2007/7/26 14:35
せっかくの遺言が 弁護士・法律
もうだいぶ前になるが、私が遺言状の作成に立ち会ったあるご婦人があった。
その方が先月お亡くなりになった。
私は、さっそく遺族の方に「銀行の貸金庫に遺言状が入っているはずだから、その『検認手続』をしなければなりません。」と申し上げた。そして、今日、家庭裁判所で遺言状の開封などを行う運びとなった。
ところが、いざ開封してみたら、私の記憶にあるのとはまったく別の遺言状が出てきたのでびっくりした。
「遺言は、一度書いてもいつでも書き変えることができますよ。」という私の教えを実践し、その婦人がいつかの遺言を実際に書き変えたことが明らかであった。しかし、残念ながら、その内容はてんで意味不明で、形式も法律どおりでないものになってしまっていた。これではせっかく遺言状を残してもほとんど意味がない。
いまさら悔やんでもしかたないが、私は、ここでも自分の指導の至らなさを痛感せざるを得なかった。
また、遺言の日付を見たら、それは私がちょうど宮古島から東京への移転準備に忙殺されていた平成19年4月20日となっていた。
ご婦人は、その後2ヶ月ほどして訪れることになった自分の死を予感してか、それまでの遺言の書き変えを思い立ったが、バタついていた私に相談するのを遠慮してご自分なりに遺言を書き変えられたのだろうか。でも、電話一本でもくれればよかったのに。
…というより、もう1ヶ月早く東京に帰ってきていれば、この婦人の遺言のきちんとしたお手伝いができたのにナ…と、私はとてもやるせない。
いずれにせよ、ご婦人の相続人らの間には、こうして遺産分割協議という重い課題が残されてしまったのである。
その方が先月お亡くなりになった。
私は、さっそく遺族の方に「銀行の貸金庫に遺言状が入っているはずだから、その『検認手続』をしなければなりません。」と申し上げた。そして、今日、家庭裁判所で遺言状の開封などを行う運びとなった。
ところが、いざ開封してみたら、私の記憶にあるのとはまったく別の遺言状が出てきたのでびっくりした。
「遺言は、一度書いてもいつでも書き変えることができますよ。」という私の教えを実践し、その婦人がいつかの遺言を実際に書き変えたことが明らかであった。しかし、残念ながら、その内容はてんで意味不明で、形式も法律どおりでないものになってしまっていた。これではせっかく遺言状を残してもほとんど意味がない。
いまさら悔やんでもしかたないが、私は、ここでも自分の指導の至らなさを痛感せざるを得なかった。
また、遺言の日付を見たら、それは私がちょうど宮古島から東京への移転準備に忙殺されていた平成19年4月20日となっていた。
ご婦人は、その後2ヶ月ほどして訪れることになった自分の死を予感してか、それまでの遺言の書き変えを思い立ったが、バタついていた私に相談するのを遠慮してご自分なりに遺言を書き変えられたのだろうか。でも、電話一本でもくれればよかったのに。
…というより、もう1ヶ月早く東京に帰ってきていれば、この婦人の遺言のきちんとしたお手伝いができたのにナ…と、私はとてもやるせない。
いずれにせよ、ご婦人の相続人らの間には、こうして遺産分割協議という重い課題が残されてしまったのである。
2007/7/23 5:07
くそばばぁ くたばれ! 弁護士・法律
金持ちはケチだというが本当だな、と思った。
私の親戚の中ではいちばん金持ちの叔母がいよいよ老人ホームに入所することになり、私は、契約書のチェックはもとより、財産管理の件、遺言の件、成年後見契約その他、もろもろの事務をこの叔母から頼まれた。さらに、弁護士は普通なら保証人まで引き受けたりはしないが、私が幼いころから知っている親戚ということもあり、私は老人ホームに対し彼女の身元引受人兼連帯保証人まで引き受けることになった。
もとより私も親戚相手に商売をしようとは思っていなかったが、同時に私は「それにしても、いくらなんでも、タダばたらきはさせないだろう。」ともにらんでいた。そして、この点については彼女が自分にいったいどういう申出をしてくるかを見守ってみることにしたのだ。ところが、彼女は私にお礼として腕時計(それも自分の死んだ亭主(=私のおじさん)が昔使ってたとかいうヤツ)をひとつくれるというだけ。
それだけならまだしも、私がほかの仕事の件でもちょくちょく出入りしていたその老人ホームの、私のことをいつもセンセイ、センセイと呼んでくれる所長や副所長の前で、彼女は得意になって、私が子どもの頃どこそこでオシッコを漏らしていただの、いつもいじめられて泣いていただの、余計なことをベラベラしゃべってくれる始末。私は心の中で何度「だまれ、このクソババア!」と叫んだことだろうか。
今、冷静にふりかえってツラツラ考えるに、私は、今までこの叔母さんにお世話になったかといえば、むしろ、世話になったことはほとんどないと断言できる。どちらかといえば、私がお世話になった人はみな早死にした。そんな叔母のためになぜこんなことまでし、こんなメにまであわねばならぬのか。
ただ、いつの間にか入れ歯を外してベットで寝込んでいるそのクシャクシャの猿みたいな顔を見ていると、何となくこの叔母にはいつまでも長生きしてもらいたい・・・と、そんな気持ちにもなるのであった。
私の親戚の中ではいちばん金持ちの叔母がいよいよ老人ホームに入所することになり、私は、契約書のチェックはもとより、財産管理の件、遺言の件、成年後見契約その他、もろもろの事務をこの叔母から頼まれた。さらに、弁護士は普通なら保証人まで引き受けたりはしないが、私が幼いころから知っている親戚ということもあり、私は老人ホームに対し彼女の身元引受人兼連帯保証人まで引き受けることになった。
もとより私も親戚相手に商売をしようとは思っていなかったが、同時に私は「それにしても、いくらなんでも、タダばたらきはさせないだろう。」ともにらんでいた。そして、この点については彼女が自分にいったいどういう申出をしてくるかを見守ってみることにしたのだ。ところが、彼女は私にお礼として腕時計(それも自分の死んだ亭主(=私のおじさん)が昔使ってたとかいうヤツ)をひとつくれるというだけ。
それだけならまだしも、私がほかの仕事の件でもちょくちょく出入りしていたその老人ホームの、私のことをいつもセンセイ、センセイと呼んでくれる所長や副所長の前で、彼女は得意になって、私が子どもの頃どこそこでオシッコを漏らしていただの、いつもいじめられて泣いていただの、余計なことをベラベラしゃべってくれる始末。私は心の中で何度「だまれ、このクソババア!」と叫んだことだろうか。
今、冷静にふりかえってツラツラ考えるに、私は、今までこの叔母さんにお世話になったかといえば、むしろ、世話になったことはほとんどないと断言できる。どちらかといえば、私がお世話になった人はみな早死にした。そんな叔母のためになぜこんなことまでし、こんなメにまであわねばならぬのか。
ただ、いつの間にか入れ歯を外してベットで寝込んでいるそのクシャクシャの猿みたいな顔を見ていると、何となくこの叔母にはいつまでも長生きしてもらいたい・・・と、そんな気持ちにもなるのであった。
2007/7/18 4:42
R裁判官へのご挨拶 弁護士・法律
久々にP地裁Q支部を訪れた私は、ここに修習生時代の恩師でありながらもう10年以上一片のご挨拶状も差し上げていないR判事が赴任されているのを思い出し、と、同時に、万一まさにこれからここで審理に臨もうとしている私の裁判をR判事がご担当されるようなことであればこりゃ非常にバツが悪い・・・と考え、R判事へ先回りのごあいさつをしておこうと、裁判官室のドアをたたいた。
「R裁判官。大変ごぶさたしております。修習生時代さんざんお世話になりながら、その後全然ごあいさつも差し上げず、本当に失礼をいたしました。」私は揉み手をしながら、久闊を叙した。
「実は、私は、この4年間、沖縄県の宮古島というところに行っておりまして、それで・・・」
しかし、その私の言葉を半ばさえぎるようにして、R判事は言った。
「知ってるよ。君のあの何とかいうブログを見たことがあるからね! しかしあれは、実に下らないね。」
・・・あぁ、こんなところにも私のブログを見てくださっている方がいたのか。しかし、師匠筋の方に見ていただくようなブログでないことは言うまでもなく、私はまさに穴があったら入りたい気持ちになったが、裁判官室には穴がなかったので、ごあいさつもそこそこに、さっさと裁判官室を辞去したのだった。
しかし、その私を後から追ってきた人がいた。
「先生。ちょっとお待ちください。・・・お話を盗み聞きしてたみたいで申し訳ないのですが、実は、私も、弁護士になったら地方の公設事務所か法テラスに勤務したいと思っているのです。もしよかったら、ちょっとお話を聞かせていただけませんか。」
それは、R判事のもとで研修中のS修習生であった。
「ああ、いいとも。」
変わり身の早い私は、S修習生の前でいっぱしの先輩ヅラ(注:この「ヅラ」は、「面」という意味であり、「カツラ」の意味ではない。)に戻り、「じゃあ、お茶でも飲みながら話をしようじゃないか。ついてきたまえ!」・・・S君を地下の喫茶室に連れ出した。
そして、喫茶室で、「君。弁護士過疎地に赴任したら、地元ではすごく大事にされるが、決してのぼせ上がっちゃいかんぞ。」「弁護士になったからといって、謙虚さを失っちゃいかんのだ。」「小さな事件なんてないんだぞ、いいかね。ひとつひとつの相談に心をこめて丁寧に応じなさい。」「信頼を築き上げるのは大変だが、失うのは簡単だぞ。」・・・等々、S君を前にとうとうとまくし立てた。しかし、それは、久々にお目にかかったR判事が私に言いたかったがあえておっしゃらなかった科白にほかならないではないか・・・と、自分でしゃべりながら私は気付いた。
こういう自省の気持ちを失っていないところが、私のいいところだ!
「S君。いいかね、ここで僕からこんなことを言われたなんて、R裁判官に言っちゃあだめだぞ。修習生にも守秘義務はあるんだからね。いいね。」
私は、まだ青雲の志を抱いていた頃の自分の姿をS君の背中に重ね合わせながら、すがすがしい気持ちでP地裁Q支部を後にした・・・のだが、裁判があったのを思い出し、急ぎ法廷に駆け戻った。
「R裁判官。大変ごぶさたしております。修習生時代さんざんお世話になりながら、その後全然ごあいさつも差し上げず、本当に失礼をいたしました。」私は揉み手をしながら、久闊を叙した。
「実は、私は、この4年間、沖縄県の宮古島というところに行っておりまして、それで・・・」
しかし、その私の言葉を半ばさえぎるようにして、R判事は言った。
「知ってるよ。君のあの何とかいうブログを見たことがあるからね! しかしあれは、実に下らないね。」
・・・あぁ、こんなところにも私のブログを見てくださっている方がいたのか。しかし、師匠筋の方に見ていただくようなブログでないことは言うまでもなく、私はまさに穴があったら入りたい気持ちになったが、裁判官室には穴がなかったので、ごあいさつもそこそこに、さっさと裁判官室を辞去したのだった。
しかし、その私を後から追ってきた人がいた。
「先生。ちょっとお待ちください。・・・お話を盗み聞きしてたみたいで申し訳ないのですが、実は、私も、弁護士になったら地方の公設事務所か法テラスに勤務したいと思っているのです。もしよかったら、ちょっとお話を聞かせていただけませんか。」
それは、R判事のもとで研修中のS修習生であった。
「ああ、いいとも。」
変わり身の早い私は、S修習生の前でいっぱしの先輩ヅラ(注:この「ヅラ」は、「面」という意味であり、「カツラ」の意味ではない。)に戻り、「じゃあ、お茶でも飲みながら話をしようじゃないか。ついてきたまえ!」・・・S君を地下の喫茶室に連れ出した。
そして、喫茶室で、「君。弁護士過疎地に赴任したら、地元ではすごく大事にされるが、決してのぼせ上がっちゃいかんぞ。」「弁護士になったからといって、謙虚さを失っちゃいかんのだ。」「小さな事件なんてないんだぞ、いいかね。ひとつひとつの相談に心をこめて丁寧に応じなさい。」「信頼を築き上げるのは大変だが、失うのは簡単だぞ。」・・・等々、S君を前にとうとうとまくし立てた。しかし、それは、久々にお目にかかったR判事が私に言いたかったがあえておっしゃらなかった科白にほかならないではないか・・・と、自分でしゃべりながら私は気付いた。
こういう自省の気持ちを失っていないところが、私のいいところだ!
「S君。いいかね、ここで僕からこんなことを言われたなんて、R裁判官に言っちゃあだめだぞ。修習生にも守秘義務はあるんだからね。いいね。」
私は、まだ青雲の志を抱いていた頃の自分の姿をS君の背中に重ね合わせながら、すがすがしい気持ちでP地裁Q支部を後にした・・・のだが、裁判があったのを思い出し、急ぎ法廷に駆け戻った。
2007/7/15 1:09
JTA94便 弁護士・法律
昨日の記事に対し、ある航空関係者の方から「飛行機の運航についていい加減なことを書くのはやめてくれ。」という抗議を受けた。この程度のブログでも思わぬ反響を呼ぶものだなと感心する。お詫びして訂正します。
さて、私は昨日、日本トランスオーシャン航空(JTA)の94便で沖縄から東京に帰ってきた。
私はこの4年間、本当にJTAの便によく乗った。同社は沖縄県民、とくに離島住民の足として、非常に親しまれている。同社の乗務員さんはじめ、社員のみなさんは、おそらく沖縄県ではトップ・エリートのはずだが、皆なかなか愛想がよく、かといって、慇懃無礼なところがなく、真のホスピタリティに富んでいるように思え、好感が持てる。
JTAは、前身の南西航空時代から数えて今年が創立40周年だそうだ。なかなかに歴史の重みを感じさせられるが、それでも実は私よりもずっと若いのだ。俺ってそんな歳なのか! ・・・ただ、この間、私の知る限り、同社は大きな事故を起こしていない。それがなによりいいことだ。航空会社の生命はやはり安全だと、私は思う。ちなみに自慢じゃないが私もこの50年大きな事故を起こしていない。
なお、JTAの機内誌「コーラルウェイ」に私はこの2年間「旅の法律ひと口メモ」という広告記事を連載している。何かのついでで同誌をご覧になったときはぜひ探してみてください(といっても、なぜか今出てる7,8月号の分は、編集会社の手違いで休載になってしまったが・・・)。
さて、私は昨日、日本トランスオーシャン航空(JTA)の94便で沖縄から東京に帰ってきた。
私はこの4年間、本当にJTAの便によく乗った。同社は沖縄県民、とくに離島住民の足として、非常に親しまれている。同社の乗務員さんはじめ、社員のみなさんは、おそらく沖縄県ではトップ・エリートのはずだが、皆なかなか愛想がよく、かといって、慇懃無礼なところがなく、真のホスピタリティに富んでいるように思え、好感が持てる。
JTAは、前身の南西航空時代から数えて今年が創立40周年だそうだ。なかなかに歴史の重みを感じさせられるが、それでも実は私よりもずっと若いのだ。俺ってそんな歳なのか! ・・・ただ、この間、私の知る限り、同社は大きな事故を起こしていない。それがなによりいいことだ。航空会社の生命はやはり安全だと、私は思う。ちなみに自慢じゃないが私もこの50年大きな事故を起こしていない。
なお、JTAの機内誌「コーラルウェイ」に私はこの2年間「旅の法律ひと口メモ」という広告記事を連載している。何かのついでで同誌をご覧になったときはぜひ探してみてください(といっても、なぜか今出てる7,8月号の分は、編集会社の手違いで休載になってしまったが・・・)。
2007/7/13 7:52
台風4号 弁護士・法律
昨日、私は、台風接近中の故郷宮古島への日帰り出張を敢行しようとした。行きの飛行機はなんとか宮古空港に到着したが、このままでは帰りの夜の飛行機は確実に欠航になると思い、私は、所要もそこそこに、ほとんどトンボ返りで、とりあえず、上りの那覇行きの便に乗った。
しかし、那覇から先の飛行機がすでに全便欠航で、その夜、つまり昨夜は那覇に一泊することを強いられた。
もちろん、今日の予定の調整には大童となったが、幸い関係各位にはなんとかご理解をいただくことができた。「読みが甘いんですよ!」とか「最初からそういうリスクを織り込んでくださいよ。弁護士なんだから。」などと私をなじる人が私の分身以外にいなかったのは救いだった。
ところが、夜のうちに通過すると思った台風4号は、今まさに沖縄本島に最接近しようとしている。今日の飛行機もほとんど欠航が決まっており、私は今夜も那覇に泊まらなければならないだろう(泊まるところがあれば、だが。)。
実は、明日は、弁護士会のある大きな会合が箱根で予定されていて、私もそれに参加するのを楽しみにしていたのだが(というより、久々に温泉に入るのを楽しみにしていたのだが)、それへの参加も厳しくなってきた。
ところで、昨夜の私が搭乗する予定にしていた宮古島発東京行きの直行便、それだけはたまたま欠航にならなかったとの有力未確認情報がある。那覇にトンボがえりしていなければ、今ころ私は東京で朝を迎えられていたことになる。
もしそれが本当だとしたら、私には、私がキャンセルしたのを見て、航空会社が運行を決めたとしか思えない。
ただ、おかげでこうして暇をもてあますことができるのも悪くない。今日は、一日、憲法改正私案でも考えながら過ごすことにしよう。
しかし、那覇から先の飛行機がすでに全便欠航で、その夜、つまり昨夜は那覇に一泊することを強いられた。
もちろん、今日の予定の調整には大童となったが、幸い関係各位にはなんとかご理解をいただくことができた。「読みが甘いんですよ!」とか「最初からそういうリスクを織り込んでくださいよ。弁護士なんだから。」などと私をなじる人が私の分身以外にいなかったのは救いだった。
ところが、夜のうちに通過すると思った台風4号は、今まさに沖縄本島に最接近しようとしている。今日の飛行機もほとんど欠航が決まっており、私は今夜も那覇に泊まらなければならないだろう(泊まるところがあれば、だが。)。
実は、明日は、弁護士会のある大きな会合が箱根で予定されていて、私もそれに参加するのを楽しみにしていたのだが(というより、久々に温泉に入るのを楽しみにしていたのだが)、それへの参加も厳しくなってきた。
ところで、昨夜の私が搭乗する予定にしていた宮古島発東京行きの直行便、それだけはたまたま欠航にならなかったとの有力未確認情報がある。那覇にトンボがえりしていなければ、今ころ私は東京で朝を迎えられていたことになる。
もしそれが本当だとしたら、私には、私がキャンセルしたのを見て、航空会社が運行を決めたとしか思えない。
ただ、おかげでこうして暇をもてあますことができるのも悪くない。今日は、一日、憲法改正私案でも考えながら過ごすことにしよう。
2007/7/12 3:36
わたしもあなたが大好きです! 弁護士・法律
「わたし、好き嫌いがすご〜くはっきりしてるんです!」というようなことを得意げに言う人が東京では増えたな、と思う。
なにかそういう、キッパリしてるのはいいことだ、みたいなのが昨今ハヤリなのだろうか。
・・・今日の夕方、久しぶりに再会したPさんもそのようなことを言っていた。
しかし、私はそういうタイプの人がちょっと苦手なのと、ちょうど(というかいつもながら)手持ちのお金がなかったのとで、Pさんの「どうです。お食事でもご一緒しませんか。」というお誘いはやんわり固辞した。
だが、好き嫌いのはっきりしてるというPさんが俺を誘う・・・ってことは、もしかして、Pさんは俺が好きなのかな?
いずれにせよ、こうやって自分の性格を他人にさらけ出してみせ、「自分ってこういう人なんです!」的な宣言をする人がわりと多くなってきたように思う。(ちなみにPさんは当然ながら男性です。)
なにかそういう、キッパリしてるのはいいことだ、みたいなのが昨今ハヤリなのだろうか。
・・・今日の夕方、久しぶりに再会したPさんもそのようなことを言っていた。
しかし、私はそういうタイプの人がちょっと苦手なのと、ちょうど(というかいつもながら)手持ちのお金がなかったのとで、Pさんの「どうです。お食事でもご一緒しませんか。」というお誘いはやんわり固辞した。
だが、好き嫌いのはっきりしてるというPさんが俺を誘う・・・ってことは、もしかして、Pさんは俺が好きなのかな?
いずれにせよ、こうやって自分の性格を他人にさらけ出してみせ、「自分ってこういう人なんです!」的な宣言をする人がわりと多くなってきたように思う。(ちなみにPさんは当然ながら男性です。)
2007/7/10 1:25
宣誓式 弁護士・法律
今日、東京弁護士会の講堂で「宣誓式」というのがあった。
一種の入会式のようなもので、新しく入会した弁護士が宣誓をする。参考までにその全文をご紹介する。
「私はこのたび東京弁護士会に入会するにあたり、弁護士法並びに日本弁護士連合会及び御会の会則と諸規則を遵守し、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命として、常に深い教養と高い品性の涵養に努め、弁護士倫理に則り誠実に職務を遂行することを誓います。」
まさにそのとおりでなければならず、気が引きしまる思いだ。
・・・ところで、先月東京弁護士会に入会した弁護士は何人もいるはずなのに、今日の宣誓式に出席した一般会員は何と私ひとりだけだった。たしかに事前に、出席は義務ではない、と聞いていたが・・・。
もし私も欠席していれば、宣誓式はせずにすみ、その分、弁護士会役員の先生方や関係職員のご負担も減っていたのかもしれない。・・・というようなことを考え、なんとなく間の悪い思いをした宣誓式でもあった。(よくバスなんかで、乗客が自分ひとりだけのとき、「自分が乗ってなければ運転手は早く家に帰れたのかなぁ。」とか考えるのと同じ心境でした。)
一種の入会式のようなもので、新しく入会した弁護士が宣誓をする。参考までにその全文をご紹介する。
「私はこのたび東京弁護士会に入会するにあたり、弁護士法並びに日本弁護士連合会及び御会の会則と諸規則を遵守し、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命として、常に深い教養と高い品性の涵養に努め、弁護士倫理に則り誠実に職務を遂行することを誓います。」
まさにそのとおりでなければならず、気が引きしまる思いだ。
・・・ところで、先月東京弁護士会に入会した弁護士は何人もいるはずなのに、今日の宣誓式に出席した一般会員は何と私ひとりだけだった。たしかに事前に、出席は義務ではない、と聞いていたが・・・。
もし私も欠席していれば、宣誓式はせずにすみ、その分、弁護士会役員の先生方や関係職員のご負担も減っていたのかもしれない。・・・というようなことを考え、なんとなく間の悪い思いをした宣誓式でもあった。(よくバスなんかで、乗客が自分ひとりだけのとき、「自分が乗ってなければ運転手は早く家に帰れたのかなぁ。」とか考えるのと同じ心境でした。)
2007/7/8 1:44
20年ぶりの再会? 弁護士・法律
「もしもし、市川さんですか。」
「はい。そうですが。」
「実はご相談したいことがあるのです。」
・・・私がここで弁護士をしているのをどこでどう聞いたか、それはかつて私が警備員をしていたあるビルで受付をしていた藤井こずえさんだった。一気に記憶がよみがえる。・・・実は、もう20年近くも昔になるその当時、私はこの受付嬢にひそかな憧れを抱いていた。
「しかしどうして私が弁護士してるとわかったのですか。」
「はい。市川さんは休憩時間にいつも法律の本を読んでましたよね。周りのみんなは、あの人は司法試験の勉強をしてるとか言っていました。で、私は、市川さんはもしかしたら今ころ弁護士になってるんじゃないかと思ったのです。思い立ってインターネットで調べたら、市川さんという変な弁護士がいるということがわかり、やっぱり、と思ってこうしてお電話をしてみたのです。」
こんなことってあるんだなぁ・・・。忘却の彼方にあった藤井さんの面影を懐かしみながら、私は、しかし当然のように喜んで相談に応じることとし、3日後の今日、パソコンや六法全書を積んだ屋台を引いて、その待ち合わせ場所に向かうことになったのである。
・・・だが、結論から言うと、藤井さんとの再会を果たすことはできなかった。
弁護士になったはずの私があまりに弁護士に見えなかったので、彼女が不安を感じ、約束を反故にしてしまったというわけではない。実は、待ち合わせ時刻の直前、私の携帯に彼女から電話があったのだ。
「市川さん。せっかくご相談のお約束をいただいたのですが。」
「どうしました。」
「はい。ご相談をする必要がなくなってしまいました。わざわざ時間を作っていただいたのに本当にすみません。」
・・・予定していた相談というのは、藤井さんのお母さんの遺言のことだったらしい。ところが、そのお母さんが2日前、つまり私に電話をくれた翌日にお亡くなりになったというのである! 意外な展開がさらに意外な結末を迎えた。私たちふたり以外には誰にも見えないところで・・・。
日が傾きかけた外堀通り。何人もの通行人が黙って私を追い越していった。
しかしそれにしても、弁護士大増員時代を迎えようとしているこの大都会東京においてさえ、一般市民の弁護士へのアクセスがいまだなかなか思うに任せないことを、藤井さんのあの電話は物語っていはしないか。
私は、藤井さんに会えなかったことを残念に思う反面、会わずにすんでよかったかもナ・・・などという思いをも反芻しつつ、重い屋台を引きずりながらひとり家路についた。
「はい。そうですが。」
「実はご相談したいことがあるのです。」
・・・私がここで弁護士をしているのをどこでどう聞いたか、それはかつて私が警備員をしていたあるビルで受付をしていた藤井こずえさんだった。一気に記憶がよみがえる。・・・実は、もう20年近くも昔になるその当時、私はこの受付嬢にひそかな憧れを抱いていた。
「しかしどうして私が弁護士してるとわかったのですか。」
「はい。市川さんは休憩時間にいつも法律の本を読んでましたよね。周りのみんなは、あの人は司法試験の勉強をしてるとか言っていました。で、私は、市川さんはもしかしたら今ころ弁護士になってるんじゃないかと思ったのです。思い立ってインターネットで調べたら、市川さんという変な弁護士がいるということがわかり、やっぱり、と思ってこうしてお電話をしてみたのです。」
こんなことってあるんだなぁ・・・。忘却の彼方にあった藤井さんの面影を懐かしみながら、私は、しかし当然のように喜んで相談に応じることとし、3日後の今日、パソコンや六法全書を積んだ屋台を引いて、その待ち合わせ場所に向かうことになったのである。
・・・だが、結論から言うと、藤井さんとの再会を果たすことはできなかった。
弁護士になったはずの私があまりに弁護士に見えなかったので、彼女が不安を感じ、約束を反故にしてしまったというわけではない。実は、待ち合わせ時刻の直前、私の携帯に彼女から電話があったのだ。
「市川さん。せっかくご相談のお約束をいただいたのですが。」
「どうしました。」
「はい。ご相談をする必要がなくなってしまいました。わざわざ時間を作っていただいたのに本当にすみません。」
・・・予定していた相談というのは、藤井さんのお母さんの遺言のことだったらしい。ところが、そのお母さんが2日前、つまり私に電話をくれた翌日にお亡くなりになったというのである! 意外な展開がさらに意外な結末を迎えた。私たちふたり以外には誰にも見えないところで・・・。
日が傾きかけた外堀通り。何人もの通行人が黙って私を追い越していった。
しかしそれにしても、弁護士大増員時代を迎えようとしているこの大都会東京においてさえ、一般市民の弁護士へのアクセスがいまだなかなか思うに任せないことを、藤井さんのあの電話は物語っていはしないか。
私は、藤井さんに会えなかったことを残念に思う反面、会わずにすんでよかったかもナ・・・などという思いをも反芻しつつ、重い屋台を引きずりながらひとり家路についた。
2007/7/3 1:13
ホステスさんからの相談 弁護士・法律
いかにも花の東京ならではといえる依頼を受けた。
依頼者は、銀座のある高級クラブの元ホステス高橋亜樹さん(仮称)である。
亜樹さんが係をしていたあるお客 トーマス林田氏(仮称)が、合計200万円くらいに上る売掛金を支払ってくれない、お店を結婚退職したのを機にこの際その請求をしたい・・・というのが相談の趣旨である。
しかし200万円くらいといっても、聞けばたった3回分くらいの飲食代金である。それが優に宮古島市民のひとりあたり年間所得に匹敵してるのだ。私は林田氏の豪遊ぶりに驚嘆するとともに、こういう華やか、というより、けた外れの世界があること自体に瞠目する思いであった。
ところでまずひとつの問題は、消滅時効である。時効という言葉はどなたもどこかで耳にしたことがあるでしょう。あまりに時間がたつと、犯人も罪を問われなくなるし、人に貸したお金も返してくれと言えなくなる。・・・果たして、飲食店の代金は1年間で時効になる、というのが法律である(民法174条)。
私には、こんなのは到底「飲食代金」とは言えないとも思えるが、それにしても林田氏が、飲食をした日からは、とうに1年間が経過している。
ただ、今回の請求は、お店の林田氏に対する売掛金というより、亜樹さんがお店に立替払いさせられた肩代わり金の請求であり、法的には「求償権」と呼ぶべきものである。
私もくわしいことはわからないが、こういったクラブでは、係の女性がお店のお客の未払金を保証させられるシステムになっており、ある程度ツケがたまるとその肩代わりをさせられるらしい。
もし仮にお店と亜樹さんの間で保証契約が成立していたと見られるなら、亜樹さんは林田氏の保証人だから、保証債務を履行した結果の求償権は、肩代わりのときから10年間は時効にかからないということになるはずである。・・・とすれば、林田氏の飲食から1年内に肩代わりをした亜樹さんの求償権は、いまだ時効にかかっていないということになる。
しかし、こんな解釈を認めていたら、飲食店は売掛金が時効にかかりそうだと思ったら、店の者にお客の保証をさせ(保証契約はお客の同意がなくても成立する。)、その者に肩代わりをさせることによって、実質的に時効による保護の制度を有名無実にすることができる。そんなことでいいのだろうか。
(なお、保証契約などないのだとすれば、亜樹さんは単なる第三者弁済をしただけだから(民法499条、500条)、弁済による代位(民法501条1項)によって亜樹さん自身がお店の売掛金債権をそのまま請求できるだけということになり、林田氏の飲食から1年が経過すれば、時効によって一切の請求ができなくなろう。)
・・・単純な売掛金の問題で、要は証拠があるかないかの問題だと思っていたら、実際にはいろいろと難しい法的論点があることに気付いた。
しかし、そう気付いたのは、私が亜樹さんに「大丈夫です。お任せください。私が裁判をしてあげましょう!」と宣言してからだいぶたって、家に帰ってからなのであった。私としても、いまさら亜樹さんに「実はなかなか難しい問題がありまして・・・。」とは言えない。・・・困った。
とはいえ、今般の年金問題でも議論になったところであるが、時効制度はいまや全面的かつ根本的な見直しを迫られていると言うべきではなかろうか。林田さん、払うべきものはしっかり払ってください!
(上記私の理解にどこかおかしいところはあるでしょうか。本ブログをご覧いただいた弁護士、裁判官、法学者、法学生の皆様、ご意見をお寄せください!)
依頼者は、銀座のある高級クラブの元ホステス高橋亜樹さん(仮称)である。
亜樹さんが係をしていたあるお客 トーマス林田氏(仮称)が、合計200万円くらいに上る売掛金を支払ってくれない、お店を結婚退職したのを機にこの際その請求をしたい・・・というのが相談の趣旨である。
しかし200万円くらいといっても、聞けばたった3回分くらいの飲食代金である。それが優に宮古島市民のひとりあたり年間所得に匹敵してるのだ。私は林田氏の豪遊ぶりに驚嘆するとともに、こういう華やか、というより、けた外れの世界があること自体に瞠目する思いであった。
ところでまずひとつの問題は、消滅時効である。時効という言葉はどなたもどこかで耳にしたことがあるでしょう。あまりに時間がたつと、犯人も罪を問われなくなるし、人に貸したお金も返してくれと言えなくなる。・・・果たして、飲食店の代金は1年間で時効になる、というのが法律である(民法174条)。
私には、こんなのは到底「飲食代金」とは言えないとも思えるが、それにしても林田氏が、飲食をした日からは、とうに1年間が経過している。
ただ、今回の請求は、お店の林田氏に対する売掛金というより、亜樹さんがお店に立替払いさせられた肩代わり金の請求であり、法的には「求償権」と呼ぶべきものである。
私もくわしいことはわからないが、こういったクラブでは、係の女性がお店のお客の未払金を保証させられるシステムになっており、ある程度ツケがたまるとその肩代わりをさせられるらしい。
もし仮にお店と亜樹さんの間で保証契約が成立していたと見られるなら、亜樹さんは林田氏の保証人だから、保証債務を履行した結果の求償権は、肩代わりのときから10年間は時効にかからないということになるはずである。・・・とすれば、林田氏の飲食から1年内に肩代わりをした亜樹さんの求償権は、いまだ時効にかかっていないということになる。
しかし、こんな解釈を認めていたら、飲食店は売掛金が時効にかかりそうだと思ったら、店の者にお客の保証をさせ(保証契約はお客の同意がなくても成立する。)、その者に肩代わりをさせることによって、実質的に時効による保護の制度を有名無実にすることができる。そんなことでいいのだろうか。
(なお、保証契約などないのだとすれば、亜樹さんは単なる第三者弁済をしただけだから(民法499条、500条)、弁済による代位(民法501条1項)によって亜樹さん自身がお店の売掛金債権をそのまま請求できるだけということになり、林田氏の飲食から1年が経過すれば、時効によって一切の請求ができなくなろう。)
・・・単純な売掛金の問題で、要は証拠があるかないかの問題だと思っていたら、実際にはいろいろと難しい法的論点があることに気付いた。
しかし、そう気付いたのは、私が亜樹さんに「大丈夫です。お任せください。私が裁判をしてあげましょう!」と宣言してからだいぶたって、家に帰ってからなのであった。私としても、いまさら亜樹さんに「実はなかなか難しい問題がありまして・・・。」とは言えない。・・・困った。
とはいえ、今般の年金問題でも議論になったところであるが、時効制度はいまや全面的かつ根本的な見直しを迫られていると言うべきではなかろうか。林田さん、払うべきものはしっかり払ってください!
(上記私の理解にどこかおかしいところはあるでしょうか。本ブログをご覧いただいた弁護士、裁判官、法学者、法学生の皆様、ご意見をお寄せください!)
