2008/7/27 3:19
東北を旅する 弁護士・法律
25日、東京9時24分発のつばさ109号で山形に向かう。
つばさ号は、必ずやまびこ号とかと連結しているのかと思っていたら、最初から単独編成のつばさ号だった。そのため、東京駅のホームが極端に余っているのが何となく奇妙な光景だった。

山形は、花笠祭りを翌々週に控え、駅前や市内の目抜き通りが華やいでいた。
祭りというものは始まってしまえば、なんとなく寂しく切ない。始まる前の静かな中にも一種の期待感が高まっている感じがむしろいいのだ。
だから、私は東北四大祭りが開幕する前に、こうして休みをとり、北への旅に出た。
山形はなんといっても果物王国。サクランボ、ラ・フランス、ぶどう、リンゴ・・・。
私はいつか見た奇妙なサクランボはどこかで売っていないか、あちこち歩いたのだが見当たらず断念。
しかし、同時に山形はすべての市町村で温泉が湧いていることでも有名。私は、その晩は山形に宿泊する予定ではなかったのだが、予期に反して気候が涼しかったこともあり、どこかで湯につかるのもよかろうと付近を散策した。
すると、実に趣味のいいきれいな暖簾がかかっているのが目についたので、温泉かと思って入ってみたらそれは公衆トイレだった。しかし、こういうところにこそ心にくいデザインをほどこす美意識には感心する。

しかもトイレの中で変わった水飲み場を見つけた。私はこのタイプのものは生まれて初めて見た。

山形では、この後、地元の裁判所などを見学した。ただし、裁判所よりも、その正面にある旧県庁舎・県議会議事堂(現 文翔館)の方が見ごたえがある。重要文化財にも指定されている大正期の重厚な建築物だ。
山形から仙山線で仙台に向かった。
仙台も七夕を控え、ワクワクした雰囲気。

最初は、松島などを見物し、さらに平泉あたりまで足を伸ばそうと予定していた私だったのだが(世界遺産になれないと聞くと行きたくなり、世界遺産になったと聞くと行きたくなくなる。それが私という人間なのだ。)、その時点で懐がかなり寂しくなっているのに気付き、この際、仙台市内在住の旧知の富豪Pさんを訪ねようと方針を切り替えた。「奥の細道」を旅した芭蕉だって、旅先ごとに素封家を訪ね、厚かましく接待を受け続けたのだ。
さて、予想どおりというより、期待どおりというべきか、Pさんは、突然の来訪者を歓待してくれ、仙台駅に程近いかなり豪華なホテルまで用意してくれた。
この際、とことん好意に甘えよう。
私は、Pさんに、せっかくだから、どこかおいしい店、それも観光客の行かないような店を教えて欲しい・・・と、暗に接待をねだった。ちなみに、この「観光客の行かないところに行きたい。」と言うのはむしろ観光客の習性であって、私も沖縄宮古島に住んでいたとき来訪者から散々聞かされたせりふである。本来なら、観光客は観光客の行くところに行けばいいのです。
しかし、Pさんは、たしかに観光客は来そうもない市内国分町のSという店に私を案内してくれた。
Sはカウンター5,6席と4人がけ座敷しかないこじんまりした料理屋さんだったが、私はお通しの時点でふんだんな花咲蟹に圧倒され、続いて出されたマコガレイとイカとエビとカツオとツブ貝とホッキ貝の刺身に舌鼓を打ち、引き続く鮎の塩焼き、岩ガキに目を瞠らされ、さらに、鯨の味噌焼き、蛸のから揚げ、長茄子の漬物とたたみかけられ、満喫・満腹になったところに、「一杯程度なら大丈夫じゃないですか。」と勧められた雑炊を、しかし2杯もたいらげ、杜の都の旬の味覚にとことん酔った。
しかも、「ここのお勘定は・・・。いや、そんなつもりじゃ・・・。それじゃあんまり・・・。むしろ私の方が・・・。いや、しかし・・・。そうですか・・・。それじゃここだけは・・・。お言葉に甘え・・・。東京では必ずお返ししますから・・・。」と、最初から払う気がないくせに、払おうとするふりだけはすることを忘れずに、しかも何が「ここだけ」か、この後、国分町のLD ⇒ LP ⇒ NAとハシゴした3軒のクラブでも、私は全面的にPさんのご厄介になってしまったのであった。
しかし、私は平泉に行かなくてよかったと、自分の決断の確かさを誇りに思った。
こうして今年も長い夏休みが楽しく幕を開けたのである。
つばさ号は、必ずやまびこ号とかと連結しているのかと思っていたら、最初から単独編成のつばさ号だった。そのため、東京駅のホームが極端に余っているのが何となく奇妙な光景だった。
山形は、花笠祭りを翌々週に控え、駅前や市内の目抜き通りが華やいでいた。
祭りというものは始まってしまえば、なんとなく寂しく切ない。始まる前の静かな中にも一種の期待感が高まっている感じがむしろいいのだ。
だから、私は東北四大祭りが開幕する前に、こうして休みをとり、北への旅に出た。
山形はなんといっても果物王国。サクランボ、ラ・フランス、ぶどう、リンゴ・・・。
私はいつか見た奇妙なサクランボはどこかで売っていないか、あちこち歩いたのだが見当たらず断念。
しかし、同時に山形はすべての市町村で温泉が湧いていることでも有名。私は、その晩は山形に宿泊する予定ではなかったのだが、予期に反して気候が涼しかったこともあり、どこかで湯につかるのもよかろうと付近を散策した。
すると、実に趣味のいいきれいな暖簾がかかっているのが目についたので、温泉かと思って入ってみたらそれは公衆トイレだった。しかし、こういうところにこそ心にくいデザインをほどこす美意識には感心する。
しかもトイレの中で変わった水飲み場を見つけた。私はこのタイプのものは生まれて初めて見た。
山形では、この後、地元の裁判所などを見学した。ただし、裁判所よりも、その正面にある旧県庁舎・県議会議事堂(現 文翔館)の方が見ごたえがある。重要文化財にも指定されている大正期の重厚な建築物だ。
山形から仙山線で仙台に向かった。
仙台も七夕を控え、ワクワクした雰囲気。
最初は、松島などを見物し、さらに平泉あたりまで足を伸ばそうと予定していた私だったのだが(世界遺産になれないと聞くと行きたくなり、世界遺産になったと聞くと行きたくなくなる。それが私という人間なのだ。)、その時点で懐がかなり寂しくなっているのに気付き、この際、仙台市内在住の旧知の富豪Pさんを訪ねようと方針を切り替えた。「奥の細道」を旅した芭蕉だって、旅先ごとに素封家を訪ね、厚かましく接待を受け続けたのだ。
さて、予想どおりというより、期待どおりというべきか、Pさんは、突然の来訪者を歓待してくれ、仙台駅に程近いかなり豪華なホテルまで用意してくれた。
この際、とことん好意に甘えよう。
私は、Pさんに、せっかくだから、どこかおいしい店、それも観光客の行かないような店を教えて欲しい・・・と、暗に接待をねだった。ちなみに、この「観光客の行かないところに行きたい。」と言うのはむしろ観光客の習性であって、私も沖縄宮古島に住んでいたとき来訪者から散々聞かされたせりふである。本来なら、観光客は観光客の行くところに行けばいいのです。
しかし、Pさんは、たしかに観光客は来そうもない市内国分町のSという店に私を案内してくれた。
Sはカウンター5,6席と4人がけ座敷しかないこじんまりした料理屋さんだったが、私はお通しの時点でふんだんな花咲蟹に圧倒され、続いて出されたマコガレイとイカとエビとカツオとツブ貝とホッキ貝の刺身に舌鼓を打ち、引き続く鮎の塩焼き、岩ガキに目を瞠らされ、さらに、鯨の味噌焼き、蛸のから揚げ、長茄子の漬物とたたみかけられ、満喫・満腹になったところに、「一杯程度なら大丈夫じゃないですか。」と勧められた雑炊を、しかし2杯もたいらげ、杜の都の旬の味覚にとことん酔った。
しかも、「ここのお勘定は・・・。いや、そんなつもりじゃ・・・。それじゃあんまり・・・。むしろ私の方が・・・。いや、しかし・・・。そうですか・・・。それじゃここだけは・・・。お言葉に甘え・・・。東京では必ずお返ししますから・・・。」と、最初から払う気がないくせに、払おうとするふりだけはすることを忘れずに、しかも何が「ここだけ」か、この後、国分町のLD ⇒ LP ⇒ NAとハシゴした3軒のクラブでも、私は全面的にPさんのご厄介になってしまったのであった。
しかし、私は平泉に行かなくてよかったと、自分の決断の確かさを誇りに思った。
こうして今年も長い夏休みが楽しく幕を開けたのである。
2008/7/25 2:09
おいしいサンドウィッチをいただく 弁護士・法律
「記録はここにあります。」
私は、倉庫のような部屋に案内された。段ボールが10個くらい置いてあり、そのそれぞれにギッシリ書類がつまっていた。
「じゃあ、とにかく拝見しましょう。」
私はげんなりしつつも、その思いは顔に出さず言った。
「先生、あの机をお使いください。」
依頼者が指差した部屋の片隅に、交通安全週間のテントで使われるようなスチール製の机と折りたたみ式のパイプ椅子があった。
こうして、私は、まず証拠として使えそうな資料とそうでない資料のえり分けに取りあえず着手したが、2時間たっても、段ボール箱1個が片付かない。こりゃぁ大変な仕事を引き受けちゃったな・・・と思っていたところに、依頼者が、「先生、どうぞ休憩なさってください。おなかも減ったでしょう。サンドウィッチ買ってきましたよ。」と差し入れを持って入ってきた。
前置きが長くなったが、今日はどうしてもそのサンドウィッチのことを書きたかったのである。
コンビニのサンドウィッチなら昨日食ったばかりだなぁ、と思っていた私だったが、どこで買ってきてくれたか知らないが、それは、都内の某有名ホテル特製の「手作り」サンドウィッチだったのだ。ちなみに私は足で作ったサンドウィッチというものを知らぬ。
ただ、いずれにせよ、そのサンドウィッチのパンにはさまれているのは、さすがにただのハムとか玉子とかポテトサラダではない。見たこともないような豪華な役者たちであった。
たとえば、その1は、明らかにサラダ系統であった。とりあえず・・・といった感じでおざなりに敷かれたレタスの上に、白く千切りにされてるのは、刺身のツマの残りかもしれない大根。他方オレンジ色のはニンジンでなくてなんであろう。この世にニンジン以外にオレンジ色の野菜はないと信じる。
そしてそれらよりやや太いゴボウの千切りがあり、レンコンの輪切りまで2,3枚。その全体の上に砕いた黒ゴマ(迷い込んだ蟻ではない。)を練りこんだサザンアイランドドレッシング(注:正確にはサウザンド・アイランド・ドレッシングと言うそうです。)が。実に凝った内容ではないか。
その2は、明らかに非偽装肉塊系統で、私が見たところ、若鶏か年寄り鶏かは知らないが、いずれにせよ、照り焼き風味のれっきとしたチキン。それにマスタードがゴッタリと塗られ、その上にパリパリと、セミの抜け殻をくだいたようなクリスピーなものが散りばめられ、さらには輸送疲れした貝割れ大根数本とスライスしたピクルス。そのピクルスは部分的に乾燥しており、スズムシの餌のなれの果てを思わせ、感動を誘った。
最後にその3は、おそらくは魚、とくにメロ(注:深海産の高級魚)だと思うが、それをフライにしたのがメイン。
趣味の悪い人はもしかしたら段ボール・サンドとでも呼ぶかもしれないが、いずれにせよ、その半分くらいにだけ、タルタルソースが、いかにもココでなくなりましたとばかりにちょびっとかかっており健康志向がうかがわれた。しかし、大人の布団に赤ん坊がひとりで寝ているようなパンとフライのバランスにはやや不満が残ったのも事実だった。ただ、全体的にパンはじっとりと濡れていて食べやすく、さすが一流ホテルのサンドウィッチはちがうと思った。フライも決してガソリンくさくなかった。
わたしは、この思わぬもてなしにすっかり気をよくして、この後、夜8時近くまで書類の山と格闘した。それでも全部の段ボールを片付けることはできなかったが。
ただ、うまい物をあてがっておけばまずまず働く――私はそういう弁護士なのである。
私は、倉庫のような部屋に案内された。段ボールが10個くらい置いてあり、そのそれぞれにギッシリ書類がつまっていた。
「じゃあ、とにかく拝見しましょう。」
私はげんなりしつつも、その思いは顔に出さず言った。
「先生、あの机をお使いください。」
依頼者が指差した部屋の片隅に、交通安全週間のテントで使われるようなスチール製の机と折りたたみ式のパイプ椅子があった。
こうして、私は、まず証拠として使えそうな資料とそうでない資料のえり分けに取りあえず着手したが、2時間たっても、段ボール箱1個が片付かない。こりゃぁ大変な仕事を引き受けちゃったな・・・と思っていたところに、依頼者が、「先生、どうぞ休憩なさってください。おなかも減ったでしょう。サンドウィッチ買ってきましたよ。」と差し入れを持って入ってきた。
前置きが長くなったが、今日はどうしてもそのサンドウィッチのことを書きたかったのである。
コンビニのサンドウィッチなら昨日食ったばかりだなぁ、と思っていた私だったが、どこで買ってきてくれたか知らないが、それは、都内の某有名ホテル特製の「手作り」サンドウィッチだったのだ。ちなみに私は足で作ったサンドウィッチというものを知らぬ。
ただ、いずれにせよ、そのサンドウィッチのパンにはさまれているのは、さすがにただのハムとか玉子とかポテトサラダではない。見たこともないような豪華な役者たちであった。
たとえば、その1は、明らかにサラダ系統であった。とりあえず・・・といった感じでおざなりに敷かれたレタスの上に、白く千切りにされてるのは、刺身のツマの残りかもしれない大根。他方オレンジ色のはニンジンでなくてなんであろう。この世にニンジン以外にオレンジ色の野菜はないと信じる。
そしてそれらよりやや太いゴボウの千切りがあり、レンコンの輪切りまで2,3枚。その全体の上に砕いた黒ゴマ(迷い込んだ蟻ではない。)を練りこんだサザンアイランドドレッシング(注:正確にはサウザンド・アイランド・ドレッシングと言うそうです。)が。実に凝った内容ではないか。
その2は、明らかに非偽装肉塊系統で、私が見たところ、若鶏か年寄り鶏かは知らないが、いずれにせよ、照り焼き風味のれっきとしたチキン。それにマスタードがゴッタリと塗られ、その上にパリパリと、セミの抜け殻をくだいたようなクリスピーなものが散りばめられ、さらには輸送疲れした貝割れ大根数本とスライスしたピクルス。そのピクルスは部分的に乾燥しており、スズムシの餌のなれの果てを思わせ、感動を誘った。
最後にその3は、おそらくは魚、とくにメロ(注:深海産の高級魚)だと思うが、それをフライにしたのがメイン。
趣味の悪い人はもしかしたら段ボール・サンドとでも呼ぶかもしれないが、いずれにせよ、その半分くらいにだけ、タルタルソースが、いかにもココでなくなりましたとばかりにちょびっとかかっており健康志向がうかがわれた。しかし、大人の布団に赤ん坊がひとりで寝ているようなパンとフライのバランスにはやや不満が残ったのも事実だった。ただ、全体的にパンはじっとりと濡れていて食べやすく、さすが一流ホテルのサンドウィッチはちがうと思った。フライも決してガソリンくさくなかった。
わたしは、この思わぬもてなしにすっかり気をよくして、この後、夜8時近くまで書類の山と格闘した。それでも全部の段ボールを片付けることはできなかったが。
ただ、うまい物をあてがっておけばまずまず働く――私はそういう弁護士なのである。
2008/7/24 3:00
Yさんと偶然再会 弁護士・法律
今日は沖縄県の宮古島に日帰り出張した。
東京から宮古島に行く直行便は日頃は中型のボーイング737型機だが、夏休みだけはボーイング767型機になり、このときだけは、宮古島空港の長い滑走路が有効活用されることになる。逆に言えば、このとき以外は長い滑走路はもてあまされていることにもなるが・・・。
さすが夏休み。機内は、子供づれが多く、子供らが泣き喚いたりはしゃいだりと大変にぎやかだったが、不思議と飛行機の中ではそういうのはあまり気にならないものだ。
さて、宮古空港では、以前「平良ひまわり基金法律事務所」で事務員をしていただいたことがあったYさんと偶然バッタリ会った。
Yさんは、宮古島から伊良部島に架ける橋梁建設関係の仕事に就かれたとのことで、元気そうだった。
私の事務所では、短期間の臨時職で、しかもたいした給与も差し上げられず心苦しい思いをしたものだが、もともと有能で真面目な方だから、就職難の当地にあってもこうして良い仕事に恵まれたのだと思う。本当によかった。
いつどこであれ、きちんと真面目に仕事をする人が正当な評価を受ける社会であってほしいとつくづく思う。また私も人からそう評価されるようにしっかり仕事をしなければと思う。
東京から宮古島に行く直行便は日頃は中型のボーイング737型機だが、夏休みだけはボーイング767型機になり、このときだけは、宮古島空港の長い滑走路が有効活用されることになる。逆に言えば、このとき以外は長い滑走路はもてあまされていることにもなるが・・・。
さすが夏休み。機内は、子供づれが多く、子供らが泣き喚いたりはしゃいだりと大変にぎやかだったが、不思議と飛行機の中ではそういうのはあまり気にならないものだ。
さて、宮古空港では、以前「平良ひまわり基金法律事務所」で事務員をしていただいたことがあったYさんと偶然バッタリ会った。
Yさんは、宮古島から伊良部島に架ける橋梁建設関係の仕事に就かれたとのことで、元気そうだった。
私の事務所では、短期間の臨時職で、しかもたいした給与も差し上げられず心苦しい思いをしたものだが、もともと有能で真面目な方だから、就職難の当地にあってもこうして良い仕事に恵まれたのだと思う。本当によかった。
いつどこであれ、きちんと真面目に仕事をする人が正当な評価を受ける社会であってほしいとつくづく思う。また私も人からそう評価されるようにしっかり仕事をしなければと思う。
2008/7/23 10:36
美しき犯罪者? 弁護士・法律
私の名前はヒサシというが、その女の名前はヒサコといった。
私のブログを見た、とメールが届いたのが3日ほど前。
私のパソコンには、もともと、バイアグラを買わないかとか、局部を大きくする薬がありますよとか、愛人募集中ですとか、何故かいかがわしいメールしか来ないが、そのメールも最初はそのたぐいのものかと私は怪しんだ。
しかし、純然たる法律相談の申し込みとわかり、私は、昨日、中央区内のとあるビルの3階で彼女と面談したのであった。こんなブログでもある程度営業効果はあるようなのだった。
ところが、ヒサコ氏は、私が想像していたのとはちがい、たいへんな美人だった。
ちっちゃい顔、スッとした首、きれいな肌、豊かな胸と蜂のように絞り込まれた腰を強調した服。
そして、私が聞きもしないのに、自分は宮崎県の出身だとか、妹は道を歩いていてよくスカウトされるとか、広島カープの選手と付き合ったことがあるとか、プライベートなことを次から次にしゃべった。何人もよく知っている…と著名な弁護士の名前を数人分あげることも忘れなかった。典型的なペテン師タイプにも思える。
ただ、勉強ができるかどうかは知らないが、頭の回転は速そうで、けっこう難しい言葉も知っている。天は二物を与えずというが、彼女は一見して才能にも美貌にも恵まれているように見えた。その才能をぜひいい方向で使ってもらいたいものなのだが、要するに、名前は似ているが、私とはまったく違うタイプの人間なのだった。
とくに決定的な違いは、私と違って、彼女は人生明らかにかなり危ない橋をわたり続けてきたという点だった。
さて、肝心の相談だが、彼女は、実際には数千円程度のワインを10万円近い値段で売りさばくことを今はなりわいとしていた。それで大変な利益を得たが、これまでいっしょに仕事してきたパートナーとパッタリ連絡がつかなくなり、彼女も自分がしてきたことに一気に不安を募らせているというのだ。だいじょうぶだろうか、警察につかまるようなことにならないでしょうか。パートナーが内部告発したら…と、こうして法律相談を受ける気になったのである。
デリケートな事案だった。だが結論から言えば、ワインをワインとして売ったのなら、本件は道義的にはともかく、法律上はぎりぎりセーフではないかというのが私の見立てだった。彼女が売れば安いワインも高く見えるんだろう。
「しかしワインの仕入値をいつわったことはないのですか。」
「そんなこと聞かれたこともないですわ。」
彼女はいかにも野暮なことを聞きますね、といった感じで私を見すえた。きれいな目だった。
私は、本件にかかる私の見解を伝え、しかし今後このような稼業からは足を洗うよう強く勧めた。自分で不安になるようなことはやめるべきだ。
「あなたほどの器量の持ち主なら一流クラブのホステスさんとか、十分正業もつとまるでしょうに。」
そのうえで「しかし、なんでそんなにたくさんいい弁護士さんを知っていながら、私なんかに相談されたのですか。」私は問うた。
答えは単純明快だった。
「先生方にもたくさんワインを買っていただいたからです。」
帰って、サンプルとして頂戴してきたそのワインを飲んでみたところだ。
安物とわかっているからか、あまりおいしくはなかった。
私のブログを見た、とメールが届いたのが3日ほど前。
私のパソコンには、もともと、バイアグラを買わないかとか、局部を大きくする薬がありますよとか、愛人募集中ですとか、何故かいかがわしいメールしか来ないが、そのメールも最初はそのたぐいのものかと私は怪しんだ。
しかし、純然たる法律相談の申し込みとわかり、私は、昨日、中央区内のとあるビルの3階で彼女と面談したのであった。こんなブログでもある程度営業効果はあるようなのだった。
ところが、ヒサコ氏は、私が想像していたのとはちがい、たいへんな美人だった。
ちっちゃい顔、スッとした首、きれいな肌、豊かな胸と蜂のように絞り込まれた腰を強調した服。
そして、私が聞きもしないのに、自分は宮崎県の出身だとか、妹は道を歩いていてよくスカウトされるとか、広島カープの選手と付き合ったことがあるとか、プライベートなことを次から次にしゃべった。何人もよく知っている…と著名な弁護士の名前を数人分あげることも忘れなかった。典型的なペテン師タイプにも思える。
ただ、勉強ができるかどうかは知らないが、頭の回転は速そうで、けっこう難しい言葉も知っている。天は二物を与えずというが、彼女は一見して才能にも美貌にも恵まれているように見えた。その才能をぜひいい方向で使ってもらいたいものなのだが、要するに、名前は似ているが、私とはまったく違うタイプの人間なのだった。
とくに決定的な違いは、私と違って、彼女は人生明らかにかなり危ない橋をわたり続けてきたという点だった。
さて、肝心の相談だが、彼女は、実際には数千円程度のワインを10万円近い値段で売りさばくことを今はなりわいとしていた。それで大変な利益を得たが、これまでいっしょに仕事してきたパートナーとパッタリ連絡がつかなくなり、彼女も自分がしてきたことに一気に不安を募らせているというのだ。だいじょうぶだろうか、警察につかまるようなことにならないでしょうか。パートナーが内部告発したら…と、こうして法律相談を受ける気になったのである。
デリケートな事案だった。だが結論から言えば、ワインをワインとして売ったのなら、本件は道義的にはともかく、法律上はぎりぎりセーフではないかというのが私の見立てだった。彼女が売れば安いワインも高く見えるんだろう。
「しかしワインの仕入値をいつわったことはないのですか。」
「そんなこと聞かれたこともないですわ。」
彼女はいかにも野暮なことを聞きますね、といった感じで私を見すえた。きれいな目だった。
私は、本件にかかる私の見解を伝え、しかし今後このような稼業からは足を洗うよう強く勧めた。自分で不安になるようなことはやめるべきだ。
「あなたほどの器量の持ち主なら一流クラブのホステスさんとか、十分正業もつとまるでしょうに。」
そのうえで「しかし、なんでそんなにたくさんいい弁護士さんを知っていながら、私なんかに相談されたのですか。」私は問うた。
答えは単純明快だった。
「先生方にもたくさんワインを買っていただいたからです。」
帰って、サンプルとして頂戴してきたそのワインを飲んでみたところだ。
安物とわかっているからか、あまりおいしくはなかった。
2008/7/20 1:49
エコかエゴか 弁護士・法律
最近「エコ」という言葉をよく耳にする。
エコというのは、おそらくエコロジーの略だろう。
エコロジー(Ecology)とは生態学のことだ。生態学とは、動植物の生息環境、分布様式などの研究を通じて自然生態系の維持の仕組みなど、その全容解明を目指す学問だ。
したがって、エコという言葉には、環境(environment)あるいは「自然環境にやさしく」云々などという意味合いはないはず。
また、人類は動物界で食物連鎖の頂点に君臨するわりには個体数がべらぼうに多いという意味で、ピラミッド構造を特色とする生態系にはしょせん組み込まれがたい宿命を負っている。
エコノミカルの略として用いるならいいが、私はエコライフとかエコプロダクツとかエコマークというようにエコという用語が乱用されているのを聞くとすごく違和感を覚える。
ただ、そうは言っても、これでも私はけっこうエコな生活を実践している。
たとえば、私はテレビを持たない生活を何十年も続けている。
夜中に見たくもない番組をだらだら惰性で見てしまうのほど、資源と時間の浪費はないと思うからであり、けっしてテレビを買うお金がないからではない。
しかしそれでも人の家や食堂、理髪店、出張先などでテレビを見る機会は多く、普通にテレビを見ている人に比べ質量ともに遜色ない情報を日々キャッチしている自負はある。
だから、上地雄輔さんという横浜高校で松坂投手とバッテリーを組んでいたというタレントが最近人気なのももちろん知っていた。
しかし、私はこの上地雄輔さんが「うえちゆうすけ」さんかと思っていた。
そして、「うえち」というと沖縄の姓なので、私は彼も沖縄に縁故があるのかな、となんとなく親近感を抱いていたのであった。
ところが、先日、ある友人に「『うえちゆうすけ』って知ってるか。」と聞いたら、「知らない。」と言うので、テレビを持ってない私ですら知っているのに、こいつは時流に遅れているなぁ・・・と蔑んでいたら、「もしかしたら『かみちゆうすけ』のこと?」と笑われてしまったのである。
テレビを持っていないと、こういうふうに音声情報にどうしても暗くなる。
ところで、みなさんは、現在各家庭に存在しているおそらく何千万台ものテレビを一挙に粗大ゴミ化する可能性を強く秘めたいわゆる地上波デジタル放送化についてどうお考えですか。
このことについては、もうちょっと勉強してからでないと、今や毎日100人近くもの有識者が閲覧しているこのブログではうかつに意見を述べられないな、と思っているが、私は、資源の有効活用、地球環境の保全という見地からもこの地デジというやつにものすごく疑問を感じているところだ。
ただ、テレビを持っていないから『訴えの利益』がないというか、「俺のテレビをどうしてくれるんだ!」という文句をつける資格が私にないのはたしかだ。
ところがそれも実はあまり面白くない。こういうのを単にひねくれ者と世間では呼ぶそうだが。
なお、最近の新聞報道によると、既存のテレビをデジタル化対応させるチューナーで5,000円くらいの製品が開発されたそうです。
・・・もっとも私は新聞もとっていない。今日、JR山手線の網棚にだれかが放置した新聞を見てそのことを知ったのだった。
しかし古新聞を再利用するより、そもそも読みもしない新聞は取らない方がよっぽどエコだと思う。・・・この考え方も間違っているだろうか。
エコというのは、おそらくエコロジーの略だろう。
エコロジー(Ecology)とは生態学のことだ。生態学とは、動植物の生息環境、分布様式などの研究を通じて自然生態系の維持の仕組みなど、その全容解明を目指す学問だ。
したがって、エコという言葉には、環境(environment)あるいは「自然環境にやさしく」云々などという意味合いはないはず。
また、人類は動物界で食物連鎖の頂点に君臨するわりには個体数がべらぼうに多いという意味で、ピラミッド構造を特色とする生態系にはしょせん組み込まれがたい宿命を負っている。
エコノミカルの略として用いるならいいが、私はエコライフとかエコプロダクツとかエコマークというようにエコという用語が乱用されているのを聞くとすごく違和感を覚える。
ただ、そうは言っても、これでも私はけっこうエコな生活を実践している。
たとえば、私はテレビを持たない生活を何十年も続けている。
夜中に見たくもない番組をだらだら惰性で見てしまうのほど、資源と時間の浪費はないと思うからであり、けっしてテレビを買うお金がないからではない。
しかしそれでも人の家や食堂、理髪店、出張先などでテレビを見る機会は多く、普通にテレビを見ている人に比べ質量ともに遜色ない情報を日々キャッチしている自負はある。
だから、上地雄輔さんという横浜高校で松坂投手とバッテリーを組んでいたというタレントが最近人気なのももちろん知っていた。
しかし、私はこの上地雄輔さんが「うえちゆうすけ」さんかと思っていた。
そして、「うえち」というと沖縄の姓なので、私は彼も沖縄に縁故があるのかな、となんとなく親近感を抱いていたのであった。
ところが、先日、ある友人に「『うえちゆうすけ』って知ってるか。」と聞いたら、「知らない。」と言うので、テレビを持ってない私ですら知っているのに、こいつは時流に遅れているなぁ・・・と蔑んでいたら、「もしかしたら『かみちゆうすけ』のこと?」と笑われてしまったのである。
テレビを持っていないと、こういうふうに音声情報にどうしても暗くなる。
ところで、みなさんは、現在各家庭に存在しているおそらく何千万台ものテレビを一挙に粗大ゴミ化する可能性を強く秘めたいわゆる地上波デジタル放送化についてどうお考えですか。
このことについては、もうちょっと勉強してからでないと、今や毎日100人近くもの有識者が閲覧しているこのブログではうかつに意見を述べられないな、と思っているが、私は、資源の有効活用、地球環境の保全という見地からもこの地デジというやつにものすごく疑問を感じているところだ。
ただ、テレビを持っていないから『訴えの利益』がないというか、「俺のテレビをどうしてくれるんだ!」という文句をつける資格が私にないのはたしかだ。
ところがそれも実はあまり面白くない。こういうのを単にひねくれ者と世間では呼ぶそうだが。
なお、最近の新聞報道によると、既存のテレビをデジタル化対応させるチューナーで5,000円くらいの製品が開発されたそうです。
・・・もっとも私は新聞もとっていない。今日、JR山手線の網棚にだれかが放置した新聞を見てそのことを知ったのだった。
しかし古新聞を再利用するより、そもそも読みもしない新聞は取らない方がよっぽどエコだと思う。・・・この考え方も間違っているだろうか。
2008/7/16 4:40
暑い一日 弁護士・法律
今日も暑い一日だった。
宮古島にいたころに比べると直射日光など生っちょろいものだが、宮古島では私は裁判所に行くとき以外はいつも短パンにランニング・シャツで過ごしていたので、そんなに暑さにこたえたという記憶はなかった。
ところが東京では一応スーツで過ごしているからこたえる。
特に今日は、外回りとか外で待機している時間が長い用務があった。ビル街で突っ立っていただけで、滂沱と流れる汗はスーツまでしみとおるほど。
用務の途中で無性にアイスクリームを食べたくなったが、そのうち、あまりに汗をかいて水分が欠乏したか、喉がカラカラになって、アイスクリームとかより、とにかくジュース類を飲みたくなった。それも500ミリリットルくらいは飲みたくなる。
しかも歩き回っていたら、エスカレーターがなぜか点検中のところが多く、階段を上り下りしていると息がゼイゼイしてきた。そういうときに限って携帯電話に誰かから電話がかかってきて、重い荷物を持ちながら電話でまじめな話をしていると息が上がりそうになる。これは大げさでない。
・・・と思っていたところに、ちょうどマクドナルドがあったので、私は230円もの巨費を投じて、コカ・コーラのLサイズを注文した。
しかし、私は、マクドナルドのコカ・コーラ、特に今日飲んだコカ・コーラはおそらく世界一のコーラだと思った。
息を吹き返した私は、裁判所に、ある申立の取下げにをしに向かったのであった。
宮古島にいたころに比べると直射日光など生っちょろいものだが、宮古島では私は裁判所に行くとき以外はいつも短パンにランニング・シャツで過ごしていたので、そんなに暑さにこたえたという記憶はなかった。
ところが東京では一応スーツで過ごしているからこたえる。
特に今日は、外回りとか外で待機している時間が長い用務があった。ビル街で突っ立っていただけで、滂沱と流れる汗はスーツまでしみとおるほど。
用務の途中で無性にアイスクリームを食べたくなったが、そのうち、あまりに汗をかいて水分が欠乏したか、喉がカラカラになって、アイスクリームとかより、とにかくジュース類を飲みたくなった。それも500ミリリットルくらいは飲みたくなる。
しかも歩き回っていたら、エスカレーターがなぜか点検中のところが多く、階段を上り下りしていると息がゼイゼイしてきた。そういうときに限って携帯電話に誰かから電話がかかってきて、重い荷物を持ちながら電話でまじめな話をしていると息が上がりそうになる。これは大げさでない。
・・・と思っていたところに、ちょうどマクドナルドがあったので、私は230円もの巨費を投じて、コカ・コーラのLサイズを注文した。
しかし、私は、マクドナルドのコカ・コーラ、特に今日飲んだコカ・コーラはおそらく世界一のコーラだと思った。
息を吹き返した私は、裁判所に、ある申立の取下げにをしに向かったのであった。
2008/7/14 2:11
旅行総会(箱根にて) 弁護士・法律
私は、いま東京弁護士会の中の法友会という任意会派に所属しているが、その「旅行総会」と銘打った研修・会議が、昨日から箱根湯本の「ホテルおかだ」で開かれた。
民法改正や裁判員制度についての勉強会、さらには、予算決算承認などの総会、加えて宴会から芸達者な弁護士による余興大会まで、212名もの弁護士が参加し、たいへん盛況だった。ホテルにとっても7月のこの時期にこれだけの団体を迎え入れることができるというのは相当のメリットだったろう。
私は、東京弁護士会でももっとも著名な弁護士のひとりと思われるF弁護士、その他3名の弁護士と相部屋になった。
久しぶりにお目にかかるF弁護士は日頃の激務の故か、かなりおやせになっているように見えた。
挨拶回りその他で忙しいF弁護士は、夜になってもなかなか部屋に戻らなかったが、午前3時ころには就寝していたようで、それまで平坦だったとなりの布団に、そのころには小山のようなひとつの寝姿があった。
朝7時ころになって、用務があるほかの弁護士は、あたふたと東京に帰って行ったが、私とF弁護士は部屋に残ってしばらく寝ていた。
8時30分ころ、私は「朝食を食べに行きませんか。」と声をかけ、F弁護士を起こした。
F弁護士は「行きましょう。」とやおら立ち上がった。
しかし、やはり大物の弁護士はちがうなと思った。
私は、目がさめるとまず何をするかというと、トイレに行くのだが、F弁護士はそんなルーチン・ワークにはさっぱり関心がないと見えた。
彼は起き上がるなり、迷いなく朝食会場に直行し、朝食会場で大いに食べ、大いに語った。しかも、朝から語るテーマが、最近の裁判の厳罰化傾向から、地球環境問題、さらにはご自身の血糖値の問題に至るまで、実に多彩だった。
そして朝食を終えて部屋に戻ってもトイレには行かず、そのまま風呂に行ってしまった。
私は、この日お客さんのお葬式に参列する予定もあったので、F弁護士がお風呂に行っている間に失礼し箱根を後にしたが、朝起きたら何も考えず、とりあえずトイレに行って、とりあえず顔を洗って・・・という自分の日頃の“とりあえず型”の生活パターンに反省を迫られる思いがした。
いずれにせよ、学ぶことの多い旅行総会であった。
民法改正や裁判員制度についての勉強会、さらには、予算決算承認などの総会、加えて宴会から芸達者な弁護士による余興大会まで、212名もの弁護士が参加し、たいへん盛況だった。ホテルにとっても7月のこの時期にこれだけの団体を迎え入れることができるというのは相当のメリットだったろう。
私は、東京弁護士会でももっとも著名な弁護士のひとりと思われるF弁護士、その他3名の弁護士と相部屋になった。
久しぶりにお目にかかるF弁護士は日頃の激務の故か、かなりおやせになっているように見えた。
挨拶回りその他で忙しいF弁護士は、夜になってもなかなか部屋に戻らなかったが、午前3時ころには就寝していたようで、それまで平坦だったとなりの布団に、そのころには小山のようなひとつの寝姿があった。
朝7時ころになって、用務があるほかの弁護士は、あたふたと東京に帰って行ったが、私とF弁護士は部屋に残ってしばらく寝ていた。
8時30分ころ、私は「朝食を食べに行きませんか。」と声をかけ、F弁護士を起こした。
F弁護士は「行きましょう。」とやおら立ち上がった。
しかし、やはり大物の弁護士はちがうなと思った。
私は、目がさめるとまず何をするかというと、トイレに行くのだが、F弁護士はそんなルーチン・ワークにはさっぱり関心がないと見えた。
彼は起き上がるなり、迷いなく朝食会場に直行し、朝食会場で大いに食べ、大いに語った。しかも、朝から語るテーマが、最近の裁判の厳罰化傾向から、地球環境問題、さらにはご自身の血糖値の問題に至るまで、実に多彩だった。
そして朝食を終えて部屋に戻ってもトイレには行かず、そのまま風呂に行ってしまった。
私は、この日お客さんのお葬式に参列する予定もあったので、F弁護士がお風呂に行っている間に失礼し箱根を後にしたが、朝起きたら何も考えず、とりあえずトイレに行って、とりあえず顔を洗って・・・という自分の日頃の“とりあえず型”の生活パターンに反省を迫られる思いがした。
いずれにせよ、学ぶことの多い旅行総会であった。
2008/7/11 2:32
山本モナさんと二岡選手 弁護士・法律
今朝、飛行機の中で主だったスポーツ紙を見比べていたら、読売系の報知新聞を除き、アナウンサー(?)の山本モナさんと巨人軍の二岡選手の不倫記事がほとんどすべての新聞の一面を飾っていた。
思うに、妻子ある男性と、その男性に妻子があることを知る女性が、情交関係を結べば、明らかな不貞行為として男性の妻に対する共同不法行為となるが、この場合、男性と女性とでどちらが責任が重いのだろうか。
妻子ある男性と知りながら、その男性との情事に陥った女なのか。それとも、妻子がありながらほかの女性との情事にふけった男なのか。
感覚的には、後者=つまり妻子がある男の方が非難の度合いが大きいように思える。それはその男性が妻子を裏切っているからだ。
はたして日本語の語感としても、「AがBと不倫した」という場合、配偶者がいるのはAの方のように感じないだろうか?注)
ところが、今朝のスポーツ新聞の大見出しは、圧倒的に『山本モナ 不倫!』なのであった。
だから最初私は、山本さんには旦那がいるのかと思ったほどだが、記事を読むと配偶者がいるのは二岡選手の方とわかった。しかし「二岡選手の不倫」は完全に山本さんの不倫の後景に退いていた。
巨人軍からマスコミに何らかのはたらきかけでもあったのだろうか、それとも、二岡選手が現在は二軍に落ちているからだろうか、それとも山本さんが不倫の常習者(?)だから、あるいはもしかして、彼女はタレントとして不倫を売り物にしてるのかも・・・???
よくわからないが、言えることは、結局、二岡選手の不倫を一面に持ってくるよりも、山本さんの不倫を一面に持ってきた方が新聞が売れる・・・ということなのだろう。
野球選手の不倫より、女子アナの不倫の方が、人々の想像力をより強く刺激し、好奇心をくすぐる、と、そういうことなのだ。・・・ま、これ以上書くのもどうかと思うのでやめておくが。
いずれにせよ、法律論としては、共同不法行為である以上、主従関係でもない限り、原則として男と女の対外的責任は同等だ。どっちが主役でどっちが脇役・・・と、そういう問題ではない。
しかし、今回の不倫劇では山本さんを主役にすべきだ、という思惑では、恐るべきことにほとんどのスポーツ紙が一致していたというわけなのだ。
・・・ちなみに、報知新聞は、イチロー選手が米大リーグ・オールスター戦のホームラン競争に出場するという記事を一面に持ってきていた。
(注 あとで私の娘に聞いたら、この場合配偶者がいるのはBと思う、と言っていた。はてさて、どっちだろう。)
思うに、妻子ある男性と、その男性に妻子があることを知る女性が、情交関係を結べば、明らかな不貞行為として男性の妻に対する共同不法行為となるが、この場合、男性と女性とでどちらが責任が重いのだろうか。
妻子ある男性と知りながら、その男性との情事に陥った女なのか。それとも、妻子がありながらほかの女性との情事にふけった男なのか。
感覚的には、後者=つまり妻子がある男の方が非難の度合いが大きいように思える。それはその男性が妻子を裏切っているからだ。
はたして日本語の語感としても、「AがBと不倫した」という場合、配偶者がいるのはAの方のように感じないだろうか?注)
ところが、今朝のスポーツ新聞の大見出しは、圧倒的に『山本モナ 不倫!』なのであった。
だから最初私は、山本さんには旦那がいるのかと思ったほどだが、記事を読むと配偶者がいるのは二岡選手の方とわかった。しかし「二岡選手の不倫」は完全に山本さんの不倫の後景に退いていた。
巨人軍からマスコミに何らかのはたらきかけでもあったのだろうか、それとも、二岡選手が現在は二軍に落ちているからだろうか、それとも山本さんが不倫の常習者(?)だから、あるいはもしかして、彼女はタレントとして不倫を売り物にしてるのかも・・・???
よくわからないが、言えることは、結局、二岡選手の不倫を一面に持ってくるよりも、山本さんの不倫を一面に持ってきた方が新聞が売れる・・・ということなのだろう。
野球選手の不倫より、女子アナの不倫の方が、人々の想像力をより強く刺激し、好奇心をくすぐる、と、そういうことなのだ。・・・ま、これ以上書くのもどうかと思うのでやめておくが。
いずれにせよ、法律論としては、共同不法行為である以上、主従関係でもない限り、原則として男と女の対外的責任は同等だ。どっちが主役でどっちが脇役・・・と、そういう問題ではない。
しかし、今回の不倫劇では山本さんを主役にすべきだ、という思惑では、恐るべきことにほとんどのスポーツ紙が一致していたというわけなのだ。
・・・ちなみに、報知新聞は、イチロー選手が米大リーグ・オールスター戦のホームラン競争に出場するという記事を一面に持ってきていた。
(注 あとで私の娘に聞いたら、この場合配偶者がいるのはBと思う、と言っていた。はてさて、どっちだろう。)
2008/7/10 4:37
マンゴーをいただく 弁護士・法律
沖縄料理は本土でもすっかりポピュラーになった。
ゴーヤとか、海ブドウ、パパイヤといった沖縄ならでは食材も、すっかり本土の食卓に定着した観がある。
どれもこれもおいしいが、私が沖縄産の食べ物でなんといってもおいしいと思うのは、ウニとマンゴーだ。
しかしいずれも貴重品であり、また、高級品。値段も高い。
ところが、先日たまたま宮古島のマンゴーをある方からおすそわけしていただき、口にする機会があった。
冷蔵庫でよく冷してから食べる。あまり冷さない方がうまいという人もいるが、私はよく冷した方が好きだ。
ていねいに皮をむいて、マンゴー色の果実を裁断する。ひらべったい種の周囲にくっついた果肉は、かぶりついて最後の最後までしゃぶり取る。それだけで実に満足。とにかくうまい!
まさに大地の宝石ではなかろうか。
濃厚な甘さのなかに、ほんのり酸味がある。完全に熟する一歩手前のやつがいちばんおいしいと思う。
奇跡のようにこういう果実を産み出す大自然、珊瑚礁に由来する宮古島の土壌の不思議な摂理を思わずにいられない。決して豊かとはいえない亜熱帯の小さな島から、こんな贅沢品が生まれ出てくるのだ。
しかし、それは宮古上布とは違い、季節のうちに人間によって食べられてしまい、消費されてしまう。けっして保存されるということがない。だからこそ、贅沢さが際立つ。
農業って本当にすごいと思う。どんな法律家でもこんな作品は産み出すことができないだろう。(無理矢理法律家をブログに登場させてしまったが。)
・・・時間をかけ、自然と格闘しながら、手塩にかけて育てるということのすごさ。
それにしても、食べるってことはなんてあっという間のことなのだろうか。
また、同じマンゴーでもペ・ヨンジュンさんに食べられるマンゴーもあれば、俺なんかに食べられるマンゴーもある。世の中ほんとに不公平だな。
ゴーヤとか、海ブドウ、パパイヤといった沖縄ならでは食材も、すっかり本土の食卓に定着した観がある。
どれもこれもおいしいが、私が沖縄産の食べ物でなんといってもおいしいと思うのは、ウニとマンゴーだ。
しかしいずれも貴重品であり、また、高級品。値段も高い。
ところが、先日たまたま宮古島のマンゴーをある方からおすそわけしていただき、口にする機会があった。
冷蔵庫でよく冷してから食べる。あまり冷さない方がうまいという人もいるが、私はよく冷した方が好きだ。
ていねいに皮をむいて、マンゴー色の果実を裁断する。ひらべったい種の周囲にくっついた果肉は、かぶりついて最後の最後までしゃぶり取る。それだけで実に満足。とにかくうまい!
まさに大地の宝石ではなかろうか。
濃厚な甘さのなかに、ほんのり酸味がある。完全に熟する一歩手前のやつがいちばんおいしいと思う。
奇跡のようにこういう果実を産み出す大自然、珊瑚礁に由来する宮古島の土壌の不思議な摂理を思わずにいられない。決して豊かとはいえない亜熱帯の小さな島から、こんな贅沢品が生まれ出てくるのだ。
しかし、それは宮古上布とは違い、季節のうちに人間によって食べられてしまい、消費されてしまう。けっして保存されるということがない。だからこそ、贅沢さが際立つ。
農業って本当にすごいと思う。どんな法律家でもこんな作品は産み出すことができないだろう。(無理矢理法律家をブログに登場させてしまったが。)
・・・時間をかけ、自然と格闘しながら、手塩にかけて育てるということのすごさ。
それにしても、食べるってことはなんてあっという間のことなのだろうか。
また、同じマンゴーでもペ・ヨンジュンさんに食べられるマンゴーもあれば、俺なんかに食べられるマンゴーもある。世の中ほんとに不公平だな。
2008/7/5 12:20
和解成立 弁護士・法律
日本の裁判の特徴は、和解が多用されることにあるとも言われるが(注:裁判を起こしても、裁判所が判決を出して事件を解決するのでなく、話し合いによって事件を解決することがある。これが裁判上の和解と言われるものです。話し合いによって合意したことは「和解調書」という公的な書類に記録され、その内容には判決と同じような拘束力が認められることになります。)、昨日、ある事件で和解が成立した。事件そのものは、非常に悲惨なある事故に関する損害賠償請求事件で、私はその被告の側、つまり、損害賠償請求を受けた側であった。
和解の条件をめぐっては、それまでにかなり厄介な調整作業があり、紆余曲折もあったが、いずれにせよ、最終的に和解は成立した。しかし、どうも原告側には最後の最後まで不満が残っていたようで、和解の席上も、また、和解が終わった後も、原告代理人弁護士は、終始不服そうに仏頂面をしていた。私が最後に「お世話になりました。ありがとうございました。」と言っても、返事もしない。見たところ私より一回り後輩といった感じの弁護士であったが・・・。(なお、原告も被告も当事者本人は、和解の席にはいなかった。)
気持ちはわからぬでもないが、もちろん、私だって被害者側の立場で何度も和解をしたことがある。
そんなに不満があるなら、和解なんかしなければよい。和解をする以上、最後は笑顔で別れたい・・・というのが私のスタンスだ。和解っていうのはそういうものではないのだろうか。こういう考え方は間違ってますかね?
いずれにせよ、この厄介な事件がこうして解決したので、私は昨日ひとつの荷をおろすことはできたのである。
和解の条件をめぐっては、それまでにかなり厄介な調整作業があり、紆余曲折もあったが、いずれにせよ、最終的に和解は成立した。しかし、どうも原告側には最後の最後まで不満が残っていたようで、和解の席上も、また、和解が終わった後も、原告代理人弁護士は、終始不服そうに仏頂面をしていた。私が最後に「お世話になりました。ありがとうございました。」と言っても、返事もしない。見たところ私より一回り後輩といった感じの弁護士であったが・・・。(なお、原告も被告も当事者本人は、和解の席にはいなかった。)
気持ちはわからぬでもないが、もちろん、私だって被害者側の立場で何度も和解をしたことがある。
そんなに不満があるなら、和解なんかしなければよい。和解をする以上、最後は笑顔で別れたい・・・というのが私のスタンスだ。和解っていうのはそういうものではないのだろうか。こういう考え方は間違ってますかね?
いずれにせよ、この厄介な事件がこうして解決したので、私は昨日ひとつの荷をおろすことはできたのである。
