2007/6/23  7:39

理想と現実の狭間で  日記

今日は何でこんなに書いているのかというと、雨が降って釣りに行くのを止めたからです。
さて、私が2年ほど前からはじめたルアーですけど、今期も順調です。
筑後川や県南のため池は、お魚天国の状態です。
実は、ある日釣り人の方から「久留米大学の先生ですか?」と声をかけられます。駐車証があるためです。別にそれほど有名ではありません。それで、何を聞かれるのかというと、「今度の放流はいつですか?」
誰か久留米大学の教員がブラックバスを筑後川に放流しているのか?
そんなデンジャラスな教員は????
と、一瞬びっくりしましたが、答えはえさの方でした。
一部の先生方が「筑後川流域圏」という企画をなさっていますが、その話題を知ってこのえさの放流と関係があると思われたのでしょう。
事の真相は、久留米市の「くるめうす」の近くで、ここら辺にしか生息していないといわれるモツゴがタナゴを資源保護のために、毎年放流しているのです。たまたま、自分はその下流域でバスを釣っていたのですが、実はまさに入れ食い状態でした。
その原因がモツゴ(すいませんよく知らないので、、、、。)の放流であることは、すぐに判りました。かかってくるバスの口はあふれんばかりのモツゴさんで、よくルアーまで喰うなあと関心します。しかも、おなかはパンパン(多分全部モツゴ)です。
家に帰ってTVで、「今日久留米市では、、、、筑後川にしか生息していない、、、何とかタナゴを、、、子供たちが元気に放流していました」というニュースを見て、「うーん、この子供たちに今日のバスを見せたら多分トラウマになるなあー」と、精神科医らしく考察させていただきました。
今年の放流も楽しみです。クリックすると元のサイズで表示します
しかしながら、一方でこのブラックバスには、福山も困っています。それは、最近山岳地帯の渓流にもブラックバスが出現してきています。
困るのがヤマメや鮎といったトラウトです。
下の写真は、大分県の某河川ですがなかなかこのようなサイズも少ないのです。
標高500メートルの渓流でバスがかかってくるのには、どーもしっくりきません。
せっかくCWニコル気取りでロッドをふっているのに、バスがかかると一気に筑後川沿いのクソガキが頭に浮かんできてしまいムード台無しです。
このような理想と現実は、日本のいたるところで繰り返されるのでしょう。
ということで、前回は保守的な内容を書きましたが、今日はおもいっきりリベラルに!
「福山は川辺川ダムの建設に反対です。」

今ある小さなダムもめいっぱい放流してください。インターがあれだけ近いのだから大丈夫です。たかがヤマメを釣るのに数万円かける親父達が増えています。熊本の白川の農道に駐車してあるBMWやボルボを見れば、少しは熊本県もわかってほしいものです。。。クリックすると元のサイズで表示します

2007/6/23  5:30

沖縄戦と措置入院  日記

いかんいかん、書いていません。最近、更新していませんねとの、教室からの指摘です。
さて、何の話題と思ったのですが、ニュースやネット上から、沖縄戦での集団自決が本当に「軍の命令であったのか?」という話題を見ていて、ふと精神保健福祉士の勉強と絡めて書いてみることにしました。
沖縄戦での集団自決が「軍の命令」であった場合、多分「準戦闘下」のおける死亡ということで、遺族には恩給を支給することができます。これは伝聞なので、そうでない場合もあるのでしょうが、「軍の命令があった」とするほうが、住民の経済的しあわせとのことで、命令したことにする、もしくは黙っている軍属や首長の方も多かったと聞いています。「金の問題ではない!」と批判される向きもあるかもしれませんが、それは平成のたわごとかもしれません。戦後、焼け野原になったところで、恩給や米軍の消費や予算がどれだけ(生活のために)大切であったかは、保守、革新問わず身にしみているはずです。
さて、精神科の入院形態のひとつに「措置入院」という入院があります。これは、「自傷、他害の危険がある」ということで県知事の命令に基づく非自発的(ありていに言えば強制)入院のことです。しかしながら、昭和の30年代、40年代には精神科の入院のかなりの割合を占めていました。逆に、患者さん本人が自発的に入院することを「任意入院」といいますが、この割合が多くなってきたのはここ10年の話です。実は、昭和の30年代に措置入院を要する患者さんが多かったのではありません。措置入院にすれば「治療費がタダ!」ということから措置入院にしてあげた!?ということなのです。表立って精神保健福祉の教科書には出てきませんが、通称「経済措置」と業界では呼んでます。
よく、人権派弁護士さんなどが「日本の精神病院は患者を閉じ込めて云々」といわれますが、この「経済措置入院」に関しては、私は前出の「自分が命令を出した」ことにして今まで黙ってこられた軍属の方と同じ心境になってしまいます。
昭和の30年代といえば、鍋釜の日常です。ほんの十数年前まで「口減らし」「間引き」はあ当たり前、丁稚奉公という現在の労働基準では考えられないことが常識でした。そのような時代に、精神病院に家族の人間が長期入院することになれば、世に言う「食えない!」ということになります。戦後の沖縄ではなおさらのことでしょう。
「戦後、食えなかったから申しあわせで「強制性」を仮認定した。」と子供たちに教えるほうが、美しき日本の美しい心を伝えることにあると思うのですが、、、、。

さて、この昭和の暮らしについては精神保健福祉士の授業では結構重要です。
鍋釜、火ふき竹、練炭、内職、女工さん etc、知っておかないといけない昭和ネタがいっぱいです。なんか、難しそうに感じるかもしれませんが面白いです。久留米大学の先輩のPSW(というかカウンセラー)がよく口にします。
「精神科って、3日やったらやめられません。」
この奥義を勉強してもらいたいです。

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