2008/2/27 22:57
壊れそうな薬剤師 分類なし
今回の入院で印象的だったのは、心が崩壊する寸前の薬剤師に出会ったこと。彼女は27歳で、変えた抗生物質の説明に訪れたのだった。一通り、事務的な説明を終えたが、どこか思い悩んだような目をしている。
僕は「ねえ、君大丈夫なの?心が壊れる寸前じゃないかと心配なんだけど」と言ってみた。すると彼女は「どうして分かったんですか?私、自分でも壊れてゆくのが分かるんですよ」と驚いた。彼女は占いにやってくる一部の客層に似ていた。そんな共通点が感じられたから、つい声をかけてしまった。
「薬剤部にお局様がいて、私は目をつけられています。毎日叱られてばかりで、もう限界でした」
「それは大変だね。君は上からいろいろ指示されて動くよりも、裁量を与えられて好きなように仕事をするほうが向いている。管理されるタイプじゃないと思う」
「当たっています」
2人はこんな会話を続けた。この薬剤師が言うには、この病院では医師、看護師、薬剤師だけでなく、すべてのスタッフに数年前から成果主義が導入されたという。
「薬剤師は患者さんに薬の説明をするのも仕事の一つですが、ここでどう成果を出していいかわからない。成果を出すために一生懸命説明すると、そんな専門的なこと言われてもわかるわけねえだろう。もう、薬のウンチクはいいから帰ってくれないか≠ニ怒鳴られてしまいます」
僕は「そんな患者に接して腹が立たない?」と聞くと、彼女は「患者さんは、精神的に限界まで悩んで入院しているんです。普通の穏やかな精神状態じゃないんだから、多少八つ当たりされても、それはしかたないこと。八つ当たりして患者さんがスッキリするのであれば、喜んで怒鳴られます」と言った。
そして「この大学は有名なブランド大学だから、みんな大学名で患者は集まってきますが、医者は出世に夢中で患者の心は見えないし、看護師は人員ギリギリで回しているから、いつも走り回っていて本来の優しさも発揮できない。節約や効率、成果ばかり気にしていると医療の本質がダメになってしまう」と付け加えた。
その後はベットに座りながら1時間も自分の身の上を話した。「親は清く生きるようにときれいな水でしか生きられない魚を名前に一字入れたけど、名前負けしてドロドロした泥水に住むドジョウになってしまった」と寂しそうに笑った。おそらく、職場には彼女の話をじっくり聞いてくれる人がいないのだろう。それから彼女は、この病院の看護師がうつ病で次々離脱する事実を教えてくれた。
「ああ、次はきっと私の番です」
そうつぶやきながらも、言うだけ言って満足したのか、顔は明るくなっていた。入院中は食事もおいしくとてもいい病院で、天国のように思えた。だが、働く側は目に見えない苦労をしていて、患者にはそれを決して見せないようにしていたのだ。優雅に泳ぐ白鳥が水の中でいっぱい足を動かしているように、見えない部分では誰もが限界まで動いているのだろう。
僕は「ねえ、君大丈夫なの?心が壊れる寸前じゃないかと心配なんだけど」と言ってみた。すると彼女は「どうして分かったんですか?私、自分でも壊れてゆくのが分かるんですよ」と驚いた。彼女は占いにやってくる一部の客層に似ていた。そんな共通点が感じられたから、つい声をかけてしまった。
「薬剤部にお局様がいて、私は目をつけられています。毎日叱られてばかりで、もう限界でした」
「それは大変だね。君は上からいろいろ指示されて動くよりも、裁量を与えられて好きなように仕事をするほうが向いている。管理されるタイプじゃないと思う」
「当たっています」
2人はこんな会話を続けた。この薬剤師が言うには、この病院では医師、看護師、薬剤師だけでなく、すべてのスタッフに数年前から成果主義が導入されたという。
「薬剤師は患者さんに薬の説明をするのも仕事の一つですが、ここでどう成果を出していいかわからない。成果を出すために一生懸命説明すると、そんな専門的なこと言われてもわかるわけねえだろう。もう、薬のウンチクはいいから帰ってくれないか≠ニ怒鳴られてしまいます」
僕は「そんな患者に接して腹が立たない?」と聞くと、彼女は「患者さんは、精神的に限界まで悩んで入院しているんです。普通の穏やかな精神状態じゃないんだから、多少八つ当たりされても、それはしかたないこと。八つ当たりして患者さんがスッキリするのであれば、喜んで怒鳴られます」と言った。
そして「この大学は有名なブランド大学だから、みんな大学名で患者は集まってきますが、医者は出世に夢中で患者の心は見えないし、看護師は人員ギリギリで回しているから、いつも走り回っていて本来の優しさも発揮できない。節約や効率、成果ばかり気にしていると医療の本質がダメになってしまう」と付け加えた。
その後はベットに座りながら1時間も自分の身の上を話した。「親は清く生きるようにときれいな水でしか生きられない魚を名前に一字入れたけど、名前負けしてドロドロした泥水に住むドジョウになってしまった」と寂しそうに笑った。おそらく、職場には彼女の話をじっくり聞いてくれる人がいないのだろう。それから彼女は、この病院の看護師がうつ病で次々離脱する事実を教えてくれた。
「ああ、次はきっと私の番です」
そうつぶやきながらも、言うだけ言って満足したのか、顔は明るくなっていた。入院中は食事もおいしくとてもいい病院で、天国のように思えた。だが、働く側は目に見えない苦労をしていて、患者にはそれを決して見せないようにしていたのだ。優雅に泳ぐ白鳥が水の中でいっぱい足を動かしているように、見えない部分では誰もが限界まで動いているのだろう。
2008/2/20 22:21
欲望のままに 分類なし
2月4日に良性と言われてから、その嬉しさはまだ消えることがなく、毎日がなぜか楽しい。単調で何も変化のない毎日なのに、それでも最高の幸せを感じる。ところが、2月5日に右肩関節に激痛が走り、痛みは増すばかり。我慢できずに整形外科に行ったら、五十肩だと言われた。命に別状がないので、この結果も嬉しかった。そうしたら、今度は激しい胃痛とむかつきが続いている。
実は2ヶ月前から胃の調子がおかしかった。もう我慢できないので、近日中に経鼻内視鏡で胃の中を見てもらおうと思った。鼻から入れる内視鏡は、吐き気や苦しさがほとんどないと聞いたので、やってみようという気になったのだ。
今は特にストレスも感じていないのに、なぜ胃が痛むのだろう。薬の副作用でもないようだ。もし胃ガンだったらどうしようとまた心配になる。で、手術しましょうなどと言われたら、きっとまた嫌な気分になるだろう。
僕は耳下腺腫瘍の病理結果がわかるまで、耳下腺ガンの人が書いたブログを多数読みまくった。とても病状が悪い方向に進み、転移、再発、再手術を繰り返し、最後はプッツリと更新が途絶えているブログがいくつかあった。たぶん、亡くなったんだろう。ブログの主たちはみんな前向きで、元気づけられたのに、この更新が途絶えるという現実がすごく寂しい。
末期の耳下腺ガンの男性が「僕はガンになって嬉しい。統計的にあとどのくらい生きるかわかるから、家族との別れの時期も十分ある。感謝の気持ちも伝えられる。脳卒中でお別れも言えずに死ぬのとは違う。本当にガンでよかった」と書いてあったのが印象的だった。ガンと宣告されてからも、みんな日常生活を変えることなく普通に生きている。嘆くことも自暴自棄になることも表現せずに冷静だった。僕なら、うろたえて狼狽する姿をきっと赤裸々に表現する。
みんなそれを押し殺し、ユーモアまで交えている。それはすごい精神力だと感激した。僕がもし助からない病気だとわかったら、おそらく残りの人生は好き勝手に欲望のままに生きてしまうのではないかと想像した。そんな話を親友に話したら彼はこう言った。
「人間っていうのは、欲望のままに生きるなんて、絶対にできないようになっているのさ。そんな生き方を必ず阻止する力が働く。うまいものばかりを食べるという食欲を満たせば、糖尿病や痛風などの病気に阻止される。いろんな女とセックス三昧の生活をすれば、いずれ性病がその欲望を阻止する。わがまま放題に振る舞えば、友人は去っていつか孤独になる。人生は常に見えない力に欲望を規制されているんだ」
この言葉を聞いて、次にまた何か大きな病気になっても、欲望を抑えて質素に暮らせたらと思った。何も規制されない自由と安易な欲望を手にしても、きっと虚しさが残るだろう。女性の視点にもいろいろ気づかされることが多いが、男の友人の意見っていうのも、本当に勉強になる。
実は2ヶ月前から胃の調子がおかしかった。もう我慢できないので、近日中に経鼻内視鏡で胃の中を見てもらおうと思った。鼻から入れる内視鏡は、吐き気や苦しさがほとんどないと聞いたので、やってみようという気になったのだ。
今は特にストレスも感じていないのに、なぜ胃が痛むのだろう。薬の副作用でもないようだ。もし胃ガンだったらどうしようとまた心配になる。で、手術しましょうなどと言われたら、きっとまた嫌な気分になるだろう。
僕は耳下腺腫瘍の病理結果がわかるまで、耳下腺ガンの人が書いたブログを多数読みまくった。とても病状が悪い方向に進み、転移、再発、再手術を繰り返し、最後はプッツリと更新が途絶えているブログがいくつかあった。たぶん、亡くなったんだろう。ブログの主たちはみんな前向きで、元気づけられたのに、この更新が途絶えるという現実がすごく寂しい。
末期の耳下腺ガンの男性が「僕はガンになって嬉しい。統計的にあとどのくらい生きるかわかるから、家族との別れの時期も十分ある。感謝の気持ちも伝えられる。脳卒中でお別れも言えずに死ぬのとは違う。本当にガンでよかった」と書いてあったのが印象的だった。ガンと宣告されてからも、みんな日常生活を変えることなく普通に生きている。嘆くことも自暴自棄になることも表現せずに冷静だった。僕なら、うろたえて狼狽する姿をきっと赤裸々に表現する。
みんなそれを押し殺し、ユーモアまで交えている。それはすごい精神力だと感激した。僕がもし助からない病気だとわかったら、おそらく残りの人生は好き勝手に欲望のままに生きてしまうのではないかと想像した。そんな話を親友に話したら彼はこう言った。
「人間っていうのは、欲望のままに生きるなんて、絶対にできないようになっているのさ。そんな生き方を必ず阻止する力が働く。うまいものばかりを食べるという食欲を満たせば、糖尿病や痛風などの病気に阻止される。いろんな女とセックス三昧の生活をすれば、いずれ性病がその欲望を阻止する。わがまま放題に振る舞えば、友人は去っていつか孤独になる。人生は常に見えない力に欲望を規制されているんだ」
この言葉を聞いて、次にまた何か大きな病気になっても、欲望を抑えて質素に暮らせたらと思った。何も規制されない自由と安易な欲望を手にしても、きっと虚しさが残るだろう。女性の視点にもいろいろ気づかされることが多いが、男の友人の意見っていうのも、本当に勉強になる。
2008/2/17 14:57
態度が変わる 分類なし
今回の入院も周りから親切にされて、すごく嬉しかった。医師も人の心の痛みがわかる人だったし、楽しく充実した入院生活だった。だが、どんなに快適な入院生活でも、やはり早く退院したかった。1週間の入院だから、いろんな刺激があって楽しいが、これが数ヶ月となったら、やはりうんざりだったと思う。
入院した病院の看護師はこちらが笑顔であいさつすると、必ず笑顔が返ってくるし、みんな優しい女性が多かった。だが、前述したKさんに対しては冷たく接する看護師も何人かいた。
彼女らはKさんが笑顔であいさつしても、無視して馬鹿にした態度を取る。なぜ、そんなに冷たくされるのかといえば、彼の支払い能力に疑問を感じていたからだろう。Kさんは入院した翌日から「別れた奥様は保証人になってくれるんですか?とにかく、電話かけてください」と車イスに乗せられて、何度も電話をかけさせられた。10年前に別れた奥様は関わりを拒否し、兄弟も全員が保証人になることを拒否した。おそらく、借金の保証人か何かのトラブルがあったのかもしれない。
病室にやってきた泉ピン子似の看護師から「Kさんはお友達はいますか?お友達からお金借りられる?」と言われ、彼は「友達なんていません。孤独な男です」と答えた。すると彼女は「その年齢で友達もいないの?生き方が間違っているから、こんな悲惨な目に遭っているんじゃないの?」と声を荒げた。
続いて担当になった若い看護師も「歯ブラシ買うお金もないの?昨日から歯を磨いていないでしょう?不潔すぎますよ。それに臭うから早くお風呂入ってください」ときつい口調で怒っていた。女って、不潔な男には嫌悪感を持つんじゃないかと感じた。
僕はかわいそうになって、歯ブラシを買ってあげた。そこから交流が始まったのだった。
僕は感染症の心配から、主治医の指示で5日間個室に閉じこめられた。やっと6日目に相部屋に異動したら、最初の同室者がKさんだった。4人部屋だったが、他に患者は誰もいないため、1人広い部屋で熟睡し、臭い野良犬を抱いている夢を見ていた。ところが目が覚めると、それはKさんの臭いだとわかった。彼の体臭に誘発されて野良犬の夢を見ていたのだった。
ほとんどの看護師はどんな患者にも平等に接していたが、一部の看護師は明らかにKさんに冷たかった。世の中には接する人によって態度を変える人がいる。それは人間の本能に根ざしているものなのだろうか?
Kさんはパジャマではなく、退院までは薄い手術着1枚で過ごし、看護師に笑われていた。配膳のおばちゃんにも「ふだんこんなにうまいもの食べていないんでしょう」と言われていた。僕はなぜ、彼がこんなにひどいことを言われるのかわからなかったし、かわいそうでしかたがなかった。こんなとき、彼を差別することなく、笑顔で普通に接している若い看護師の姿がとても輝いてまぶしく感じられた。
退院直後にベテラン看護師から、最近は入院費を踏み倒して逃げる患者が急増しているから、Kさんもそうだと疑われて冷たくされたんじゃないかと教えられた。特に産科では、産み逃げが問題になっていて、他の科では分割払い約束をしながら振り込みがないというケースが年々増えているという。病院の経営も大変らしい。
入院した病院の看護師はこちらが笑顔であいさつすると、必ず笑顔が返ってくるし、みんな優しい女性が多かった。だが、前述したKさんに対しては冷たく接する看護師も何人かいた。
彼女らはKさんが笑顔であいさつしても、無視して馬鹿にした態度を取る。なぜ、そんなに冷たくされるのかといえば、彼の支払い能力に疑問を感じていたからだろう。Kさんは入院した翌日から「別れた奥様は保証人になってくれるんですか?とにかく、電話かけてください」と車イスに乗せられて、何度も電話をかけさせられた。10年前に別れた奥様は関わりを拒否し、兄弟も全員が保証人になることを拒否した。おそらく、借金の保証人か何かのトラブルがあったのかもしれない。
病室にやってきた泉ピン子似の看護師から「Kさんはお友達はいますか?お友達からお金借りられる?」と言われ、彼は「友達なんていません。孤独な男です」と答えた。すると彼女は「その年齢で友達もいないの?生き方が間違っているから、こんな悲惨な目に遭っているんじゃないの?」と声を荒げた。
続いて担当になった若い看護師も「歯ブラシ買うお金もないの?昨日から歯を磨いていないでしょう?不潔すぎますよ。それに臭うから早くお風呂入ってください」ときつい口調で怒っていた。女って、不潔な男には嫌悪感を持つんじゃないかと感じた。
僕はかわいそうになって、歯ブラシを買ってあげた。そこから交流が始まったのだった。
僕は感染症の心配から、主治医の指示で5日間個室に閉じこめられた。やっと6日目に相部屋に異動したら、最初の同室者がKさんだった。4人部屋だったが、他に患者は誰もいないため、1人広い部屋で熟睡し、臭い野良犬を抱いている夢を見ていた。ところが目が覚めると、それはKさんの臭いだとわかった。彼の体臭に誘発されて野良犬の夢を見ていたのだった。
ほとんどの看護師はどんな患者にも平等に接していたが、一部の看護師は明らかにKさんに冷たかった。世の中には接する人によって態度を変える人がいる。それは人間の本能に根ざしているものなのだろうか?
Kさんはパジャマではなく、退院までは薄い手術着1枚で過ごし、看護師に笑われていた。配膳のおばちゃんにも「ふだんこんなにうまいもの食べていないんでしょう」と言われていた。僕はなぜ、彼がこんなにひどいことを言われるのかわからなかったし、かわいそうでしかたがなかった。こんなとき、彼を差別することなく、笑顔で普通に接している若い看護師の姿がとても輝いてまぶしく感じられた。
退院直後にベテラン看護師から、最近は入院費を踏み倒して逃げる患者が急増しているから、Kさんもそうだと疑われて冷たくされたんじゃないかと教えられた。特に産科では、産み逃げが問題になっていて、他の科では分割払い約束をしながら振り込みがないというケースが年々増えているという。病院の経営も大変らしい。
2008/2/13 23:08
ぬるま湯の人生 分類なし
心臓のときもそうだったが、入院するたびに「命とは何か」、「生きるってどういうことなのか?」と考えさせられる。今回も入院中に50歳の男性Kさんと出会った。彼は倒れて病院に運ばれたときは一文無し。27歳のとき、甲状腺ガンの手術をして甲状腺を摘出したので、生涯薬を飲み続けなければならなくなった。だが、会社をリストラされてローンが払えずホームレスになり、最後はネットカフェに泊まるお金もなくなった。何よりも薬を買うお金がないので、薬が切れた時点で倒れてしまったのだった。
薬は天から降ってくるわけではなく、お金で買うという事実をあらためて認識した。生きるために薬が必要な人が薬を飲まないということは死に直結する。Kさんは薬の代金を確保するために、生活保護の申請を考えたが、住所不定を理由に断られた。しかたがないので薬を確保しようと、病院を回って「薬をめぐんでください。お金がないんです」と頼んだが、「難しいです」「うちは富山の薬売りじゃねえんだ。帰れ!」などいと追い払われ、どこも相手にしてくれなかった。
最後に考えたのはコンビニで強盗をして薬代を稼ごうとしたが、凶器となる包丁を買うお金もなかったし、この時点でめまいがしていたので体力的に諦めた。最後の望みとして、昔親切にしてくれた警察署の巡査からお金を借りるために、電車に乗ろうとしたところ、ホーム下に転げ落ちたという。幸い、骨折もなく打撲だけで済んだ。あと数分早く倒れていれば、電車に轢かれて即死だったらしい。
「今はこんな惨めな姿ですが、僕は30年間私鉄の車掌をしていました」
彼はこう言うと、自分の過去を語り始めた。
「今まで、自分が乗っていた電車に何十人の人が飛び込んだか。このとき、遺体をかたづけるのは、運転士と車掌なんです。電車の轢断死体っていうのは、本当にむごい。胴体と下半身が真っ二つっていうのはまだいいほうで、頭が潰れて原型をとどめない人や手足が飛んで、見つからないこともあります。
遺族がこんな遺体を見たときは、ショックでたいてい失神すると、警察関係者から聞きました。死の知らせだけでもショックなのに、遺体を見て家族は生涯において心の傷を残す。人間、黙っていても必ず死ぬのに、なんで急いで死ぬんだろうなと思いました。老若男女、いろいろいました。自殺なんて美しいもんじゃない。醜い遺体を見ながら、初めは激しくおう吐しましたよ。こんな遺体に出会うたび、人間は絶対に自殺したらいけないんだと思いましたね」
Kさんは生きるために、刑務所に入ることも考えたそうだ。本気で言っていることは、表情から伝わってきた。こんな笑顔の優しそうな人も、生きようと思ったら犯罪に走ることを考えるのだろうか?もしかしたら、貧困が犯罪者を誘発しているのではないかと感じた。
それにしても、生きるって何と厳しいことなのだろう。Kさんのお話を聞くと、自分の人生はまだまだぬるま湯じゃないかと感じてしまった。
薬は天から降ってくるわけではなく、お金で買うという事実をあらためて認識した。生きるために薬が必要な人が薬を飲まないということは死に直結する。Kさんは薬の代金を確保するために、生活保護の申請を考えたが、住所不定を理由に断られた。しかたがないので薬を確保しようと、病院を回って「薬をめぐんでください。お金がないんです」と頼んだが、「難しいです」「うちは富山の薬売りじゃねえんだ。帰れ!」などいと追い払われ、どこも相手にしてくれなかった。
最後に考えたのはコンビニで強盗をして薬代を稼ごうとしたが、凶器となる包丁を買うお金もなかったし、この時点でめまいがしていたので体力的に諦めた。最後の望みとして、昔親切にしてくれた警察署の巡査からお金を借りるために、電車に乗ろうとしたところ、ホーム下に転げ落ちたという。幸い、骨折もなく打撲だけで済んだ。あと数分早く倒れていれば、電車に轢かれて即死だったらしい。
「今はこんな惨めな姿ですが、僕は30年間私鉄の車掌をしていました」
彼はこう言うと、自分の過去を語り始めた。
「今まで、自分が乗っていた電車に何十人の人が飛び込んだか。このとき、遺体をかたづけるのは、運転士と車掌なんです。電車の轢断死体っていうのは、本当にむごい。胴体と下半身が真っ二つっていうのはまだいいほうで、頭が潰れて原型をとどめない人や手足が飛んで、見つからないこともあります。
遺族がこんな遺体を見たときは、ショックでたいてい失神すると、警察関係者から聞きました。死の知らせだけでもショックなのに、遺体を見て家族は生涯において心の傷を残す。人間、黙っていても必ず死ぬのに、なんで急いで死ぬんだろうなと思いました。老若男女、いろいろいました。自殺なんて美しいもんじゃない。醜い遺体を見ながら、初めは激しくおう吐しましたよ。こんな遺体に出会うたび、人間は絶対に自殺したらいけないんだと思いましたね」
Kさんは生きるために、刑務所に入ることも考えたそうだ。本気で言っていることは、表情から伝わってきた。こんな笑顔の優しそうな人も、生きようと思ったら犯罪に走ることを考えるのだろうか?もしかしたら、貧困が犯罪者を誘発しているのではないかと感じた。
それにしても、生きるって何と厳しいことなのだろう。Kさんのお話を聞くと、自分の人生はまだまだぬるま湯じゃないかと感じてしまった。
2008/2/4 23:12
良性でした 分類なし
今日、「病理検査で腫瘍を慎重に調べた結果、良性でした」と告げられた。こんなに嬉しい知らせは、久々だった。腫瘍を抱えてから、ガンの可能性は常に捨てきれるものではなく、切り取ってからもガン専門医に「僕の経験上、所見がガンかそれに近い組織のようで気になる」と言われて、万が一のために頭頸部ガンの勉強をしていた。
その過程で、最も悪性度の高いガンだった場合の生存年数はおよそ2年とわかった。たった2年の人生で、何ができるだろうと考える自分と「絶対に大丈夫だ」と楽観的に考える自分がいた。
医師は、「気になる組織はガン化する前段階で、このままほったらかしにしていたら、かなり危なかったと思う。あなたは本当に運がいいですよ」と言った。言われた直後より、こうして時間が経ってからのほうが、幸せな気持ちはジワジワと高まってくる。
もし、ガンだったら、放射線も抗ガン剤も拒否しようかと迷っていた。心臓病、大動脈瘤、マルファン症候群、弁の早期劣化、耳下腺腫瘍、唾液ろう、記憶障害と立て続けに攻めてくる病気と闘って、また新たな大敵と闘い続ける自信がなくて、小休止したかった。病気と闘うのも、実は結構疲れる。精神と肉体が両方疲れてしまう。そんなとき救われたのが、僕に好意を持ってくれる人たちの優しい言葉と笑いだった。同性も異性も、老人も若者も関係なく、僕を応援する人々がいたから耐えられた。
次はどんな病気が来るのかと想像すると怖いが、とにかく今一瞬でも安らぎと幸福を感じることができたのは、さまざまな病気を短期間で経験したからだと思う。苦しみの後に感じる喜びというのは、普段の数倍高まると知った。
悲しみ、苦しみを乗り越えると、むっとするサウナから出た瞬間のような爽快感がある。とりあえず、これで少しは寿命が延びる可能性が高くなったかも。応援してくださった読者の皆様に今回も心から感謝します。本当にありがとうございます。今日からが第二の人生だと思って、限りある人生を有意義に生きようと思いました。
その過程で、最も悪性度の高いガンだった場合の生存年数はおよそ2年とわかった。たった2年の人生で、何ができるだろうと考える自分と「絶対に大丈夫だ」と楽観的に考える自分がいた。
医師は、「気になる組織はガン化する前段階で、このままほったらかしにしていたら、かなり危なかったと思う。あなたは本当に運がいいですよ」と言った。言われた直後より、こうして時間が経ってからのほうが、幸せな気持ちはジワジワと高まってくる。
もし、ガンだったら、放射線も抗ガン剤も拒否しようかと迷っていた。心臓病、大動脈瘤、マルファン症候群、弁の早期劣化、耳下腺腫瘍、唾液ろう、記憶障害と立て続けに攻めてくる病気と闘って、また新たな大敵と闘い続ける自信がなくて、小休止したかった。病気と闘うのも、実は結構疲れる。精神と肉体が両方疲れてしまう。そんなとき救われたのが、僕に好意を持ってくれる人たちの優しい言葉と笑いだった。同性も異性も、老人も若者も関係なく、僕を応援する人々がいたから耐えられた。
次はどんな病気が来るのかと想像すると怖いが、とにかく今一瞬でも安らぎと幸福を感じることができたのは、さまざまな病気を短期間で経験したからだと思う。苦しみの後に感じる喜びというのは、普段の数倍高まると知った。
悲しみ、苦しみを乗り越えると、むっとするサウナから出た瞬間のような爽快感がある。とりあえず、これで少しは寿命が延びる可能性が高くなったかも。応援してくださった読者の皆様に今回も心から感謝します。本当にありがとうございます。今日からが第二の人生だと思って、限りある人生を有意義に生きようと思いました。
2008/2/2 11:55
待つのがこんなにつらいなんて・・・ 分類なし
明日は節分だが、そんな日本的イベントよりも、僕が気になるのは2月4日だ。というのも、この日は病理の結果がわかるからだ。取り出した腫瘍を輪切りにしたとき、頭頸部ガンの専門医から、「気になる所見がある」と言われた。大部分が白い腫瘍の中にイチゴのように真っ赤な細胞が帯状になっていた。僕は「今から心配してもしょうがないので、病理診断の結果考えたい」と言った。すると医師も「そうですね」と納得した。
あれから2週間近くになるが、自分では大丈夫だと思っていても、いろんな気持ちが入り乱れる。腫瘍は皮膜に包まれたまま取りきったので、悪性度の低い腫瘍であれば追加治療は一切なし。しかし、高悪性度と判断されれば、放射線プラス化学療法を同時に行う治療に入るという。
化学療法と聞いて、あるシーンを思い出した。入院中にトイレに行くと、一晩中何人かの人たちが激しくおう吐していた。抗ガン剤を点滴している人たちだった。トイレにはおじいさんがいて、「生きるって辛いよな。あんなに苦しんでも生きて行かなければならないんだからなあ」と話しかけてきた。
そのおじいさんは、よりよく生きるために抗ガン剤を拒否していた。「医者なんて、あんなに激しく吐いたこともないから、苦しむ人の痛みなんてわからないさ。どうせ抗ガン剤なんてやったって、本来は半年の寿命を苦しみながら1年に延ばすだけだ。俺なら、苦しまずに半年で死ぬ道を選ぶね。人間の尊厳を奪う西洋医学は間違っている」と言った。
この人はとても勉強している人らしく、抗ガン剤の名前がスラスラ出てくる。医療に関してはいろんな考え方があるが、みんな生きるために必死に学んで、苦しみ悩んでいることを知った。生と性と死というのは、常に繋がっていて、病気でない人はそれを意識することもなく生きている。
だが、大病した人にはその繋がりが突然見えてしまうんだと、おじいさんの言葉から知った。とにかく、僕は2月4日を待つ。大学の合格発表の日も「2浪するのか」という恐怖と闘いながら待ったが、今回の待機は人生で一番辛い「待ち」の時間だ。
デートの日を指折り数えて待つのは楽しいが、ガンの判定を待つのがこんなに辛く苦しいとは知らなかった。このことを心臓の主治医に言ったら「大丈夫。天情さんは絶対に良性ですよ。僕は今まで、何千人もの人の手術をしてきたから、運のいい人は直感的にわかる。天情さんは、あきらかに運に恵まれているタイプだ」と言われた。
ここ1年くらいで30人くらいの人から運がいいと言われた。母からも「おまえは子供の頃から本当に運がよかった」と言われている。運って何だろう?単なる偶然の集合体なのか?そんなことを考えながら、「きっと大丈夫だ」と何度も自分に言い聞かせた。
あれから2週間近くになるが、自分では大丈夫だと思っていても、いろんな気持ちが入り乱れる。腫瘍は皮膜に包まれたまま取りきったので、悪性度の低い腫瘍であれば追加治療は一切なし。しかし、高悪性度と判断されれば、放射線プラス化学療法を同時に行う治療に入るという。
化学療法と聞いて、あるシーンを思い出した。入院中にトイレに行くと、一晩中何人かの人たちが激しくおう吐していた。抗ガン剤を点滴している人たちだった。トイレにはおじいさんがいて、「生きるって辛いよな。あんなに苦しんでも生きて行かなければならないんだからなあ」と話しかけてきた。
そのおじいさんは、よりよく生きるために抗ガン剤を拒否していた。「医者なんて、あんなに激しく吐いたこともないから、苦しむ人の痛みなんてわからないさ。どうせ抗ガン剤なんてやったって、本来は半年の寿命を苦しみながら1年に延ばすだけだ。俺なら、苦しまずに半年で死ぬ道を選ぶね。人間の尊厳を奪う西洋医学は間違っている」と言った。
この人はとても勉強している人らしく、抗ガン剤の名前がスラスラ出てくる。医療に関してはいろんな考え方があるが、みんな生きるために必死に学んで、苦しみ悩んでいることを知った。生と性と死というのは、常に繋がっていて、病気でない人はそれを意識することもなく生きている。
だが、大病した人にはその繋がりが突然見えてしまうんだと、おじいさんの言葉から知った。とにかく、僕は2月4日を待つ。大学の合格発表の日も「2浪するのか」という恐怖と闘いながら待ったが、今回の待機は人生で一番辛い「待ち」の時間だ。
デートの日を指折り数えて待つのは楽しいが、ガンの判定を待つのがこんなに辛く苦しいとは知らなかった。このことを心臓の主治医に言ったら「大丈夫。天情さんは絶対に良性ですよ。僕は今まで、何千人もの人の手術をしてきたから、運のいい人は直感的にわかる。天情さんは、あきらかに運に恵まれているタイプだ」と言われた。
ここ1年くらいで30人くらいの人から運がいいと言われた。母からも「おまえは子供の頃から本当に運がよかった」と言われている。運って何だろう?単なる偶然の集合体なのか?そんなことを考えながら、「きっと大丈夫だ」と何度も自分に言い聞かせた。
