2008/5/29 0:14
WORLD CUP IN SUZUKA 分類なし
先週末、鈴鹿サーキット南コースにて、カートレースのWORLD CUP IN SUZUKAが
開催されました。
このレースは、世界選手権、ヨーロッパ選手権と並んで世界3大タイトルの一つに数えられ、世界各国から様々な国籍の選手が参戦します。
僕も10代の頃、1991年第1回大会、1992年第2回大会に出場し、第2大会FAクラスで3位表彰台に上がった経験もあり、大変思い出深い大会でもあります。
今年も最高峰のKF1クラス、そしてその下のクラスであるKF2クラスのレースが行われ、
KF2クラスには僕のジュニアチーム「京商RM」から、15歳の中野貴功(きよし)が
参戦しました。
キヨシはチームの中で15歳と思えないおっさんのような落ち着いた口調で(笑)、トレードマークはメガネです。そのメガネは白いフレームでヘルメット越しでもすごくわかるくらい目立っていたのですが、最近視力が少し落ちたということで、今回のレースに向けレンズを変えなければならなくなったものの、新しいレンズに対応した白フレームが無く、仕方なしに黒フレームに変わってしまいました。こんな話、どうでも言いことですが…(苦笑)。
キヨシはフリー走行から調子も良く、レースに向け順調に進めていました。
土曜日に行われた8分間のタイムトライアルは42台中7番手。そしてA,B,Cの3クラスにわかれ総当たり戦で行われる予選ヒートレースの結果、10番手で日曜のプレファイナル(本予選)に進むことができました。
ここまでは良かったのですが…。迎えたプレファイナル。スタートした瞬間、貴功は後続に押されてしまい、ストレート上でマシンが横に向いてしまったところにまた違うマシンと接触!
後ろから飛んできた他選手のマシンのリアバンパーに右膝をはさまれ強打してしまい、キヨシはカートから降りることもできず、乗ったままで苦しそうにしていました。
とりあえずメディアカルでチェックの結果、かなりの打撲で筋肉がぐちゃぐちゃになってると診断され、ファイナルへの出場は無理と判断され、ドクターストップがかかってしまいました。
この時のキヨシの状況を自分に置き換えてみた時、ドライバーの立ち場としては、この大事なレース、痛みを我慢してでも走って意地を見せてほしいという気持ちでした。しかし、その反面、チーム監督として無理をさせたくないという気持ちもあり、とても複雑な思いでいました。キヨシの気持ちを確認してみたところ、やはり、無理をしてでも走ることを強く希望していました。とりあえず様子をみて、その後再度メディカルチェックをした結果、ドクターもキヨシの気持ちを理解してくれたのか出場許可が出ました。こうして、決勝レースは29番手から挑むこととなりました。
迎えた決勝、キヨシは目が覚めるような追い上げを見せてくれました!
ほとんど最後尾という位置から、毎周毎周、前を行くマシンを次々とパスしていき、怒涛の追い上げをし、一時は11番手まで上がってきました。しかし、プッシュしすぎたためか後半ペースが落ちてきてしまい、最終的に13位でゴール。16台抜きという素晴らしいレースでした!
レースが終わった後、足を引きずってパドックに帰ってきましたが、レース中足の痛みはどうだったかと聞いたら、「そういえば痛みのこと忘れていました。」と一言(笑)
まぁそんなものです。集中していると痛みを感じないものです。
僕も腰椎圧迫骨折から復帰した初めてのフォーミュラで、レース後に一人で歩けなかったなぁ。でも4位フィニッシュできたし、走っている時は何でか痛みも忘れます。
何はともあれ、ほんまにキヨシは良くやったと思います。全日本カート選手権の開幕戦といい、キヨシの底力には驚かされます。またまた僕も元気な走りにパーワーをもらいました。また今回はチーム員もキヨシの応援に来ていたのですが、これからの自分のレースにとって、非常に勉強になったWORLD CUPだったんじゃないかなと思います。
また、KF1クラスの決勝は、マラネロカートに乗るダビデ・フォレ選手が優勝。
予選ではライバル選手に故意にコース外に押し出され、かなりキレてたのですが、決勝ではきっちり優勝をもぎ取ってみせました。
早々にトップに躍り出てから、猛追してくる後続のマシンを長いこと抑え込み、ひとつのミスなく走りぬいてトップを守り抜いた姿はまさに圧巻でした!
世界トップレベルの走りはさすがでした。カートのプロの走りに子供達みんな感心していました。
いやぁ、ほんまにいいもんを見せてもらいました。
僕ももうすぐセパンですが、それまでにTESTやスクールなど色々あり忙しい日々が続きそうです。体調管理をしっかりして挑みたいです。
2008/5/19 13:03
F1ドリーム平塚10周年記念 分類なし
昨日は平塚にある、レンタルカートコース
「F1ドリーム平塚」にて10周年記念イベントに
ゲストとして呼ばれ行ってきました。
思えば10年前、オープンの時もゲストとして招待されました。
その時を懐かしく思います。
っていうか、それ以来行ってないというほんま10年ぶりだったんです。
イベント内容は、午前中に行われたスプリントレース、そして午後から行われた
なんと!5時間耐久レース!に参戦いたしました。
案の定今日はかなりの筋肉痛です…。
とにかく、ここの常連さんは全員乗りが良くって良くって(笑)
給油中は絶対に3分間停止しないといけないルールがあったり
(この用に砂時計で図ってます↓)
レース途中ある時間帯では、かならず各チーム1回ピットインしてきたドライバーが
くじを引き、書かれたお題をしなけらばならないというルールもありました。
(この人は腹筋しています↓)
5時間耐久レース中に大きなクラッシュもあったりと
一時は赤旗中断な場面もありましたが無事イベントが終わり本当に楽しい1日でした。
また僕を応援しに来てくれたファンの方ありがとうございました。
楽しい日も束の間、今日からFCJアドバイザー業務のため茂木です。
2008/5/7 16:40
S-GT 第3戦 富士スピードウェイ 分類なし
ブログの更新が遅れましてすみません。
皆さん、富士ではたくさんの応援ありがとうございました!
おかげさまで、3位ではありますが、今季初表彰台に上がれました。
予選では、荒れた天気の中、小暮が頑張ってスーパーラップ進出を決めてくれ、
最終的に僅差でポールポジションを獲ってくれました。
このまま決勝もポール・トゥー・ウィンといきたかったのですが、決勝は500qの長丁場、
やはり思い描いた通りにはいきませんでした。
スタートは小暮。問題なくトップを守り、後続との差を広げていっていた矢先、
まさかの単独スピン!トップを38号車に明け渡してしまいました。
その後、1回のピット作業を挟んで小暮が続けて2スティント走っていたのですが、
タイヤが厳しかったようでポジションアップどころか、さらにポジションダウンしてしまいました。
これは何とか僕の番で挽回するしかない!と気合いが入りました。
各車ルーティンのピット作業が終わり、順位が落ち着いた時点で僕は5番手走行中でした。
まずは前を行く100号車レイブリックNSXを追いかけ、数周で追いつくことができました。
すると100号車の前には35号車宝山SCが見え、その前の36号車ペトロナスSCの姿も確認できました。
これは頑張れば2位まで上がれる可能性がある!そう思い、どうやってパスするか考え始めました。
100号車は35号車をパスしようと試みているのが分かったので、僕は少し様子を見ました。
100号車がようやく35号車をパスしたところで、僕も35号車にターゲットをしぼりました。
ここからは中村監督も無線で「龍、がんばれ!」とか、完全に応援されてました・・・(笑)。
しかし、SCはやはり直線スピードが速く、100号車も手こずっていたように、僕もすぐにはパスできませんでした。
35号車片岡選手のわずかなミスを狙っていこうと様子をうかがっていたところ、チャンスが訪れ、パスすることができました。
次は100号車を追いかけました。100号車は36号車を狙っていました。
これも少し後ろで様子を見ていた方がよさそうだと思っていたら、100号車が36号車をパス!
僕のターゲットが36号車の寿一に変わりました。
この時点で4位。寿一を抜けば表彰台に上がれるから、どうしてもパスしたいと思って追いかけました。
チェッカーまで残された時間は少なかったし、タイヤも厳しくてきつかったのですが、
無線の中村監督は「龍、プッシュプッシュ〜」を繰り返しゆうてるし、3位には入りたかったから僕も頑張りました。
すると2位走行中の100号車細川が単独スピン!
そこで図らずも自動的に3位へと繰り上がりました。
寿一をパスすれば2位に上がれる!そう思ったものの、残り周回数が足りませんでした。
寿一との差はつめていったのですが、手は届かず、最終的に3位でチェッカーを受けました。
あと10周あれば、寿一もパスしたのに!と、レース後に僕は思っていたのですが、
寿一には「おまえのペースを見ながら走ってたんや。」と言われました。ほんまかいな・・・
まぁ、まだまだお互い頑張れるし、譲れないということで、これからも張り合っていきたいと思います(笑)。
何とか表彰台に上がれるところまで追い上げられてほっとした反面、
最後の最後でスピンしてしまった細川のことを思うと、素直には喜べないです。
前戦岡山では僕もアウトラップにスピンしてしまい、レースを台無しにしてしまいました。
その時、細川は無線で「18号車がスピンしたから気をつけろよ。」って言われていたらしいです。
なのに、あいつはスピンしちゃったわけで。
レース後仕事で一緒になった時に、そんな話をしながら、二人で落ち込んでいました(苦笑)。
僕と同様に細川も、岡山の分を取り返したいと思っていたと思います。
そして実際、片岡も抜き、寿一も抜き、2位に浮上したというのに、最後の最後にあんなスピンをするなんて・・・
チェッカー後、マシンをホームストレート上に停めて降りてすぐに、
僕は細川に歩み寄り、「何してんねん?おまえ!あほか〜!」と思わず頭をポンッとはたいてしまいました。
今回は残念でしたが、細川にももっと頑張ってほしいと、そんな気持ちもあり、
つい、あいつにそう言わずにはいられませんでした。
さて、今回、富士スピードウェイでは、昨年の最終戦に引き続き、ファンのみなさんで僕達18号車のファンシートを作って下さいました。
手作りのポスターをグランドスタンドなどに貼ったり、手作りのポストカードを配布したり。
そうそう、子供達にはお菓子も配っていたみたいですね。
細かい気配りをしてくださって、集まった皆さんも喜んでくれていたのではないかと思います。
この応援席の団長であるぱこぱこさんと奥さま、本当にありがとうございました!
その他、ぱこぱこさんと共に準備をしてくださった皆さんも、本当にありがとうございます!
もちろん、この呼びかけに集まってくださった皆さんも、本当にありがとうございました!!
前にも言いましたが、僕達のこの応援席は、決してメーカーやスポンサー、僕の身内が始めたものではなく、
ファンの皆さん発信で実行している企画であるということが、ほんまにありがたいなぁと思っています。
こんな応援団ってほかにあるんかなぁ〜?僕は心から誇りに思っています、皆さんのことを。
他の応援団は規模も大きく、なんだか圧倒されてしまうでしょうが、それでも
スタンドの一部が緑色に染まっているのを見るのは、正直めっちゃ嬉しいんです。
(他の応援団と言えば、日産の応援団には今回も「道上〜頑張れよ〜」と声をかけていただきました・・・恐縮です。
メーカーが違っても、応援してもらえるのは・・・というか、声をかけてくれただけ!?・・・嬉しいです。
日産ファンのみなさん、ありがとうございました!)
この富士のレースでは、緑の応援席の声援が間違いなく僕の力になっていたと思いますし、
18号車、チーム全体を後押ししてくれていたと確信しています。
がむしゃらに前を追いかけながら走っている時、実は僕、「今頃応援席盛り上がってるかなぁ〜」と考えていました(笑)。
やっぱりせっかく応援席作ってもらって応援してもらってるからにはいいとこ見せたいと思ってましたし、どうしても優勝したかったんやけど。
また応援団、集まってもらえれば嬉しいです。僕達もはりきってがんばりますので。
次戦はセパンです。チャンスはあると思っているので、もちろん優勝を目指すだけです。
がんばりますので、日本からぜひ応援して下さい。よろしくお願いします。
それでは僕はこれから鈴鹿に向かいます。
今週はFCJです。Enjoy Hondaにも参加し、昔のNSXの走行やバスガイドなど、いろいろ予定していますので、
時間のある方はぜひ鈴鹿にいらしてください。
