2008/4/5  13:59

追悼丸元淑生  
 丸元淑生と緊密な関係にあった「もやし研究会」からのダイレクトメールで、日本の食文化に大きな影響を与えたこの方が、3月6日に亡くなったことを知った。(最近は著作の刊行がないと思っていたが、一月遅れで知ったのはまことに迂闊なことである。)享年74歳。ダイレクトメールに封入された追悼文には記されていなかったが、死因は食道癌であったようだ。
 74歳という年齢、そして何よりも死因には、癌を初めとする病と食の関係について多くのことを記していた丸元淑生のことであるから、色々と思いを誘われる。
 ネット上では既に、アメリカ式の栄養学を全面的に打ち出すようになった後期丸元栄養学に対する疑問なども提起されているが(その要素還元的な性格と所謂東洋的な身体的全体性に関する観点の欠如等)、まずは、この人の残した大きな業績を称えて追悼することにしたい。多くの人が言うほど料理するのに難しくはない、そして、何よりも美味しいレシピの数々が、称えられるべきである。昨晩は、その中の逸品の一つで、まことに春らしい「芝エビとそら豆のブレイズ」を調理して食べたが、季節の移ろいに絶えず敏感であった丸元淑生のレシピに感動すると共に、最早新たな著述に出会えないことをとても残念に思う。

2007/12/22  15:21

クスクス・ロワイヤルもどき  
 モロッコには行ったことがないが、パリで食事をするときに、一番簡単でかつ美味しく食べられるものの一つはクスクスである。(そう言えば、日本人で最も世界的に著名な哲学者にクスクスをムフタール街でご馳走してもらったことがある。)そして、日本ではまともなクスクスが簡単には食べられない。クスクスそれ自体が、ほんの少しだけ付け合わせとして添えられていることが殆どで、クスクスを食べたという気持ちにならないのだ。クスクスは、スープをかけて好きなだけ食べられなければ意味がない。ところが、最近ではちょっとしたスーパーならば、インスタント・クスクスが手に入るので、好きなときに好きなだけクスクスを食べることができるようになった。以下、自家製レシピ。(これは、全くのオリジナルなので、クスクスもどきと言うべきか。)なお、クスクス・ロワイヤルとは、上にチキンやメルゲス(辛いソーセージ)などをのせた豪華版の意味。
 材料(4人前):鶏もも肉400グラム、メルゲス8本(なければスパイシー・ソーセージ)、玉葱2個、人参2本、セロリ2茎、トマト4個、アリサ(北アフリカの唐辛子ソース、これは不可欠)、クスクス(スムール)250グラム、バター大さじ3、塩、胡椒、エルブ・ド・プロヴァンス(これはなくてもいい)それぞれ適量、オリーブオイル
 1. 肉に塩・胡椒をすり込み、2時間ほどおく。
 2. フライパンにオリーブ・オイルを入れて熱して、鶏肉を皮目からソテーする。
 3. 色がついたら、デロンギ・オーブンのコンベクションで、皮を上にして210℃で20分ほど焼く。
 4. ヴィタクラフト鍋にオリーブ油を敷き、薄切りにした玉葱を弱火で炒める。(以下、出来るだけ、蓋を閉め、ときどきかき回すようにする。)
 5. 玉葱が透き通ってきたら、1cm角のサイコロに切った人参、セロリを鍋に入れて、弱火で炒め続ける。
 6. 野菜に火が通ったら、トマトをざく切りにして入れる。蓋をして弱火で熱する。
 7. ときどきかき回して、トマトが煮崩れてきてから、さらに5分ほど加熱を続ける。
 8. クスクス(スムール)をふかす。簡易なふかし方は、クスクスの外箱に書いてあるからそれに従う。色々あるようだが、基本的には次がいい。
 8-1. 鍋に250mlの水を入れ、オリーブオイル大さじ1、塩小さじ1を入れ、沸騰させた後、火からおろす。
 8-2. クスクスを、8-1にかき混ぜながら加える。さらによくかき混ぜる。
 8-3. 2分間そのままにおいて、水分を吸わせる。
 8-4. 大さじ3のバターを加え、固まらないようにかき混ぜながらごく弱火で3分間加熱する。
 9. メルゲスをオリーブ・オイルで炒める。
 10. 野菜スープにエルブ・ド・プロヴァンス、胡椒、塩を適量入れる。
 11. クスクスを皿に盛り、上から野菜スープをかけ、その上に、四つに切り分けた鶏肉とメルゲスをのせる。アリサをお好みで加えつつ、スープをクスクスに混ぜながら食する。
 コメント:ヴィタクラフト鍋等の多層鍋でないと、あっという間に焦げ付いてしまい、スープにならないので、その場合には、野菜のストック等を加えてスープにする。また、鶏肉は、デロンギ・オーブンのコンベクション機能を用いると驚くほどに美味しくできるが、このオーブンがない場合には、適宜考える。野菜は、赤ピーマンやかぼちゃ、カブなど季節のものを追加するといい。
 アリサがないとクスクスを食べた気にならない。アリサも、チューブ入りのものをスーパーでよくみかけるので、まずはこれを使用すればいい。パリのアラブ人ショップ(コンビニ)等で売っている、瓶入りのアリサがお気に入りだったが、昨年行ったときに購入したものの、セキュリティが厳しくなって、空港で没収されてしまった。スーツケースに入れて持ち帰ること。
 また、クスクス(スムール)のふかし方に関しては、本格派を目指すなら専用蒸し鍋が必要だろうが、クスクスもどきだからそこまでは必要ない。昔知り合ったモロッコ人の友人によれば、ふかし方はとても難しくて、家庭ごとにやり方があるそうで、お母さんの技量が問われるところらしい。日本人が米を炊くのと同じようなことだろう。だから、インスタント・クスクスは、米を洗わずに炊いたり、あるいは「サトウのご飯」をちんするようなものか。
 四方田犬彦『モロッコ琉謫』を読んで以来、モロッコへの素朴な憧れは高まるばかりだが、ブライアン・ジョーズを聞きながらクスクスもどきを食べるのもいいだろう。(当分、レシピ紹介はありません。)

2007/12/15  23:03

カレーのレシピ  
 唐突だが、美味しいカレーのレシピを紹介する。カレーにも、欧風・和風・タイ風等々色々あるが、これはインド風である。(以下は、全日本カレーライス学会/編『カレーライス』(勁文社文庫、1994年)所収のレシピや森枝卓士のレシピに改変を加えたもの。)
 材料(6皿から8皿):鶏肉1キロ強(モモ肉1キロ弱、手羽元300グラム)、玉葱大4個、ニンニク3片、生姜2片、ギー(1カップ、これについては後述)、トマト2個、ヨーグルト1カップ、チャツネ大さじ1杯、塩小さじ1〜2杯、シナモンスティック半分(5センチ程度)、クローブ10個、カルダモン10個、クミン(粒)大さじ3杯、コリアンダー(粒)大さじ2杯、粒黒胡椒大さじ2杯、ローリエ2枚、レッドペッパー大さじ2杯、赤唐辛子10本、ターメリック(粉でいうと)大さじ1杯、カレー粉大さじ1杯(鶏肉にまぶす分)。
 作り方:
 1. スパイスを全部挽く。(すり鉢でやってもいいが、ブレンダーについているミルで挽くと簡単。)
 2. 鶏肉を適当な大きさに切る。皮や脂は、独特の匂いがあり、カレーには合わないので丁寧に取り除く。鶏肉にカレー粉を軽くまぶし、よく揉み込む。これにヨーグルトをまぶし、2時間ほどマリネする。これによって肉が締まり、下味がつく。
 3. 玉葱をすり下ろす。(みじん切りは不可。)ブレンダーでやると簡単。(すり下ろす場合には、勿論、ゴーグルが必要になる。)
 4. 鍋にギーを入れ、おろし玉葱を投入。これを焦がさないように炒め続ける。ヴィタ・クラフト鍋なら、それほど気にしないで、ときどきかき回す位で、30分くらいで炒め終わる。ペースト状になったら、ニンニク・生姜をすり下ろして入れる。さらに、軽く炒める。
 5. そこに、自家製カレーパウダーを入れ、炒める。油(=ギー)にスパイスの香りを移すつもりで、香りが移れ移れと念じつつ、心をこめて炒める。トマトを小さく切って入れる。(湯剥きしてもいいが、いずれわからなくなる。)
 6. 鍋が煮立ったら、ヨーグルト漬けの鶏肉をヨーグルトごと入れる。弱火で約1時間、ときどきかき混ぜながら煮込む。
 7. 表面に油が浮いていかにも煮込んだという状態になったら、チャツネを入れる。塩で味を調整。
 8. 仕上げに、ガラム・マサラを入れて、煮込んでいるうちに失われた香りを補給する。
 ポイント:森枝卓士らの定番本にあるように、インド(風)カレーのポイントは、スパイスの香りを油に移し、それによって香りを豊かにすることと、大量の玉葱を用いることによって甘みを出すこと、この二点である。だから、油の量も玉葱の量もびっくりする位多い。
 慣れてきたらスパイスの配分は好みで調整したらいいと思うが、私はクミンの香りが好きなので、クミンの量がやや多い。また、辛さも唐辛子の量や唐辛子の種類で調整可能。この配合だと少し(かなり?)辛い(CoCo壱のカレーで5辛位か)。また、トマト以外に、すり下ろしたバナナや人参、或いはセロリを入れて風味を出すのもあり。水は一切入れない。但し、普通の鍋だと焦げ付くかもしれないので、その場合には、注意深くかき回すか、若干の水を入れる。(いずれにしろ、ヴィタ・クラフト鍋のようなものがあると便利。)
 使用食材:ギーはなかなか手に入れにくいかも知れないし、スーパーで売っているようなギーは値段が高過ぎて、なかなかこの分量は使えない。だが、東京在住の方は、東銀座の老舗インドレストランであるナイル・レストランで安く手に入る。(通信販売もしている模様。)サラダオイルで作って作れないことはないかも知れないが、出来上がりが格段に違う。鶏肉にまぶすカレー粉とガラム・マサラも、私はナイル・レストランのものを使用しているが、これは他社製や自家製でも勿論代用可。チャツネとスパイスは、基本的には朝岡スパイスのものを使用しているが、これも他社製で十分だろう。ただ、チャツネは朝岡スパイス製のものを特に愛用。(通信販売も行っている模様。大瓶に入ったチャツネを店頭販売していた池袋西武店が閉店したのが、残念ではある。)
 コメント:私は、インドカレーでは湯島のデリー、欧風カレーでは神保町のボンディが好きである。(他に、本当に美味しいかと言われると困るが、本郷の我がルオーも好きであるし、渋谷のムルギーも懐かしい。関西では、結局これはというところには巡り会えなかったが、梅田にもあるピッコロカレーはお気に入り。自由軒は雰囲気だろうか。)が結局は、上に掲げたレシピをもとに自分で作ったカレーが一番好きである。自画自賛と言われてもいいが、とにかく美味しいので、騙されたと思って作って食べてみて下さい。これに、湯がいたほうれん草をブレンダーにかけたものを入れれば、一挙にほうれん草カレーに早変わり。これも美味しい。(次回は、クスクス・ロワイヤルのレシピ。)[一部、訂正。12月20日記]

2006/12/19  4:08

食について:丸元淑生  
 食べることを哲学する、という主題にいつからか密かに取り組んでいる。住むことや着ることは、それぞれレヴィナスや鷲田清一による大きな仕事があるが、食(や断食)もまた同化やアレルギーといったことを通しても哲学としての大事な主題であると考えるからだ。だが、今日はより実践的な話。
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 食べることというよりは、料理することを本格的に始めたのは十年くらい前だっただろうか。生活の基本を自分の手に入れようと、独学であれこれと勉強した。そのときにまず手引きとなったのは、今さら名前を出すのも気恥ずかしいが、玉村豊男と丸元淑生だった。
 玉村豊男の名著『料理の四面体』(文春文庫)は、ブッフ・ブルギニョンと豚肉の生姜焼き、ローストビーフとアジの干物、ユッケと鰹のたたき、ポトフと鶏の水炊き等々が同じ料理であることを証す――「ステーキはサラダなのだ」という衝撃的な結論も導く――料理の一般的な原理を鮮やかに示し、まずは毎日の献立を考える基本的な枠組みを与えてくれた。
 そして、何よりも丸元淑生の一連の本。私は必ずしも丸元教の信者ではないが、それでも穀類・豆類・野菜を軸とした五つの類の食品をバランスよく摂取する、という基本的な教えと、そのレシピには多くのことを教えられた。出発点はまず『システム料理学』(文春文庫)。丸元理論の基本が示されている。いつからか、肉料理を一切勧めなくなった丸元淑生だが、まだ肉の食べ方についても解説してあるので、その点、貴重かも知れない。そして、何と言っても、その集大成の本『丸元淑生のクック・ブック』(文春文庫)。写真のないのが唯一の欠点だが、その理論の概要と食材毎の豊富なレシピが示されていてとても役に立つ。海外に行くときも、この本は携行する。写真入りのレシピ集としては、『新家庭料理』・『続新家庭料理』・『ヘルシー・クッキング春冬篇』・『ヘルシー・クッキング夏秋篇』(全て中公文庫)が、文庫本なので便利。さらに、大判の美しいレシピ集『丸元淑生のシンプル料理』・『丸元淑生のシンプル料理<2>』(共に講談社)、四巻本の集大成シリーズ『丸元淑生のからだにやさしい料理ブック』(『家庭の魚料理』・『楽しもう一人料理』・『スープ・ブック』・『ファミリー料理』、講談社)は、手順が写真入りでかなり丁寧に説明してあるので重宝する。(特に、『スープ・ブック』は、ヴァラエティに富んだスープが紹介されていて、とてもいい。)
 鰹節をひいたり、ストックをとったり(そのために野菜屑を捨てないで取っておいたり)という作業自体は、慣れると苦にならなくなるし、ヴィタ・クラフト鍋を初めとする調理器具を押し売りに近い形で勧めているのも、実際に用いているとそのよさがわかってくるし――というのは、もしかしたら洗脳された証拠か?――、実際、多くの料理は健康的な上に美味しい。また、肉料理が少ない点に関しては、玉村理論を頭に入れておけば、丸元レシピの肉料理への変換が可能だ。
 本当に美味しいものは身体にいいし、生態系にもいい、というその思想の背景には自然信仰が見られて全面的には賛同しかねるものの、伝統的な料理に示されている生活の知恵・民族の知恵を現代に活かすその姿勢は基本的には支持できるものだと思う。(まあ、飽きたらたまにはジャンク・フードに走ればいい。)一時期文面に現れていた女性憎悪・主婦蔑視の発言が最近見られなくなったのは、歳をとられて丸くなったせいか。
 食を哲学することに関しては......幾つかアイディアはあるが、まだまだ一つの形をなしてはいない。最近では、恩師の松永澄夫先生による『「食を料理する」――哲学的考察』(東信堂)――動物としての人間にとっての食の意味から、味覚に関する精緻な分析を経て、環境問題にまで及ぶ――や、ドゥルーズ――彼自身は食には栄養摂取以上の関心を示さなかったらしいが――の諸概念を思いもしなかった方向へと全面的に開花させた廣瀬純の『美味しい料理の哲学』(河出書房新社)が刊行された。カフェのグラスについて哲学することに魅力を感じた哲学者たちは、その前か後に食べたことについては考えなかったのだろうか。(いや、『嘔吐』がそれか?)
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