2008/5/14 21:22
2日目@ 自己満足?の旅
前日よりも少し強い雨が降っています。
当初は午前中に軍艦島クルーズで、
午後から、平和公園や浦上天主堂方面の予定でした。
軍艦島クルーズが13時30分スタートに変更となったので、
午前と午後の予定を入れ替えて、
まずは電車で原爆資料館に向かいました。

旅行の報告からちょっと外れるかな・・・
原爆資料館は、見ておかなければならない場所。
両親が生まれて間もない頃、日本で戦争があったこと、
亡くなったおばあちゃんが何度も話していた空襲の被害を、
ずっとずっと越えた原爆について、
少しでも感じたいと思っていました。
確かに展示品は、甚大な被害を感じさせ、
目を背けたくなる物もありました。
坂と異国情緒に溢れた工業も盛んだった街が、
一瞬にして悪夢のような光景になったであろうこと、
想像することしかできませんが、
今までより以上に感じ、考えることが出来たように思います。
声高に反戦を訴えたり、過激な活動をする方々に、
ある種の嫌悪感を持っている理由は、
正論であれば、どんな形でも表現する権利があるような、
一部の極端な方が表面に出るからかも知れません。
“反戦”の戦いに勝利するためなら手段を選ばないなら、
“戦争”しているのと大差ないよなぁって。
けれど、戦争や原爆の被害の実態を伝えるには、
声を上げ続けるしかないのか・・・とも思いました。
静かに平和的に戦争や核の廃絶を訴えるのは、
本当に忍耐力・持久力が必要なのだとも・・・。
原爆資料館にも、グラバー園と同様に、
大勢の修学旅行生がいて、
驚いたのは、外国人の方がとても多かったことです。
日本語・英語・中国語・韓国語の4種類の
パンフレットが用意されていました。
『原爆はしょうがない』発言で更迭になった元大臣に、
あなたも、被爆してみたらどうですか?と、
そんなコトを改めて思った時間でした。
“明日”が普通に訪れる“平和”に感謝。
次に平和公園を歩いて、浦上天主堂へ向かいました。
驚いたのは、浦上天主堂は、入館料が無いこと。
一応、献金は100円だけさせてもらいましたが。
被災後に再建された建物ですが、
屋外の石造は、壊れたままのものがあったり、
原爆の爪あとが感じられました。
雨の中、傘を差して歩いた浦上方面は、
戦争と平和について、静かに考える時間でした。
当初は午前中に軍艦島クルーズで、
午後から、平和公園や浦上天主堂方面の予定でした。
軍艦島クルーズが13時30分スタートに変更となったので、
午前と午後の予定を入れ替えて、
まずは電車で原爆資料館に向かいました。
旅行の報告からちょっと外れるかな・・・
原爆資料館は、見ておかなければならない場所。
両親が生まれて間もない頃、日本で戦争があったこと、
亡くなったおばあちゃんが何度も話していた空襲の被害を、
ずっとずっと越えた原爆について、
少しでも感じたいと思っていました。
確かに展示品は、甚大な被害を感じさせ、
目を背けたくなる物もありました。
坂と異国情緒に溢れた工業も盛んだった街が、
一瞬にして悪夢のような光景になったであろうこと、
想像することしかできませんが、
今までより以上に感じ、考えることが出来たように思います。
声高に反戦を訴えたり、過激な活動をする方々に、
ある種の嫌悪感を持っている理由は、
正論であれば、どんな形でも表現する権利があるような、
一部の極端な方が表面に出るからかも知れません。
“反戦”の戦いに勝利するためなら手段を選ばないなら、
“戦争”しているのと大差ないよなぁって。
けれど、戦争や原爆の被害の実態を伝えるには、
声を上げ続けるしかないのか・・・とも思いました。
静かに平和的に戦争や核の廃絶を訴えるのは、
本当に忍耐力・持久力が必要なのだとも・・・。
原爆資料館にも、グラバー園と同様に、
大勢の修学旅行生がいて、
驚いたのは、外国人の方がとても多かったことです。
日本語・英語・中国語・韓国語の4種類の
パンフレットが用意されていました。
『原爆はしょうがない』発言で更迭になった元大臣に、
あなたも、被爆してみたらどうですか?と、
そんなコトを改めて思った時間でした。
“明日”が普通に訪れる“平和”に感謝。
次に平和公園を歩いて、浦上天主堂へ向かいました。
驚いたのは、浦上天主堂は、入館料が無いこと。
一応、献金は100円だけさせてもらいましたが。
被災後に再建された建物ですが、
屋外の石造は、壊れたままのものがあったり、
原爆の爪あとが感じられました。
雨の中、傘を差して歩いた浦上方面は、
戦争と平和について、静かに考える時間でした。
2008/5/15 20:44
投稿者:ぽち
2008/5/15 20:31
投稿者:ぽち
まゆさんへ
そうですよね、相手の立場に立って考えると言っても、
経験していないことは、想像しかできなくて、
本当の意味で、痛みを理解するのは、難しいことですね。
私は小さな頃から、亡くなったハルおばあちゃんから、
空襲で逃げ回った話を何度も何度も聞かされていたので、
最近の若い世代のヒトよりは、戦争の恐怖を、
自分の身近なヒトが体験した恐怖として、
感じられているのかもしれません。
中国の地震・ミャンマーのサイクロン被害、
何れもやはり、遠くで起こったことで、
身近に感じるのは、難しいことかも知れません。
例えば、行ったことがある場所だったり、
知っているヒトの故郷だったりすると、
もうちょっと感じ方が違うのかなぁと思ったりしますよ。
そうですよね、相手の立場に立って考えると言っても、
経験していないことは、想像しかできなくて、
本当の意味で、痛みを理解するのは、難しいことですね。
私は小さな頃から、亡くなったハルおばあちゃんから、
空襲で逃げ回った話を何度も何度も聞かされていたので、
最近の若い世代のヒトよりは、戦争の恐怖を、
自分の身近なヒトが体験した恐怖として、
感じられているのかもしれません。
中国の地震・ミャンマーのサイクロン被害、
何れもやはり、遠くで起こったことで、
身近に感じるのは、難しいことかも知れません。
例えば、行ったことがある場所だったり、
知っているヒトの故郷だったりすると、
もうちょっと感じ方が違うのかなぁと思ったりしますよ。
2008/5/15 18:39
投稿者:知
“明日”が普通に訪れる“平和”に感謝。
いい言葉です。
知が長崎原爆資料館に行ったのは小学生。
広島へ行ったのは大学生でした。
焼け焦げた飯ごう。戦争に行って戻ってこなかった人の遺品。
とても切なく、悲しく思えたのを思い出します。
戦争の傷跡をいつまでも騒ぐ人がいますよね
(中国や韓国)
でも本当に傷付き、家族を失った人達の叫びはとても深いものですよね。
だからと言って争うのではなく、
これからの時代の人に戦争はどれだけ愚かで悲しいものかを伝えていかなければなりませんね。
愚かなホテルの従業員共よ!先人に学ぶのだ!接客のなんたるかを!!(笑)
↓ほんと散々だったみたいですね。
いい言葉です。
知が長崎原爆資料館に行ったのは小学生。
広島へ行ったのは大学生でした。
焼け焦げた飯ごう。戦争に行って戻ってこなかった人の遺品。
とても切なく、悲しく思えたのを思い出します。
戦争の傷跡をいつまでも騒ぐ人がいますよね
(中国や韓国)
でも本当に傷付き、家族を失った人達の叫びはとても深いものですよね。
だからと言って争うのではなく、
これからの時代の人に戦争はどれだけ愚かで悲しいものかを伝えていかなければなりませんね。
愚かなホテルの従業員共よ!先人に学ぶのだ!接客のなんたるかを!!(笑)
↓ほんと散々だったみたいですね。
2008/5/15 10:47
投稿者:まゆ
「人って自分に降りかからないと物事を考えられないだろう」
そんなセリフを小説で読みましたが、
まさしくその通りなんですよね。
どんなに可哀相だと思っても、どこか他人事なんです。
同じ経験をしないと、同じ痛みは分からない。
私も正直そう思うのですが、「分かろうとする」努力は必要ですよね。
今回の中国の地震を見てても、
やはりどこか「違う世界の事」に感じて、
自己嫌悪に陥ったりします。
(話がそれちゃいました。すみません)
そんなセリフを小説で読みましたが、
まさしくその通りなんですよね。
どんなに可哀相だと思っても、どこか他人事なんです。
同じ経験をしないと、同じ痛みは分からない。
私も正直そう思うのですが、「分かろうとする」努力は必要ですよね。
今回の中国の地震を見てても、
やはりどこか「違う世界の事」に感じて、
自己嫌悪に陥ったりします。
(話がそれちゃいました。すみません)




病気になって改めて、健康の有り難さに気付くように、
平和であることが半ば当たり前のような今こそ、
明日があることに感謝しなくちゃ!って。
内戦が絶えない地域などに住む方々にとっては、
明日があるかどうか分からないと感じられているようだし、
日本もかつては、そういう時代があったのですよね。
知さんは九州だから、絶対に行っていると思いましたが、
広島へは大学生の時だったんですね。
実は、今回、長崎の原爆資料館を見て、
広島へも行ってみようと思っているんです。
もちろん、普通に?マニアックに?観光もします!(笑)
随分前ですが、横浜駅前のSホテルに泊まった時、
多分、アルバイトと思われる朝食担当のスタッフが、
とても良い動き・目配りをしていたのが好印象で、
“これが一流のサービス”って感じたものでした。
そういえば、よく行ってたラーメン屋さんにも、
そういう好印象のお姉さんがいたなぁ・・・。