2004/12/29  11:44

ウクライナ、そしてアゼルバイジャン-2  分類なし

アリエフ息子の政権が親米的態度をとらない
場合アゼルバイジャンでは来年か再来年政権
転覆が起きることが予測できる。

また、アゼルバイジャンの住人、アゼリー人
はアゼルバイジャン国内に700万人ほどが住ん
でいるが、実はイラン国内にもタブリーズを
中心に1500万人程度居住している。
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2004/12/29  11:38

ウクライナ、そしてアゼルバイジャン-1  分類なし

ウクライナの次期大統領がユシチェンコ氏に
決まりそうである。

つまり、ロシア対欧米の綱引きは、後者に軍
配が上がったことを意味する。

そもそも初回の選挙において、不正行為を行
ったのはヤヌコヴィッチ陣営のみのような報
道がなされているが、そうではないらしい。
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2004/12/28  19:38

アメリカと宗教-5  分類なし

今回の選挙でも、カネ(資本家の多い北東部と西部:民
主党支持)に裏切られた地区においてブッシュが勝利を
収めている。

今後も、アメリカにおいて中間層の没落は進行し、その
分彼らの宗教的先鋭度は増していくのであろう。
しかし、その一方ではアジア、中南米系の移民もますま
す増える見込みである。
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2004/12/21  19:42

アメリカと宗教-4  分類なし

一方でその「宗教」の方にも大きな変化が現れた。
ロシア革命時、第2次大戦後にはロシア、ポーランド、ま
たギリシャ、イタリア等の南欧各国からの移民が急増し
た。

これらの地域は正教やカトリックであり、プロテスタン
トではない。

更に、メキシコやプエルト・リコ等の中南米地域からも
多くのカトリック教徒がアメリカに渡って来た。
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2004/12/14  19:03

アメリカと宗教-3  分類なし

グラント政権時には産業資本家と大統領が結びつき、空
前の汚職時代であったという。

セオドア・ルーズベルト大統領が、「議会による統治は
望ましくない」という内容の発言をしたのもこの時期で
ある。

また、同大統領はルーズベルト・コロラリーという概念
を作り出したが、突き詰めれば、西欧の価値観に基づい
た行動を取ることにより、西欧諸国の米州への進出を回
避する、という主体的とは言いがたい政策であり、かつ
その根拠をモンロー主義に求めているところが何とも皮
肉である。

(ルーズベルト・コロラリーについては本HPで既に触れ
てある)
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2004/12/10  22:32

アメリカと宗教-2  分類なし

しかし、その後アメリカはその範囲を広げると共に、ヨ
ーロッパ各地からピューリタン、プロテスタント以外の
キリスト教徒、つまり多数のカトリック教徒を受け入れ
ることになった。

この過程で、司法がピューリタンの影響下から独立せざ
るを得なくなったのである。
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2004/12/8  11:45

アメリカと宗教-1  分類なし

そもそも、南北アメリカ大陸には、我々日本人と同種の
先住民が住んでいた。
しかし、今日彼らは南北アメリカ全体において完全に傍
に追いやられているのが現状である。

今回は、この間の大統領選挙でも一番の投票要因は「宗
教」「価値観」であったとされ、アメリカ合衆国における宗教の
存在について考察してみた。
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2004/12/1  12:46

ルテニア人の逆襲-5  分類なし

また、出直し選挙の結果、ユシチェンコ氏が政権を取
り、ウクライナが親EU・NATO路線に転じた場合、ロシ
アは最悪ウクライナ全土に対する影響力を失うことに
なる。
従って、現在のウクライナ東部における独立への動き
は、これを防ぐ為ロシアが支援していると考えるのが
自然だろう。
つまり、ウクライナ全土が無理なら東部だけでも押さ
えておこう、ということであり、つまりロシアにとっ
ては保険を掛けるような行為である。
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2004/12/1  12:34

ルテニア人の逆襲-4  分類なし

一方でウクライナ北東部の工業都市カリコフはロシ
アと繋がりの強い街である。(ヴラジオストクから
の直通列車もある)

また現在では、ソ連による統治の結果、ユニアテ教
会はガリシアからアメリカに渡った移住者が細々と
信仰しているに過ぎない。
また、第2次大戦後、ウクライナとポーランドの間
では広範囲にわたって住民交換が行われた。この結
果ポーランド国内のウクライナ人はウクライナへ、
また、ウクライナ領内のポーランド人はポーランド
に強制移住させられた。

従って、ウクライナの東西で深刻な宗教対立が引き
起こされる可能性は低い。
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2004/12/1  12:31

ルテニア人の逆襲-3  分類なし

その後この国境線が大きく動いたのは第1次世界大
戦時である。

ロシア軍とオーストリア軍は緒戦、ガリシアで交戦
し、ロシア軍が勝利を収めた。
オーストリアの参謀総長コンラートの攻撃方針が
(対セルビア戦と対ロシア戦どちらを優先するか)
が定まらなかったためである。
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