2007/10/31 8:02
麻婆豆腐 食事
(写真:インターネットでの拾い物)
私は麻婆豆腐が好きだ。もちろんその日の胃袋の気分次第だが、初めて行く中華料理屋ではおおよそ麻婆豆腐を注文するといってもよいだろう。ちなみに北欧某都市は物価が高いので、中華料理で麻婆豆腐を頼むと9〜12ユーロ(現在のレート:1ユーロ165円計算で約1,500〜2,000円)するのが普通だ。
先週フランス・パリを久しぶりに訪問したが、物価が高かった。まあ以前訪問したのが、8年前のユーロ導入前だったので無理もないのだが、空港からパリの中心地までタクシー50ユーロ(8,250円)かかったのには驚いた。
ホテルでチェックインを済ませ、食事の場所を探そうと外に出た。時間が夜8時半を回っていたので、近場で済ませようとホテルの周りを10分程歩くがあまり選択肢はなかった。そこでホテルの目の前にある中華料理屋に入ることに。
高級そうな門構えだったが、「所詮中華料理だし・・・」と外のメニューには見向きもせずドアを開ける。するとスーツを着込んだボーイが「ボン・ソワ(こんばんは)」と挨拶し、コートを預かってくれた。そして彼は私が着席しやすいようにテーブルをずらしてくれたので、流れに任せて着席。「うーん、ここはもしかして超高級店か???」
まあ、それでも隣に座っているのは子供が二人いる家族連れだし、大したことないだろう、と思っていた。ただ、たまたまスーツを着ていてよかった。ジーンズで入ったらまずそうな雰囲気の場所だ、と思いつつも喉が乾いていたので青島ビールを頼む。すると頼みもしない前菜を持ってきた。どうやらセットらしい。「うーん、これは北欧以上に値が張るかな・・・」と思ってメニューを開いて驚いた。なんと、一番安い麻婆豆腐で28ユーロ(4,620円!)である。
んな、バカな!たかが麻婆豆腐。あ、もしかしてフランス・フラン表示か?いやいや、ちゃんとユーロ表示である。でもまあ空腹だったので、麻婆豆腐を注文。まるで北京ダックを頼んだかのような仰々しい保温用の蓋付きでやってきた。
ここの麻婆豆腐は小エビが入っていてフランス料理のようにクリーミーで美味い。でも麻婆豆腐はもうチョット下品な方がウマイような気がするし、いくら高級とはいえ中華料理で洒落すぎた雰囲気は少々ミスマッチのような気がする。それにしても28ユーロってことはないよな、と思いつつ少なかったご飯をお代わり。
食事を終え、何事もなかったかのように会計を済ませ店を出た。が、やはりあの価格は納得できなかった。それにあの洒落た雰囲気はサッと済ます麻婆豆腐でなく、どうせならフランス料理のフルコースで味わいたかった。。。
2007/10/30 5:23
ポーランド旅行(最終回)〜ワルシャワ旧市街〜 観光
翌日曜日は前日12時間もドライブし疲れていたので、チェックアウトの昼までホテルでのんびりしていた。
それでも夕方のフライトまで時間があるので、ワルシャワの旧市街を少し歩くことにした。ワルシャワの建物は戦争でほとんどが失われたが、再建された建物で十分にヨーロッパ的な雰囲気を味わうことができる。

(写真:ヨーロッパの雰囲気漂う小道)

(写真:いかにも「ロシア・東欧」という感じの民芸品を売る屋台)

(写真:Royal Castle。これも再建されたもので、門の部分くらいしかオリジナルでない)

(写真:ヨーロッパの旧市街によくある広場)

(写真:広場に突然、鎖帷子(?)の戦士が登場。見世物小屋(?)のデモンストレーションだそうな)

(写真:剣と盾でガツガツ、とやりあう。迫力満点)

(写真:や、やられた〜。)

(写真:伝統的なポーランド料理の店に入り、「ポーランドに初めて来た人にお勧めのポーランド料理は?」と聞いたらこのポークチョップ(真ん中のソースで埋まっているのが豚肉で、中にパプリカなどを包んである)を勧められた。ちょっとしょっぱいがウマイ!北欧のマズイ料理に慣れているのでちょっと感動。隣のテーブルの人が頼んでいたピエロギという餃子みたいな料理も美味そうだった。ポーランドは概して飯が美味いのかもしれない)
夕方に満足してポーランドを離れた。次に訪問するチャンスがあれば是非とも古都クラコフを見てみたい(「ポーランド旅行」終わり)。
それでも夕方のフライトまで時間があるので、ワルシャワの旧市街を少し歩くことにした。ワルシャワの建物は戦争でほとんどが失われたが、再建された建物で十分にヨーロッパ的な雰囲気を味わうことができる。
(写真:ヨーロッパの雰囲気漂う小道)
(写真:いかにも「ロシア・東欧」という感じの民芸品を売る屋台)
(写真:Royal Castle。これも再建されたもので、門の部分くらいしかオリジナルでない)
(写真:ヨーロッパの旧市街によくある広場)
(写真:広場に突然、鎖帷子(?)の戦士が登場。見世物小屋(?)のデモンストレーションだそうな)
(写真:剣と盾でガツガツ、とやりあう。迫力満点)
(写真:や、やられた〜。)
(写真:伝統的なポーランド料理の店に入り、「ポーランドに初めて来た人にお勧めのポーランド料理は?」と聞いたらこのポークチョップ(真ん中のソースで埋まっているのが豚肉で、中にパプリカなどを包んである)を勧められた。ちょっとしょっぱいがウマイ!北欧のマズイ料理に慣れているのでちょっと感動。隣のテーブルの人が頼んでいたピエロギという餃子みたいな料理も美味そうだった。ポーランドは概して飯が美味いのかもしれない)
夕方に満足してポーランドを離れた。次に訪問するチャンスがあれば是非とも古都クラコフを見てみたい(「ポーランド旅行」終わり)。
2007/10/29 5:22
ポーランド旅行(4)〜アウシュビッツで過ごす4時間〜 観光
そんな訳で長いドライブの後、午後2時半にアウシュビッツ収容所に到着した。まずは多くの人が訪れるアウシュビッツIから一つ一つ噛み締めるように展示物を見ていった。アウシュビッツ収容所にはI、II、IIIとあり、現在残されているのはIとIIだ。
ナチス・ドイツがユダヤ人に対してどのようなことを行ったか、そしてアウシュビッツで何が行われたかについてはあまりに凄惨なため、このブログでは触れないことにする。多くの人に伝えたい、という気持ちもあるが、多くの本やインターネットなどで情報が取れるので、このブログを読んで興味を持った方は、是非何があったかお調べいただきたい。何枚か撮った写真だけ紹介したい。ちなみにIでは多くの展示物があるが、建物の中では何度も写真をとりたい部分がいくつもあったが、撮影が禁止されていたため、それに従った。


(上二枚の写真:Iの入り口。ドイツ語で「働けば自由になる」と書いてある。もちろん大嘘である。)

(写真:鉄条網が物々しい雰囲気を助長する)

(写真:奥に見える壁の前で多くの人が処刑された。)

(写真:Iの建物は主にアドミに使用されていた。各建物に展示物がある)
アウシュビッツII(ビルケナウ)はIから数キロの距離にも関わらず、展示物が少ないこと、また交通の便が悪いため、訪れる人は少ないようだが、ココこそまさに多くのユダヤ人が収容、殺害されていた場所である。夕暮れに吹く強い風が寂しい雰囲気を助長する。

(写真:ユダヤ人たちは鉄道でIIに直接運ばれてきた)

(写真:公開されているバラックの内部)

(写真:ナチが証拠隠滅を図り、爆破したとされるガス室)

(写真:アウシュビッツで亡くなったとされる150万人を追悼する記念碑)
IIの閉館時間である夕方7時近くになり、4時間ほど見続けていたことになる。あまりにも悲惨な歴史を目の当たりにして重い気分になりながら再度6時間運転。ワルシャワのホテルに戻ったのは深夜1時頃であった(続く)。
ナチス・ドイツがユダヤ人に対してどのようなことを行ったか、そしてアウシュビッツで何が行われたかについてはあまりに凄惨なため、このブログでは触れないことにする。多くの人に伝えたい、という気持ちもあるが、多くの本やインターネットなどで情報が取れるので、このブログを読んで興味を持った方は、是非何があったかお調べいただきたい。何枚か撮った写真だけ紹介したい。ちなみにIでは多くの展示物があるが、建物の中では何度も写真をとりたい部分がいくつもあったが、撮影が禁止されていたため、それに従った。
(上二枚の写真:Iの入り口。ドイツ語で「働けば自由になる」と書いてある。もちろん大嘘である。)
(写真:鉄条網が物々しい雰囲気を助長する)
(写真:奥に見える壁の前で多くの人が処刑された。)
(写真:Iの建物は主にアドミに使用されていた。各建物に展示物がある)
アウシュビッツII(ビルケナウ)はIから数キロの距離にも関わらず、展示物が少ないこと、また交通の便が悪いため、訪れる人は少ないようだが、ココこそまさに多くのユダヤ人が収容、殺害されていた場所である。夕暮れに吹く強い風が寂しい雰囲気を助長する。
(写真:ユダヤ人たちは鉄道でIIに直接運ばれてきた)
(写真:公開されているバラックの内部)
(写真:ナチが証拠隠滅を図り、爆破したとされるガス室)
(写真:アウシュビッツで亡くなったとされる150万人を追悼する記念碑)
IIの閉館時間である夕方7時近くになり、4時間ほど見続けていたことになる。あまりにも悲惨な歴史を目の当たりにして重い気分になりながら再度6時間運転。ワルシャワのホテルに戻ったのは深夜1時頃であった(続く)。
2007/10/22 4:44
ポーランド旅行(3)〜遥か遠きアウシュビッツ〜 観光
(地図:ワルシャワとアウシュビッツ収容所の位置)
朝食付き一泊35ユーロのホテルは少々寒かったが、布団に包まると良く眠れた。
首都ワルシャワからアウシュビッツのあるオシフィエンチムまでは直線距離で300キロくらい。ポーランドに来る前は「まあ、時速100キロで飛ばして3時間、余裕を見て4時間弱かな」と思っていたが甘かった。レンタカー屋でもらった地図を見てわかったことだが、ワルシャワからはいくつかの小さな町をクネクネと経由して、古都クラコフにいたる道が一番近道だ。そこから真西に位置するオシフィエンチムに向かうため、走行距離としては450キロくらいある。ということで朝食を取り、早めの8時半頃出発。
クラコフにいたる一本道に行くまでに何度か迷いながら何とかたどり着く。しかしながら道路は予想していた高速道路のようなものではなく、全くの田舎道で整備されていないところも多々ある。それどころか信号が予想以上に多く、しばらくノロノロになる場面も。運が悪いのか工事中のところもあり、その場合対向車線を流すため簡易式の信号で数分止まる始末。やれやれ。
ポーランドは時速60キロ制限のところが多いが、日本と同様見晴らしのよい安全なところでも、曲がりくねった視界の悪いカーブでも同じ60キロ制限なのがいけない。メリハリがないのでどこが危険なのかわかりづらい。また一車線しかないので、追い越すには対向車線にはみ出なければならないので、対向車線の奴が追い越しをすると、正面衝突するのではないかとヒヤッとしたこともあった。私は視界のよいところのみで抜かしていった。ゆっくり走っていたら日が暮れてしまう。スピードを出せるところでは60キロ制限でも120キロで飛ばしていった。
クラコフで軽く昼食を取り、そしてようやく6時間かけてアウシュビッツ強制収容所に到着した(続く)。
2007/10/16 1:32
ポーランド旅行(2)〜マニュアル車でエンスト〜 観光
「ガタン」と駐車場を出る前からいきなりエンストをしてしまった。日本で自動車教習所に行った初期の頃はよくエンストしていたため、懐かしい感覚だ。左足でクラッチを入り切りする感覚がどうも掴めない。
とはいえ練習している時間はない。彼の車についていかなければならない。やっとの思いで駐車場を出ていきなり路上で実戦だ。マニュアルのギアチェンジを右手で行うのは初めてなので、どうもヘンな感覚だ。
上手く加速したと思ったら、信号で止まるたびにギアをローに入れなおさなければならない。全く面倒な作業だ。燃費の問題だろうが、欧州では未だマニュアルが一般的なのが信じられない。オートマならかなり楽なのに。ここでは老若男女、みんなよく運転していると思う。信号で一度エンストし、後ろからクラクションを鳴らされるも、何とか乗り切っていった。
一度怖い思いをしたのは左折で一旦停止して、動き出そうとしてエンストしたとき。左折は青が短いので、後ろから強烈なクラクションを鳴らされ、出遅れて交差点でモタモタしていると事故を引き起こしかねない。まあ、それでも何とかレンタカー屋の彼に追いつくことができた。
そして10分ほど走ったころだろうか、ホテルに到着。彼は一度車を降りて「ココだよ」と説明してくれたため、「いやー、マニュアル車は久しぶりだったもんで、エンストこいちまったよ」と私は言い訳がましく説明したが、彼は全く気にしていない様子だった。ガッチリ握手して彼と別れ、安ホテルにチェックインした(続く)。
とはいえ練習している時間はない。彼の車についていかなければならない。やっとの思いで駐車場を出ていきなり路上で実戦だ。マニュアルのギアチェンジを右手で行うのは初めてなので、どうもヘンな感覚だ。
上手く加速したと思ったら、信号で止まるたびにギアをローに入れなおさなければならない。全く面倒な作業だ。燃費の問題だろうが、欧州では未だマニュアルが一般的なのが信じられない。オートマならかなり楽なのに。ここでは老若男女、みんなよく運転していると思う。信号で一度エンストし、後ろからクラクションを鳴らされるも、何とか乗り切っていった。
一度怖い思いをしたのは左折で一旦停止して、動き出そうとしてエンストしたとき。左折は青が短いので、後ろから強烈なクラクションを鳴らされ、出遅れて交差点でモタモタしていると事故を引き起こしかねない。まあ、それでも何とかレンタカー屋の彼に追いつくことができた。
そして10分ほど走ったころだろうか、ホテルに到着。彼は一度車を降りて「ココだよ」と説明してくれたため、「いやー、マニュアル車は久しぶりだったもんで、エンストこいちまったよ」と私は言い訳がましく説明したが、彼は全く気にしていない様子だった。ガッチリ握手して彼と別れ、安ホテルにチェックインした(続く)。
2007/10/8 13:43
ポーランド旅行 観光
去る9月14〜16日にポーランドを訪問してきた。目的は人類最大級の負の遺産、アウシュビッツ収容所訪問である。
欧州ではいつかこういう日が来るのではないかと思っていた。それはマニュアル車を運転しなければならない、ということだ。欧州ではおそらく燃費の問題だとおもうが、マニュアル車がメインでオートマ車を探すのは骨が折れる、あるいは値段が張るのが常である。ポーランドはこれまでの訪問先とことなり、まずオートマ車を見つけること自体が困難であった。そしてようやくオートマを見つけインターネットで予約したものの、結局マニュアルしかない、と電話連絡があったため、観念してマニュアル車を予約した。ちなみに私は日本でマニュアル車で免許を取得したものの、全くのペーパードライバーで、日本では免許取得後一度も運転していない。ここ最近はアメリカ、北欧で4年以上運転しているが、すべてオートマである。よってマニュアル車を運転するのはこれがなんと12年半振りである。それを英語圏でもない初訪問のポーランドで挑戦しようというのだから、私も相当なチャレンジャーである。
それでもナビがあれば地図を見ることもないし、何とかなるだろう、と外付けのナビを予約し、金曜日遅くにワルシャワ空港に到着。ところがレンタカー屋のお兄ちゃんいわく、「ナビは3台しかなく、すべて貸してしまった」とのこと。ったく、これでは何のために事前予約しているのかわからない。他のレンタカー屋に聞いてみると外付けのナビがあるが、レンタカーとセットでないとそのナビも貸してくれないシステムになっているとのことで、2軒とも断られた。
うーん、これは神から与えられた試練に違いない(?)。1)久しぶりのマニュアル、2)ナビ無し、3)英語の通じない初めての異国の地、とヘレンケラーばりの三重苦で行くことを決意。するとレンタカー屋のお兄ちゃんは親切に「どこのホテル?ああ、そのホテルは帰り道の途中だし、仕事ももうすぐ終わるから、私の車についてきたらいい」と申し出てくれた。マニュアル操作に不安があって少々練習したいが、夜道で方向についても不安なので、15分程店じまいをする彼を待って、案内してもらうこととした(続く)。
欧州ではいつかこういう日が来るのではないかと思っていた。それはマニュアル車を運転しなければならない、ということだ。欧州ではおそらく燃費の問題だとおもうが、マニュアル車がメインでオートマ車を探すのは骨が折れる、あるいは値段が張るのが常である。ポーランドはこれまでの訪問先とことなり、まずオートマ車を見つけること自体が困難であった。そしてようやくオートマを見つけインターネットで予約したものの、結局マニュアルしかない、と電話連絡があったため、観念してマニュアル車を予約した。ちなみに私は日本でマニュアル車で免許を取得したものの、全くのペーパードライバーで、日本では免許取得後一度も運転していない。ここ最近はアメリカ、北欧で4年以上運転しているが、すべてオートマである。よってマニュアル車を運転するのはこれがなんと12年半振りである。それを英語圏でもない初訪問のポーランドで挑戦しようというのだから、私も相当なチャレンジャーである。
それでもナビがあれば地図を見ることもないし、何とかなるだろう、と外付けのナビを予約し、金曜日遅くにワルシャワ空港に到着。ところがレンタカー屋のお兄ちゃんいわく、「ナビは3台しかなく、すべて貸してしまった」とのこと。ったく、これでは何のために事前予約しているのかわからない。他のレンタカー屋に聞いてみると外付けのナビがあるが、レンタカーとセットでないとそのナビも貸してくれないシステムになっているとのことで、2軒とも断られた。
うーん、これは神から与えられた試練に違いない(?)。1)久しぶりのマニュアル、2)ナビ無し、3)英語の通じない初めての異国の地、とヘレンケラーばりの三重苦で行くことを決意。するとレンタカー屋のお兄ちゃんは親切に「どこのホテル?ああ、そのホテルは帰り道の途中だし、仕事ももうすぐ終わるから、私の車についてきたらいい」と申し出てくれた。マニュアル操作に不安があって少々練習したいが、夜道で方向についても不安なので、15分程店じまいをする彼を待って、案内してもらうこととした(続く)。
