2008/10/3  9:12

北前船(寄港地と交易の物語)  日本文化史

クリックすると元のサイズで表示します

題名:「北前船」寄港地と交易の物語
文:加藤貞仁
写真:鐙(アブミ)啓記
出版社:無明舎(秋田県)
出版月日:2002年10月

北前船は海の総合商社とも言うべきもので、お金になるものなら何でも海運した様です。言わば海の「トラック野郎」言っても良いだろう。友人に大手商社マンで鳴らした者が居たが、彼曰く「人身売買と麻薬」以外は何でも商売になるのだそうです。

写真は秋田県の地方出版社で、無明舎と呼ぶ真面目な地方史をコツコツと発行している小出版社で、東北地方の秋田県に在るから、その関係で「北前船」関係書を出したものだろう。出版当時は、大手新聞社の書評にも取り上げられて好評を博した様です。

内容は、北前船が寄港した日本全国を探訪し、カラー写真(豊富)と説明文を加えて解説したもので、お金の掛った本の様です。無明舎の社長さんが言うには、特別提供サービス本(2,800円+税)だと言う。寄港地探訪としては、歴史的な背景とか現風景のカラー写真が多く有って、見て読んで楽しめる豪華本の様です。

但し、著者は残念な事に東北地方の太平洋沿岸部(岩手県、宮城県、福島県、茨城県、千葉県等)は、探訪しなかった様で記事が有りません。然しながら弁才(財)船と言われる「大和型和船」が太平洋沿岸を帆走しなかったと言うわけでは有りません。福島県相馬藩の御用商人(吉田屋覚日記)や、お手船と呼ばれる個人営業の帆船が、上り下りとも活発に走りまわっていたのです。ついでながら、日本海の「西廻り航路」は河村瑞賢の評価が高い様ですが、日本海航路と言うのは、遠くは「神代の昔」から拓かれていた、重要な海の道でも有ったのです。

天保の改革を断行した水野越前守忠邦の、株仲間(各種問屋組合を作り営業を独占した)解散以降は、いわば自由競争の時代(天保12年2月)となって、素人衆も経済活動に参加出来たので有る。徳川幕府の解体は目前でも有ったのです。追い打ちを掛けたのが慶応2年の東北地方の凶作(冷害)で有った。


なお姉妹編として無明舎から「北前船おっかけ旅日記」鐙啓記著も出ています。

RSS1.0