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人生楽しく生きる・その1 RSS
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投稿日時 2008/2/24 17:42:36
更新日時 2008/3/29 12:40:41
(25)インドとの関わり

健康なときに、やれることはやっておく事は、幸せを覚える最高の出来事で、私は、時間を割いて何回も仏跡巡礼したインドは、広大で過酷な土地であり、そこにある仏跡は、人類の宝、世界の遺産の地であると知りました。

過去のことですが、、NHKが、インドの遺跡紹介の番組を組んで、三日間の現地生放送をすることを知り、夢中で見ることになりました。

釈尊の誕生から、仏教の拡大と、信仰する人達によって残された偉大な遺跡の紹介があり、日本、インド国交50年が過ぎ、改めて古い歴史に生きるインドとの交流に、日本の歴史と文化を重ねて思い起こしました。

現在のインドは、仏教は廃頽して、多くの宗教があり、ヒンドゥー教は、その名の通り、インド教で、今では、仏教以前のバラモン教とか、仏教までも飲み込んだ宗教となって、お釈迦様は9番目の神様なのです。。

イスラーム教は、古くから盛んで、世界遺産のタージマハールはイスラームの宮殿様式の墓として造られていることでも解るのですが、インドでは、ヒンドゥー教と二分される程の宗教勢力です。

その他、キリスト教、スィク教、ジャイナ教等と、十億の人口の中で、それぞれが活動していて、現在では、インドの仏教信者は.0.7%程度と少ないが、釈尊の教えはインドの全ての宗教に浸透して生きています。

guzou88の、ひとり言です。



2008-03-14

(24)「生きてよし、死してよし」

「涼しやな 弥陀成仏の このかたは」

俳句の一茶は、私が生まれ育った長野県上田市の寺に数年居候をして、浄土真宗の篤信者でもありましたが、その一茶の句に、「涼しやな 弥陀成仏の このかたは」とあり、暑い夏の真っ盛りでも何と涼しくここち良いことでしょうか、いつも阿弥陀様に救われているご恩を思えば、と詠んでいます。

これが「生きてよし、死してよし」の世界で、今すでに大きな救いの中にある慶びを述べたものです。

またこれも一茶の句といわれているものですが、「かたつむり どこで死んでも 我が家かな」とあります。

かたつむりは、どこで死んでも、自分の家の中であるから何の心配もいらないのと同様に、すでに阿弥陀様の救いの中にある我が身であるから、いつ何処で死を迎える事になっても何の心配もない、と詠んでいるのです。

人類史上最大の権力者ともいえます秦の始皇帝が、自分の死を恐れ、必死で不老長寿の妙薬を探し、家来の徐福を日本に派遣したという話はあまりにも有名ですが、富と権力を欲しいままにした秦の始皇帝といえども、「死してよし」の世界を持つことはできなかったのですね。

guzou88の、ひとり言です。


2008-03-13

(23)戦犯死刑囚連の記録集

私の手元には、戦犯死刑囚の岡田東海軍司令官と一死刑囚との対話記録があります。

岡田さんは大変仏教を研究して、獄内では指導的な人でしたが、信仰心の浅いこの死刑因に対して、岡田さんの言葉は、「苦しい時の神頼みでも、真剣にお念仏を唱えなさい」。

岡田さんは従容泰然として死刑台に登ったそうですが、殆どの死刑因の最後は、生きるあきらめで、ほほえみをもって死を迎えています。

最高責任者に救いの希望を託しても、仏の他に頼れるものを失った死刑囚達の嘆きの言葉は、死刑を目前にした軍の責任者であっても、最高責任者の存在に最大の迷いを感じていたことは記録に多く残っています。

明治以前の天皇の存在は、皇祖以来長い歴史の中でも、あくまでも穏便で稚の中にありましたが、維新を契機として、その存在は軍服の神格化と、穏便と雅を忘れた権力にかたより、民を主体に愛する責任的存在は忘れ去られ、高圧的な御名御璽の決定告示の姿に変わりました。

民を忘れた皇室の伝統の雅は、現在は過度に偏り、國の象徴であっても、民として傾れる存在からは遠いものになって、國を頼ることの根源がなくなってしまいました。

さて、最高責任者とは誰なのだろうかと。

guzou88の、ひとり言です。



2008-03-12

(22)ブレーキ

五木寛之さんこの世の中の動きを自動車にたとえ五木寛之さんという作家が、この世の中の動きを自動車にたとえ、過去のテレビでの対談ての言葉から、なるほどその通りと感じましたので、お知らせしますが、車のチェンジレバーは政策と政治であり、車のアクセルは社会の生活、経済、文化、を進めるもので、宗教は全てのブレーキの役目を果たすものと言われました。

家庭内の製作と宗教は、家族とか自分一人だけのものであり、また社会生活など全体のものでもあります。

政治が行き先を誤ったときはブレーキをかけ、生活、経済、文化を進めるアクセルをふかして無理な走りをしたときにブレーキをかけて、その速度を緩めるか、正しい判断をさせる時間を与えます。

基本となる政治が、前に進もうとしても、慢心の居眠り運転をすると、持てる力の消費から後退まで起こしてしまいますから、思わず踏むブレーキは大きな役目を果たします。

自分勝手に生き、楽をして毎日を過ごすとか、毎日高価で美味いものばかり食べているからとか、金持ちになったからとか、贅沢な生活ができることが幸せな人生ということではありません。

幼児、少年、成人、老人を問わず、老若関係なく、誰でもが、いつとも知らない死を待つ人生は、当たり前の凡人の姿で、おおざっぱな生き様にかかるブレーキがあるという喜びを持つことも必要ですね。

guzou88の、ひとり言です。


2008-03-11

(21)探検家の植村直巳さん

北米・マッキンリーで消息を絶った探検家の植村直巳さんは、五大陸の最高峰すべての登頂に成功、北極点への単独到達も成しとげたあと、ただ一つやり遺した南極点到達を目指してのトレーニングのためのマッキンリー登山に行ったと聞いていますが、四十三歳の誕生日を過ぎたばかりの植村さんは、この技術にも磨きがかかり、円熟の境地にあったと思います。

私たちが、この世に生きる社会の、和の中で、和の心から判断すれば、植村さんの死は、与えられた素晴らしい人生を過ごした大往生であることを信じます。

植村さんが残した言葉の中に、「世間では、どう考えておられるか判りませんが、私は微力な人間ですよ、山に登っていても、河を下っていても、最後に頼るものは、神仏しかないと思っています」と。

植村さんは真の祈りの心を待った人で、自然に対して、人間は、謙虚でなくてはならないという、素晴らしい教訓を残しております。

植村さんが、一年半がかりで達成したグリーンランドからアラスカ横断の旅で、大橇もろともに、氷の割れ目から海に落ち込んだ時、更に、北極点到達の直前に、仮眼中のテントを白熊が襲い、テントの外側を鋭い爪で、ガリガリとかきむしられた時に、いずれも、危機を脱するまで、手を合わせ続けたそうです。

「自分という存在が小さく、海に落ちた時は、念仏する心の中から、自分で体を動かせば助かるという知恵を知ったのですが、しかし、白熊の場合は、自然の生存競争の定まりから、じっと息を潜めているしかなく、足の一本くらいはは千切られてもよいから、命だけは助けてくださいと、必死で祈りました」。

マッキンリーの山中から忽然と帰還する植村さんを待ち、必ず元気で下山すると信じた人々の前に、彼は再び姿を見せませんでした。

探検家でも無い私には、世の中に自然ほど恐ろしいものは無いという教訓のみが頭の中に残っています。

guzou88の、ひとり言です。


2008-03-10

(20)ソロモンと、パプア・ニューギニアの旅

無謀な太平洋戦争の悪夢から、今年は、終戦64年、「天皇陛下万歳」の悲痛な叫びとともに、故郷けるかな地に敷った戦役者の数は、約二百十二万人でした。

私は、過去何回も、遥か遠いソロモンと、パプア・ニューギニアの戦役者慰霊の自費の旅をしてまいりましたが、最初の慰霊の旅から六年後の巡拝から、指導者、政治家の批判をすることによって、「あきらめ」という心境になってしまいます。

現代文明の波は、四半世紀の間に、未開の地にも浸透し、加速しているのですが、ソロモンのガダルカナルという島は、日本の四国の半分程の広さですが、そのほんの一部の海岸線の中の、飛行場争奪戦で、戦闘は半年に満たない間で、大半の餓死者を含めて、八万八千二百人が戦没されております。

国の戦役者収骨も今は途絶え、文明浸透の波によって、狭い範囲の戦場は、開発が先に進み、英霊の骨は、踏みにじられ、近くのジャングルの中では、苔むしているのが現状で、遺族とか戦友会の方々が、それぞれに建立した慰霊神は、一年一年と荒れ果てて、それぞれの場所で慰霊読経する私も、無心の読経もできない心理状態となります。

日本軍撤退の地に近いタンベアというところには、零式戦闘機の残骸が、六年前には綺麗な形であったものが、次に見た姿は、朽ちた姿ではなく、バラバラになって小さく散り残り、声を大きく「政府よ、何とかしてくれ」と、叫びたくなります。

パプア・ニューギュアは、山が八割、日本本上程度の大きさの島ですが、四千メートルを超えるスタンレー山脈越えの戦跡は、今でも、名もなき英霊の骨が残置されたままで、その戦役者は、十二万七千六百人で、大半が餓死者です。

最高責任者よ、責任をとれとか、無策な政治家よ、せめてこの現実の現状認識ぐらいは、考えなさいといっても、所詮は無理なことと諦らめることになりました。

guzou88の、ひとり言です。


2008-03-09

(19)日常茶飯事

「いやんなっちゃうな」このような歌が流行した時代がありましたが、今の社会はそんなに悠長に歌える時代ではなくなりました。

ガソリン価格はどこまで上がるのか、子供が減るばかりか産室までなくなるとは、「日常茶飯」という言葉、平凡な出来事、ありさまを言うのですが、本来はもっと大切で安心感を持てればよいという言葉でもありますね。

そこで、まず、「家常茶飯事」という言葉が生まれ一般的に用いられるようになると「家常が日常」にかわり「日常茶飯」になります。

戦後の教育は今になって恐ろしい結果を顕著に表し始めました。

今の教育は、平素の生活、日常の人間生活の基本を教えなくなり、昔の教育の基本の忠義、孝行、武勇、礼儀、信義、質素は禁言となってしまい、教育基本の理念が教えられなくなった結果に見えるのです。

昔は殺人事件などは一年で数件だったが、毎日のニュースは、昔の安心して生活する日常茶飯事から、毎日が殺人事件の連続の危ない社会が日常茶飯事と化してしまいました。

昔から死ぬときは畳の上でと言うが、今は叶った人は在宅率一位の和歌山でも百人中十六人、最下位の北海道はその半分だそうです。

guzou88の、ひとり言です。


2008-03-08

(19)自業自得
           
昔からお金持ちとか、資産家とは、それなりの汗と努力の結果によって財を蓄積したもので、世間が認め、人々から尊敬される立場になったものです。

そろそろ裁判の結審となる、テレビとか新聞紙面を賑わせたホリエモン事件、昔から汗をかいて働く日本人の姿からかけ離れた天才的悪知恵の男、堀江貴文という男。

ただパソコンのキーをたたいて株をもて遊ぶテクニックの錬金術で、日本の財界から政府の政治家まで踊らせた頭脳は、一時的には超有名人になっても、結論的には地獄に落ちる哀れな頭脳的な極悪人のたどる道となりました。

「もう、大丈夫だ」と、サイパン島で、ロス疑惑の三浦和義という男がまんまと捕まりましたが、おおざっぱな自分勝手な心を改めないから、捕まって当然です。

ホリエモンを観察して、金さえあれば人の心も買えて支配できるとする心は邪悪に過ぎるのみです。

発達した高度な文明社会に生きる私たち、平等に命を頂き、お互いに支えられて生かされていることに気付いた時には、彼等には大きな痛みを伴なわなければ人間失墜でしょう。

「悪人正機」の心とは、生きる事に感謝して、感謝の念仏を称える心の持ち主になってもらいたい、まともな心の持ち主になつた時は、地獄に落ちることもなく救われます。

最近は、株価は底なしに下落して、円高も進んで、1ドルが100円に近づき、アメリカの力の低下は頭痛の種ですが、最近の若者の中には、働かないで、一日パソコンで株の上下に暮らす若者が増えているそうですが、そんなことでは、結果は、いいことにはなりません。

自業自得という言葉を、まともな人間として生きる術として、ホリエモンや三浦に伝えたいと思うばかりです。

guzou88の、ひとり言です。


2008-03-08

(18)魔羅

とにかく今時の若いカップルは子供を産まない。

社会悪の流れは、人間の生きる順序を狂わせ、生きる社会の崩壊につながり、少子化対策もままならない。

今でも赤ちゃんが生まれる時には「五体満足か?」という心配の言葉を聞きますが、五体とはいったい何処の部分を言うのか様々な説があります。

仏教ではこの五体ははっきり右膝、左膝、右肘、左肘、頭首だが「五根」ともいいます。

夏の幕開け登山、そんな時、決まって「六根清浄お山は快晴!」と、健全な人体の感謝の言葉はご承知の事と思います。

六根とは、五根から「根」が一つ増えているのですが、これは男女の性器をいうのです。

男性の性器をさす言葉は「男根」で、もちろん男性としての能力を起こさせる根であり、女性はどう呼ぶのか、もちろん「女根」。

ただし女根は、男性はそれが外に出ているのに対し、陰に隠れてしまうので「女隠」であるそうです。

魔羅とは男根の表現だが梵語マーラの字句からだと云いますが、これは悪魔を意味するが、仏教本来の意味は自分の仏道修行の妨げになるもので、生命活動については、重要な器官でありながら、一度魔性がおきると、たちまち自分の意のままにならなくなる男性性器の清浄悪魔なのです。

こんな時代に清浄魔性で阿吽の呼吸合わせ、本来の子孫繁栄に励めてみては。

大きな寺の入り口には、仁王様が怒りの形相で祀られていますが、阿形ば男性の魔性の能動体の姿で、吽形は、女性の魔性の受動体の姿でもありますが、女性が男性の魔性を受け入れた時は、「魔吽交」とは、ちょっと度が過ぎた話ですね。

国を挙げて子供がほしい。

guzou88の、ひとり言です。


2008-03-07

(17)一休禅師の詩と楢山節考

「世の中は 食うて稼いで寝て起きて さてその後は 死ぬるばかりぞ」

これは現代の若者のニート族の生活を詠ったものではなく、一休禅師の詩ですが、食べさせて頂き、食べる為には働いて、働き疲れたら、寝て起きて、忙しく働く人の姿は、働き続けて死んでゆく。

近頃少子高齢化率は世界一、ますます老人が増えているが団塊世代が2年後には一挙に老人の仲間入りとなるが「老を味わう」どころか、老人よ早く死んでくれと、今の若い者は、合理的無情化、無駄をなくせと、生きる希望がなくなるという恐ろしい時代になりました。

NHK第二ラジオ「心を読む」テキスト(黒井千次著)を私も何気なく見たら面白い。

古代ローマの老人の対話から国内の12人の作品を感動的に語っています。

老年は突然やってくるものではない。観念から予感そして日常の認識として連続していることに気付きました。

過日、老いの伝承を語る悲しい世の定めとでもいう物語、信州の山深い寒村を舞台に、死を目前にした人間の生き様を描く、深沢七郎原作の映画「楢山節考」をテレビ放送で鑑賞しました。

息子の背に負われ小雪降る楢山で息子に手を振る「おりん」の毅然たる姿と、今後こんな法律が出来たらと、頭の中は変な気持ちと重なって複雑な気持ち、人間に死という定年があったらどうなるだろうかと。

guzou88の、ひとり言です。


2008-03-06

(16)うふふと苦笑いのご近所日記

私のメモ帳に残された、過去の朝日新聞の記事に、『隣の家でも人事異動がありました。

おじさんが定年になったとたん、おばさんが「最高家事責任者を譲るわ。私は最高顧問」とおごそかに宣言したのです。

スーパーで見かけるおじさんは心なしか元気なく、おばさんはカルチャーセンター通いではつらつとしています。「うちも見習おう」と、お母さんは言っています。

男とは悲しい立場なのだろうか、朝早く出勤して、夜は残業で、家に帰れば冷や飯と、遠慮がちにお酒少々頂いて、奥様とのお付き合いで、短時間の大いびきで寝ても、睡眠時間は少なく、へとへとの体で過ごすというサラリーマンもいますが、世の中、これでは奴隷社会に変わっているのだろうか。

女は強いが、男は弱い、その証拠は、奥さんが先に他界されると、男は、なさけないもので、ほとんど2年程度以内で後を追う姿を嘆く事の多い、私の本職、寺の住職の体験談です。

親鸞聖人の存命の時代では想像もできなかったこの世の中は、和讃で説かれた女人の変成男子の願も必要なくなる時代となりました。

guzouの、ひとり言です。



2008-03-05

(15)面白きこともなき世におもしろく

「面白きこともなき世におもしろく」高杉晋作が残した歌ですが、今思えば当時の幕末の立役者の世相観が、にじみ出ています。

世の中の変革に希望があふれ、彼は時代の変革に「面白いのう」と文明開化の呟きをしたという明治維新の立役者の言葉です。

彼が予想もしなかったであろう現代の社会は、何かと厳しい。

世界をリードする経済大国日本でありますが、民主主義とか自由というお題目で構成された社会は、「面白い」を通り越して無責任な世相を見せています。

性差をなくそうと国会でも取り上げられましたが、とんでもない、今は女性上位の世の中で、女性からの世相は「面白い」だろうが、観光地を歩いてもレストランを覗いても、病院に行っても、女性軍が占領して、男社会は、知らず知らずに奴隷社会。

uzou88の、ひとり言です。


2008-03-04

(14)BC級戦犯者をしのぶ

昔から人生60といわれますが、今では寿命も延びて高齢者社会、63年前の戦争で、今では戦争体験者たちは80を超えて他界される人たちも多く、私も老いて、戦争の犠牲者に対する慰霊の旅は続けられなくなりました。

私の寺の檀家さんの中で、森田石蔵さんという方がいますが、この方は、勝者アメリカなどによって、多くの軍人たちが、無実の戦争犯罪人として裁かれ、拘置させられた巣鴨プリズムの刑務官をされ、最初から最後までの悲惨なプリズムの内部を知る重要な人ですが、死刑を宣告された戦犯者といわれる人たちが綴った書物を多く保有され、一部は私の手元にお預けになっています。

この書物の一部ですが、巣鴨プリズムの中で、貴重な戦犯死刑囚達の記録集「鉄窓の月・戦犯者の記録」ガリ版刷りの本があります。

現在、私は、ぼろぼろの藁紙の本を、保存の為にパソコンのワープロに記録中ですが、これには、生々しい死刑の実体が記録されています。

一部を紹介しますと、インドネシア・アンボン刑務所では、戦犯者処刑は立たされて、10名のオランダ兵による射撃銃殺で、その中の四名の銃による心臓を狙った実弾で処刑されていたそうです。

巣鴨では、前日に死刑宣告された人達は、別の部屋に移されて、早朝には手と体を縛られて、最後には黒い袋を被されて、十三階段から死という運命に翻弄されています。

guzou88の、ひとり言です。


2008-03-03

(13)国敗れて山河なしの幻想

今年3月、残虐なアメリカの大空襲で東京は燃え尽き廃墟となってから63年過ぎましたが、この戦争を体験された人々は皆60歳以上の老人となり、以来、復興の願いは一つに生き抜いてきました。

私も戦争に生き残った1人ですが、若い命の炎を燃やす民間学徒の学生航空隊の特攻隊員でしたが、死なずに生き長らえている幸せ者です。

昔、旧制中学の漢文で覚えた、中国の詩人の杜甫の漢詩に、「国破山河在 城春草木深」は、有名ですが、この時代の学徒の私の脳裏の、「国敗れて山河なし」の幻想は、当時の思想教育からのものですが、若い命をたぎらせて死という結末で、尊い人生を終わらせた同僚学徒戦士のことを思うとき、ただ悲しさと虚しさを覚えます。

現実としては、私は生きてこの世で、戦没者の慰霊と、罪無く戦犯者として命を絶やした人たちの供養の為に、新たに小さな寺院を建立し、寺の住職としての生活は、激戦地の多くの地を巡り、旅の数も私の歳を越し、寺では、BC級戦犯者の慰霊に供養の読経をさせていただける身の幸せは、平和な社会に生き長らえる「人生楽しく生かされる」喜びばかりからです。

平和な社会は素晴らしいものですね。

guzou88の、ひとり言です。



2008-03-02

(12)今年もオリンピックが近づき

今年もオリンピックが近づき。世界のスポーツに熱気を感じます。

世界中が歓声と悲鳴を繰り返し、団体戦に異様な興奮を覚え、その都度歴史は塗り替えられる素晴らしい祭典です。

第二次戦争が終わって敗戦日本が食料不足に喘いでいた1948年、古橋広之進さんが水泳長距離自由形でたて続けに世界新記録を樹立、日本列島が興奮に酔いしれ、日本の将来に明るさを感じました。

43年前を思い出した方もいるかもしれない東京オリンピック。

国民が一つになって熱くなったあの時。

それから日本が終了間際の時間にイラクによってW杯初出場の夢を砕かれた「ドーハの悲劇」。

スポーツにはどのように激しくても殺し合いという戦いは存在しないから素晴らしいのです。

今度は、隣国の中国北京で開催されるのですが、重慶のサッカーの排日的な応援、それでも日本の選手はスポーツマンシップの素晴らしい戦いをみせましたが、今の中国には何か不安が付きまといます。

和は平和の心の現われで、共通の目的や対象があってのもので希望があります。

人と人との和の尊さを見つめなおす、チャンスのオリンピックは近い。

guzou88の、ひとり言です。


2008-03-01

(11)少子化2100年には3千5百万人

2004年の4月1日現在の総務頁がまとめた統計によると、15歳未満の子供の数は13.9%と低下しているそうです。

昭和初期のロ本は人口約4千5百万人で、植民地を併せて「北は樺太千島より、南は台湾・・・ 朝鮮八道おしなべて・・・八千万」という歌を、私が小学生の時に、学校で教えられたことを思い出しました。

戦後は植民地は独立など独立して離れても、日本の人口は順調に増大して2004年の3月現在の総務省の発表では1億2千七百62万人となり、日本の総人口のピークは2005年で止まり、団塊の世代が寿命を迎える2030年以降は急速に減少して、2100年には3千5百万人(明治時代初期に相当する水準)まで減少すると推計されているのだと云うから、「これからは、どうなってしまうの」と、心配です。

いま社会を賑せている年金問題は、国の少子化問題からすればもはや論外で、現在の社会保険制度は将米はなんの効力もなくなって、日本人として生きる喜びはなくなってしまう。

これでは、現代経済大国を築きあげたご先祖の仏も嘆き悲しむ事でしょう。

仏の智慧は、文明の発達と人間の幸せを望んでも、生きるための一番大事な子孫繁栄を忘れさせてはいない筈です。

自然の摂理に生きることが救われる道。

若い女性にお願い!

子供をいっぱい産んでください、そして、国は全力で支援してくだい。

guzou88の、ひとり言です。


2008-02-29

(10)人生七十、古来、稀なり

寒い冬から、待ち遠しかった春の陽気の季節、日本列島のあちこちで、梅も美しく咲き、次は桜と楽しみの多い季節を感じますが、そんな中、インターネットで「高齢者介護に関する世論調査」を覗いてみました、

人間の生命は、中国の詩「人生七十、古来、稀なり」といわれた時代から現代を見ますと、百歳以上が当たり前という長寿の時代です。

だが、老人となって誰もが健康そのもので死を向かえるものではないのです。

老後に寝たきりや痴呆になった時、介護の大問題が生じます。

世論調査の結果では、「家族だけに介護されたい」と望む人が人が大きく減って、1995年の調査では4人に1人だったが、ほぼ半減してしまいました。

2000年4月に介護保険制度がスタートし、ホームヘルパーらの介護に抵抗感が薄れたことや、家族の負担への配慮が背景にあるとみられました。

昔から、誰もが「畳の上で死にたい」という「自宅死亡」の願望がありましたが、今は、介護を受けたい場所は、「自宅」派が40%以下、老人ホームなど「施設」派が増えているのは日本人の生活に対する考え方が大きく変わってしまっているのでしょう。

どんな形が望ましいかの問いには、「家族だけに介護されたい」と回答した人は前回調査では25%だったが、今回は半減してしまいました。

「子が親の介護をするのは当たり前」の考え方は減って、「子が必ずしも親の介護をする必要がない」の考えが上昇しているからです。

老人達、みんな気力を旺盛にして、友を作り、楽しく生きる事を模索しなくてはと。

guzou88の、ひとり言です。



2008-02-28

(9)孫が古稀、娘が米寿で、わしが茶寿

企業の広告とというものには、なかなか知恵を絞ったものだなと感心することがあります。

過去のことですが、「孫が古稀、娘が米寿で、わしが茶寿」なんて言う句が使われました。

社会人の定年は六十歳が基本となっていますが、長寿者に対する祝い方も変わってきて、あまり長生きすると、若者達からは、うさんくさいことで、「そんなこと関係ない、くだらない」となって、親孝行など昔の出来事だと関心をもたなくなりました。

六十で十干十二支の組み合わせが一回りすることから六十歳の還暦祝いがあるのですが、年金は、公務員で過ごした人は天下泰平で過ごす自信に満ちた生きる楽しみもありますが、庶民の国民年金では老後の生活に悩みを感じるがたが多すぎます。

七十歳の古稀は、唐の詩「人生七十古来稀なり」にちなんでのものてすが、当時は七十年生きることは稀なことだったようで、今は、男性の平均年齢は78歳を越しました。

喜寿は喜の略字が七十七と書くことからですが、古来稀に生きるのが当たり前のこの頃の生きざまは、楽しみも少なく、可愛がって育てた子供達からは「あまり長生きされろと、私たちは困る」と、喜び祝うどころではなくなるのです。

八十の傘寿は傘の略字が八十と書くことからで、ここまで日本人の平均寿命が延びていて、女性の平均年齢は85歳以上と皆長生きしています。

八十八の米寿、九十の卒寿、九十九の百に一っ足りない白寿、みな文字の略字からのものですが、さて、百歳以上の長生きした祝いは、床の中で生きている人が多いのですが、これからは「めでたし、めでたし」と、毎年祝っていただける事となるのですが、生きているご当人は、これからも人生楽しく生きる喜びはどのようなものなのでしょうか。

区切りの祝いは百八歳の茶寿、百十一歳の皇寿で、百十二歳となると、珍しい長生きの珍寿となるそうで、これからの日本ではこの歳以上の長寿者は毎年のように何人も現れて来ます。

guzou88の、ひとり言です。


2008-02-27

(8)でかんしょ節

タレントの萩本欽一さんの有名なセリフ「何でこうなるの」。</strong>

文明という人間の勝手な振る舞いは、地球の温度を二度も上げたから、地球は怒ってしまったのか、異常気象の暑さ続きの夏から今年の冬は寒く、昨年同様に日本海側の地域は吹雪の連続と、台風のような風が猛威をふるっています。

毎日次から次と予想もしなかった事件とか、ナショナリズムからの無差別な戦争などと世界情勢に不安ばかりが生じて、「何でこうなるの」から「どうなってしまうの」と、多くの体験で時代に生き抜いた老人一人の思い過ごしも、お釈迦様から伝えられ発展した現代仏教でも説く言葉もないと思うのです。

私の学生時代に歌われた「でかんしょ節」も、私なりに替え歌にしてみると、何と目的も希望も無い生きざまに思うこの頃です。

「どっこいしょ、どっこいしょで一日暮らす。後の残りは寝て暮らす」老いの始まりは「よいしょ」「どっこいしょ」のかけ声から始まるらしいが「何でこうなるの」。

歳と共に体は動かなく、癖といえども悲しみのかけ声なのか、しかし、「どっこいしょ」の後は老人の心は、自然と「なむあみだぶつ」に変わる。

お陰様で、「人生楽しく生きる」ことにして知友も多く、メール友達との交信、一人旅の温泉旅行で楽しんでいます。

私は朝日新聞の夕刊の最初に書かれている「素粒子」が面白く、毎日楽しく見ているが、メモに残した平成18年の記事から、「米国に行けばプレスリーの物まね、ロシアじゃフォークダンス、長州では志士気取り、ほんに染まりやすいのよ、うちの首相。モンゴルへ行くと言うが、心配だな」。

当時の首相は、小泉さんでしたが、「どっこいしょ」と、やった結果は現在の政局不安定と、郵政改革とは何だったのだろうか、それでも人気があるとは、「何でこうなるの」と、思うこの頃。

政治家さんも、官僚も、国の為に、道路、道路と騒がないで、靖国神社もよいけれど、東京には、浅草には東本願寺、浅草寺、築地には西本願寺、芝の増上寺などと、寺周りで心の洗濯でもしてみたら如何かな。

guzou88の、ひとり言です。


2008-02-26

(7)臍曲がり

東本願寺の寺報の記事の一部を引用させて頂き、私自体の臍曲がり爺さんの話をさせていただきます。

私の小学生時代のことですが、育った上田市付近では、友達と喧嘩になると直ぐに相手の弱点を突くような悪口を言ったものでした。

老人となって、過去を振り返った時に、無邪気に相手の子供になじる遊び言葉の中に、「お前の母さん出臍お前もも揃って出臍」最近はこんを言いながら遊ぶ子供はいなくなり、いじめの言葉だと、子供の無邪気な遊び言葉まで変わってしまいました。

私は最近近くで湧き出た温泉に腰の治療で通っていますが、ついつい自分の腹を見て、無惨な近代技術で生き延びた切腹手術の傷跡をみて、「私の臍は臍まがり」と、入湯の人たちにタオルで隠そうとしてしまいます。

その傷跡は、腹の上から下まで臍を避けて下までの開復手術、脊髄に沿って腹骨動脈瘤の人工血管に交換のもので、更に一年後には、胆管結石と、急性黄疸、腸閉塞の手術ですから、自分が一番知っている「臍曲がり爺さん」そのものの姿です。

母と子はで臍の緒を通して繋がって、お腹に居るときはお母さんの血から酸素や栄養を貰って、生きる命の活動の準備にはいっていたのですが。

いや、生かされて、母と子は臍の緒によって、切れない関係にあるのでしょう。

いよいよ出産となり、外光に遇い、この世の空気を吸って、その途端に子の肺が開き、心臓は自力での活動を開始して、人生の生活が始まり、ここで、この臍の緒の役目は終わりました。

だが今でも母から受けた血の出口が、出腹のお腹の真ん中に臍として残っているのです。

現代子なら、多分、「お前の爺さん臍まがり」とやられることは必定と、切腹の出腹をなでながら、自分の人生を考えるのです。

この臍が、十ケ月間、母から血をて貰った証拠なのですから、頭も下がり、この子を腹に抱えた母親の苦労に感謝の念は耐えません。

だから、感謝の念は尽きませんが、では、父親はと考えると、母とこの生活の基盤作りに没頭して人生を過ごしているのですが、子供からは、母親に比べて、子供からの感謝は少ないのですね。

近頃、次男と交わした言葉から、意見が不一致、父親の苦労と努力、生活の指針などと、価値のない存在と思っているのだろうか、「俺の親父は臍曲がり、死んでも葬式にもいかないぞ」。

私たち両親は老いて、ひたすらに思う幸せ感は、死んで、送られようと、送られまいと、阿弥陀様の世界に帰られると思えば、親子の絆、人生に悔いはありません。

親鸞聖人の御和讃に「本願力に遇いぬれば空しく過ぐるひとぞなき 功徳の宝海満ち満ちて 煩悩の濁水へだてなし」とあります。

阿弥陀様という親様と私は臍の緒で繋がっていて、この世のどんな障碍にも堪えていけるから人生楽しく生きる喜びがあります。

いまは、なるようになるだろうと、楽しく生きる事が一番だと思うようになりました。

この世界での臍の緒は切れても、彼岸の世界からの臍の緒が切れることはありませんから。

無限の願いに支えられて有限の私は生かされている。と気づかされるその日暮らしです。

guzou88の、ひとり言です。


2008-02-26

(6)流行の髪型から

流行というものはその時代を表現する姿そのものですね。

目にまつわる成句は多いが、「目を三角にする」は、激しく怒る様を表す言葉だそうです。そんな怒っているような目が、街や道にあふれています。

最近流行の車のヘッドライトのことですが、昔の車のライトは丸いのが当たり前でしたが、プラスチックの造形技術はそんな姿を変えてしまいました。

車のライトは以前は丸形か四角ぽいものでしたが、だんだん長方形になってからは、それが細長くなり、いまでは尖った三角形が増えて、人間の目に例えて見ますと、この頃の目の鋭さは印象的で、その怒ったような形に、何か敵意の現われのようなものを感じる。

若者に人気の髪型からすれば、「髪振り乱し」とか、「髪逆立て」とか、激しく怒る狂乱の状態を表すような流行スタイルとは。

そんな髪型が芸能界とかスポーツ選手に多く見られ、今では若者達にはナウイ髪型だとされているが、さらに色付けされて、怒りに燃えているように見られる。

今、国会で騒がしいが、自民党ぶっ壊しの国の最高責任者だった小泉首相も例外的に獣の王様ライオンの髪型で人気は高かったが、今になれば、やったことに褒める事なしとは辛い。

昔、世の中も穏やかな時代、お雛様のような可愛く美しい、特に女の子の、くりくりと目は丸くて、髪型はさっぱりして、すがすがしいものだったが、いまでは三角目に髪逆立て、さらには不精髭で、平和な世間を恨み続けている姿に見えるのは、私だけかと疑いたくなってしまいます。

何でこうなるの、みんなこの世に生かして頂く感謝の心が失われていては、生きる幸せなど無いに等しい事に気づくべきだが・・・

guzou88ひとり言です。


2008-02-26

(5)前向きに生きんとね

最近、私たちの娑婆の世界が騒がしいのですが、どうして、どうしてと考え込むような出来事が起き続け、さらに、「助けてください」と叫びたくなるような事件の連続です。

娑婆とは、サンスクリットの発音を文字に変えたもので、意約すれば堪忍の世界だといわれていますが、つまり大乗仏教の経典で、お釈迦様の教えを聞く人間たちの世界で、つまりは、我々の住む世界をさしていますが、何かこの住む世界が人為的に狂わされ、生かされ生かして頂くこの地球環境が大変化を起こし初めているような錯覚を覚えるような気がしてしまいます。

災害というものは何時起きるものかは、人間は、いくら万物の霊長といえども私たちには予測は不可能ですが、この数年来の地球異変は、幾つもの台風の被害と、中越地震、スマトラ島沖の大地震と大津波、ヨーロッパもアメリカ大陸も大雨大雪と寒波の大被害と、昨年、夏の猛暑から、最近二年ぶりの大雪と寒波の襲来などと続いています。

昨日の全国的な寒風の吹き荒れは、日本海に大きな被害を与え、更に、今夜からまた襲来の予想は、本当に自然の怖さを知ります。

あと一ヶ月先には陽春のお彼岸が近づき、彼岸会は、お浄土を偲ぶには格好の季節ですが、彼岸から娑婆をみれば、娑婆はあまりにも目を背けたくなるほどの事柄が続いています。

大災害、戦禍、貧困、飢餓、繰り返される理由なき殺戮、讃え敬うべき人間の生命すら、人間の奢りの狭間の中でこぼれ落ちてしまうようです。

阪神大震災を懐古して、某新聞の活字の中で、神戸市に住む菅野雅子さんという老婦人、自宅は全焼し、夫は生き埋めになり、気がついたときは自分だけが助け出されていたそうですが、私の脳裏から離れない彼女の言葉が、悲しさを超えて、生きるという人間の命の尊さを示していました。

「人間は一人で生まれ、一人で死んでゆく。夫婦もいつか別れるもの。前向きに生きんとね」と。

親鸞聖人の「あわれというも なかなか おろかなり」という言葉が身にしみました。 

生きてゆく私たちの生活の中での虚しさと悲しみを見据えるるときに、私は、私なりに前向きに生きようと、この世の安らかな願いをこめてお念仏をするのです。

guzou88ひとり言です


2008-02-25

(4)死んだらどうなるの

昨年の統計は発表されていないが、一昨年亡くなった日本人の総数は百八万四千四百八十八人。政府は明治から人□統計を出しているが、第二次大戦を除いて百万人以上亡くなった年は初めてだそうです。

いろいろな統計から推理されたことは、三十二年後の二〇四〇年には百六十六万人に増えると予想されている。

私の住む田舎町は、20年前までは活気にあふれる商店街とか、駅周辺の飲食店も盛んでしたが、今は、歩くのは老人ばかりで、商店街は閉鎖が続き、新たに、あいた店に夢多く開店した店も長続きできないのです。

近都市圏のこの町は、山手線の主要易まで約35分というが、若者は、育てた老両親から離れて、自由な生活に変わるから、残るは老人ばかり。

老人の長生きも結構だが、見放されて、東京や近隣の都市では亡くなる人が増えて火葬場が追いつかないという。

死というものは、誰でもあるのですが、延命治療の技術が高い日本では、もしもの時のことを考えて定年後の老人たちは、元気なうちに自分の意思を家族に伝えておくことが大切だと思うばかりです。

老人になるだけではだめです。「形見分けの文化がなくなってしまった。これからはシンプルに生きることと、遺影から遺産のことまで自分が亡くなった後どうするか、よく考えておくことが大切」。

終末医療や尊厳死とともに告知の問題も同じ。

また葬式をしない人が増え、東京では三割にも上るそうです。

死体はそのままでは困るので、火葬はするのですが、とりあえず火葬場の釜前で僧侶に簡単な釜前葬儀をして骨壺に収め、遺骨は持ち帰るようですが、「人骨は家の庭に埋めてはいけないが、骨をまく散骨は法律違反ではなく市民権もあるのですが、さて、どうする」。

千の風の話ではないが、火葬された遺骨は故人の亡骸でもあるが、お墓は亡骸が土に帰る、つまりはご浄土に帰る処で、故人の尊厳という心を持たない人の行為となると、同じ土に帰るといえども、ごみ扱いに近いわけで、故人がこの世に生きた栄光とは、忘れ去られるものなのか、六親眷属の「和」から遠ざけられた結末を見ることが多いのは情けない時代でもある。

guzou88の、ひとり言です。


2008-02-25

(3)現代の信仰心

信仰や信心を70・6%の人が「もっていない、信じていない、関心がない」としながらヽ魂や霊魂の存在を「ある」と考えている人が46・2%を占めることなどが、文部科学省・科学技術政策研究所による意識調査でわかったと、過去の朝日新聞の記事から知りました。

調査は07年1月30日から2月2日にインターネット調査の「gooリサーチ」に登録した18〜69歳の男女9894人にメールを発信、2868人から有効回答を得たらしいが、魂や霊魂の存在を「ある」としたのは男性が38・4%、女性が53・9%、30代が54・7%、40代が53・9%と高く、60代は31・0%という結果で、信仰・信心を「もっている」は15・1%だったが、宗数的な心は52・3%が[大切」と答えがあったことは、まだ楽しく生きる考え方からは救われる思いがしました。

しかし、私はこの内容は信じないのです。

それはパソコンを操り、インターネットの単なる「gooリサーチ」に登録したほんの一握りの人たちの意見であっって、全国で家の伝統などを重んじて素朴に暮らす人々の意見が皆無に等しいと感じ、まだまだ日本人の心は、生きている、生かされているという、近親者、故人とかご先祖に対する報恩謝徳の心は大きく、逆に70・6%の人が信仰や信心を持っていると確信しているのです。

付け加えての事柄は、お笑い番組なのだろうか、細木という女性の占い番組を見て、この易者は、云うことは立派であるが、やり方は、「それでは云うわよ」と、ぎょろりと睨んでから、やや時間をおいての魔術師の手口に変わり、あとはでたらめ。

それでも、リサーチの星占いに付いては、は63・2%が「全く科学的でない」と考えていたそうですから、私は、ほっと一息。

生きる感謝の念を忘れたら、不幸の始まりになります。

guzou88の、ひとり言です。


2008-02-24

(2)年々歳々花相似たり

今年は寒い年ですね。寒い寒いと云いながらの、老人のひとり言です。

地球の温暖化という異常で無秩序な混沌とした1年が過ぎて、寒さと雪の知らせのなかに、各地の春を告げる梅の花が咲き出したニュースも多くしる季節になりました。

中国の唐詩の劉廷芝(初唐時代)の作詩の一節に、「年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず」という言葉がありますが、毎年のように花は同じ美しさで咲きますが、それを見ると人間は同じではないということで、正月の梅の花は毎年春になると美しく咲きますが、人間は年毎に老いて生き、生命を授かるとともに約束された死という宿命を受けて、新春の梅の花を見ることができなくなった人もいます。

しかし、梅の花は活動のためにエネルギーを蓄え、芽をふくらませながら寒さに耐えて、春風の訪れとともに一斉に花を咲かせます。

同じこの詩の一節に、「今年、花落ちて、顔色改まり、明年、花咲くも、また誰かある」という言葉もあります。今年の花が散って、自分にも一年分の衰えがくるもので、来年も花は咲くに違いないが、その時、果たして誰が生きているか分からないのです。

人の世の無常のむなしさと、花に託したこの詩の一節は、年をとるに従い、その思いは強くなるもので、正月は確実にやって来ますが、人には来年の正月を迎えられるという保証は無く、それは天のみが知ることです。

今年も新春を迎え、誰でもが、「光陰矢のごとし」というように、月日のたつのはあまりにも速いことに驚きを感じていることでしょう。

「昨日を送りて、今日を迎え、今日を送りて、明日を迎う、人生百年、かくのごときに過ぎず」というように、人間の一生は、いくら長生きをしたからといっても、このような毎日を繰り返しているに過ぎないのです。

生きている限りは、苦怒哀楽の人生、生きている、生かされている感謝の心で、楽しく生きましょう。

guzou88の、ひとり言です。


2008-02-23

(1)連日のように、事件が起きる。

私は浄土真宗の80路を生きる住職ですが、近年、世の中が何となく暗く感じています。

仏教の布教のブログではありません。

お互いに一人の人間として語りあいませんか。

老若男女問わずに、明るく生きる事を模索したり、悩み事を考えましょう。

近年、世の中が、昔に比べて暗い世相になっています。

わが子をあやめる親もいれば、親を手にかける子もいる。

親は赤ん坊を抱きあげたときの喜びを、そのとき返ってきた笑顔を、子どもは優しく抱擁されたときの安心感を、そのぬくもりを、それぞれの胸の奥深くに、きっと刻んでいたろうに。

切るに切れない親子の縁より、なお断ち切りがたいのが親子の情のはずなのに。

連日のように、事件が起きる。

原因は、家庭でも、職場でも、当たり前の挨拶が無くなっている。

生活の基本は、当たり前の挨拶から始まり、楽しく生きる事です。

生きる感謝の心がありば、おはよう、ありがとう、すみません、ご苦労様でした、お休みなさい、元気でね、はい。

当たり前の挨拶を忘れていませんか。

guzou88の、ひとり言です。




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