2006/9/4 15:06
伊勢の島旅 travel
ひさしぶりに伊勢に行った。
もちろん内宮にお参りした。ちょうど通り雨のあとで、森の匂いが鳥居の奥から湧き立ち、そのアロマにくらくらした。
神さまが鎮座するにふさわしい伊勢の森は、手入れがすみずみまで行き届いて、さくさくと砂利を踏むのも心地よい。
そんな聖なるひとときのあとは、御陰さま横町で食欲に駆り立てられ、やれ手こね寿司だの、夏しか味わえない「赤福氷」だのたらふく食べた。

運ばれてきたときには、ただの宇治氷?
その苔むす雪洞を発掘すれば、中には3本指の痕跡くっきりの赤福が潜んでいたのだった。
冷たくあまーい、そしてほっくり感。夏の終わりの満足。
●翌日、鳥羽から船で答志島(とおしじま)へ渡る。
そこは、晩夏の昼下がりの静かな島。船が港へ入るときも堤防に、「スロー!」って。ここがスローライフ発祥の島だったとは....

炎天下。答志港界隈の集落の路地を歩く。
かつて村上水軍の拠点であり、九鬼将軍が自害させられた島。
男衆は今も中学を出ると、寝屋子という習慣にならい、寝起きをともにするらしい。

女たちも男に負けない底力を持っていそう。これは、港前のちりめん屋「浜与」という店の中にあった古い写真。うわー!これってフィジー??海女さんたちのど迫力。

集落の中は、サザエの壺の底ぐるぐる状態。
その路を、じんじろ車と呼ばれる荷台をがらがらひいておばあちゃんが、歩いてた。
見れば、一家に一台、その台車が横づけされてた。
昭和のはじめ、「じんじろう」という鍛冶屋さんがこれを開発したらしい!
かくして、島の人々は荷物を背中から下ろし、荷台へ。便利になったのう。
翌日は、三島由紀夫の著作「潮騒」の舞台となった神島へ。
神の島は、実は蛸の島だった。

つい先日、パイレーツ オブ カリビアンを観て、悪役海賊の船長が蛸男だったので、
ついそれを連想していたが、
しかし、蛸ってやっぱりラテン以外のヨーロッパ人(アングロサクソンさん)にとってかなり嫌われ、気持ち悪いものなんだなあ、と思いました。
日本人だったら、あれを蛸刺しや蛸酢にしたら、とか、ラテン系なら、オリーブオイルで素揚げ、で白ワインなんて連想してしまいます。
ポリネシアでも蛸は、生命力のあるもの。命の連鎖、つながりを意味するもの。
島々は海で離れていても、蛸の足のように繋がっているということで、連帯感の象徴になっていました。
とはいえ、神島に流れている時間は海の底のようにドローンと、ゆるり感と重みがあって、眠りたくなる場所、つまり霊場のような島でした。

もちろん内宮にお参りした。ちょうど通り雨のあとで、森の匂いが鳥居の奥から湧き立ち、そのアロマにくらくらした。
神さまが鎮座するにふさわしい伊勢の森は、手入れがすみずみまで行き届いて、さくさくと砂利を踏むのも心地よい。
そんな聖なるひとときのあとは、御陰さま横町で食欲に駆り立てられ、やれ手こね寿司だの、夏しか味わえない「赤福氷」だのたらふく食べた。
運ばれてきたときには、ただの宇治氷?
その苔むす雪洞を発掘すれば、中には3本指の痕跡くっきりの赤福が潜んでいたのだった。
冷たくあまーい、そしてほっくり感。夏の終わりの満足。
●翌日、鳥羽から船で答志島(とおしじま)へ渡る。
そこは、晩夏の昼下がりの静かな島。船が港へ入るときも堤防に、「スロー!」って。ここがスローライフ発祥の島だったとは....
炎天下。答志港界隈の集落の路地を歩く。
かつて村上水軍の拠点であり、九鬼将軍が自害させられた島。
男衆は今も中学を出ると、寝屋子という習慣にならい、寝起きをともにするらしい。
女たちも男に負けない底力を持っていそう。これは、港前のちりめん屋「浜与」という店の中にあった古い写真。うわー!これってフィジー??海女さんたちのど迫力。
集落の中は、サザエの壺の底ぐるぐる状態。
その路を、じんじろ車と呼ばれる荷台をがらがらひいておばあちゃんが、歩いてた。
見れば、一家に一台、その台車が横づけされてた。
昭和のはじめ、「じんじろう」という鍛冶屋さんがこれを開発したらしい!
かくして、島の人々は荷物を背中から下ろし、荷台へ。便利になったのう。
翌日は、三島由紀夫の著作「潮騒」の舞台となった神島へ。
神の島は、実は蛸の島だった。
つい先日、パイレーツ オブ カリビアンを観て、悪役海賊の船長が蛸男だったので、
ついそれを連想していたが、
しかし、蛸ってやっぱりラテン以外のヨーロッパ人(アングロサクソンさん)にとってかなり嫌われ、気持ち悪いものなんだなあ、と思いました。
日本人だったら、あれを蛸刺しや蛸酢にしたら、とか、ラテン系なら、オリーブオイルで素揚げ、で白ワインなんて連想してしまいます。
ポリネシアでも蛸は、生命力のあるもの。命の連鎖、つながりを意味するもの。
島々は海で離れていても、蛸の足のように繋がっているということで、連帯感の象徴になっていました。
とはいえ、神島に流れている時間は海の底のようにドローンと、ゆるり感と重みがあって、眠りたくなる場所、つまり霊場のような島でした。

