2008/6/27  16:29

小説「NAOTO」−4−(2)  小説「NAOTO」−4−

−4−(2)


あれからヒロは、ボクの仕事を
ずいぶん手伝ってくれていた。
双子だったので、ヒロが仕事をしていても、
誰もヒロとボクを正確には判別できなかった。

ヒロがボクのオフィスにいても、
まるで、ボクが仕事をしていると
思っている人がほとんどだった。

ヘアスタイルだけが、
唯一ボクとヒロを判別する手段だったくらいだから。
そぅ、ヒロは、少しだけクセ毛があるものの、
ストレートの黒髪のまま。
ボクは、モデルの仕事がはいったりしたときには、
ほとんど金髪に近い茶髪にして、
しかも、ウェーブまで出したりしていた。 

そんな派手なスタイルが苦手なヒロは、
さすがにモデルの仕事だけは、嫌がった。
 
だけど、皮肉にも、ボクが入院して
身動きできないでいる間に
キャンセル不可能のモデルの仕事が一つ舞い込んだ。
 
有名なファッション雑誌の
特集ページの一部分を飾るものだった。
今までの付き合いで、しがらみが有り、
はずせなかった。

中瀬は、何度もヒロを説得し、
嫌がるヒロの手をひいてスタジオ入りしたらしい。

ヒロは、ボクのように髪の毛を茶髪に染められ
軽いウェーブを出すためにパーマもされ、
ヒロの趣味とは正反対のヒラヒラで派手な衣装を
着せられて、アクセサリーまでたくさんつけられて、
もう、誰が見ても100%ボクだと思ってしまうくらいに
そっくりになって帰ってきた。

ナースたちも、スタッフたちも
ボクと区別がつかなかった。 さすが双子。
奥さんのノゾミですら、
一瞬「ナオちゃん」と、言いかけたくらいだ。

「ヒロ、モデルもやってくれたんだ。 ありがと。」
まるで鏡をみているようだよ。
ボクは、ちょっと吹き出しそうになってしまいながら、
心から感謝をした。

ヒロは、本当に恥ずかしそうに下を向いたまま
「モデルは、もう御免だからね。」そう言った。 
でも、ヒロの茶髪、結構いいよ。
スーツも格好よかったけど、
ラブリーな衣装だって、お似合いだよ。

人生では、嫌がれば嫌がるほど、
「やらなければならなくなるもの」ばかりで、

ヒロがモデルを嫌がるのとは裏腹に、
意外にもそのグラビアは、反響が大きく、
ヒロ(実際にはボクだけど)は大人気となってしまった。

その後も、ボクが入院している間に
ヒロは、再びスタジオ入りしなければならない
羽目になってしまった。 
撮影依頼がたくさんきた。 
雑誌の取材までも。

中瀬もできる限りの仕事を断ってくれたけれど、
いくつかは引き受けざるを得なかった。

いつも淡々と仕事をこなしていくヒロだから、
何でもソツなくこなしてしまう。
モデルの仕事も例外ではなかった。

でも、ボクは、ヒロの体が心配だった。
モデルの仕事は、結構大変なのだ。 
撮影も照明がきついし、意外と時間がかかる。
周囲の人間関係も複雑だ。 気を使う。 
ファンの扱いだってそうだ。
できれば断りたかった。 
でも、もう遅い。 事件が起きてしまった。

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水谷先生の携帯が鳴った。
「何?そうか、どんな状態だ?よし、気をつけて帰れ。」
そう言うなり、ナースセンターに行って、指示をだした。
「ヒロが、具合悪くなった。 
今、VIPルートで搬送されてくるから準備してくれ」

ナースたちは、驚きながらもテキパキと準備を始めた。
セキュリティーゲートに連絡が入り、
VIP病棟の専用の玄関には、
ナースたちとストレッチャーが待機して、
中瀬の車の到着を待った。
急患を収容する処置室がひとつ開放され、
緊急事態に対処できるように機器がセットされた。 
担当の専門医も呼び出しコールされた。

ベッドの上でPC操作をしていたぼくは、
これらのやり取りを画面上で発見し、
慌てて病室を飛び出した。 
VIPルートの搬送状況は、すぐにわかる。

「ナオさん、どちらへ? 
まだ部屋で安静にしていらしてください。」
ナースが、慌てて追いかけてきた。

「ごめん、すぐ戻る」
ナースの制止を振り切って
ボクは水谷先生の所へ駆けていった。

ボクは、統括の仕事をしているから、
病院内の動きは全て把握できたのだ。
中でもセキュリティーを通過するたびに
記録が出るVIP病棟のことは
手に取るようによくわかった。
 
特にVIPルートで搬送される急患の情報は、
いち早くボクのPCの画面上にレポートが届くのだ。 
VIPには、報道規制などの、急を要する
対応策が必要な場合が多いからだ。

ヒロは、既に部屋に運ばれていた。 
廊下には、中瀬がうなだれて座り込んでいた。 
ボクを見るなり、慌てて立ち上がり、頭を下げた。
「ナオさん、すみません。 
こんなことになってしまって。」

「撮影が終わって、スタジオを出るときに
かなり大勢のファンの人たちに囲まれて
身動きとれなくなってしまいました。 
まずいと思って、それで、ヒロ先生を車まで
全力疾走させてしまったのです。 
ヒロ先生は思ったよりも早く走ってくれて
無事にその場を切り抜けたのですが、
やはり無理があったみたいで、車の中で
急に具合が悪くなって、常備している薬を飲ませて、
急いで戻ってきたのです。」

ボクにも熱狂的なファンがいるのは、知っていたけれど、
まさか、スタジオまで押しかけてくるなんて、想定外だ。 
どうやってスケジュールがわかったのだろう。
しかも、よりによってヒロの時に押しかけてくるなんて。 
なんということだ。

部屋の中では、
診察をしていたヒロ担当の専門医の一人の武内先生が
「ふむ」 と、つぶやいて、水谷先生を見て微笑んだ。
一緒に診ていた水谷先生も、頷いた。

「少々負担はかかっているようですが、
今のところ大丈夫ですね
喘息の発作も軽かったみたいですしね。」
「はああ。 よかった。 薬を早く飲ませたからですね」
「そのようです。」

「ですが、念のため今後24時間は、
データを取り続けて様子をみましょう。
だいぶお疲れのようですから、お体の十分な回復を待って、
その後、精密検査をしておきましょう。 
最近していませんからね」
「はい。 ありがとうございました。そうします。」
水谷先生は、ホッとして、武内先生を見送った。

廊下にいたボクを見つけるなり、水谷先生は
「なんでオマエがここにいる? 
病室からでるなといっただろ、寝ていろ!」
と、怒鳴った。

「ヒロは?どうなの? 会ってもいい?」
「地獄耳だな。 どうやって知ったんだ?」
「当たり前でしょ。 僕の仕事だよ。」
「そうだったな。 面会してもいいが、
おしゃべりはまだ控えてくれよ。」
「わかった。 ありがと」 
「けど、オマエは、さっさと部屋に戻って寝ていろ!」
「ヒロに会ったら、ちゃんと戻るよ。」

そう話しているうちに、
部屋からヒロが病室へ運ばれようとしていた。
ボクと中瀬は、ストレッチャーに駆け寄った。
「ヒロ。」
「ヒロ先生」
「あぁ、心配かけちゃって。 ごめんね」
そう言って、ヒロは目を閉じた。 
かなり疲れているみたいだ。

ノゾミも出てきた。 中瀬を睨みつけて、
「中瀬君、今後、芸能関係の仕事は
全部ドクターストップにさせてもらうわ。
もう、茶髪もパーマも、もとに戻すわ。」
「すみません。」
中瀬は、ちいさくなった。

がんばって早くよくならないと、
ヒロがどうにかなっちゃう。
ボクは、内心あせってきた。 
これからは、ボクもモデルの仕事は
できるだけ減らしていこう。 そう、心に決めた。

今回のように、ボクが具合悪くなった時に、
ボクの仕事をもう、ヒロにやってもらうわけにはいかないぞ。 
危険すぎる。

ボクは中瀬に指示を出して、
当分、モデル関係の仕事全てを
引き受けないように頼んだ。 
人気なんてどうでもいいんだ。
ファンなんて、いないほうが気楽だ。 
華やかな世界はもういい。

ヒロの方が大事だ。 ヒロを守らないと。

 
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今回のことを反省していた矢先に、
ヒロに部屋に呼ばれた。

「ナオ、お願いがあるんだ。」
「何?」
「こんど全国的に献血のキャンペーンがあって、
この前、僕に出演依頼がきていて快諾しちゃったんだ。 
でも、届いたスケジュールを見たら、TV出演や
ポスターの撮影とかもあって、
ナオ、そういうの手伝ってくれない?」

「えぇ〜っ!!」

メディア関係は、もうシャットアウトしようと思った矢先に、
これかよ。
スケジュールを読むなり、
ボクはびっくりしてヒロの方を見てしまった。

「これ、フルじゃないか。 
こんなに大きなキャンペーンは、無理だよ。 きつすぎる」

「でも、今、全国的に血液が不足していて、
少しでも献血促進の役に立てたらって、
血液科の医師としては、断るわけにはいかなくて。」

そりゃ、確かに人気急上昇中のハンサムなヒロが、
ポスターなんかで訴えれば、
女の子たちは喜んで献血してくれるかもしれないけれど、
このキャンペーンはそれだけではなく、
街頭でのイベントとか、トーク番組に出演だとか、
TV生出演とか
ありとあらゆるメディアに露出するように計画されていた。 
講演会まである。

こんなの普通の芸能人にだって、ハードだ。 
しかも短期間で仕上げようとしている。
撮影や収録が夜通しになる可能性は十分ある。 
病弱なヒロには不可能だ。

「ヒロ、これ、無理だよ。 きつすぎる。」
「ナオとボクとでシェアしたら、なんとかならない?」
ヒロは、今回は乗り気だ。 
あんなにモデルを嫌がっていたヤツとは思えない。
きっと医者としての責任感が強いのだろう。 
でも、それと、これとは別問題だ。

ヒロは、まだ水谷先生から職場完全復帰の許可を得ていない。
つまり、仮出所みたいなものだ。 入院扱いなのだ。
ヒロの体がもつわけない。 ボクだって、そうだ。 
「だめかなあ?」 
そんなに、懇願した目でみつめないでくれよ。 困るよ。

「どうしてもというなら、ボクに取捨選択を任せてくれる? 
全部引き受けるわけにはいかない。 
ヒロの体がもたないよ。 水谷先生が爆発するぞ。」

「・・・・」
「ノゾミにも、心配かけるよ。 
パニックになったらどうする気?」
「それを指摘されると、つらいなあ。」
ヒロは、うなだれた。 そして、
「実は、水谷先生には、まだ内緒なんだ。」 
と、付け加えた。
「はぁぁ。」ヒロったら、まったくもう!
バレたらきっと、病室に閉じ込められるぞ。

ボクは、なるべく露出の少ない部分だけを引き受けて、
街頭イベントやトーク番組出演みたいな派手な部分は、
全て断った。

人寄せパンダじゃないんだ。 ヒロの体の方が大事だ。
先方は、ポスターだけは、譲らなかった。 
このキャンペーンにはどうしても血液科の医師としての
ヒロのイメージが必要不可欠だったのだ。
仕方ないので、最悪の事態には、
ヒロの代わりにボクがするということで
同意してもらった。

生出演の講演会や、TVは、ドタキャンできないので断り、
雑誌の取材を中心に引き受けた。
そんなふうにして、取捨選択しても、
相当量の仕事だったのだ。

ヒロの体の負担にならないように
ボクは細心の注意を払った。
事前打ち合わせなども、この病院内に限定し、
外部のものは断り、どうしても必要なときには、
ボクがヒロと携帯電話で連絡を取りながら行くことにした。

今まで、休んでいた分の仕事と、
ヒロの手伝いの仕事で、
それからというもの、
ボクはてんてこ舞いだった。

ヒロもようやくフルタイム出勤を許され、
精力的に働き出した。 いつもノゾミが
そばにいて、ヒロをサポートしていた。 
ノゾミは優秀なパートナーだった。

キャンペーンの仕事は、想像以上に過酷だった。
目に見えない部分の仕事量が、かなりあったのだ。
そんな部分をノゾミが相当手伝ってくれたので、
ボクらは本当に助かった。

ノゾミは、ヒロに対してだけでなく、
ボクの健康管理にも余念がなかった。
ボクは、しょっちゅうノゾミに取り押さえられ、
採血された。 
その採血結果の悪い時はもちろん、
顔色の悪い日には、たとえ昼間であろうと、
ベッドに寝かされて、腕には点滴をされた。 
オフィスの中ですら、されたこともある。

「ちゃんと横になっているのよ。 
ナースさんに見張っていてもらうからね。」
「はいはい。 わかりましたぁ〜。」
ボクは、ノゾミには無駄な抵抗はしない。 

仕方なく、ふてくされて目を閉じる。
いつの間にか眠ってしまって、
時計を見て、慌ててオフィスへ戻る。
ノゾミが、薬をもってオフィスまで追いかけてきて、
ボクに無理やり飲ませる。

夜まで仕事をしていたりすると、ノゾミが、迎えに来て、
強引に自宅に連れて帰る。
毎朝、ヒロがベッドまで目覚ましに来てくれて
ボクの健康状態をチェックしてくれる。
そんなかんじで、日々が過ぎていった。

だんだんヒロだけでなく、ノゾミまでが、
ママみたいに見えてきた。 
ママだったら、きっとこんなふうに、
あれこれボクの面倒をみていてくれたかも。 
心配してくれたかも。
昔、ママがヒロにしていたように。 

ボクの記憶では、ノゾミよりは、
ママの方が、もう少しお手柔らかにしてくれたような。

ボクは、その頃、元気だったから、
ママに看病してもらった記憶は、あまりない。
ベッドサイドに立つノゾミの姿を見て、
あの頃のママの面影を思い出してしまった。

あぁ、いけない。 
また、マザコンで寂しがりやのボクが現れた。

ボクは、今、ヒロとノゾミの暖かい輪の中で、
この上ない幸せを感じていた。 
この2人がボクを
いつもやさしく見守ってくれているから、
ボクは安心して全力投球で仕事に打ち込める。

(このストーリーは、フィクションです)

2008/6/11  23:57

小説「NAOTO」−4−(1)  小説「NAOTO」−4−

小説「NAOTO−4−(1)

過労で運ばれてきたボクを診察し終えた水谷先生が
傍らにヒロを呼び出して、ため息をついた。

「なぁ、こいつ、なんとかならない?
これじゃあ、売れっ子の芸能人よりもひどいぞ。
こんなに頻繁に倒れていたら、
体がどうにかなっちゃうぞ。」

ヒロも、ちいさなため息をついた。
「ボクも心配しているのですが、
自覚症状がないらしく、なかなか休んでくれなくて。」
「仕事量減らすように中瀬に言わないといけないな。 
もう限界だ。
当分は、絶対安静。 面会謝絶でいく。 
今すぐ中瀬に全てのアポをキャンセルするように
連絡しといてくれ。」

「ちょっと、先生、やめてよ。 
ボクに調整させて。」
ボクは、慌てて水谷先生の白衣の袖を引っ張った。

「中瀬を呼んでよ」
頭がズキズキして、またベッドに倒れこんだ。 
気持ちが悪くなった。
「こらっ、横になっていろ。 
おい、こいつ暫く眠らせとけ。」
ナースに怒鳴った。
「やめてっ! 先生、お願いだから、
今、眠ってなんていられないんだよ。 
早く中瀬を呼んで。」

「ぬわんだと〜!!!」
水谷先生は鼻息を荒くしてボクを睨みつけた。
「ふざけんな。 これ以上働いたら、
もう特別室に隔離しちゃうぞ。」

「後で隔離でも何でもしていいから、今だけお願い。
このあと大切なプレスへの説明会があるんだよ。
外国人向けだから、ボクじゃないとスピーチできない。 
お願いだよ、やらせて。」

うっ、ボクは、本当に吐きそうになってきた。 
もう目を開けていられないくらいだ。
いや、開けていても真っ暗になりそうだ。 
疲労で視力が落ちているのか?
注射でも何でもいいから、
早く先生にラクにしてもらわないと。 
間に合わない。

頭の中にも心臓が鼓動しているみたいで、
中で、ドラムをたたいているみたいだ。
頭がガンガンしている。 
どうにかなってしまいそうだ。
今まで一人で仕事を抱え込んで
何もかもこなしてきたツケがきたんだ。
ボクしかできない仕事が多すぎた。 
今になって後悔だ。

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中瀬が慌てて部屋に飛び込んできた。
「ナオさん、どうしましょう〜、
説明会、もう時間がない。 
全部日本語にしちゃったらダメですよね。 
土壇場で同時通訳の調達は無理です。」
「あたり前だ。 ボクがいく。」
ボクは、真っ暗な視界でヨロヨロと起き上がろうとした。 
根性出さないと。

そのとき、ボクを制して、
ヒロが前に立ちはだかった。
「ボクが、行こう。」
双子のヒロもボクと同じで、バイリンガルだから、
英語は完璧だった。

それを知っている中瀬は、パッと明るい表情になり、
「え〜っ!!ヒロ先生が?お願いできます?」
「あぁ、よかった〜。」
ヒロの両肩を抱きかかえて大喜びして、
ほっと胸をなでおろす中瀬の様子が
目を閉じていても伝わってくる。

「そのスピーチの原稿はあるの?」
「はい、ここに」
「すぐにメイクと衣装係を呼びますから。 
支度してください。」
「げっ!メイクしなきゃだめ?いやだなぁ。」
そういうことが苦手なヒロがうろたえる。

中瀬は、そんなつぶやきを無視して
さっさと携帯でスタッフを呼んだ。
「中瀬、この部屋にモニター入れて。 
ヒロにイヤホンとワイヤレスマイクを付けて
会場と部屋を中継・・・・」
「はい、わかっています。 もう、指示だしました。 
すぐ準備できます」

あぁ、よかった。 さすが中瀬だ。
ボクは、ふうっ、と、大きく深呼吸した。 
気持ち的にだいぶラクになったかも。
中瀬、ヒロ、ありがとう。 
君たちだったら安心して任せられるよ。

「こら〜っ!!ここをどこだと思っている??ふざけんな〜。」
水谷先生は、もう、ほとんど爆発モードだ。
病室にどんどん運び込まれてくる場違いな機材を見て、
あきれ返っている。

「先生、今回だけ許可してあげてください。」
部屋の隅で、メイクをされながら、
ヒロが懇願してくれた。
「どうなっても責任もたないからな!!無謀すぎる。」
水谷先生は、反対側の部屋の隅で、腕組みして仁王立ちだ。

ボクの薄暗くなってきた視界に、かっこよくメイクし、
イタリア製の細身のスーツを
スタイリッシュに身にまとったヒロが姿をあらわした。
さすがに、ボクの双子の兄貴だ。 
ボクそっくり。 

うん!とっても、いいよ。 
ボクよりよく似合うぞ。 まるでグラビアから
飛び出してきたファッション・モデルのようだよ。
ナースたちの目もハートマークになっている。 
ヒロの人気は急上昇だ。

ベッドの周りには、大画面モニターや、
コンピュータなどの機器がセットされて、
ボクのスタッフがそれぞれ位置についた。

中瀬が、ボクにも聞こえるように
ベッドのすぐそばでヒロと打ち合わせをした。
説明会の主旨だとか、流れとか、
どんなスタイルでやってほしいだとか。

ヒロは、大学の教授に頼まれて
何度も、講義を通信回線でやっていて、
「スピーチ系は、慣れているから。 大丈夫だよ。」
と、さらりと、言って、中瀬を安心させた。  
そう、ヒロなら大丈夫。 
いつも気持ちが安定しているからね。
ボクなんかよりも、ずっと落ち着いてできるはずさ。 
英語力も問題ない。

中瀬とヒロは、会場であるこの病院の大会議室へ向かい、
数名のスタッフが病室に残って会場と連絡を取り合った。

ボクは、頭がズキズキして、
集中力がなくなってしまいそうだったから、
「先生、頭痛がよくならない。 
今だけ何とかして。 お願いだよ。」
と、水谷先生の白衣を引っ張って頼んだ。
水谷先生は、呆れかえって、ため息をひとつついて、
「痛み止めの注射してやるよ。」と、言ってくれた。 
よかった〜。

ベッドを斜めに立ててもらって、
ボクはヘッドホンとマイクを装着し、
モニターをのぞいた。 
壇上には、既にヒロが堂々と立っていた。

ボクが特別に指示しなくても、
ヒロは、なんなく説明会をこなしていった。
目を閉じていても大丈夫だ。 
ありがとうヒロ。 ヒロは優秀だ。

ヘッドホンから、ヒロの滑らかな英語が聞こえてくる。 
相変わらず上手だね。
ゆっくりとした、優しい話し方も、完璧だ。 
スピーチのツボを心得ているんだ。 
間合いの取り方も巧い。
ボクは、ヒロの声に魅了されていた。

質問コーナーになった。 ここからが正念場だ。

くだらない質問から、専門的なものまで、
質問はエンドレスに続いた。
中瀬がヒロへほとんどの指示を出してくれた。 
アイツも優秀なやつだ。

ボクは、ひたすら傍聴し、ブレを調整する程度ですんだ。 
助かった。
ただ、質問は延々と続いた。 
外国人は納得するまで質問攻めでくる。
ボクは、次第に疲れがピークに達し、
息遣いが荒くなってきた。
再び気持ちも悪くなってきた。 
ちょっと苦しい。 吐き気もする。 
それに、頭痛もひどくなってきた。 
きっと、さっきの薬がきれてきたんだ。

傍にいた水谷先生は、こんなボクの様子と
ボクの体に繋いでいるコードが
モニターへ出してくるデータを見て、
ヤバイと思ったらしい。
スタッフに向かって叫んだ。
「早く、終了の指示をだしてくれ。 
こいつはもう限界だ。」

それからも、暫く質疑応答が続いた。
スタッフは、次第に水谷先生が
怒り心頭に達してくる様子にビクビクして、
一生懸命に中瀬とヒロに「終了」コールをかけた。

ついに水谷先生はボクのヘッドホンとマイクをひったくり、
「こらっ!!いいかげんにしろっ!!
ナオは、もうだめだ。」

いいタイミングだった。
ボクは、もう音も聞こえないくらいに疲れきって、
体中に痛みが走った。
何も見えない。 何も聞こえない。 
体中痛いのに、ふわふわ浮いている感覚がある。
意識が遠のいた。 
限界を遥かに超えていた。

ボクは、暗闇の世界をさまよった。
ずいぶん長い間、 三途の川のほとりを
歩いていたのかもしれない。

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急に、絞めつけられるような感覚がして、
苦しくなって
水中で息ができなくなるような感覚におそわれ、
自分が発した呻き声で目を覚ました。
「うぅっ。うわっぁ〜。」
「ナオ!!」
「ナオちゃん!!」
目の前にヒロとノゾミの顔があった。 
ボクを覗き込んでいる。

「よかった。 意識が戻ったね。」
ノゾミは、もう目に一杯涙をうかべている。 
溢れそうだ。
「ナオちゃん、こんなこと、もうしないで。 
心配したのよ〜。」
「ノゾミ」
ヒロがやさしくノゾミを抱きしめる。
「・・・ごめんね。」
ボクはそれしか言えなかった。 
また、目を閉じた。 そして、眠った。

何もできない、動くことさえ。 
呼吸しているのがやっとだったから。
眠ることすら今は、つらい。

もう、飽き飽きするほど長いこと入院させられた。
実際、体も動けないし、熱もあったし、
どうしようもなかったわけだけれど。

中瀬は本当にがんばってくれた。 
休日返上でオフィスとボクの病室へ来てくれた。
一日のうちのほとんどを眠っていたボクだったけれど、
覚醒しているときには、中瀬やスタッフを部屋に呼んで
できる限りの打ち合わせや指示出しをした。

あのスピーチの日に病室に運び込んだコンピュータ類や、
モニターは、そのまま部屋に置いてもらい、
会議を中継してもらって
マイクから意見を述べたり、指示をだしたりした。
IT時代は、本当に便利だ。 
PCさえあれば、どこにいても大丈夫。

「ナオちゃん、点滴の時間よ。 
もう横になって休んで。」
ノゾミ先生は、毎日厳しくボクの状態をチェックする。

ボクが、病室の中にまで仕事を持ち込んで、
ついついやり過ぎて、夕方になると、熱を出して、
せっかく回復しようとしているのに元に戻るから、
とうとうヒロは、ボクが無理をしないように見張るため、
ボクの部屋にラップトップコンピュータを持ってきて、
論文作成などのデスクワークを
やることにしたらしい。 

もう朝から晩までヒロ先生のお世話&監視付きだ。
仕事が滞るのは少々気をもんだけれど、
ヒロがいつも傍にいてくれて、
ボクを見ていてくれる。 
ボクは、ちょっぴりうれしかった。 
ヒロを独占したみたいな気分だ。
きっとヒロは、
ママをこんなふうに独占していたのかな。

ノゾミ、ごめんなさい。 
この頃ずっとヒロを独り占めしちゃって。
ボクは、相変わらず寂しがり屋で、
甘えん坊で、エゴイストです。

つづく

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