2008/3/11  23:43

経由先のソウルへの機中にて  

1999年5月10日(月)

いよいよ出発。
エアー代を節約するため大韓航空に乗り込み一路ソウルへ。

機内の乗客は見た目では見分けがつかないが、ほとんどが韓国人か日本人。
不思議と落ち着く。
まだこの時点では海外へ一人で旅立つ実感はゼロ。

隣の席にはロサンゼルス在住の日本人のおばさん。
着陸するまでの間ロサンゼルスの話で盛り上がった。

おばさんのおかげでアメリカへの憧れと期待がどんどんふくらむ・・・ 


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2008/2/6  0:00

プロローグ  

1999年 ごくごく平均的な日本の大学生をしていたボクはある決断をした。
それは大学を1年休学し、アメリカに行くというものだった。
当時大学3年で4年にあがる直前のことだった。

それが就職活動という俗世間の常識からの逃げなのかは今でもわからないが、少なくとも父親の影響があったことは否めない。
というのも父親から見せられた一枚の写真に端を発している。
その写真にはある一般的と思えるアメリカ人の一家と父親と父親の弟(ボクの叔父にあたる)がいた。
その一家というのは父親の弟の留学中のホストファミリーだという。
ボクの父親は留学生というわけでもなく、自分の弟が滞在する家庭にずうずうしくもお世話になっていたらしい。

それ以来、その家族からはクリスマスやボクを含む家族の誕生日ごとにカードを送ってくれてるようになった。
約20年欠かさず届くカードに子供心に不思議に感じていたのを今でも覚えている。
『なんで会ったこともないボクにまでこの人らカード送ってくんねやろ・・・』

その反面年を重ねるとともに『その家族にいつかは会ってみたい。』という思いが強くなっていったのも事実だ。
そしてある日父親から「アメリカ行ってこいよ。」
ボクはその言葉をずっと待っていたのかもしれなかった。
それまでにもそういうたぐいのことは言われていたが、なかなか踏み切れずにいた。
しかしこの時はついにその時がきたと思った。

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