18:55

寒い!  アメリカ生活

サンディエゴ、ロサンゼルス出張からダラスに戻ったら、寒い!気温は午後7時現在でマイナス4度。雨、あられ交じりの天候に、明日のシカゴ行きのフライトが一旦キャンセルされたほどだ。道路が凍結して結構危ない。

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