2006/6/21 22:41
講演会「アラブ人と仲良くする法」イベントレポート本 分類なし
以前、話をさせて頂いたカフェ・バグダッド主催の講演会『アラブ人と仲良くする法』に参加されたおろぐちともこさんが、講演内容を漫画にして下さいました!「なかよしあらぶ」と題した全36ページの力作です!
現在イスタンブールにいるおろぐちさんに、メールで許可をもらいましたので、中身を一部公開しちゃいますね。


彼女のHP「仮面見聞録」で、一部300円で販売されています(6/21〜9/15は彼女が旅に出る為、通販中止だそうです)。サンプルも見られますよ!booksをクリックして、一番下をご覧下さい。
http://kamen.client.jp/topframe.html
現在イスタンブールにいるおろぐちさんに、メールで許可をもらいましたので、中身を一部公開しちゃいますね。
彼女のHP「仮面見聞録」で、一部300円で販売されています(6/21〜9/15は彼女が旅に出る為、通販中止だそうです)。サンプルも見られますよ!booksをクリックして、一番下をご覧下さい。
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2006/6/21 1:24
「秘境添乗員」第6回 分類なし
今年に入ってから始めた連載「秘境添乗員」(月刊『本の話』、文藝春秋刊)も、遂に第6回(7月号)が出ました!(祝、半年目!)
内容は、"Making of the 秘境添乗員"。長年、不登校だった私が、エジプトの生活で鍛えられ、「24時間しゃべれる」社交性を身に着けるまでの格闘の日々。今から丁度25年前の話ですが(と言うことは四半世紀前!)、ヴィヴィッドに描写した力作です!
内容は、"Making of the 秘境添乗員"。長年、不登校だった私が、エジプトの生活で鍛えられ、「24時間しゃべれる」社交性を身に着けるまでの格闘の日々。今から丁度25年前の話ですが(と言うことは四半世紀前!)、ヴィヴィッドに描写した力作です!
2006/6/12 19:46
日光修験道同行取材 分類なし
6月10日から1泊2日、日光修験道の春峰(花供峰)入峰に同行取材した。
日光修験道とは、奈良時代(782年)に日光を開山した勝道上人が開いた教えである。1000年以上栄えたこの精神文化は、明治五年(1872年)の修験道廃止令により廃絶させられてしまう。1986年、長らく途絶えていた日光修験道の峰入り修行が復興された。本年は、日光修験道入峰復興20周年に当たる。
日光修験道代表の伊矢野美峰師は、「およそ千年にわたる伝統的な精神文化の喪失は、非常に甚大」であると嘆き、修験・山伏の修行の跡をたどり活動を続けている。

日光には「顕密護摩」と呼ばれる独自の修法が伝わる。栃木県日光市「星の宿」にて。

春峰は年3回の峰入りの中では、最も楽な行程だという。それでも、40分間の登り道はかなりきつかった。

春峰のクライマックスは、勝道上人が明星天子の教示により定めた修行場、「深山巴の宿(じんぜんともえのしゅく)」での「花供峰供養祭」だ。日光修験道の聖地だが、神仏分離以降は古峰神社の禊場として使用されている。明治以降に改築された社には、古峰神社のご祭神である日本武尊と共に、勝道上人、そして、修験道の信仰対象だった大天狗・烏天狗が神様として祀られている。山奥であるにも関わらず、古峰神社、日光山興雲律院(天台宗)両講の人々、そして、日光修験道の山伏たち計約120人の老若男女が集った。栃木県鹿沼市古峰ヶ原高原にて。
この祭が素晴らしいのは、江戸以前同様、神仏習合で行われることだ。最初に、古峰神社の神官により祝詞が上げられると修験者たちも唱和した。

参加者に福を授ける舞、「福鈴の儀」。

次に、日光修験道による採灯護摩が修された。写真は結界内部を浄める「宝弓の儀」。

古峰神社の神官や巫女たちも、願い事を書いて護摩木を護摩壇にくべ、修験者によるお祓いを受けた。巫女さんは、「貴重な体験をさせて頂きました」と笑顔で語った。
実は、古峰神社宮司家の遠祖は、勝道上人の修行を助けた人物である。1200年来の神仏習合の伝統は、明治維新で強制的に引き裂かれて様々な問題を起こした。この神仏のねじれた関係が、また和合の形に戻ることを願って止まない。
日光修験道とは、奈良時代(782年)に日光を開山した勝道上人が開いた教えである。1000年以上栄えたこの精神文化は、明治五年(1872年)の修験道廃止令により廃絶させられてしまう。1986年、長らく途絶えていた日光修験道の峰入り修行が復興された。本年は、日光修験道入峰復興20周年に当たる。
日光修験道代表の伊矢野美峰師は、「およそ千年にわたる伝統的な精神文化の喪失は、非常に甚大」であると嘆き、修験・山伏の修行の跡をたどり活動を続けている。
日光には「顕密護摩」と呼ばれる独自の修法が伝わる。栃木県日光市「星の宿」にて。
春峰は年3回の峰入りの中では、最も楽な行程だという。それでも、40分間の登り道はかなりきつかった。
春峰のクライマックスは、勝道上人が明星天子の教示により定めた修行場、「深山巴の宿(じんぜんともえのしゅく)」での「花供峰供養祭」だ。日光修験道の聖地だが、神仏分離以降は古峰神社の禊場として使用されている。明治以降に改築された社には、古峰神社のご祭神である日本武尊と共に、勝道上人、そして、修験道の信仰対象だった大天狗・烏天狗が神様として祀られている。山奥であるにも関わらず、古峰神社、日光山興雲律院(天台宗)両講の人々、そして、日光修験道の山伏たち計約120人の老若男女が集った。栃木県鹿沼市古峰ヶ原高原にて。
この祭が素晴らしいのは、江戸以前同様、神仏習合で行われることだ。最初に、古峰神社の神官により祝詞が上げられると修験者たちも唱和した。
参加者に福を授ける舞、「福鈴の儀」。
次に、日光修験道による採灯護摩が修された。写真は結界内部を浄める「宝弓の儀」。
古峰神社の神官や巫女たちも、願い事を書いて護摩木を護摩壇にくべ、修験者によるお祓いを受けた。巫女さんは、「貴重な体験をさせて頂きました」と笑顔で語った。
実は、古峰神社宮司家の遠祖は、勝道上人の修行を助けた人物である。1200年来の神仏習合の伝統は、明治維新で強制的に引き裂かれて様々な問題を起こした。この神仏のねじれた関係が、また和合の形に戻ることを願って止まない。
2006/6/8 9:30
東京新聞埼玉版連載コラム「言わせてもらいます」 分類なし
「自立へのチャンス つかむのは少なく ホームレス支援施設」(6月7日朝刊)
今回のテーマはホームレス。現在、埼玉県内だけで約800人いるという。彼らは常に、自殺、貧困、病気、精神障害などと隣りあわせだ。私が出会った4人の元ホームレスは、いづれも中学卒、失業、離婚などを経てホームレスになった心優しい人たち(話を伺っているとそれが良く分かる)である。
10年間、車上生活をしていた50歳代のカップルは、自律神経出張症に悩まされながら、過去数年間は毎日自殺しようと思って生きてきたという。現在、支援施設に入って3ヶ月目。毎日きちんとした食事が提供されるので、生命を維持することは可能になったが、精神障害を抱えているため集団生活は辛いと言う。ホームレスの時、たまに付いた仕事は、日雇いの長距離トラックの助手やラブホテルの清掃係だった。日当1000円程度の現金収入のほとんどはガソリン代に消えた。毎日、5袋(50円)のパンの耳を公園の水で流し込んで飢えを凌いでいた。まれに肉親に恵んでもらったお金も2、3000円程度。最後に会った時、カップル双方の兄たちは末期がんで苦しんでいたと言う。女性は施設で落ち着いてから、夢が見れるようになった(それまでは、車内では殆ど寝ることは出来なかった)。しかし、それは、お兄さんの葬式に出席する夢だった。
合計4人に、同じ日本に住んでいながら、絶望的な生活をしていたホームレスの生き様の一旦を聞かせてもらった。
日本社会の最下層で喘ぐホームレスは、今後も、希望の光を見出すことは出来ないのだろうか。
(ここに掲載したのは、記事には載せなかった情報です。是非、記事自体もご覧ください)。
今回のテーマはホームレス。現在、埼玉県内だけで約800人いるという。彼らは常に、自殺、貧困、病気、精神障害などと隣りあわせだ。私が出会った4人の元ホームレスは、いづれも中学卒、失業、離婚などを経てホームレスになった心優しい人たち(話を伺っているとそれが良く分かる)である。
10年間、車上生活をしていた50歳代のカップルは、自律神経出張症に悩まされながら、過去数年間は毎日自殺しようと思って生きてきたという。現在、支援施設に入って3ヶ月目。毎日きちんとした食事が提供されるので、生命を維持することは可能になったが、精神障害を抱えているため集団生活は辛いと言う。ホームレスの時、たまに付いた仕事は、日雇いの長距離トラックの助手やラブホテルの清掃係だった。日当1000円程度の現金収入のほとんどはガソリン代に消えた。毎日、5袋(50円)のパンの耳を公園の水で流し込んで飢えを凌いでいた。まれに肉親に恵んでもらったお金も2、3000円程度。最後に会った時、カップル双方の兄たちは末期がんで苦しんでいたと言う。女性は施設で落ち着いてから、夢が見れるようになった(それまでは、車内では殆ど寝ることは出来なかった)。しかし、それは、お兄さんの葬式に出席する夢だった。
合計4人に、同じ日本に住んでいながら、絶望的な生活をしていたホームレスの生き様の一旦を聞かせてもらった。
日本社会の最下層で喘ぐホームレスは、今後も、希望の光を見出すことは出来ないのだろうか。
(ここに掲載したのは、記事には載せなかった情報です。是非、記事自体もご覧ください)。
2006/6/6 21:53
東京新聞栃木版連載「下野 歴史の謎に迫る」R 分類なし
「”鉄の体”不死身の武将 平将門公」(6月2日朝刊)
平安時代前期に「平将門の乱」を起こした将門公は、西暦939年現在の栃木県にも侵入。国府を落とし、更に群馬県を占領して「新皇」と名乗り、関東の独立を図った。
しかし、翌年、朝廷の追討令が出されると、栃木県佐野市を拠点とした藤原秀郷公などの連合軍が将門軍を制圧した。後世、正統な東国武士とされた連合軍の武将たちの子孫からは、奥州藤原家、平清盛、源頼朝、足利尊氏が排出。武家社会の中心的存在となった。

「藤原秀郷公の居城跡に創建の唐沢山神社(ご祭神は藤原秀郷命)」(上中)
「藤原秀郷公墳墓」(下)
一方の将門公は、日本三大怨霊の一人とされ、関東各地に神として祀られていく。特に、徳川家康公は、江戸城の鬼門に当たる場所に将門命をご祭神とする神田明神を移転させ、江戸総鎮守とした。現在では、「弱きを助け、強きをくじく」神として広く信仰されている。

「平成18年度神田明神神田祭」
記事では、栃木県南部に多く残る将門伝説にも目をむけ、将門公の最後を情緒豊かに表現しました。
平安時代前期に「平将門の乱」を起こした将門公は、西暦939年現在の栃木県にも侵入。国府を落とし、更に群馬県を占領して「新皇」と名乗り、関東の独立を図った。
しかし、翌年、朝廷の追討令が出されると、栃木県佐野市を拠点とした藤原秀郷公などの連合軍が将門軍を制圧した。後世、正統な東国武士とされた連合軍の武将たちの子孫からは、奥州藤原家、平清盛、源頼朝、足利尊氏が排出。武家社会の中心的存在となった。
「藤原秀郷公の居城跡に創建の唐沢山神社(ご祭神は藤原秀郷命)」(上中)
「藤原秀郷公墳墓」(下)
一方の将門公は、日本三大怨霊の一人とされ、関東各地に神として祀られていく。特に、徳川家康公は、江戸城の鬼門に当たる場所に将門命をご祭神とする神田明神を移転させ、江戸総鎮守とした。現在では、「弱きを助け、強きをくじく」神として広く信仰されている。
「平成18年度神田明神神田祭」
記事では、栃木県南部に多く残る将門伝説にも目をむけ、将門公の最後を情緒豊かに表現しました。
2006/6/6 21:03
遂に出ました! 分類なし
今年に入って、最も努力した仕事が、遂に書店の店頭に並びました!
「世界の宗教 知れば知るほど」

(大正大学文学部教授・星川啓慈監修、実業之日本社)
私が担当したのは、「宗教で見る現代社会」と題するコーナー。キリスト教、イスラム教、仏教、それぞれに関して、「宗教と国際社会」、「宗教と政治」、「宗教と経済」、「宗教と社会」、「トピックス」と題する記事を執筆しました。
対テロ戦争から避妊問題まで、現代社会と宗教との接点に関するトピックが満載です。268ページ中、48ページを執筆。最後には、私のユニークな略歴も掲載しています。
表紙もこんなにオシャレにしてくれました!
是非、本屋でご覧ください!
「世界の宗教 知れば知るほど」
(大正大学文学部教授・星川啓慈監修、実業之日本社)
私が担当したのは、「宗教で見る現代社会」と題するコーナー。キリスト教、イスラム教、仏教、それぞれに関して、「宗教と国際社会」、「宗教と政治」、「宗教と経済」、「宗教と社会」、「トピックス」と題する記事を執筆しました。
対テロ戦争から避妊問題まで、現代社会と宗教との接点に関するトピックが満載です。268ページ中、48ページを執筆。最後には、私のユニークな略歴も掲載しています。
表紙もこんなにオシャレにしてくれました!
是非、本屋でご覧ください!
