2008/3/21  22:53

ドイツ一周(5) - ベルリン(つづき)  紹介

壁博物館を見た後は、テクテクと戦勝記念塔を通ってからカイザー・ヴィルヘルム教会へ。

クリックすると元のサイズで表示します
戦勝記念塔は、大きな公園(緑地)の中心に立っている。塔へ向かう真っ直ぐな道。今回の旅行、特にベルリンでは何時間も歩き回ったので、帰ったら体重が減っていた。

クリックすると元のサイズで表示します
そびえたつ塔。この塔は19世紀に(先に立ち寄った)連邦議事堂の近くに建てられた後、ナチ政権時代にこの緑地の中心へ移されてきた。でも、こんな大きなもの、どうやって運んだんだろう。

クリックすると元のサイズで表示します
一番上に立つ勝利の女神、ヴィクトリア。

クリックすると元のサイズで表示します
カイザー・ヴィルヘルム教会。1943年に空襲で破壊された後、当時を風化させないため、そのまま残されたもの。隣に建っているのはステンドグラスに覆われた新しい教会。新しい教会は、これだけで建ってたら単に風変わりな教会、で終わりだけど、ここでは古い教会を引き立たせつつ凡庸にならず、とても考えられたデザインだと思う。

クリックすると元のサイズで表示します
おまけ。ベルリン郊外、宿泊した街の駅の横にあった建物。何に使われていたんだろうか。後で調べてみたら、この辺は旧東ドイツに属していたので、これは旧東ドイツ時代のホールかなんかで、今はもう取り壊しを待っているだけなのかもしれない。

ベルリンが東西に分かれていたのはもうかれこれ20年近くも前だから、市街にいる限り、どちらが東でどちらが西だったか、というのは簡単にはもう区別が付かなくなっていた。

ただ、やっぱり東西が完全に融合している訳でなないらしく、まだまだ旧東側は旧西側に比べ、経済発展が進んでいない、という面はあるらしい。

例えば、ネオナチの活動が盛んなのは主に旧東ドイツ圏。でもそれは思想の違いではなく、基本的に失業率との関連。仕事がなく、ストレスも溜まった若者がネオナチに走る、というのが典型的なパターン。

実際、ナチスも第一次世界大戦後の壊滅的な経済の中から出てきた訳だから、思想や政策と経済は、やっぱり切っても切れないんだなぁ、と思う。



コメントを書く


名前
メールアドレス
URL
コメント本文(1000文字まで)


RSS1.0