2008/7/23  7:29

遣唐使が持ち帰った「銀壺」  日本と中国歴史

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名称:銀壺(正倉院の南倉蔵)
大きさ:口径42.9センチ、胴径61,3センチ、重量(台座含む)42,3キロ

写真はこの銀壺の部分図で有る。大きさから推定出来る様に、かなり大きな銀製の壺で重量も42キロ有るから一人では持ち上げられない。全体としては「火鉢」を想像すれば良いだろう。(未見だが正倉院には対をなす、同形同寸のものが有ると言う。)

注目すべきは線刻された文様で、この絵をよくよく見れば、中国人の騎馬姿(恐らく狩猟)を中心としたものですが、全体的に醸し出しているのは「サザン朝ペルシャ風」では無いだろうか。つまり、この銀壺はサザン朝ペルシャに影響を受けた「中国製」の銀壺で、遣唐使が持ち帰ったもので有ろう。シルクロードとは東西を結んだ文化の道で有ったのですね。なおシルクロードは中国語でも「絹の道」と呼ばれます。

私がこの絵を見て感じる事は「唐草模様」が見られる事で、唐草模様とはつい最近まで風呂敷模様(確か布団を包んだ)に描かれて有って、何故「唐草模様」が、これほどまでに漢民族や日本人に気に入られたかが不思議なのです。なお朝鮮半島にも伝来したかどうかは未だ知らない。

唐草模様とは既に飛鳥時代(中国では六朝時代)から見られ「飛鳥唐草」とも言われ、殆どの物の装飾品に使用された様です。例えば建築物、仏像、金石工、花、雲等々で有るが、極端には衣装の輪郭に於いても見られる様です。この唐草模様は中央アジア地域には見られず、漢民族が特に愛好した様です。何故なのか、中国人にもお聞きしているが、納得の得られる回答は未だ無いのです。

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