| 討論・ディベート |
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「その後」です。 ************************************* エンジンのかけ方もわかんない・ぽ。 とりあえず、新しい玩具なのかな? なら、遊んでみるっきゃないしょー。 説明書読む前に、いじってみたいタイプなんだもーん。
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| (※以下、他所からの全文引用です) なにしにきたん?(返信不要) >1101 >1102 チンパンジーの啼き交わし場所に 何度も来ることはないと思われます きっち に似てきたことが恐怖でもあり滑稽にも思います ひとのことをチンパンジー呼ばわりすることは じぶんにとって正当だとでも・・?(返信不要) なにしにきたのか理解不能 拒絶は簡単 しかし 喧嘩はもっと簡単 和解はさらに簡単 そのどちらものぞまないほど 気持ちは冷めております そこまで理解しています?(返信不要) していたら はずかしくてこれなかったでしょう 対話する気さえ とうのむかしに失せておりますが 最後になるとおもうので 一言だけ申しておきます >私の目には らりさんやれおちゃんがしてることは >卑怯なんじゃないかな? と 思えました 私がなにをしました?(返信不要) うつぼねさんのことなんか書きましたかね?(返信不要) みそもくそもいっしょくたに 想像・妄想したあげくの卑怯呼ばわりは大変不快です なんか勘違いしてません?(返信不要) じぶんかってに いちゃもんだけつけて 他所ではチンパンジーの群れともとれる揶揄をしておいて いまさら お礼をいわれてもねぇ〜 チンパンジーにいちゃもんつけたり お礼をいうことにたいしてなんのうしろめたさも はずかしさももちあわせてません?(返信不要) じぶんはいいけど ひとはだめ うつぼねさんのその自分都合なマイルールを 私は認めることはできません 興味がないので お礼の言葉はいりませんし 近況もけっこうですよ 有終の美は飾らなくても気にしない主義なので これにて〜 すべてにおいて 返信をのぞんでおりませんので どうぞよろしくおねがいします
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| >どう考えても、ナチス(=絶対悪の概念)と同質だと印象操作したいがために出してる文章です。敗戦したからと言って、戦前の全て(例えば君が代・日の丸等)をネガティブに捉える必要は無いんだよという意味を、上記引用部のように表現するとどーしょうも無く禍々しいイメージにすることが出来ます ファンであるSouさんがわざわざ言うのだから、最近の田中芳樹にはそういう傾向があるのだと了解します。 >……全く同じなわきゃありませんし、時流、大勢、同調に流されやすい国民性だったとしても、そりゃどの国でも多かれ少なかれありうる性質。日本だけ特別に「絶対神」とゆー存在にまでなっている訳ではありませぬ。 全く同じ・・・ではないですね。 訂正します。 が、日本人は他国の人に比べてそういう国民性を持っています。 >大体、もしそーなら、靖国問題やイラクへの自衛隊派遣問題等で世論調査が真っ二つに別れるなんて現象が起きたりもしませんて 現在はそうですが、一度「和」が形成されるとその方向へ突き進む傾向があります。 少し前、左一辺倒だった時代、ちょっと右寄りな意見を言うだけで「右翼」「軍国主義者」扱いです。 全く同じとまでは言いませんがこれは戦前の「非国民扱い」と同種の意識ですね。 流行に乗り遅れない、他の人と同じという事で安心出来る民族、それが論理的に正しいかどうかより、大勢である事の方に比重をおく民族であると思います。 >俺は田中芳樹氏の大ファンですよ(笑 私は銀英伝だけのファンですから、しゃしゃり出て失礼しました。(笑) Souさんのファンであるが故の苦言というか、愛情も感じられます。 私の一押しアレクサンドル・ビュコック提督の名言は・・・ 「専制国家の崩壊は専制君主の責任だが、民主主義国家の崩壊は全ての国民の責任」・・・というニュアンスの言葉(笑) 手元に資料が無いので勘弁m(_ _)m
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| と、誤解の無いように宣言しておきますが…。 俺は田中芳樹氏の大ファンですよ(笑 銀河英雄伝説は当然、外伝を含め全巻持っていますし。 他の作品も殆どを読了しています。 銀河英雄伝説の「腐敗した民主制」と「清廉な専制」どちらがより良い政治体制なのか?それを決断するヤンの行動や理念に感銘を受けました。 民主主義を守るため戦い抜き、敗れた老将の最後の言葉。 「皇帝ラインハルト陛下、わしはあなたの才能と器量を高く評価しているつもりだ。 孫を持つなら、あなたのような人物を持ちたいものだ。 だが、あなたの臣下にはなれん。 ヤン・ウェンリーも、あなたの友人にはなれるが、やはり臣下にはなれん。 他人事だが保証してもよいくらいさ。 なぜなら、偉そうに言わせてもらえば、民主主義とは対等の友人を作る思想であって、主従をつくる思想ではないからだ。 わしはよい友人がほしいし、だれかにとってよい友人でありたいと思う。 だが、よい主君もよい臣下も持ちたいとは思わない。 だからこそ、あなたとわしは同じ旗をあおぐことはできなかったのだ」 これには涙し、深く同意したものです。 この作品で、イデオロギーを相対的に考える事や、一方的な視点で歴史を断ずることの危険を学んだものですが……。その田中芳樹先生が、後にあーいう文章を書くようになるとは……orz まあ、「お話」自体は面白いんですけどね>創竜伝等
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| >あかひでさん >ナチスに関しては=絶対悪との概念が当時の社会では一般的であり、致し方なしかとも思います。 そーいう意味ではないのです。 例えば、国民性・民族性について話をする時に『国民性とか民族性とかいう、ナチス・ドイツが大好きだったものが』なんて、脈絡もなしに絶対悪という概念になっている存在を持ち出してくる必要はありませんね。 日の丸君が代の話や教科書問題に絡めて、最後に『「ただ一度戦争に負けたからといって、民族の誇りを失うな。われわれは世界一優秀な民族だ。その自覚をもって祖国に献身せよ」これはアドルフ・ヒットラーという男がもっとも好んだ台詞だった』なんて言葉を付け加える必要も無いということです。 どう考えても、ナチス(=絶対悪の概念)と同質だと印象操作したいがために出してる文章です。敗戦したからと言って、戦前の全て(例えば君が代・日の丸等)をネガティブに捉える必要は無いんだよという意味を、上記引用部のように表現するとどーしょうも無く禍々しいイメージにすることが出来ます。 >時流、大勢、同調こそが、この国の絶対神なのだ >これは全くその通りだと思います。 んな訳はありません。単なるディフォメとしての言葉ならば良いのですが、 その言葉の前に『「流行」などに何の必然性もありはしないのに、それと無縁の人々を「遅れてるう」と嘲笑する精神は、「自粛しないなんて非常識な」「戦争に反対するなんて非国民!」と言いたてる精神と、全く同じである』と断言してますからね。 ……全く同じなわきゃありませんし、時流、大勢、同調に流されやすい国民性だったとしても、そりゃどの国でも多かれ少なかれありうる性質。日本だけ特別に「絶対神」とゆー存在にまでなっている訳ではありませぬ。大体、もしそーなら、靖国問題やイラクへの自衛隊派遣問題等で世論調査が真っ二つに別れるなんて現象が起きたりもしませんて。 これを続けて読むと、日本人は時流に流された挙句「戦争に反対するなんて非国民!」と言い立てる精神をもった人間ばかりだと印象づける事ができます。 >どのような立場の人物がどのような状況で言った台詞か判りませんのでなんとも言えませんが・・・ 主人公の一人、竜堂終君のセリフですよ(苦笑 個性的で活発な少年という設定なのに、日教組に洗脳された中学生ような事を言ってるのがなんというか…。
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| >これを少年少女向けフィクション小説に書いてます(汗 現実の時事問題や社会とリンクさせたり、ナチスを出して印象操作してるところが悪質ですね。 創竜伝はアニメで一度観ただけで、こういった台詞は無かったように記憶していますが・・・やはり原作を読まないと駄目ですね。(笑) ナチスに関しては=絶対悪との概念が当時の社会では一般的であり、致し方なしかとも思います。 君が代、日の丸問題も当時は左優性の御時世でしたから・・・と甘めに評価(笑) 他の子供向けの作品とかでもナチスは悪の組織のモデルとして大活躍ですね。(笑) ただ、日本のフィクションの場合悪の組織の正義と言うものも一緒に描いている場合が多く、この点はとても評価出来ると思います。 ガミラス帝国、ジオン公国、銀河帝国・・・田中芳樹ですから銀河帝国を例にしますと、一方の主人公を専制国家の名君とし民主主義国家の代表である私が先に挙げた最悪な為政者ヨブ・トリューニヒトと比べたりしています。 この作品では非常に良質なメッセージを受けていたので、最近の田中芳樹が君が代、日の丸ごときで・・・ 「だからこそ文部省は、教科書から『日本が戦争をおこして悪かった』というような記述を消すよう強制してるんじゃないのかい」 などと認識しているのだとするのならちょっと寂しいですね。 どのような立場の人物がどのような状況で言った台詞か判りませんのでなんとも言えませんが・・・ 4巻って事は随分昔じゃないかと期待してるのですが・・・甘いかな? >時流、大勢、同調こそが、この国の絶対神なのだ これは全くその通りだと思います。
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| そうそう。 「フィクションの中で実在の人物を思わせるようなキャラを出してこき下ろしてる」部分も追加します。 最近では「クレオパトラの葬送」の中で書かれたホセ・モリタでしょうか。 物語のボス的悪役で、醜悪かつ無様な敵役を演じるのですが…。 その来歴の説明では、彼はラ・パルマ共和国という国の日系移民出身の大統領で、ラ・パルマで独裁を振るっていたもののクーデターにより追放され、日本国籍をもっていることを理由に日本に亡命している。そして、「もし自分をラ・パルマの新政府に引き渡したりしたら、法廷で洗いざらいしゃべってやる。日本国民の血税の産物である3億3千万ドルを山分けした200人の政治家、官僚、財界人、文化人のリストを全世界に公開してやるぞ。それがイヤなら、自分に手をだすな」と日本政府を脅し、再びラ・パルマの独裁者に返り咲くべく画策している。 らしーです(笑
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| >あかひでさん 銀英伝を書いた時期は、そういった気配はありませんでした。 「現代日本」が舞台ではないジャンルではマトモで面白い物語を書く人で、俺も銀英伝は名作だと思っています。 「病気」が出てきたのは創竜伝や薬師寺涼子の事件簿シリーズ等ですね。 見れば一目瞭然。キャラクターの独白を抜粋します。 <国民性とか民族性とかいう、ナチス・ドイツが大好きだったものが実在するかどうかはともかく、日本人が権威や命令に弱く、個性より秩序を重んじ、自粛や自主規制を好む、という印象は、外国人のジャーナリストなどによく指摘されるところである。とにかく、他人とちがったことをしてはいけない。他の店が休業しているときに、一軒だけ開店していたら、どのような批判や中傷が集中するかわからない。その自粛とやらに、全く法的根拠がないとしても、である。 若者が奇異な服装をしてみせるとしても、それはあらかじめ広告産業が売り出したファッションを追っているにすぎないのではないか。「流行」などに何の必然性もありはしないのに、それと無縁の人々を「遅れてるう」と嘲笑する精神は、「自粛しないなんて非常識な」「戦争に反対するなんて非国民!」と言いたてる精神と、全く同じである。時流、大勢、同調こそが、この国の絶対神なのだ。> <「あんたたちは、この前の戦争でアメリカと戦ったことを、悪かったなんて思ってないんだろ。いつか復讐してやるぞ、と決心してんだろ。だからこそ文部省は、教科書から『日本が戦争をおこして悪かった』というような記述を消すよう強制してるんじゃないのかい」 日本国の文部省の初等中等教育局といえば、右翼思想派の巣窟といってよい。特定企業から賄賂を受けとり、責任を妻や秘書に押しつけるような手合が、「日の丸と君が代を神聖なものとしてあつかえ。でないと処罰するぞ」と、学校を脅迫するのである。(中略)「ただ一度戦争に負けたからといって、民族の誇りを失うな。われわれは世界一優秀な民族だ。その自覚をもって祖国に献身せよ」これはアドルフ・ヒットラーという男がもっとも好んだ台詞だった。> *創竜伝4 四兄弟脱出行より どこの左翼のアジビラかと思う内容ですが……。 これを少年少女向けフィクション小説に書いてます(汗 現実の時事問題や社会とリンクさせたり、ナチスを出して印象操作してるところが悪質ですね。
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| >ま、田中芳樹はフィクションの中で実在の人物を思わせるようなキャラを出してこき下ろしてるだけで、言論弾圧を是とするような行動はとっていないので、本多勝一よりずっとマシですが 私は銀英伝しか読んでないんですが・・・ 例えばヨブ・トリューニヒトなどは誰がモデルなんでしょ?
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| ○差別用語 「見えない敵に拳を振り回し」で書いたような現象は、「差別」「差別用語」というレッテル貼りでもよく使われます。全く差別的な意味合いが無い言葉にすらそういったレッテルを貼ると、その言葉と、その言葉を使う人を貶める事ができますから。 例えば。このスレッドで該当したとレッテルを貼られたのは「中共」「支那」という言葉ですが、差別用語とされるような意味合いは語句に含まれていません。中共というのは自民という言葉と同じように党名の略称ですし。支那という言葉は台湾と同じように地域を指しています。これらが差別用語だとしたら、「自民」という略称も「台湾」という地域名も差別用語になってしまいます。 つまり、これらの言葉はそうレッテルを貼られるような論理的根拠等無く、勝手に差別用語という「敵を作り出す」やり方に利用されているだけなのです。 こういったやり方を支えるのは名作絵本「ちびくろさんぼ」を差別的だと廃刊に追い込んだメンタリティです。この物語は、理不尽なレッテルのせいで、差別とは無関係なほのぼのとした物語が、差別的なモノにされてしまった訳ですが……その騒動で生まれた「差別」は誰が作ったものかは明白ですよね。 ある言葉に差別的な意味合いが存在すると「決め付けた側」こそが、真に差別を作り出しているのです。(これは差別を批判する側にも、差別する側にもいえます) また、それとは別に。 差別的な意味合いを持つ蔑称や俗称、罵声であっても、それらを排除するようなやり方に自分は反対します。 そういった蔑称や俗称に本来的な意味を与えるのは「差別だ!」と怒り狂い、言葉を狩ろうとし、口を封じようとする人間なのですから(そういったネガティブな反応により「差別」がより有効である事を喧伝し意味を与えてしまっている)。大体、どんな呼ばれ方をしようと本来的な意味は変わりはしないのです。問題視する必要があるのは(理不尽だと指摘する必要があるのは…排除する必要ではない事に注意)、言葉そのものでは無く、言葉を口にした者の意図だと考えます。
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| まあ、「敵」を作り出すことで自分の正しさを喧伝するのは右も左もやっていることです。 しかし、ここで重要なのは論理的かつ具体的な根拠があるか無いかです。 例えば、現在、日本は北朝鮮を敵視する世論が高まっていますが、これには「拉致」「核実験」「ミサイル発射実験」「偽札印刷」「麻薬密売」等の問題視されうる具体的な根拠が論理的に提示されているのが理由です。この場合、感情に対して異常なまでの敵意を刷り込まれなければ、「」内で示した問題が解決するたびに敵視は(相対的に)和らいでゆきます。(論理的に問題点が提示されている時は、理性が判断しますから) 逆に、筋道の立った理由を示されず、何が何でも憎め。自分の方が正しいから敵を憎め(もちろん、そこには無茶苦茶な理由や、感情に訴える理屈を加えます。中共のように)。――と刷り込まれた者は、是々非々で判断が出来なくなります。本多勝一は、自分の読者にそれを行っていた訳です。
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| ○見えない敵に拳を振り回し 実は、本多勝一の抱える問題点は、うつぼねさんが話題に出した「原爆ゆるすまじ」にも見られるのです。 「悪」とする「レッテル」を論理的根拠無しに貼り付けて、そこから想起させる(またはそのレッテルを貼られた)対象を貶め、よくないものとして刷り込むやり方ですね。そして「悪」としたい対象にレッテルを貼ることにより、自分を「正義の側」としてアピールする。 例えば。 本多勝一氏は、最初、カンボジア大虐殺の端緒を伝えてきたシャンバーグ記者に対し徹底的に批判、プノンペンでの解放軍による虐殺をデマと言い切り、クメールルージュ(の行う農業経済)によって「合州国の退廃文化(帝国主義文化)でダラクさせられた都市の人々も、それによって健全なものに立ちなおるだろう」と断言していました。 ここではカンボジアの都市部の人々に「合衆国の退廃文化(帝国主義文化)に堕落させられた」という訳の解らない抽象的レッテルを貼る事によって、自分が擁護したいクメールルージュを「正義の側」に置いています。ここには論理的根拠・具体的根拠の欠片も無い印象操作しかありません。 これらは、滅茶苦茶な理由で「敵」を作り出し攻撃対象とすることにより、自身の正しさ(また自身が擁護する存在の正しさ)を主張している行いだと言えます。 そして、驚くべき事に。 彼は、カンボジアでの虐殺が真実だと知ると一転…。 『ひところ日本に「カンボジア虐殺はなかった」と根拠もなしに主張する学者やジャーナリストがいて、日本型“知識人”たちの退廃ぶりに驚嘆させられたものだが、パットナムはそこまで退廃してはいないので、大虐殺の事実についてはむろん疑問など全く抱いていない』と、自分がクメールルージュを擁護していた事や、根拠もなしに虐殺はデマだと言い切った事など無かったかのように「日本型“知識人”」に対して悪意的なレッテルを貼りなおします。(そして、レッテルを貼る行為によって日本型知識人を「誤」、自分を「正」の側に置いています)
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| >うつぼねさん >しかし、まさか、こんなところに来てくださるとは。 面白そうな話題があればどこでも顔をだしますよ。 時事問題に関してはいつでも「話題・内容」を重視します。 今回は筆が乗ってるので長くなりますよ(笑 さて。こちらが提示した本多勝一の言論弾圧発言・著書改竄に関して、具体的反論は全く出ていないようなので話題を先に進めますね。 本多勝一研究会の報告や言論弾圧を明示した声明文で解るように、本多勝一氏は何度も過去に書いた不見識な記事を、さもその時に時代を見通していたかのように改竄したり、自身の反対意見に対して法的な弾圧を行う事を是とした行動をとっています。 こういったやり方が明るみに出てからは、本多勝一氏は右からも左からも白眼視されるようになりました(勿論、未だシンパはいるようですが、昔の光いまいずこ、という処でしょうか)。個人的に、彼はもうジャーナリストの資格は無いと考えています。 ただし、登山家・ルポライターとしての彼の行動力は特筆に価しますし、政治問題の関わらない範囲でのルポはとても優れています。スケッチも芸術的価値を認められる程です。しかし、イデオロギーが関わってくるとこれ以上無く歪むのは変わらず……。この辺りは、田中芳樹と同じような病気ですね。彼もイデオロギーを作品に露出させなければ良い作家なのだけど(ま、田中芳樹はフィクションの中で実在の人物を思わせるようなキャラを出してこき下ろしてるだけで、言論弾圧を是とするような行動はとっていないので、本多勝一よりずっとマシですが)
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| どもです(゜゜)/ >@今回のやりとりを見る限りにおいては Sou さんの文章よりは 湯さんのご発言の方に当てはまるように見える・・・・・かもね。 A相手にしないなら 嫌味や当てこすり(のように見える)発言は マイナスにしかならないのじゃないかな。。 と、思います。 @「文章」を比べてのお話のようですが、「恨みはらさでおくべきか」という「判断基準」は、他の人には「(私を)相手にしないほうがいい」などとワザワザ助言していた彼が、ワザワザ書き込みに来たことにあります。何を勘違いしたのか、本多勝一攻撃をしたら私の心をえぐるとでも思い込んでいるようですが、100で書いた通り、彼の認識が頗る浅いということを示しただけになりましたが(「固有名詞」のこと)。 Aまあ、その通りでしょうね。で、私から、彼に嫌味や当てこすりを書き始めましたか? 私は嫌味や当てこすり文にはそれ相応の文を返しますが、誠実な文章には、それが反対意見であってもこちらから嫌味や当てこすりを書いたりはしません。高めあう議論(それが彼が自己陶酔的に書いている「私は君の意見には反対だ。しかし、君がその意見を主張する権利は命を懸けて守る」ということです。差別用語使用を認めるということと、彼は勘違いしているようですが)なら大歓迎。叩き落そうという策略ならそれにマトモに付き合うほど酔狂じゃありません。 これまでの経過から、彼が本多勝一攻撃を何のためにやったのかわかりきっているので、私はそれ相応の「反応」をしたまでです。全く無視でもよかったのですが、「カタロニア賛歌」(ジョージ=オーウェル)の巻頭言の通りです。 なお、ついでですが、正直に言うと、88の<「愛国心」はダメで、「(原爆)許すまじ」はOK・という感覚は、私にはちょっとわからない。>というのは、私には頗る理解できませんが。原爆は「日本に」落とされたんですよね? どうして「愛国心」と背反する事象と捉えているのか、単純に論理的にわかりません。
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| ま。。 理由はともかく、話す気にならない・っということもあるでしょうから 無理にとは申しません。 ただね、「恨みはらさでおくべきか」という表現については 過去のいきさつがどうであれ 今回のやりとりを見る限りにおいては Sou さんの文章よりは 湯さんのご発言の方に当てはまるように見える・・・・・かもね。 相手にしないなら 嫌味や当てこすり(のように見える)発言は マイナスにしかならないのじゃないかな。。 と、思います。 私見ですが。
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| どもです(゜゜)/ 残念ですが、彼とそんな下らないことでやりとりする気はありません。 なぜ下らないか? 理由は3つです。 @86で私が<「鶴見俊輔」「大江健三郎」「噂の真相」「小林よしのり」>といった固有名詞を挙げているのにこうした話題を持ち出してくることから、意味がわかっていないことが露骨であること。 A一昔前に<俺を笑い死にさせるつもりですか?>かそういった表現を使った頃の応対(ご希望であったら、後日探してリンクを貼りましょう)と変わらないか「かなり悪化(悪質化)」しているとしか思えないため、そうした人物をマトモに相手するのは時間の無駄だしそうした気持ちにもなれないこと。また、当時の「青木」(=Sou)氏への色々な人の対応から、私の気持ちは特殊なものとは思えないこと。 B@で書いてある通り、86で持ち出している固有名詞関係のことを書くつもりでいたから、もとより悪意の塊でしかない彼との無意味なやりとりに意義を感じないこと。空しさは増幅するだろうけど。また、勝手に恥をかきまくっていた彼の「恨みはらさでおくべきか」(C:藤子不二夫A)に乗るつもりもないこと。 ついでですが、「彼」を相手にするほうが、数倍<寝覚めが悪く>なることは確実です。
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| 具体例を示しての、sou さんの「本多勝一氏の書き換え問題」と「言論弾圧の勧め」の ご指摘については、個人的には湯さんのご見解もお伺いしたいところですよ。 勿論、強要できる訳はないのですが・・・・ Sou さん個人に対する攻撃というか、やや感情的(に見えてしまいそう)な発言のみと いうのも、湯さんらしくない(?)ような気がするし、この場で “議論” みたいなものには 参加されないであろう・らりさんも、本多勝一氏についてはお詳しいようですから、きっと 湯さんがどうお考えになっていらっしゃるのかは、ご興味がおありなのじゃないかな・と。 1.「本多勝一氏の書き換え問題も言論弾圧の勧めも」事実である が → その理由(or経緯or信念or論理)とは、こうである! → そんなことは関係なく、本多勝一という人物は素晴らしいのである! → 「言論弾圧」して何が悪い! 2.「本多勝一氏の書き換え問題も言論弾圧の勧めも」事実ではない → 部分的に事実と認めざるを得ない部分があるにせよ、大筋で理解できる範囲だ! → 本多勝一という人物は、とにかく素晴らしいので、そんなことは絶対にない! → 「言論弾圧」とは言いがかりに過ぎず、本多氏の主張に全面賛成! ・・・・・とか、ちょっとぐらいは何かないのかな?と思うけど。。 そういうことを書こうと思うと、「この場」では、 ま。。 言いっ放しの無茶苦茶も、そんなに嫌いな方でもないんだけど。。。 (笑) “湯さん” だと思うと、ちょっと残念ではあるのよ。 個人的に。。 あと、、、、かえって寝覚めが悪くない?とかね、心配してしまいそうになる・からさ。 余計なお世話でしたら、失礼。
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| 昨夜遅くに、Sou さんからのレスがあったと認知したときには(サインインしてない状態で、 SNを確認していないにもかかわらず瞬時に認識・確信したのではありますが・・・・・笑)、 既に力尽きておりまして、ご挨拶がすっかり遅くなり、失礼いたしました。 ・・・・・というかね、最初、、、「出た!」って思ったわ。 (^^; 「本多勝一」といえば、忘れてはならない貴方様の存在。。。 しかし、まさか、こんなところに来てくださるとは。 いえ、、、大歓迎なのですけどね。 ご丁寧に、私の発言にまでコメントくださり恐縮です。 >「○○を憎む」「許さない」と言うようなフレーズは、一見、反戦に見えて実は戦争を >エスカレートさせる為に必要な「憎悪」を煽っていますからね。 人間は「戦争」とか >「原爆」という抽象的なものや無機物だけを憎んだりは出来ませんから。 >煽られたネガティブな感情は、そこから想起する具体的な対象へ向かってゆきます。 この部分、まったくその通り・と思います。 「右」であれ「左」であれ、“何か” に憎悪を剥き出しにした状態というのは、見苦しいばかり ではなくて、とても危険であると感じますね。 その(憎悪する対象である)“何か” に、わざわざ具体性を持たせるという手法も、「右」でも 「左」でも同様に行われていることには、虚しさを感じることばかり。 更に、そうした「同じ根っこ」を持つ人たちが、もしかしたらある日 “共通の敵” を見つけたり することもあるのかも・・・・・・などと想像すると、恐ろしさも感じるんですよね。 「原爆許すまじ」→「核を許すまじ」→「核による脅しを許すまじ」→「核保有国許すまじ」と、 そんな風に流れていく可能性だってあるのかも?っと考えてしまうものですから。。。 本多氏に関するお話は、私なんかがお邪魔しない方が楽しいと思いますし・・・・(笑) お時間がおありのときは、どうぞごゆっくり・ご存分に遊んでいってくださいませ。
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| >で、なぜか<隠居して暇になったのかな?>は引用だけで、<彼女にこの性格見せないようにね>だけに、訳のわからない反応しているね。数年前と変わらない読解力だね。「笑い死に」しないように。 これも俺には意味不明です。 「隠居して暇になったのかな?」は、長期間ここへの書き込みを停止していた俺に対しての問いかけであると推測しました。その一文の続きとして「彼女にこの性格見せないようにね」という文言もあるので、こちらも同じような問いかけの一種かと考えたのですが……違いましたか?。 しかし…そう推測したものの。 前者は久しぶりに投稿を行っているという事実を考えれば理解できますが、後者は唐突な感を否めません。以前、俺の恋人(彼女という言葉は一般的に恋人を指す時にも使われますから、そのような意味だと捉えました)の話を話題として出しており、その流れを持ち出して話したのなら理解できますから「どこかで、恋人の話しましたっけ?」と聞いたのです。不可解な質問に対して興味をそそられ、その意図を推測し、質問したという訳です。 では、直接聞きますね。 >もう隠居して暇になったのかな? 彼女にこの性格見せないようにね この引用部は、誰に、どのような意図で言ったのですか? 「>88」とあるので、スレマスへでしょうか?その場合、このスレの全ログを読んでいないので、「隠居」「彼女」等の言葉に流れる文脈を捉えきる事ができなかったのは確かです。
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| >95 やはり話題にしていた「本多勝一に関しての具体的内容」には触れずに、投稿者の人格や投稿スタイルに対してのみ批判ですか。 > しかし、「中共」だの「支那人」だの平気で書いている人間が、格調高く >「私は君の意見には反対だ。しかし、君がその意見を主張する権利は命を懸けて守る」かぁ。 意味不明です。 「中共」とは、現在、支那大陸で一党独裁政権・言論統制をひき、チベット・内モンゴル・東トルキスタンを侵略、現在も過酷な支配と弾圧、拷問をもって実効支配している中国共産党という政党の略称です。基本的には自由民主党を「自民」と略すのと変わりません。 今回、「支那人」という呼称を用いたのは、中共が侵略の意図を隠さずに圧力を加え続けている、実質的に独立した民主国家である中華民国の国民(台湾人)や、武力制圧によって中共の支配下に置かれ弾圧され続けている少数民族と区別するために使用しています。 これらの言葉の使用が「私は君の意見には反対だ。しかし、君がその意見を主張する権利は命を懸けて守る」という言葉とどのような関係があるのでしょうか? 例えば、「支那」「中共」という呼称を差別用語と決め付け排除しようとする動きがあったとしましょう(全くの的外れですが)。その時は、この言葉に従って敢然と反対したいと思いますね。――それらが仮に差別用語として認定されても同じ事。 逆の立場に立った時も同じく。現在、「倭」や「日王」という言葉は日本を侮蔑する為に使用される事が多いですが、その言葉を狩ろうという動きがあれば反対します。それが「私は君の意見には反対だ。しかし、君がその意見を主張する権利は命を懸けて守る」という言葉の精神だと考えていますから。
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| どもです(゜゜)/ >具体的反論は無く は? 相手してほしかったの? 私を相手しないほうがいいって誰かさんに忠告してたの誰だっけ? あれももう、君風に言ったら「改竄」したのかな? なんか、狂人がどうのと差別語まがい(そのものかな?)のことを書いてたよな。これも君自身の言葉で君自身が狂人ってことになるね。 >引用部のような罵声じみた揶揄で返す 「罵声」と「揶揄」という言葉は辞書ひいておいたほうがいいよ。自分の文章がネチネチしている自覚はない? ネチネチした文ってのは君の<……相変わらずお元気のようで何より(笑>とかいった、心にもない事を纏わりつくような嫌味ったらしい文体で書くことを言います。 で、なぜか<隠居して暇になったのかな?>は引用だけで、<彼女にこの性格見せないようにね>だけに、訳のわからない反応しているね。数年前と変わらない読解力だね。「笑い死に」しないように。 しかし、「中共」だの「支那人」だの平気で書いている人間が、格調高く 「私は君の意見には反対だ。 しかし、君がその意見を主張する権利は命を懸けて守る」かぁ。 「あたしゃね、酔ってまへんよ」と呂律の回らない口で言い続ける酔っ払いを想像したのは、私だけかな。
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| >感謝する理由は、89〜92の、私と「立ち位置」が違う人物のネチネチとした文章をご覧になれば 具体的反論は無く(まあ、本多勝一氏の書き換え問題も言論弾圧の勧めも事実なのでしようが無いでしょうが)、引用部のような罵声じみた揶揄で返す。……相変わらずお元気のようで何より(笑 >もう隠居して暇になったのかな? 彼女にこの性格見せないようにね ん? どこかで、恋人の話しましたっけ? >うつぼねさん ・原爆ゆるすまじ 「○○を憎む」「許さない」と言うようなフレーズは、一見、反戦に見えて実は戦争をエスカレートさせる為に必要な「憎悪」を煽っていますからね。人間は「戦争」とか「原爆」という抽象的なものや無機物だけを憎んだりは出来ませんから。煽られたネガティブな感情は、そこから想起する具体的な対象へ向かってゆきます。 典型的な刷り込みの手法で、中共もこの手段を盛んに使っています。 「生徒をして、日本帝国主義に対する深い恨みを「牢記」させねばならない」 これは「中国歴史・教師用指導書」に書かれている言葉ですが…。 この教育を受けた支那人は、「日本帝国主義」等と言う抽象的なモノを憎むのでは無く、現在の「日本」と「日本人」への憎しみを募らせています。そして、これらは憎しみを増幅させる為の口実として使われています。(私達は、日本の悪い部分を憎んでいるのだ、矯正しようとしているのだ、と自己正当化することが可能) ある一定の思想や言論に対する憎しみを増幅させる為の手段としてはとても優秀ですね。経験すらしたことのない現象を憎ませることによって、別方向からの意見や思想を理論ではなく「憎むべき存在」として感情に刷り込む事が出来るのですから。
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| どもです(゜゜)/ いえ、スレマスさんの「立場」(「立ち位置」といったほうがいいかな)はわかっています。もちろん、私とは異なることも。 だから、感謝しています。 感謝する理由は、89〜92の、私と「立ち位置」が違う人物のネチネチとした文章をご覧になれば、よくおわかりでしょう(笑)。自分の嫌いなジャーナリストをワザワザ書き込みにみえたんですね。 もう隠居して暇になったのかな? 彼女にこの性格見せないようにね
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| >尚、彼はこういう事も木村愛二氏を訴えた時の声明文で発表しています。 正確には、木村愛二氏をドイツ・ベルリン州地方裁判所内国家検察局に「民衆扇動罪」で告発した際、記者会見の席上で発表した声明文。梶村太一郎、金子マーティン、本多勝一の連名で、本多氏はその筆頭。 なんでドイツの検察局へ訴えているかはリンク先をどうぞ。 こんなのがジャーナリストとして存在しているのかと思うと、バカバカしくて泣けてきます。 http://www.pot.co.jp/zu-bon/zu-04/zu-04_146.html
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| 尚、彼はこういう事も木村愛二氏を訴えた時の声明文で発表しています。 http://www.pot.co.jp/zu-bon/zu-04/zu-04_146.html >前項5.のような「愛国的」法制度の実現によって今後の国際社会で >尊敬される日本をめざしたい。たとえば南京大虐殺を否定するようなマスコミや >国会議員も刑事犯になるだろう。真の「国際化」とは、こういうことだ。 自分は南京大虐殺否定派ですが、もし、同じ立場に立ったのなら……。 例えば、南京大虐殺を肯定するマスコミや国会議員が刑事犯にされてしまうような法制度が実現しそうになったら、意見の対立等関係なく絶対に反対します。それは言論を尊ぶ人ならばジャーナリストでなくとも当然の事だと考えています。が、彼は、こういった法によって一方の意見を封殺する事を真の国際化だと考えているようです。 ……ホント。本多勝一氏は「反面教師」としてとても優秀です。 絶対に、あーはなりたくないと切実に思わせてくれますから。
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| 引用続き -------------------- 「「共産主義者による大虐殺」などは全くウソだった…」と全面否定するAの論が救いがたい妄説であることは、その10年後に同じ雑誌に掲載された論説Bが「日本型“知識人”たちの退廃ぶりに驚嘆させられた」と辛辣に批判するとおりです。(逆にAの立場から見れば、Bの論者は「こっけい」な「反動ジャーナリスト」に過ぎないことになります。) このように1985年の時点で既に「大虐殺の事実についてはむろん疑問など全く抱」かず虐殺否定派を厳しく批判していた論者がいたのにもかかわらず、Cの論者がさらに5年後の1990年の改稿増刷においてなお「事実そのものが全くわからず」と態度保留を表明しているのも、不可解です。できることならこれらの文章を書いたお三方にお集りいただき、徹底討議していただきたいものです。 しかし、それは叶わぬ願いです。執筆者はみな今でも元気で御活躍なのですが、三者討論会を開くことは不可能です。なぜなら、AとCは同じ著者の著作であり、C(「事実そのものが全くわからず…」)はA(「「共産主義者による大虐殺」などは全くウソだった…」)を雑誌発表の15年後(単行本収録の14年後)に書き直したものだからです。 それならせめて、AおよびCの著者と、B(「「虐殺はなかった」と根拠もなしに主張する学者やジャーナリスト…の退廃ぶりに驚嘆させられた」)の著者の間で対決討論をしてもらえないものでしょうか?いや、それすらも不可能です。実はBの文章の著者も、AおよびCの著者と同一人物なのです。 -------------------- ええ、同一人物。 ――「本多勝一」が書いた文章なんですよ、3つとも。 ちなみに論説Cは、彼の著作が重版されるときに論説Aをこっそり書き換えた(つーか、改竄した)ものです。内容がかなり違ってしまっていますが、書き換え(改竄)についての具体的説明は一切無し。 ま、これだけで彼の「ジャーナリスト」としての役割をどう考えているか明白ですね。
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