2006/10/18  22:43

いよいよ  分類なし

第60周年記念二紀展がいよいよ昨日からスタートとなった。
東京都美術館での開催を本年度で最後とし来年は六本木会場となる。

自分にとっての東京都美術館は、
大学学部生のころ公募展を見学したのが最初で、
その後、自分自身が展示するようになり、そして今、その変わり目に立っている。
およそ30年間、自分にとっては見学と発表の場として存在したわけだが、
様々なことがあったにせよ、あっという間に過ぎていった。
もちろん美術館そのものはなくなる訳ではないのだが、
関わり方については、やはり大きな変化となるだろう。

来年は新国立美術館。
移動する各公募団体においても、一つの節目としてそれを受け止め、
新たなる方向性を打ち立てることであろう。
ぜひ二紀会においても、美術に対する会としての姿勢を、
いっそう明確なものとして踏み出していくことを願っているし、
また、そういった変化の中で、一つの公募団体の運営に留まらず、
日本の美術界が少しでも新鮮な価値を見出せる方向に進むことを
私は強く願っている。

2006/10/12  18:18

恩返しの伝達  分類なし

昨日、急に母親に電話をかけたくなって、以前から言いそびれていたことを言った。
「丈夫な体に生んでくれてありがとう」・・やっと言えた。
先日、母親がお墓を買いたいと言い始めたことが僕の心の深いところで寂しさのスイッチを入れていたようだ。
「元気?」・・「今日、はがきが届いていたわ」(会話が噛み合ない時も多い)
「誰から?」・「Aさん」、「ああ、内容を読んでくれる」・「  」
Aは私が顧問となってJARTという現代美術系のサークルをリードしていたときの学生で、今は教員として頑張っているらしい。
随分久しぶりで、少なくとも5年は何の音沙汰もなかったのだが、
内容はホッとさせられるものであった。
最近美術部の顧問となったおり、部員に自分がサークルで頑張っていたときの展覧会の様子や作品写真を見せたところ、刺激を与えることができたというもので、その勢いは学校外で部員たちによる作品展を開催するところまでに達したということの報告と、学校から派遣されたカラーコーディネートの研修会に出かけたところ、講師の方から声をかけられ驚いたが、実はその講師が当時同じサークル(JART)で作品発表していたメンバーであったということでさらに驚いたということの報告でした。結局、自分が当時の僕と同じくらいの年齢に近づくことで、当時の僕が言っていたことや活動の意味が理解できるようになってきたことや、ともに展覧会をしなくなった現在も、その時の活動の熱がメンバーの個人個人のなかに、生きた形で今も継続していることを実感できた喜びを伝えてくれたのである。・・僕もまたエネルギーをもらったような気がした。
昨日は他にも電話をしていた。
私が出品した展覧会のことである先生に聞きたいことがあったからである。
聞くと「私はあなたを応援している。」ということだった。
「新しい表現についても理解しようとしないでどうするのか」と、どうも他の審査員に言ってくれたらしい。
年配の方に随分無理させてしまったなと正直思ったが、先生が言うには、想像していなかった他の審査員から意見の援護もあり、気持ちよかったとのことであった。ありがたいことである。ただ僕にとって、さらに印象的であったのはその後の話なのである。
「私があなたを応援するのはね、実は私もこの支部に移り住んできた者なのだよ。当時は逆風の審査を日頃から受けていたが、そんなか一人の審査員だけが親切に支えてくれたことがあってね、その恩返しをしたいので私はあなたを応援するのだ」という。つまり、すでに恩返しができなくなってしまった人に対する感謝の思いを、その人が自分にしてくれたことの意味を踏まえて、次の世代に伝達する作業をしているのである。
僕も日頃、若者に対して「この人に今、伝えなくてはならないことは何か」と考えることの源泉はそこにある。
老いた母にもその話をすると、更に話を重ねた。「あなたのおばあちゃんが年をとっていく中で、私に話してくれたことのひとつひとつが少しずつわかってきたわ」というのだ。彼女が幼かった頃の話を一つしてくれた。
「あのなミヨ子、人に親切にしてもらって、その親切をその人に返そうと思った時、それができなくてもいいんだよ(できなくなってしまっても気にし過ぎることのないようにな)」
「そのときは、その感謝も込めて他の人に親切にしてあげれば、きっと巡り巡ってその人にも伝わるのだから」
祖母マスエは第2次大戦下、夫と長男を失い、女手一つで3人の子どもを育てた人である。巡り巡った親切が、生きているうちにその人に伝わらないこともあるだろうが、彼女が言っているのはもっと深いことなのだろう。その人が亡くなっていても、その肉親に伝わることがあればそれもいいでしょうし、またそのような親切な気持ちの循環そのものに、すべての価値があるといっているようにも聞こえてくる。
祖母マスエが、息を引き取るときに私の母親に言った言葉は「ミヨ子、また会おうな」だと言う。


2006/10/11  16:26

やっと一段落か・  分類なし

作品の搬入・搬出・飾り付けが嵐のように過ぎ去り、ようやくのんびりかと思ったら、
溜めていた仕事がすぐそこまで近づいていたとは・・・。
まあ、それが終われば少しは仕事を楽しみながら時間を過ごせるのだろうけど。
結局、仕事なんですけど。

さて、そんな仕事ですが、仕事のストレスは適わないけど、
それは「生きる」という大プロジェクトの上で、しっかり社会に所属していることの結果なのであれば、
当然起こる摩擦熱として、しっかり受け止めてみるのもよいだろう。
集団生活をしながら膨大なる時間をかけて進化してきたヒトという種族であるならば、
おそらく、そのようなマイナスの作用にも耐えられるように
脳も体も構築されていると考えても間違いはない。
(濃硫酸の海に着水したヤマトのように自分を信じてみてもよいだろう・笑)

個展に関して、会場に来て頂けたすべての方へ
先日は、加藤修のインスタレーション展を鑑賞いただきありがとうございました。
会場である地下1階に日々通いながら、銀座の土の深さ3メーターの暖かさや圧、
心地よい距離を保ちながら互いを支え合っている人間関係の暖かさや存在感を感じることができました。
こんな感覚は久しぶりというか初めてかもしれません。
貴重な体験ができたこと感謝しています。
そしてこれからもよろしくお願いします。
来年は7月に巷房3階と今回の地下1階で同時期に展覧会を予定しています。
それぞれの場の関係性の、意味の持たせ方についても十分考え、
魅力的な空間づくりを進めていくつもりです。





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