| 討論・ディベート |
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| >95 やはり話題にしていた「本多勝一に関しての具体的内容」には触れずに、投稿者の人格や投稿スタイルに対してのみ批判ですか。 > しかし、「中共」だの「支那人」だの平気で書いている人間が、格調高く >「私は君の意見には反対だ。しかし、君がその意見を主張する権利は命を懸けて守る」かぁ。 意味不明です。 「中共」とは、現在、支那大陸で一党独裁政権・言論統制をひき、チベット・内モンゴル・東トルキスタンを侵略、現在も過酷な支配と弾圧、拷問をもって実効支配している中国共産党という政党の略称です。基本的には自由民主党を「自民」と略すのと変わりません。 今回、「支那人」という呼称を用いたのは、中共が侵略の意図を隠さずに圧力を加え続けている、実質的に独立した民主国家である中華民国の国民(台湾人)や、武力制圧によって中共の支配下に置かれ弾圧され続けている少数民族と区別するために使用しています。 これらの言葉の使用が「私は君の意見には反対だ。しかし、君がその意見を主張する権利は命を懸けて守る」という言葉とどのような関係があるのでしょうか? 例えば、「支那」「中共」という呼称を差別用語と決め付け排除しようとする動きがあったとしましょう(全くの的外れですが)。その時は、この言葉に従って敢然と反対したいと思いますね。――それらが仮に差別用語として認定されても同じ事。 逆の立場に立った時も同じく。現在、「倭」や「日王」という言葉は日本を侮蔑する為に使用される事が多いですが、その言葉を狩ろうという動きがあれば反対します。それが「私は君の意見には反対だ。しかし、君がその意見を主張する権利は命を懸けて守る」という言葉の精神だと考えていますから。
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