2006/8/22 16:42
停 戦 8月16日 (現地NGOからの声) 分類なし
(パレスチナ子どものキャンペーンが支援している現地のNGOスタッフからの声です。)
慎重な静けさがレバノンにその翼を広げました。私たちの頭上を飛ぶ戦闘機はありません。襲撃もありません。死と破壊を運ぶ恐ろしいミサイルもありません。一見したところ、全ての大砲は沈黙しています。しかしながら、私たちの心の中にはまだ疑念があります。この平和な時は日常的に荒廃した政治的行詰りと激しい意見に耐えることができるのでしょうか?それが可能であり、また公正かつ公平で持続可能な解決をもたらすように祈らせてください。
そうはいうものの生活は難しく、そして表面の問題が動き始めると、さらに厳しさが見えてきます。そして私たちはナクバ(破局)の規模に気付くのです。打ちのめされた人々を助けるための人道的努力を難しくしているベイルート空港と港の封鎖はまだ続いています。
自分の村に戻ろうという人々の決意にも関わらず、戦闘のあった地域や標的にされた地域では不発弾のために危険な状況です。自宅に戻ったがために、不発弾ですでに子ども1人と市民4人が亡くなり、15人が負傷しました。地雷危険教育国家運営委員会、ユニセフ、UNHCRとUNDPは、緊急アピールを出し、戦闘のあった地域に近づくときには最大限の注意を払い、見慣れない物体には触らないようにと市民にアドバイスしています。これらクラスター爆弾や大砲の不発弾は地面に落ちたままですが、とても危険なことに変わりありません。ほんのわずかな動きで爆発するかもしれないのです。国連の救援トラックも人々や包囲された病院に必要な物資を持って南部に向かっています。
あらゆる痛みと苦しみに耐えている人々のいる地域全体に公正な平和が届くことを願います。イスラエル側がどんなに優越感を持っていても、憎しみと痛みによってはどんな問題も解決できません。かつてハイム・ビアリクというシオニスト詩人は、「レバノンとガザを襲撃し、その地を平らにし、塩を撒き、一人として残すな・・・、平和を望むなら・・・」という詩を書きました。こうした極端な憎しみと並外れて醜い絵図からはどんな種類の理解も築くことができませんし、私たちはそれが現在のイスラエルの多数派の意見で無いことを願っています。
慎重な静けさがレバノンにその翼を広げました。私たちの頭上を飛ぶ戦闘機はありません。襲撃もありません。死と破壊を運ぶ恐ろしいミサイルもありません。一見したところ、全ての大砲は沈黙しています。しかしながら、私たちの心の中にはまだ疑念があります。この平和な時は日常的に荒廃した政治的行詰りと激しい意見に耐えることができるのでしょうか?それが可能であり、また公正かつ公平で持続可能な解決をもたらすように祈らせてください。
そうはいうものの生活は難しく、そして表面の問題が動き始めると、さらに厳しさが見えてきます。そして私たちはナクバ(破局)の規模に気付くのです。打ちのめされた人々を助けるための人道的努力を難しくしているベイルート空港と港の封鎖はまだ続いています。
自分の村に戻ろうという人々の決意にも関わらず、戦闘のあった地域や標的にされた地域では不発弾のために危険な状況です。自宅に戻ったがために、不発弾ですでに子ども1人と市民4人が亡くなり、15人が負傷しました。地雷危険教育国家運営委員会、ユニセフ、UNHCRとUNDPは、緊急アピールを出し、戦闘のあった地域に近づくときには最大限の注意を払い、見慣れない物体には触らないようにと市民にアドバイスしています。これらクラスター爆弾や大砲の不発弾は地面に落ちたままですが、とても危険なことに変わりありません。ほんのわずかな動きで爆発するかもしれないのです。国連の救援トラックも人々や包囲された病院に必要な物資を持って南部に向かっています。
あらゆる痛みと苦しみに耐えている人々のいる地域全体に公正な平和が届くことを願います。イスラエル側がどんなに優越感を持っていても、憎しみと痛みによってはどんな問題も解決できません。かつてハイム・ビアリクというシオニスト詩人は、「レバノンとガザを襲撃し、その地を平らにし、塩を撒き、一人として残すな・・・、平和を望むなら・・・」という詩を書きました。こうした極端な憎しみと並外れて醜い絵図からはどんな種類の理解も築くことができませんし、私たちはそれが現在のイスラエルの多数派の意見で無いことを願っています。
2006/8/22 16:40
帰 宅 8月15日 (現地NGOからの声) 分類なし
(パレスチナ子どものキャンペーンが支援している現地のNGOスタッフからの声です。)
昨日の朝8時が停戦の始まりでした。何も無い山道を海岸沿いの道路に向かって車が下る間中、それが本当かどうか疑問で、少ないながらも出会う車に、これが以前は首都に向かう車で混雑していた同じ道なのかを確かめざるを得ませんでした。海岸沿いの道路にぶつかり、女性、子ども、老人それに若者が詰め込まれた車が信じられないほどの列を作っているのを見て、私たちの心臓は高鳴り現実を認識しました。私が「詰め込まれた」と言ったのは、これらの車が想像できる以上の人数を乗せていて、その屋根には救援団体から受け取った物資が積まれていたからです。みな帰宅しようと南部に向かっていました。数百、いや数千もの様々な形で様々な大きさの車が、まだ自分の家が残っているのかそれとも破壊されたのかを心配する人々でいっぱいの「人間貨物」となって。しかし、いずれにせよ本当の家とは誰にも破壊できない故郷の土地であり、生きていても死んでいても、いつでも持ち主を受け入れる準備があるのです。
ダムール(ベイルートより少し南の町)の手前で、私たちはまず破壊された橋に出くわし、一連の野蛮な破壊行為を目の当たりにすることになります。橋が破壊されたために、町の中の小さな道に到達するには、他の数百の車と一緒に私たちは少し回り道をしなければいけませんでした。高速道路の向こう側に辿り着くために、道路を渡るのに5分もかからないはずが1時間半もかかりました。物凄い数の車に加えて、たくさんの車がオーバーヒートしていたり、ガソリンがなくなったり・・・でもみんながお互いを助け合っていたので大丈夫です。車を脇に押したり、オーバーヒートしたエンジンに水を注いだり、あるいはガソリンを分けてあげたりと、みんながそれぞれのやり方でこの興奮する時を祝っていたのです。辛抱強く私たちの順番を待っていると、最後には高速道路が見えました。みなさんにはその場面が想像できないでしょう。3kmほど、いやそれ以上かもしれません、渡ろうとして6列に並んだ車が「どこへ行くの?」「あそこの道路はまだ通れる?」と尋ねる以外、驚くほど静かに自分の順番を待っていたのです。そんな情報交換以外は、おそらく歴史的瞬間を前にした敬意と畏怖からくるのでしょう、静けさがありました。
再び、以前みなさんにお話した『涙の道』が思い出されました。パレスチナ人たちが故郷を追われ難民となったその道です。でも今回は家に帰ることへの喜びの涙でした。神さま、私たちは悲しいときも喜びのときも、いつも泣かなければいけないのでしょうか? パレスチナ人はいつの日か『涙の道』を辿って家に帰れるのでしょうか?その道のりは、まだとても長いのでしょうか? 私がみなさんに教えます。それはこの地点からそんなに遠くはありません。1時間もかかりません。そして人々は自分の町や 村に帰ります。 ・・・1時間もかからずに、みんなは家に帰れるのです。
今回は無事帰宅しましたが、この停戦は持続的するのでしょうか?私たちは様子を見守らなければなりません。
昨日の朝8時が停戦の始まりでした。何も無い山道を海岸沿いの道路に向かって車が下る間中、それが本当かどうか疑問で、少ないながらも出会う車に、これが以前は首都に向かう車で混雑していた同じ道なのかを確かめざるを得ませんでした。海岸沿いの道路にぶつかり、女性、子ども、老人それに若者が詰め込まれた車が信じられないほどの列を作っているのを見て、私たちの心臓は高鳴り現実を認識しました。私が「詰め込まれた」と言ったのは、これらの車が想像できる以上の人数を乗せていて、その屋根には救援団体から受け取った物資が積まれていたからです。みな帰宅しようと南部に向かっていました。数百、いや数千もの様々な形で様々な大きさの車が、まだ自分の家が残っているのかそれとも破壊されたのかを心配する人々でいっぱいの「人間貨物」となって。しかし、いずれにせよ本当の家とは誰にも破壊できない故郷の土地であり、生きていても死んでいても、いつでも持ち主を受け入れる準備があるのです。
ダムール(ベイルートより少し南の町)の手前で、私たちはまず破壊された橋に出くわし、一連の野蛮な破壊行為を目の当たりにすることになります。橋が破壊されたために、町の中の小さな道に到達するには、他の数百の車と一緒に私たちは少し回り道をしなければいけませんでした。高速道路の向こう側に辿り着くために、道路を渡るのに5分もかからないはずが1時間半もかかりました。物凄い数の車に加えて、たくさんの車がオーバーヒートしていたり、ガソリンがなくなったり・・・でもみんながお互いを助け合っていたので大丈夫です。車を脇に押したり、オーバーヒートしたエンジンに水を注いだり、あるいはガソリンを分けてあげたりと、みんながそれぞれのやり方でこの興奮する時を祝っていたのです。辛抱強く私たちの順番を待っていると、最後には高速道路が見えました。みなさんにはその場面が想像できないでしょう。3kmほど、いやそれ以上かもしれません、渡ろうとして6列に並んだ車が「どこへ行くの?」「あそこの道路はまだ通れる?」と尋ねる以外、驚くほど静かに自分の順番を待っていたのです。そんな情報交換以外は、おそらく歴史的瞬間を前にした敬意と畏怖からくるのでしょう、静けさがありました。
再び、以前みなさんにお話した『涙の道』が思い出されました。パレスチナ人たちが故郷を追われ難民となったその道です。でも今回は家に帰ることへの喜びの涙でした。神さま、私たちは悲しいときも喜びのときも、いつも泣かなければいけないのでしょうか? パレスチナ人はいつの日か『涙の道』を辿って家に帰れるのでしょうか?その道のりは、まだとても長いのでしょうか? 私がみなさんに教えます。それはこの地点からそんなに遠くはありません。1時間もかかりません。そして人々は自分の町や 村に帰ります。 ・・・1時間もかからずに、みんなは家に帰れるのです。
今回は無事帰宅しましたが、この停戦は持続的するのでしょうか?私たちは様子を見守らなければなりません。
2006/8/19 20:13
パレスチナの子どもの絵画展@銀座 分類なし
■◇パレスチナのハート展◆□
〜パレスチナ難民キャンプの子どもと先生の絵〜
=================================================
日時:8月21日(月)〜29日(火) 日曜休
午前11時〜午後7時
会場:ギャラリー オリーブアイ
東京都中央区銀座5-3-9 鈴木ビル3F
TEL/FAX 03-3575-0080
地図:http://www.ichimainoe.co.jp/oliveeye/
企画:ギャラリー オリーブアイ
共催:パレスチナのハートアートプロジェクト
パレスチナ子どものキャンペーン
◆オープニングパーティ 21日(月)午後5時〜
◆ギャラリートーク 26日(土)午後4時〜
上條陽子さん(多摩美術大学客員教授)
------------------------------------------------
レバノンのパレスチナ難民キャンプに住む子どもたちは国連の
学校で勉強をしていますが、芸術や体育などのクラスはなく、
環境も劣悪です。
現地のNGO「子どもの家」のソーシャルワーカーたちは、そんな
子どもたちに絵を描かせたい、そして指導者を育てたいという
願いがありました。
そこで、2001年から毎年夏に、現地で美術教室を行い、
日本からのアーティスト16名が指導に当たり、多くのこども
たちが参加しました。
今回の絵画展は、この子どもたちの作品と、指導したアーティスト
の小品展です。皆さまお誘いあわせの上、ぜひお越しください。
*今年の夏も現地での美術教室を予定していましたが、
直前にレバノンで戦争が始まり、急遽中止となりました。
〜パレスチナ難民キャンプの子どもと先生の絵〜
=================================================
日時:8月21日(月)〜29日(火) 日曜休
午前11時〜午後7時
会場:ギャラリー オリーブアイ
東京都中央区銀座5-3-9 鈴木ビル3F
TEL/FAX 03-3575-0080
地図:http://www.ichimainoe.co.jp/oliveeye/
企画:ギャラリー オリーブアイ
共催:パレスチナのハートアートプロジェクト
パレスチナ子どものキャンペーン
◆オープニングパーティ 21日(月)午後5時〜
◆ギャラリートーク 26日(土)午後4時〜
上條陽子さん(多摩美術大学客員教授)
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レバノンのパレスチナ難民キャンプに住む子どもたちは国連の
学校で勉強をしていますが、芸術や体育などのクラスはなく、
環境も劣悪です。
現地のNGO「子どもの家」のソーシャルワーカーたちは、そんな
子どもたちに絵を描かせたい、そして指導者を育てたいという
願いがありました。
そこで、2001年から毎年夏に、現地で美術教室を行い、
日本からのアーティスト16名が指導に当たり、多くのこども
たちが参加しました。
今回の絵画展は、この子どもたちの作品と、指導したアーティスト
の小品展です。皆さまお誘いあわせの上、ぜひお越しください。
*今年の夏も現地での美術教室を予定していましたが、
直前にレバノンで戦争が始まり、急遽中止となりました。
2006/8/19 20:11
8月20日(日)は芝公園・増上寺に! 分類なし
すでにご案内しています8月20日の「お話と音楽の集い」の
直後に、同じ増上寺で、緊急アクションを予定しています。
ぜひ皆さん二つのイベントにご参加ください。
-------------------------------------------------
★8月20日(日)は芝公園・増上寺に!
中東の平和を求める市民のイベントです
◆15:00〜18:00 お話と音楽の集い
「届けこの思い レバノンとパレスチナの子どもに平和を」
酒井啓子さん、松本泰子さん、常味裕司さんほか
◆18:30〜 停戦の継続を求めるキャンドルサービス
-------------------------------------------------
レバノン/イスラエル紛争・停戦から1週間
停戦維持を求めてキャンドルサービスをします
-------------------------------------------------
停戦をこわさないで!
8月20日、1か月に及んだ戦争の犠牲者への追悼と、停戦が守られ、
市民への攻撃がふたたび繰り返されぬよう求めキャンドルアクションを
行います。また、イスラエルとヒズボラに対するアピールや参加者
による寄せ書き、テレビでは流されない現地のルポ、なども
お伝えする予定です。
■「イスラエルとヒズボラに、停戦の継続を求めよう! 緊急アクション」
8月20日(日)18:30 (約40分〜50分間。19:30までに終了予定)
場所:増上寺境内・本殿前 (港区芝公園4-7-35)
★交通 http://www.zojoji.or.jp/map/index.html
・都営地下鉄三田線 御成門駅から徒歩3分、芝公園から徒歩3分
参加費無料:(イベント実施にかかる経費をまかなうため、当日は一口
500円以上のカンパにご協力いたけますよう、お願いします)
■プログラム予定
・増上寺境内でのキャンドルによるアピール
・イスラエル/ヒズボラに停戦の継続を呼びかける寄せ書き
・現地からのルポ
・NGOからのアピール その他
■主催:Stop the Wall! 実行委員会
■協力:WORLD PEACE NOW
■お問い合わせ
パレスチナ子どものキャンペーン
TEL:03-3953-1393 Email: ccp@bd.mbn.or.jp
アムネスティ・インターナショナル日本
TEL:03-3518-6777 E-mail:stoptorture@amnesty.or.jp
*参加者は、キャンドルやペンライト、メッセージ・ボードなどをご持
参ください。
*平和的な抗議行動です。
*本アクションは、政治的立場、思想信条、宗派を超えて組織の集
まりです。特定の団体が主催するものでも、勧誘を目的とするもの
でもありません。
2006/8/2 14:13
8月1日、レバノン空爆へのNGO緊急声明など 分類なし
8月1日夜、千代田区のイスラエル大使館前に約250人が集まり、7月30日のイスラエル軍空爆による南レバノンカナ村の犠牲者を追悼しました。またあわせて最近の戦闘で犠牲となっているレバノン、パレスチナ、イスラエルの市民の犠牲者を悼みました。その後以下の緊急抗議声明をイスラエル大使館に投函しました。
メディアの報道については以下のサイトを参照ください。
http://www3.nhk.or.jp/news/2006/08/02/k20060801000175.html
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/mideast/news/20060802k0000m040098000c.html
http://www.asahi.com/special/MiddleEast/TKY200608010503.html
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060801-04625440-jijp-soci.view-001
http://news.yahoo.com/news?tmpl=story&u=/060801/481/xits10408011251
http://news.yahoo.com/news?tmpl=story&u=/060801/481/xits10308011247
----------------------------------------------------
2006年8月1日
レバノン空爆に関する緊急抗議声明
イスラエル軍は、市民を犠牲にする攻撃の停止を!
イスラエルとヒズボラに対して、即時停戦を求めます。
----------------------------------------------------
イスラエル国首相
エフド・オルメルト 殿
私たち日本のNGOは、7月30日のイスラエル軍によるレバノン南部カナ
への空爆の結果、37人の子どもを含む少なくとも57人の市民が殺害さ
れたことに対し、深い哀悼の意とともに、イスラエル政府に対して強
い抗議の意を表明します。
報道によると、レバノン南部カナへの激しい空爆によって、多くの市
民が避難していた建物や民家が破壊されました。国連事務総長が「最
大限の強い言葉で非難」し、国際社会の批判が高まる中、イスラエル
政府は48時間の空爆停止とカナにおける空爆について調査を約束しま
した。
しかし、イスラエル軍による民間施設を標的とした攻撃は今回だけで
はありません。7月12日のレバノン攻撃開始以来、レバノンにおける
死者がすでに700人以上を超え、その多くが子どもを含む民間人です。
激しい空爆、また高速道路や橋など公共の施設を標的とした攻撃によ
って、避難することすら困難な中で市民が殺され続け、人道支援を行
うこともままならない状況に陥っています。
民間人や民間施設を意図的に標的とした攻撃は戦争犯罪であり、私た
ちはそのような攻撃を断じて許すことはできません。
私たちはNGOとして、ヒズボラによるイスラエル市民へのロケット弾攻
撃も非難し、ヒズボラが拘束しているイスラエル兵の即時釈放を訴え
ます。ヒズボラによるイスラエル北部の町や村へのロケット弾攻撃によ
って、7月12日から28日までの時点で4人の子どもを含む19人の民間人
が殺され、数百人が負傷しています。私たちは、イスラエル市民の犠牲
者に対しても、深い哀悼の意を表します。
しかし、こうしたヒズボラの行為に対する対抗措置として多くのレバノ
ン市民を巻き込む武力行使は「集団的懲罰」であり、国際法に違反した
行為であることを、私たちは繰り返し強調します。
国際社会は今、イスラエル政府、そしてヒズボラに対しても、理性ある、
国際人権と人道法に基づいた行動を求めています。私たちは、民間人と
民間施設を狙ったいかなる攻撃もこれ以上行わないよう強く訴えるとと
もに、即時停戦するよう要請します。
最後に私たちは、6月28日以来続くイスラエル軍によるガザ地区侵攻に
よって、約30人の子どもたちを含む150人以上のパレスチナ人が殺され
ていることにも深い憂慮の念を表明し、民間人および民間施設を意図的
に狙った攻撃を即時停止するよう求めます。
2006年8月1日
Stop the Wall! 実行委員会
(特活)アーユス仏教国際協力ネットワーク、(社)アムネスティ・イ
ンターナショナル日本、(特活)シェア=国際保健協力市民の会、
CHANCE!pono2、(特活)日本国際ボランティアセンター(JVC)、
(財)日本クリスチャンアカデミー関東活動センター、日本キリスト教
協議会(NCC)、日本パレスチナ医療協会、(財)日本YMCA同盟、
日本YWCA、(特活)パレスチナ子どものキャンペーン、パレスチナの
子供の里親運動、グループ・サフ-リア、ピースボート
2006/8/1 14:47
ベイルートから7月28日 分類なし
ベイルートから7月28日 侵攻が始まって16日目
もはや被災者の苦悩は、よくありふれた日常の話となってしまいました。
レバノンの南から北まで破壊を免れた道路に沿った木の下で、子ども、女性、高齢者、そして病人が眠っているのを見ても驚かなくなってしまいました。もう少し幸運な人たちは学校の教室にひしめきあっています。
どの家族も悲劇的な話をかかえ、ほとんどの子どもたちはその記憶から一生消すことができない酷い光景を見ています。
いたるところで、攻撃によって取り残された家族、または逃げる途中で行方不明になったり死傷した家族を探している取り乱した人々に遭遇します。解決の糸口とはならないかもしれませんが、人々の苦悩に少しスポットをあててみます。
ティールでは信じられないことが起こっています。病院へ運ばれ、住所も名前もわかっていた100体もの死体が、冷蔵室に入れられていました。しかし家族が引き取りにくることができず、病院では冷蔵室が緊急に必要となっており、やむなくこれらの人々を病院の中庭に埋葬しました。
ユースフ・ザイエンが弟家族の行方を捜しに病院に来たのはその後でした。そして、一家全員、父母と4人の子どもを含む家族全員が殺されて、その場所に埋葬されていると知らされました。
「10日の間、私たちは死を目の前に見て生きてきました」と、ファティマは言いました。
彼女は夫と、3才から17才の子どもたち6人を連れてカナ村から逃がれ、国連レバノン暫定隊の宿舎に避難してきました。カナ村は、1996年にイスラエルの空襲によって200人以上が虐殺された村です(訳注 同村は、7月30日にも爆撃にあい57人が犠牲になっている)。
「家を出たくはなかったの。でも爆撃は10日間絶え間なく続き、近所の家もたくさん破壊されたわ。子どもたち全員を家の一角に集めて、どんなものであろうと少しでも残っていた食べものを与えたの。私の心は炎のように燃えていて、家の中を歩き回り、どの子を最初に亡くすのかしら、どの子を目の前で引き裂かれるのかしらと心配しながら、一人一人を胸で抱いたわ。神様お願いです、私は手や足を裂かれた自分の子どもを見るには耐えません。
結局脱出することに決めて、私たちを車に乗せてくれるという牛乳配達人に会ったの。それは誰も想像さえできない最も恐ろしい旅だったわ。途中、まだ中に人がいる車が燃えていたり、逃げようとしている車や走っている人々の中にたくさんのロケットが雨のように降ってきたりしていた。ここまで生きて来られたとしたら、それは本当にただ運がよかっただけ。あの光景は、いまだに信じられません。
いちばん恐ろしかったのは、バイクに乗っていた年配の男性が爆弾に撃たれ、足が吹き飛び、彼はまるで屠殺された鶏のように地面で震えていたことだったわ。彼は助けを請うていたけれど、あえて彼に助けを差し伸べる車はなかった・・・。赤十字の車さえもが、ひどい爆撃のために停まることができなかったの・・・。」
ファティマはまだショック状態にある小さい娘を抱きしめた。
「今はベイルートにいて安全だけど、神様にお願いしたいのは、ただただ子ども達を守って欲しいということ。神様、私の持っているものはどんな小さなものまでも取り上げていただいても構いませんから、どうか子どもたちだけは安全にいさせてください。」
イスラエル軍が何をしようとしているのか、疑問に思わない人はいません!!!
もし本当に平和を望んでいるというのならば、その求めている平和とはどんなものなのでしょうか???
すさまじい痛み、怒りと憎しみに囲まれている状態で、焼けただれた土地での真ん中で、あなたたちだけが生活と安全を保証されると考えることがどうしてできますか???
それは、どんな理屈なのでしょうか???
もはや被災者の苦悩は、よくありふれた日常の話となってしまいました。
レバノンの南から北まで破壊を免れた道路に沿った木の下で、子ども、女性、高齢者、そして病人が眠っているのを見ても驚かなくなってしまいました。もう少し幸運な人たちは学校の教室にひしめきあっています。
どの家族も悲劇的な話をかかえ、ほとんどの子どもたちはその記憶から一生消すことができない酷い光景を見ています。
いたるところで、攻撃によって取り残された家族、または逃げる途中で行方不明になったり死傷した家族を探している取り乱した人々に遭遇します。解決の糸口とはならないかもしれませんが、人々の苦悩に少しスポットをあててみます。
ティールでは信じられないことが起こっています。病院へ運ばれ、住所も名前もわかっていた100体もの死体が、冷蔵室に入れられていました。しかし家族が引き取りにくることができず、病院では冷蔵室が緊急に必要となっており、やむなくこれらの人々を病院の中庭に埋葬しました。
ユースフ・ザイエンが弟家族の行方を捜しに病院に来たのはその後でした。そして、一家全員、父母と4人の子どもを含む家族全員が殺されて、その場所に埋葬されていると知らされました。
「10日の間、私たちは死を目の前に見て生きてきました」と、ファティマは言いました。
彼女は夫と、3才から17才の子どもたち6人を連れてカナ村から逃がれ、国連レバノン暫定隊の宿舎に避難してきました。カナ村は、1996年にイスラエルの空襲によって200人以上が虐殺された村です(訳注 同村は、7月30日にも爆撃にあい57人が犠牲になっている)。
「家を出たくはなかったの。でも爆撃は10日間絶え間なく続き、近所の家もたくさん破壊されたわ。子どもたち全員を家の一角に集めて、どんなものであろうと少しでも残っていた食べものを与えたの。私の心は炎のように燃えていて、家の中を歩き回り、どの子を最初に亡くすのかしら、どの子を目の前で引き裂かれるのかしらと心配しながら、一人一人を胸で抱いたわ。神様お願いです、私は手や足を裂かれた自分の子どもを見るには耐えません。
結局脱出することに決めて、私たちを車に乗せてくれるという牛乳配達人に会ったの。それは誰も想像さえできない最も恐ろしい旅だったわ。途中、まだ中に人がいる車が燃えていたり、逃げようとしている車や走っている人々の中にたくさんのロケットが雨のように降ってきたりしていた。ここまで生きて来られたとしたら、それは本当にただ運がよかっただけ。あの光景は、いまだに信じられません。
いちばん恐ろしかったのは、バイクに乗っていた年配の男性が爆弾に撃たれ、足が吹き飛び、彼はまるで屠殺された鶏のように地面で震えていたことだったわ。彼は助けを請うていたけれど、あえて彼に助けを差し伸べる車はなかった・・・。赤十字の車さえもが、ひどい爆撃のために停まることができなかったの・・・。」
ファティマはまだショック状態にある小さい娘を抱きしめた。
「今はベイルートにいて安全だけど、神様にお願いしたいのは、ただただ子ども達を守って欲しいということ。神様、私の持っているものはどんな小さなものまでも取り上げていただいても構いませんから、どうか子どもたちだけは安全にいさせてください。」
イスラエル軍が何をしようとしているのか、疑問に思わない人はいません!!!
もし本当に平和を望んでいるというのならば、その求めている平和とはどんなものなのでしょうか???
すさまじい痛み、怒りと憎しみに囲まれている状態で、焼けただれた土地での真ん中で、あなたたちだけが生活と安全を保証されると考えることがどうしてできますか???
それは、どんな理屈なのでしょうか???
