2008/9/7 5:59
No wave : post-punk, underground. New York, 1976-1980. 音楽
ソニック・ユースのサーストン・ムーアを著者の一人とする貴重な書物(インタヴュー集・写真集)が刊行された(No wave : post-punk, underground. New York, 1976-1980, by Thurston Moore and Byron Coley ; introduction by Lydia Lunch, New York, Abrams Image, 2008)。題名通り、アルバム『No New York』に象徴される70年代後半のニューヨークの一連の音楽(マーズ、ティーンエイジ・ジーザス、ザ・コントーションズ、DNA、さらにはグレン・ブランカ等々)に関する書物である。
まだ通読するには至っていないし、また、もしかしたら類書も既にあるのかも知れないが、貴重なものだと思う。DNAのメンバーであったモリ・イクエ、そしてティーンエイジ・ジーザスと第一期コントーションズのメンバーであったЯ eckのインタヴューも掲載されている。翻訳、さらにはこの時期のフリクション(「最初のギグの後すぐにバンド[コントーションズ]を離れたけれど、チコは暫く留まった。俺は日本で自分のバンドを持ちたいと思い始めていた。ニューヨークを離れる前に、既に俺にはフリクションという名のバンドとミュージシャン達がいた。だから、日本に戻ってからすぐにバンドを始めたんだ」p. 35)に関するЯ eckへの改めてのインタヴューが渇望される。Я eckがニューヨークにいたのは、村上龍の『限りなく透明に近いブルー』が刊行された1976年の翌年である。そう言えば、フリクションの姿も見ることの出来る東京ロッカーズの映画『Rockers』の完全版が10月には公開されるようだ。

まだ通読するには至っていないし、また、もしかしたら類書も既にあるのかも知れないが、貴重なものだと思う。DNAのメンバーであったモリ・イクエ、そしてティーンエイジ・ジーザスと第一期コントーションズのメンバーであったЯ eckのインタヴューも掲載されている。翻訳、さらにはこの時期のフリクション(「最初のギグの後すぐにバンド[コントーションズ]を離れたけれど、チコは暫く留まった。俺は日本で自分のバンドを持ちたいと思い始めていた。ニューヨークを離れる前に、既に俺にはフリクションという名のバンドとミュージシャン達がいた。だから、日本に戻ってからすぐにバンドを始めたんだ」p. 35)に関するЯ eckへの改めてのインタヴューが渇望される。Я eckがニューヨークにいたのは、村上龍の『限りなく透明に近いブルー』が刊行された1976年の翌年である。そう言えば、フリクションの姿も見ることの出来る東京ロッカーズの映画『Rockers』の完全版が10月には公開されるようだ。
2008/9/1 18:58
追悼 赤塚不二夫 文化・芸術
先月、赤塚不二夫が亡くなった。謹んでご冥福をお祈りすると共に、この天才の作品群が若い世代に広く読まれることを強く願う。
偶然、追悼号となったようだが、先月末に『KAWADE 夢ムック 文藝別冊[総特集]赤塚不二夫』(河出書房新社)が刊行された。未見の作品の他、元フジオ・プロのスタッフに対するインタヴューなど、様々な意味で貴重な特集である。私も小文を寄せているので、ご関心の向きは是非ともご購入の上お読みいただければ幸いである。
偶然、追悼号となったようだが、先月末に『KAWADE 夢ムック 文藝別冊[総特集]赤塚不二夫』(河出書房新社)が刊行された。未見の作品の他、元フジオ・プロのスタッフに対するインタヴューなど、様々な意味で貴重な特集である。私も小文を寄せているので、ご関心の向きは是非ともご購入の上お読みいただければ幸いである。
