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投稿日時 2008/3/29 12:46:33
更新日時 2008/4/12 9:01:34
2008-04-11

(50)中国の覇権主義その3

今回は、中国にとって、また日本にとって、チベット問題とは何かを考えました。

チベットは中国にとって、列強侵略の中で唯一の残った神聖不可侵の領土であると、絶対手放すことはできない所だとしているのでしょう。

その背景には、列強の侵略を防ぐためには、近代化を進めるしかないという清朝以来の恐怖心が存在していて、一党独裁派遣主義の現在中国の指導者の考え方のあらわれであると論ずる人もいます。

中国の目的とは、チベット侵略後は、言語を統一して富国強兵に成功した戦前の日本の植民地支配をモデルとしていたことが、現在のチベットの同化政策につながっている様相からも、解ってきました。

チベットは、古代から独立国家でありましたが、清による支配を受け、清の滅亡後、再び独立国家となりますが1950年に中国人民解放軍による侵略を受け、たいした武器も持たないチベットは軽く軍事制圧されてしまいました。

その際中国人民解放軍は、夥しい規模の破壊とともに、チベット族の大量虐殺を行ったことは、山国育ちラマ教信者の心に恐怖心として焼き付き、更に追放された、ダライ・ラマ14世を慕う人たちの生活から心まで束縛されているのです。

その後、チベット自治区が設置されたのですが、1955年 に「中華人民共和国政府による併合」に抗議するチベット動乱が勃発し、武力弾圧の結果、十数万人のチベット難民が発生し、インドとか中国各地の辺境の地に移り住み、漢民族の奴隷のような貧困に喘いでいるのです。

自由の祭典オリンピックは北京で開催されますが、人種差別と経済発展を楯にした経済大国といえども、眠れる獅子が、バブルを吹いて夢を見ているようですが、さて、こんな泡が飛んでしまう姿が何となく感じるこのごろです。

Guzou88の、ひとり言です。


2008-04-10


(49)中国の覇権主義その2

現在のチベット、モンゴルなどで信仰されている、「ラマ教」は俗称で、7世紀頃インドからチベットに伝わった仏教の一派ですが、お釈迦様以来の仏教の平和思想のダライ・ラマ14世は一貫して非暴力主義者であり、一連の騒乱には、まったく関与していないが、チベットでは絶対的な、生き仏として慕われているのです。

3月10日にラサではじまったチベット人のデモや抗議活動は、瞬く間にチベット自治区から、隣接する青海省や甘粛省、四川省へ拡大しました。

中国政府は、暴徒化したチベット人により商店や政府関連施設が破壊され、犠牲者が出たと発表し、騒乱の背景には、ダライ・ラマ14世の扇動があったとの主張を繰り返しています。

その一方で、亡命チベット政府や人権団体は、平和な祖国の安定を願っているのです。

しかし、中国政府が武力で武器を持たない人たちのデモの鎮圧を図り、死者の数も何百人を越え、神聖な僧侶が多数逮捕拘束されていると報道されているのです。

そもそもこのデモの発端は、チベット市内の寺院で、中国政府に対する平和的な抗議を行っていた数人の僧侶たちへ警察官が暴力を振るったことが始まりだそうです。

それを目撃したチベット人たちが激昂し、デモに拡大したのですが、以前からこの程度の抗議活動は貧困に喘ぐチベット人の居住地域では頻繁に発生しており、それが爆発したのですから、世界の自由を愛する人たちも自由開放に動き始めて当然のことです。

ダライ・ラマ14世がインドに亡命して以来、中国政府は、鉄道や道路のインフラを整え、チベット自治区を豊かにしたと自負しているが、経済的な恩恵を受けているのは移住してくる漢民族だけとは恐れ入ったもので、横暴極まりなく、まさに覇権主義そのものです。

貧富の差は、漢民族と、チベット人との間には歴然とした格差が存在していると言いますが、当然に、チベット人たちの不満につながっているのは当たり前の出来事と感じます。

天然資源が豊富なチベットは中国にとって戦略的にも重要な土地であるため、中国は決してチベットの独立を許さないでしょう。

チベットとかブータンは、日本民族移動発祥の地ともいわれ、文化と生活の影が何となく感じるだけに、同じ血が騒ぐように思うのは私だけでしょうか。

Guzou88の、ひとり言です。


2008-04-09

(48)中国の覇権主義その1


一党独裁の国、中国の過去に称えた覇権主義反対とは何だったのだろうか。

反日と、危険な野望と、経済制覇のみならず、軍事的にも大国を目指し、危険きわまりない中国は、アメリカを西太平洋から駆逐し、台湾を併合し、アフリカ、シベリアを買収して、覇権主義の姿がはっきり見え始めました。。

過去の日本が、台湾とか、朝鮮を植民地としての支配の歴史とは、根本的に違う問題で、中国の、武力によるチベットの侵略は、人権問題を伴って許される事ではありません。

仏教国、チベット人にとっては生き仏とも崇拝する信頼の中心ともなるチベットの象徴ダライ・ラマ14世が追放され、国民は貧困のどん底に喘いでいます。

日本が敗戦となり、アメリカに占領されたが、これは宣戦布告によって互いが戦った結果によるものですが、当時神国日本の天皇は現人神として敬い奉つる日本の象徴でありましたが、もしもアメリカが天皇を海外に亡命させて、とんでもない人間を国の象徴だと決めつけた政策をとったら、現在のイラク、アフガンどころの状態を越す、大和心の桜を散らす如き、自爆特攻の悲惨な事件が永久的に続いた事だろうと思います。

当時の日本人の心は国民皆兵の徹底的な教育で生きていましたから、爆弾を抱えて飛び出した特攻隊の歴史は生々しく思うでしょうが、終戦といえども米軍に向かって自爆テロは延々と続いたでしょう。

いま、オリンピックの聖火はフランスで消えたり、再燃させてどうやらフランスは過し、これから北南米、アフリカ、中東、オーストラリアを経て、日本に向かって来ます。

中国のチベット覇権の行為に対して、世界中の人々の心は怒りで、中国の反省を求めていますが、これから何が起きるのでしょうか。

とても心配な事は、もしも、チベット国民の宗教原理主義の戦いが起きると、自爆テロも続き、ヒマラヤの山麓は大爆発の連続になってしまいます。

Guzou88の、ひとり言です。


2008-04-08

(47)人を思う

「情けは人の為ならず」という言葉があります。相手に情けをかけることはやがて巡り巡って自分のためになることをいいますが、「人を思うは身を思う」の言葉も、実は「人を憎むは身を憎む」と続きます。

相手を思いやることは、尊いことであると分かっていてもなかなか難しいことです。

情けをかけることがそんなに難しいことなのか、と疑問に思われる方も多いのではないでしょうか。

たいていの場合、自分が気づかう相手というのは、家族や身内、あるいは友人・知人など、身近な人であって、見知らぬ他人に対して家族と同様な思いやりの気持ちをもつことができるでしょうか。

「旅の恥はかきすて」という言葉の背景にも、このような意味が込められているのではないでしょうか。たまにする旅行であるから、だれからも干渉されることなく気ままに過ごしたい。これが本来の意味でしょう。

「自分のお金を使って来ているのだから自由勝手に振る舞うのが当然だ」と考えているようでは旅をする資格がありません。

気ままに過ごすことによって、自分が他人に迷惑をかけていることに気づいていないのです。

つまりは、当然のことながら他人を気づかい、思いやる心などは欠けているとしかいいようがありません。それが今の世の中なのでしょうか。

Guzou88の、ひとり言です。


2008-04-07

(46)介護保険

介護保険の制度が出来てから、高額の保険金をしはらわなくなり、老人も、丈夫な時は、考えないけれど、今は、老人だけで暮らす人が多いのです。

介護保険のサーービスの給付を受けるには、どうすればいいか。様々な選択肢を考えて、最初に自分の市区町村の窓口に、介護が必要かどうか判断してもらう要介護認定の審査を申し込むのですが、市区町村が置く地域包括支援センターでも申請や相談ができます。

最後まで自宅で暮らすのか、できるだけ自宅で暮らしそのあと施設に入るのか、色々な選択肢を考えて相談するのが一番だといいます。

最初は施設に家族が同伴したり、短い時間の利用から始めたりして、お年寄りの生活に自然な形でサービスが入り込むように心がけるのが大事だそうです。

本人がいやいや利用するような場合、ストレスで症状が急激に悪化も心配です。

要介護認定の申請は、本人や家族がするのが原則ですが、家族が遠くに住んでいる場合など申請から認定結果が出るまで、だいたい30日ほどかかります。

しかし、緊急に必要な場合は、申請した日からサービスは利用でき、その場合、費用はいったん利用者が全額払い、要介護度が出たら、程度に応じて決められた限度額内で9割が保険から出ます。

限度額を超えた分は自己負担となりますが、要介護度が決まる前にサービスを利用すると、思ったより軽く認定された場合、予想以上の自己負担が生じることがあります。

認定結果が出る前の利用は、必要最低限に抑えた方がいいでしょう。

Guzou88の、ひとり言です。


2008-04-06

(45)老人の涙
                    
この世に生物の宿命とやら命を授かってから、万物の霊長たる人間は、親のあふれ出る程の愛情に育ち、心の躍る青春時代を経て、結婚して、夢中に働いて、定年退職からご隠居という人生に過ぎます。

振り返れば何事にも経験豊かな老人と化して、ご浄土に帰る定めは否定することは出来ません。

昔から老人の言葉は、「俺たちの若い時は違っていた」と言うが、これは次々に文化の発展が生活文化を変わらせた相違から言われる。

人間らしいまともな話で、私たちは地域社会から多くの恩恵や優しい心を引き継いで暮らしていました。

敗戦憲法と日本人としての基本教育は、世に言う金玉を抜かれた姿と化して、文化文明の発達は太平洋戦争の後から60年を越して、自由勝手な社会が変わり過ぎたのでしようか。

以前は殺人事件等という恐ろしいニュースは一年で一回か二回程度で、今は、子が親を殺し、親が子供を殺し、兄弟友達と簡単に殺すことは日常茶飯事と化してしまいました。

秋田の素朴な田舎町の出来事、判決は下りましたが、控訴とは。

小学生の剛健君の殺害事件で三軒隣の母親が死体遺棄と殺人の疑いで逮捕され、なんと自分の愛娘まで高い橋の上から突き落として殺して平然としていたようですが、何とも痛ましい事件で、昔から遠くの親戚より近くの他人という言葉があるように、私たちは安心して、昔同様に地域社会から多くの恩恵や優しい心を戴いて暮らして居たのですが、邪悪なニュースが氾濫している現在、何を信じ、何を拠り処として生活すれば良いのでしょうか。

老人の涙が絶えません。 

Guzou88の、ひとり言です。



2008-04-05

(44)桜散る

私の住む地域の桜が、4月1日の台風のような異常気象の猛風にも耐えて、昨日で満開の峠を越した模様で、今日の午後に計画している近くの公園散歩が楽しみです。

「あしひきの 山のま照らす 桜花 この春雨に 散り行かぬかも」と万葉集にも詠われてはいますが、昔から変わらずに、桜が美しく咲く時期には、必ずというほどに雨が降るのは不思議です。

私は、世界の各地を旅をして、日本の桜の咲く姿の美しさは、世界一と常々思っているのですが、満開に咲いた後の桜の散る姿は、寒い冬を過ごして、桜の美しさに春の訪れと希望を与えてくれます。

今度は、散る桜の中を歩く時に、ふと、日本人の持つ気質に気付くのです。

本居宣長の山桜への想いにも「敷島の 大和心を 人問はば 朝日に匂ふ 山桜花」と詠われ、戦時中は特攻隊に出撃する若者の心の指針となりました。

人間、美しく散るということは、心おきなく散って行くことで、誰でも願うことですが、この平和な社会に心おきなく死んでゆくということは、結論としては、社会の人々から惜しまれて人生を終わる事になります。

自分が納得して、桜が散るようにこの世から去るということは、生きてきた感謝の心が無くてはかなわないと、老生を送っているのですが、単なる凡人に、望みはありません。

散る時は知りませんが、いつも私には「阿弥陀如来さま」が、見守っていてくださるという信心を頂いている安心感があるだけです。

Guzou88の、ひとり言です。




2008-04-04

(43)後期高齢者医療保険
                      
今年の4月1日から保険制度が変わりました。

今月に入ってから、未だ病院へ行っていないのですが、急に3割負担となり、過去の国民健康保険被保険者証が使えなくなりました。

良くも鮮やかに変えたものだと関心するのですが、この制度は、最初誰が考えたのだろうか、戦後教育を受けた、キャリヤというお役人の発想からなのか、三流無責任の議員諸侯の名付けかは不明ですが、なんと、「後期高齢者医療保険者証」とは。

75才以上の老人に適用される制度で、医療支払いは3割負担とはきつい定めで、老人が増えすぎた結果に責任転嫁とは、情けない。

私がこのブログを始めて老人に対する祝いの言葉を書きましたが、七十歳の古稀は、唐の詩「人生七十古来稀なり」にちなんでのものてすが、当時は七十年生きることは稀なことだったようで、今は、男性の平均年齢は78歳を越しました。

喜寿は喜の略字が七十七と書くことからですが、古来稀に生きるのが、現代では当たり前の長寿社会で、近頃の生きざまは、楽しみも少なく、可愛がって育てた子供達からは「あまり長生きされると、私たちは困る」と、喜び祝うどころではなくなっているのが現実なのです。

この時代、国までが、この高齢者を後期高齢者と称するのは、情けない定めで、本当は、「末期高齢者」とでも決めたかったのだろうか、銀行のカードではないけれども、シルバーを越したら、「ゴールド高齢者」ならば、納得もできるのですが、該当者の心は揺れ動きます。

将来の最終的な事件は、深沢七郎の映画「楢山節考」的な流行でも起きたら、こんな法律を作った輩は、地獄に落ちてしまえと、情けなく思うのです。

Guzou88の、ひとり言です。


2008-04-03

(42)主観の相違

ある記事から、主観の相違について、「なるほどその通りだな」などと思う事が多いのです。

人間は皆自分の主観に生きているから、人の話すことを、「そのまま」に聞くことは非常に難しいということは世の常でもありますね。。

「なんでも話してごらんなさい。聞いてあげますから」とは言ってみるものの、いざ相手が語り出すと、心にさざ波が立ち、心にひっかかること、腹が立つこと、納得できないこと等が、頭の中を駆けめぐります。

人間の智能の働きは、感情という作用がありますから、そのまま聞いていることにはならなくなります。

同じ事を聞いても、それぞれの思いの中で聞くと、違った聞き方になります。そして、それを文章に聞き書きしても、やっぱり全然違った言葉になり、それが証拠に、同じ出来事を取り扱う朝日新聞と産経新聞の論調が、左右に百八〇度違うのはいつものことだと、私は常々思っています。

スポーツ新聞でも、昨夜の試合で巨人が負けても、朝の報知新聞を読んでみるとひょっとして昨夜観たのは幻覚で、ひょっとすると本当は巨人が勝ったのではないかと疑ってしまうような、そんな書き方をしてあることも珍しくないのも似たような話になります。

いくらなんでも、真実の世界を告げる新聞までが、人間の勝手な主観で聞き書きされていてはたまらない。 

野球の話に飛ぶと、今年の巨人軍の連敗のテレビ、私は、見ている内に番組を変えてしまうが、拍手喝采してこの画面に喜悦満面の人もいる。

人間の智能の働きは、人それぞれに感情という作用がが違うのですね。

Guzou88の、ひとり言です。


2008-04-02

(41)日本蕎麦

私の生まれは信州上田で、妻の生まれ育ちは甲府ですが、お互いに生まれ育った故郷の自慢話はつきないのですが、最近は圏央道の開通とか、関越の高速道路は、群馬県、長野県、山梨県、有名な温泉地は全て車で2時間以内です。

観光地の途中にはそば屋さんの看板が多く、人気食品ですが、そばは最近の新聞では甲州が発祥地だと書かれていて、ここで、妻と私の意見が対立しました。

蕎麦(そば)は、穀物のソバの実を原料として加工した、日本の麺類の一種、日本蕎麦とも呼ばれているのですが、歴史は古く、日本料理として、うどんや寿司、天麩羅と並ぶ代表食です。

そば(つなぎの入らないもの)をゆでた湯はそば湯として飲料にきょうされ、そば好きの人には欠かせないものです。

このそばの調味として作られる「つゆ」は主に西と東では色や濃さ味に明らかな違いがあり、その成分も各地によって好みが分かれているようですね。

古くは、(そばきり)と呼ばれたようですが、現在は、省略して単に蕎麦と呼ぶことが多いが、「蕎麦切り」の呼称が残る地域も残っている関係からでしょうか。

この蕎麦切りの存在は、長野県木曽郡大桑村須原にある定勝寺の古文書に蕎麦切りが存在していたことが判明しているという論文があります。

他に蕎麦切り発祥地として天目山栖雲寺(現在の山梨県甲州市大和町)説(天野信景『塩尻』)もあるが、確実な発祥地とは言い難い。

発祥地は夫婦言い争っても味けがありませんが、蕎麦は手打ちが一番といいますが、旨いに越すものはありませんが、高い安いと差はあります。

私は海外旅行で成田第2ターミナルへ行くと、楽しみにしているのが、この空港内のレストラン街にあるそば屋さんの蕎麦を必ず食べるのです。

ここの蕎麦は本わさび一本とおろし金が付いていて、つゆが旨いから私の大好物、つい、両手を合わせて「頂きます。」旅のの安全も共に祈願する。

ここでは、いつも妻と「美味しいね」と、意見一致するのです。

Guzou88の、ひとり言です。



2008-04-01

(40)素粒子

私が楽しみにして、最初に必ず見る朝日新聞の夕刊、右隅の「素粒子」です。

新聞という記事は、誰が書いて紙面に載るのかは不明ですが、毎日、記者が変わるのか、その日によって、文調が変わるから、今日の是は面白いとか、ちょっと左傾化していると思ったり、朝日らしい記事だと思ったり、時には、これは切り抜いて保存しようとか考えます。

記事・値上げラッシュの4月に上がりそうにないもの 内閣支持率。自衛隊の士気。警察の張り込み力。お父さんの小遣い。息子の成績。
感想・内閣支持率の低下と、お父さんの小遣いは、その通りと思うのですか、チョンボはありましたが自衛官の士気の低下はちょっときついと思います。
息子の成績は、ほんとうだが、世界の子供達の勉強努力はすごいもので、負けずに頑張ってもらいたいと願うばかりです。

記事・ガソリン値下げの4月に下がりそうにないもの 原油高。円高。世界のチベット注目度。お母さんの肥満度指数。石原都知事の頭(こうべ)。
感想・レストランに行っても、観光バスに乗っても、病院へ行っても、ほとんど女性で、女性は優雅に見えるだけ肥満度指数は下がらないと思いますが、若い女の子は痩せて美しく見せたい努力ご苦労様と云いたくもなります。
他の事は、みんな心配している事だと、私は納得しています。

記事・早くも桜が満開の所も。嫌なニュースが多い昨今、時には酔って騒いで浮かれましょうか。
〈さまざまの事おもひ出す桜かな〉芭蕉
感想・老人には、桜に関わる思い出は尽きませんが、時には酔って騒いで浮かれる相手がいません。

Guzou88の、ひとり言です。



2008-03-31

(39)別荘暮らし

桜が満開となり、何となく心がうきうきとする心境になるのは、寒い冬が去ったからでしょうが、金がたくさんあって余裕のある人は、冬の寒い間は暖かい地方に別荘を構え、悠然と暮らせる人もいます。

また、暑い夏は涼しい地方に別荘を構えて、優雅にもおもえるのですが、私が懇意にしている家の近くに住む家族は、河口湖に別荘を持っていて、冬の間は、時々家の風通しに行く位ですが、これからは、その家族の若い人たちは、陽気の変化が一番に気がかりとなり、お爺さんが留守番で、土日は河口湖へ車で通い始めます。

別荘の土地は広く、そこで、趣味のハーブの栽培を楽しんでいるそうですが、この家族には、夫婦離別の姉妹が、95才で丈夫なお爺さんの父親と住んでいるのですが、私の住む川越市から河口湖への道は遠く、最近は鶴ヶ島から八王子に通じる圏央道が開通して、1時間少々で行けるようになったから、お爺さんの留守番が増えて大変だと思います。

近くに嫁いだお孫さんが、ひ孫の赤ちゃんを連れて、食事の支度に来るので、年寄りの心は和やかそうに見えますが、車の事故を心配していることには変わりはありません。

昨日も、私は、近くのお伊勢塚公園の外周を万歩計の散歩をして、中央部にある大きな池のほとりで一周毎に一休みするのですが、冬の間は群れるようにいた鴨が、居座るように数匹が泳いでいるだけですが、この冬の間、過ごした鴨たちの池は、何千`も離れた別荘なのでしょうか。

自宅とも言えるシベリヤに帰ったのだろうが、ここで子供を産み育てて秋にはこの別荘の池にくるのだろう。

人間でも、動物でも、帰る処があると約束された生活は、そこが、いくら遠くても、一番に心の安まる場所なのでしょう。

Guzou88の、ひとり言です。



2008-03-30

( 38) 我聞さん
                        
「いじめ」の問題について、大阪市の明光寺の管純和住職の説かれる、俳優の、河相我聞さんの事を書きたくなりました。

河相さんが最初にいじめに遭ったのは小学生の頃、名前が変わっているというのが理由だった。「我聞」は本名だが、困ったことに、子供の世界では、時には大人の世界でも、「変わっている」ということが、そのままいじめの対象になってしまうことがあります。

しかし、幸いなことに長じてからの河相さんにとっては、印象に残り、覚えられやすいその名前が俳優として生きていく上のプラスと転じるようになりました。

 河相さんの名、「我聞」はお経の始まりの言葉、「如是我聞」に由来しています。

お父さんが、週末には必ず築地の本願寺にお参りし、法話を聞くことを常にしていたほどの篤信な方で、浄土真宗に対する理解が深く、釈尊の説法である、お経の開始を告げる言葉を、そのままわが子の名前とされたのです。

「如是我聞」は、「私は釈尊から、このように聞きました」と訓むことになります。

いかにも重厚な響きだが、日常の言葉に訳すと、「このように私は聞きました」と、単純明快であもあります。

この言葉が冒頭に置かれる以上、お経というものは、聞き書きであるということを表しています。

guzou88の、ひとり言です。


2008-03-29

(37)大雑把な心

もともと誰でもが持つ人間性というものは、「善人」「凡人」「悪人」に区別されます。

凡人とは普通の人であり、悪人は、一般的な表現として善人の正反対の悪党とか悪玉などと区別される人だと理解されています。

悪人とは、難しい学者の論文からかけ離れて、私なりの説明をさせていただくと、悪という文字そのものを見て、象形文字そのままの解釈から、悪とは亜の心で出来ていますから、亜を大雑把と解釈して、その心を持つものを悪と云い、そういう人を悪人と区別しています。

「悪人正機」という言葉を聞いたことはありませんか。

「大雑把な心を改める・悪人正機」を説いてみますと、この、大雑把な心とはどのような心をいうか、私なりの説明をさせて頂きます。

世の中には、「私は無宗教」であるという人がいまが、無宗教と称する人にとっては、この社会にあって、生きている現実は、人間が生まれ、育った過程の否定にあたる知恵のない存在を表明するもので、これこそ「大雑把な心」による、恵みを知らない悲しい人生を、自分で作り出しているも同然です。

人間というものは勝手なもので、生きている、生かされている、という現実に対する感謝の念を忘れて、助けてくださいとか、何かを与えてくださいと願う、「苦しい時の神頼み」は、弱い人間の方便で、喜び一杯の時になると、喜色満面のお祝いとなるのが、この社会の習しとなっています。

神様、仏様といっても、その「大雑把な心を改める」知恵を持たないのが一般的ですから、心配ご無用と申し上げたいのですが、なぜ、人間は、万物の霊長なのかは、この地球の生き物の中で最大の知恵を持つものが、万物の霊長といわれる人間であることを知っていただきたい。

この世に生を受ける者には、凡人で当たり前のこと、善人も凡人の仲間ですね。

guzou88の、ひとり言です。


2008-03-28

(36) 親子の絆

この世に生きる自分の存在と、親子の絆についてのみ考えて見ました。

誰でも、必ず父母が存在して、しかもその父母には大きな恩を被り、生まれるには父母の縁が備われなくてはならない、父母は自分の生まれる為の因縁があるのです。

社会通念上では、この父母の因縁から自分のこの世の存在を感じ、親は子を産んだのだと言い切り、わが子と呼称する理屈が出てくるのです。

何故、親が子を産んだだけでしょうか、よく聞かれる親の言葉ですが、親は「誰のお陰で生まれたとおもうか」という言葉があります。

逆に、子供は「誰が生んでくれとたのんだのか」と切り返してくる始末で、これが現在の人間親子関係の常識でしょう。

私たちは、父親を選び、何億という精子の中から、自分という、たった一匹の精子が、強烈な自己を表現して縁をいただき、母親の体内を借りて、タイミング良く卵子に遭遇して、自分で選択して、「この世に生まれ出たいという自分の心」による、自己の責任によって出生したのですよ。

「この世の縁をくださった父母の恩」が、この世に生きる自分の存在を認識する原点になるのです。

この世に生まれれば、必ず死があることを忘れて生活する事が、人生楽しく生きる事ではありません。

前世から続くこの世と、限りない命を賜る後世の、三世の定めは、先祖の恵みを限りなく照護されて生活しているという事を認識して、感謝の心をもっていただきたいものです。

guzou88の、ひとり言です。


2008-03-27

(35)友を選び、才たけて

私には、あるブログを見て、メール交換から知り合った老婦人の友がいます。

私は長野県出身で、当時としては長野県でもトップクラスの県立旧制中学を出ているのですが、彼女も同じ長野県出身で、同じく長野県でもトップクラスの県立旧制女学校で学んだ才女で、同じ時代に生きて、同じく苦の娑婆を生き抜いた老人同志です。

長野県は信州と云いますが、概して信州人は理屈が多く、日本の中心の屋根にあたる冬は寒いだけに我慢強く、努力家といえる人が多いと云われ、教育県として知られています。

昔の山国、信濃の国の生活は、信州みそに野沢菜の漬け物が主体の素朴な食事生活だが、山国ならではの果物もあり、素晴らしい自然との関わりなども多く、インターネットのご縁を頂いて、ふと、ふれた「あきの70路を生きる」http://blogs.dion.ne.jp/akino/
ブログ記事から投稿の始まり。

毎日の日記は、老婦人の人生を学び苦労の蓄積が現れて大変に勉強にもなるのですが、才たけた知恵は、老婦人は作家でもあり、彼女の小説も読ませて頂いたが、尊敬の念も沸いてきます。

過日、朗報に接したのですが、彼女の小説が、今年の「信州文学賞」に受賞が決定されたとの事。

老人、お互いにお会いする必要の無いいメール友達ともいえども、その喜びは、私が受賞した程に嬉しく、その心は「友を選ばば才たけて、眉目麗しく情け有り」、と感じるのです。

才女とのメール交換は、老体に鞭打って、お互いに和やかに安定した家庭に暮らす、人生楽しく生きる糧でもあるように思うのです。

guzou88の、ひとり言です。


2008-03-25

(34)悩み相談とは

私の建物の入り口に、「悩み相談・無料」の看板がある関係から、いろいろな人の相談が多いのです。

時には夫婦の絆、親子の絆、友人との絆などから相談事が多いのですが、特にこの絆については、絆とは因縁結果の認識であり、その認識の不足と迷いから、自己中心の相談事になってくるのが殆どです。

近頃はテレビの番組も、単なる視聴率重視の無責任なものが増えてきましたが、それらの番組に登場して、失礼ながら、単なるタレントとして知られるだけの無智な人たちが、いかにも経験豊かな指導者らしい振る舞いで結論断言する言葉は、悩みをもつ人たちには益々迷い込んでしまうことが多いのです。

このような事から、先ず易者を頼り、悪いと思う事柄の責任をご先祖に押しつけて、易者は一儲けしたら、次は、寺社にて供養してもらいなさいと、結論づけるから、私の所に来る人が多く、私の答えは、「自己中心の心を捨てて、自分が生きているという原点に戻りなさい」と答える事が多いのです。

神仏を拝めば拝む程良いと云われますが、それでは、お坊さんが宝くじを買って、当たりますようにと願っても、毎日仏に仕える身であっても、宝くじは当たりません。

結論とは、最終的なものですから、まず何故ということから、自己中心の判断を捨てて、「和」の原点に立ち返り、自分自身を認識することで結果を模索します。

頭が重いと、肩も凝りますし、痛くもなりますが、軽くすると明るさが見えて来ます。

頭を軽く、いつも下げる生活が、「和」の原点であり、人生楽しく生きる道につながると、思うのですが。

guzoo88の、ひとり言です。



2008-03-24

(33)悲しい時代

葬式をしなくても、火葬はできるのだが、人間死んだらおしまい。
生きて生かされて苦楽と共に、社会を築いた人であろうとも、育てはぐくんだ楽しい思い出もある人であろうとも、その死後の取り扱いは、昔から築かれた日本人の心を変えるような、悲しい時代になっていることを知りました。

故人と深い関係を持つ人の心は、死んだら全ておしまいだと、パソコンに飛びついて、安上がりの始末を考える。

東京の火葬場の釜前の葬儀は、形式的にお坊さんに軽く読経してもらい、火葬後は骨になって持ち帰る、それでおしまいとは。

インターネットで探し出した、安上がりの葬儀屋さんの、商売競争の影響が大きい結果かもしれません。

信仰や信心を70・6%の人が「もっていない、信じていない、関心がない」としながら、魂や霊魂の存在を「ある」と考えている人が46・2%を占めることなどが、文部科学省・科学技術政策研究所による意識調査でわかりました。

調査は科学技術への意識の基礎データ取得や、インターネットを使った調査の妥当性を調べるため、07年1月30日から2月2日にインターネット調査の「gooリサーチ」に登録した18〜69歳の男女9894人にメールを発信、2868人から有効回答を得たもので、日本の社会全般の調査結果ではありません。

魂や霊魂の存在を「ある」としたのは男性が38・4%、女性が53・9%、30代が54・7%、40代が53・9%と高く、60代は31・0%の答えの時代です。

信仰・信心を「もっている」は15・1%だったが、宗数的な心は52・3%が[大切」と答えがあるから少しは心が安まります。

更に、最近有名になり、のぼせ上がっている細井とやら、占いは63・2%が「全く科学的でない」と、これは当たり前のことですね

Guzou88の、ひとり言です。



2008-03-23

(32)リハビリの春

春のお彼岸の日曜日、仏のお慈悲の中に生きる喜びは、今日の晴れ晴れとした天気のように、心はすがすがしく感じます。

昨年一月、たった80センチ程度の高さの脚立、上から降りようとして足を踏み外して、後ろ向きに落下、腰骨の骨折で入院治療などと、1年生かされて、リハビリに苦闘して、寒さは苦手と、家に閉じこもって治療対策を考えました。

昔の雑誌には、「中山式自力健康器」の宣伝広告が載っていて、知人から、「もう1年がたったのだから、今では「中山式快癒器」として市販されている器具で治療したらと勧められて、痛みを我慢して、毎日寝際に布団の中で、腰の上から下まで10分程度、場所を移動して強い指圧のような治療をつづけ、お陰様で確実に90%は治療に成功することができました。

いよいよ、陽春到来、散歩というリハビリは休止していた体が、散歩をする気持ちに変え、近くの公園まで車で移動して、公園の周辺の散歩を始めました。

木々の葉が芽吹き、桜の蕾もふくらませて開き始めました。

新しい季節の到来にうきうきし、心は春のこぼれ日に、ちらちらと1年を思います。

昨年は、退院して、桜満開の中を、はーはー云いながら歩いて見ましたが、途中棄権で過ぎましたが、この1年の間に、老人となった親友が何人もこの世から去ってしまいました。

冬が終われば春が来るといえど、出会いもあれば別れも有り、うららかな風の流れのように、友との人生の長い付き合いの影が、ぼんやりと感じられるのです。

Guzou88の、ひとり言です。



2008-03-22

(31)葬式をしない人たち                                 
一昨年亡くなった日本人の総数は百八万四千四百八十八人。政府は明治から人□統計を出しているが、第二次大戦を除いて百万人以上亡くなった年は初めて。これが三十二年後の二〇四〇年には百六十六万人に増えると予想されている。東京や横浜などの大都市では亡くなる人が増えて火葬場が追いつかない。

延命治療の技術が高い日本では、もしもの時のことを考えて元気なうちに自分の意思を家族に伝えておくことが大切。終末医療や尊厳死とともに告知の問題も同じ。

また葬式をしない人が増え、東京では三割にも上る。

人骨は家の庭に埋めてはいけないが、骨をまく散骨は法律違反ではなく市民権を得てきた。

千の風の話ではないが、火葬された遺骨は故人の亡骸でもあるが、お墓は亡骸が土に帰る、つまりはご浄土に帰る処で、故人の尊厳という心を持たない人の行為となると、同じ土に帰るといえども、ごみ扱いに近いわけで、故人がこの世に生きた栄光とは、忘れ去られるものなのか、六親眷属の和から遠ざけられた結末とは情けない時代でもある。

自分が亡くなった後どうするか、よく考えておくことが大切な時代になっているのです。

guzou88の、ひとり言です。



2008-03-21

(30)お供えの和菓子

自宅のお仏壇に、待ち遠しい桜の開花を前にして、供えられる和菓子の中でも一番好まれるものは、桜餅だそうです。

彼岸中、寺にお参りにくられる人たちの供物に、桜餅があります。

昨年の夏に塩漬けされた桜の葉は、産地は南伊豆地方とか、大島で加工された物が良質品だと云うことを聞いていますが、多分、梅酢に漬けられたものでしょうが、なぜ、このような春らしい香りがするのでしょうか。

中の餅は、ピンク色に色づけされていて、おいしいお茶と共に頂く素晴らしさは格別。

供えを受けられた仏様も、生きて食べられる喜びを知りなさいと、ほほえんでくださる事は必定です。

桜餅は、餅を桜の葉で挟んだ和菓子で、もち菓子だとばかり思っていましたが、葉の中は鉄板で焼いたものもあるそうで、関東のものは小麦粉を焼いて菓子風につくられるのだと聞いて、それでは、関西ではとのような物なのか、物知りの方の話では、道明寺ほしいいとかで、餡を包んだものだとのこと。

平素、辛口の私には、頭の中がこんがらかってしまいます。

おいしく頂けるものであれば、食べてなおさらに生きる幸せを味わえる訳ですね。

Guzou88の、ひとり言です。



2008-03-20

(29)お釈迦様

春のお彼岸にちなんで、仏教を開いたお釈迦様について聞きかじりの話をします。

お釈迦様は、インド国境に近いネパールの片田舎ルンビニでシャーキャ(釈迦)族の王子として生まれ、ゴータマ・スィダールタと名づけられ育ち、母マーヤは七日後に亡くなってしまい、伝説では、生まれてすぐに歩き、天地を指して「天上天下唯我独尊」といわれたそうです。

結婚もしているのですが、人生の苦悩を解決する道を求めて、30歳を過ぎてから、育った城を出て、出家してインドの過酷な炎熱の大地を歩き、苦行を続けたのですが、苦行の無為に気付いて瞑想を始め、ブッダ・ガヤーの菩提樹の下でガヤーの呼吸法(ヨーガの呼吸法と異なる)による瞑想で覚りを開きました。

お釈迦様は、生きる限り、覚った真理を人々に伝えることを決意、バラーナスに近いサールナット(鹿野苑)で始めて法を説き、以後、80歳まで説法を続け、ルンビニに近いクシナーガルで静かに入滅したのです。

釈尊が覚った真理の教えは、中国を渡って日本に怒涛のごとく伝わり、以来1400年、この教は日本で完成したのですが、人間の生きる苦難から離れて、生きる喜びと感謝の真理を頂き、今更ながら、釈尊の偉大を知ります。

guzou88の、ひとり言です。



2008-03-19

(28)春を歌おう

梅の季節も過ぎ、三寒四温の中で、つい暖かさに浮かれて、なんとなく閉じこめられた季節感から解放されて、子供の頃に覚えた、滝廉太郎作曲の「春」の歌を口ずさみます。

滝廉太郎は、東京に生まれ、富山・大分で少年時代を過ごし、1808年に東京音楽学校(現東京芸術大学)に入学、3年後に留学生としてドイツに渡ります。

しかし、結核におかされ帰国、大分で療養中、23歳の短い生涯を閉じました。

「春のうららの隅田川、のぼりくだりの船人が」ではじまるこの歌は、現代に通じる日本人のための本格的な歌で、春・夏・秋・冬の4曲からなる組曲「四季」の中でも最も有名なもので、桜が咲き、日差しがうららかになると、多くの人が「春のうららの」と口ずさむほど、今も、親しまれているわけです。

私の思い出せる、歌として、「箱根八里」や「荒城の月」もそうですが、さらに幼稚園唱歌として「こいのぼり」や「お正月」「桃太郎」なども手がけていて、私たち老人は誰でも鼻歌のように歌うのです。

彼は、23歳で、花の命のようにご浄土に向かって散りましたが、
この歌詞を作詞した武島羽衣は長命であったそうですが、彼の一瞬に燃え尽きた人生が、まるで桜のように思えます。

現代の長命医療の技術があったら、彼はどのような歌を作曲したのだろうか、極楽浄土という彼岸に、春うららかなの歌の中におられます。

Guzou88の、ひとり言です。



2008-03-18

27)お彼岸

私の本職とするお坊さんの話です。

いよいよ春のお彼岸です。この20日は、国で定められた春分の日という休日で、お彼岸の中日、お盆、正月とならんで、私たち日本人にはもっとも親しまれてきた年中行事であり、仏教行事です。

私たちの生きて生活するこの世を此岸とよび、浄土教典では、彼岸というのは、死後の悟った涅槃の境地で、梵語で「パーラミター」の音写で、あの世です。  

一年に二度訪れる春分と秋分の日、この日は太陽が真西に沈む日であり、昼と夜の長さが同じになる。この日を挟んで前後一週間が「お彼岸」で、だから「お彼岸の中日」の夕陽には功徳があり、その彼方には極楽世界がきっとあると、故人の供養のために亡骸が休む、浄土の土の墓参りとなりました。

原始的な宗教は、太陽信仰から始まりましたが、彼岸会が行われる起源は中国の浄土信仰者が、この日太陽が真西に沈むことから阿弥陀仏を西方浄土を忍び、生きる喜び慕う心を起こす事を信じて始まったらしいのです。

祖先の霊を尊ぶ日本の土着信仰とも合体して、お彼岸時期は季節の変わり目で、かっこうの季節でもある、うららかな春の陽気に誘われて、故人をしのんで亡骸の土に帰るべく静かにお休みになるお墓参りは、日本の伝統的な行事となりましたが、家では仏壇をきれいにし、水、花、線香、灯明にお供物を供えて、故人の供養を忘れないこと。

赤々と沈む夕日の向こうには、私たちが往く極楽浄土があることを心に描いてもいただきたい。

guzou88の、ひとり言です。
 


2008-03-17

(26)今時の母親の家庭教育

携帯電話にかじりつき、テレビケームばかりしている子供に親が言う。

「少しは勉強したら」と、子供は「勉強すればどうなるの?」「いい学校に入れるし、いい会社に就職できるでしょう」。

ちかごろでは、そんな風潮の時代は安定した生活を求める姿に見えるから不思議です。

不況にかかわりなく就職そのものにも関心を示さないニート族、無業者が増えています。

その行く末はホームレスとは情けないことです。

発展途上国の子供達は日本で言う小学校高学年くらいになると、自分の将来を見据え自分の進むべき道をはっきりと答え、決して豊かでないのに目標を定めて勉学に励んでいます。

先日貧富の格差の激しい中国の貧村の子供の勉強の様子のテレビを見ましたが、すさまじい程の努力が見られ、一方わが国はどうであろうか。

誠に有り難い環境にありながら、勉学への意欲の沸かない子供たちが多すぎる。

この違いは何処からくるのであろうか。

国の教育に対する指針がでたらめだからと思うばかりです。

私見ではありますが、女性は子供を作らないし、生んで育てようとしない。

このままでは日本国の前途は危うい。

guzou88の、ひとり言です。
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