| 討論・ディベート |
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| 昨夜遅くに、Sou さんからのレスがあったと認知したときには(サインインしてない状態で、 SNを確認していないにもかかわらず瞬時に認識・確信したのではありますが・・・・・笑)、 既に力尽きておりまして、ご挨拶がすっかり遅くなり、失礼いたしました。 ・・・・・というかね、最初、、、「出た!」って思ったわ。 (^^; 「本多勝一」といえば、忘れてはならない貴方様の存在。。。 しかし、まさか、こんなところに来てくださるとは。 いえ、、、大歓迎なのですけどね。 ご丁寧に、私の発言にまでコメントくださり恐縮です。 >「○○を憎む」「許さない」と言うようなフレーズは、一見、反戦に見えて実は戦争を >エスカレートさせる為に必要な「憎悪」を煽っていますからね。 人間は「戦争」とか >「原爆」という抽象的なものや無機物だけを憎んだりは出来ませんから。 >煽られたネガティブな感情は、そこから想起する具体的な対象へ向かってゆきます。 この部分、まったくその通り・と思います。 「右」であれ「左」であれ、“何か” に憎悪を剥き出しにした状態というのは、見苦しいばかり ではなくて、とても危険であると感じますね。 その(憎悪する対象である)“何か” に、わざわざ具体性を持たせるという手法も、「右」でも 「左」でも同様に行われていることには、虚しさを感じることばかり。 更に、そうした「同じ根っこ」を持つ人たちが、もしかしたらある日 “共通の敵” を見つけたり することもあるのかも・・・・・・などと想像すると、恐ろしさも感じるんですよね。 「原爆許すまじ」→「核を許すまじ」→「核による脅しを許すまじ」→「核保有国許すまじ」と、 そんな風に流れていく可能性だってあるのかも?っと考えてしまうものですから。。。 本多氏に関するお話は、私なんかがお邪魔しない方が楽しいと思いますし・・・・(笑) お時間がおありのときは、どうぞごゆっくり・ご存分に遊んでいってくださいませ。
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