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人生楽しく生きる・その4 RSS
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投稿日時 2008/5/8 9:26:57
更新日時 2008/5/17 9:24:30
2008-05-07

(85)鳥の巣作り

庭の椿の花は、大輪で特殊な八重咲きで、赤い色は私の大好きなザクロの花の色に似て、早咲きですから年末から咲きだすのですが、悩みの種があるのです。

花の芯を食べるのか、鳩の大きさの二羽の鳥が毎年来て、花を痛めては飛び去ることに対応の方法はありません。

鳥の図鑑を調べましたら、どうも「ヒヨドリ」らしく、インターネットで更に調べると、「ヒヨドリは一年中庭に来て「ピィーヨ、ピィーヨ」とうるさく鳴く、餌が少なくなる冬は他の鳥を餌に近づけないように追い払ってしまうまさにギャング鳥ですが、時には優しい目やひたむきな姿を見せてくれます。」とあるので、まさしくこの鳥は「ヒヨドリ」らしく、毎年二羽とは仲の良い夫婦鳥でしょう。

いつも散歩で近くの川の土手で一休みするのですが、最近、この土手に二羽のツバメが降りたって何か土らしい物をついばんで飛び去るのですが、特急で飛ぶ姿は見慣れた姿ですが、近くで見ると、この小さな鳥が遠い南方からの遠来の客で、子作りに励んでいる姿でした。

現在困っている小鳥との関わりは、今度は「シジュウカラ」の巣作りです。
最近、妙にうるさく鳴く小鳥が家の庭を飛び回るのですが、この小鳥は、上面は青灰色で、白い頬と腹の黒い縦線が目立ちネクタイのように見える.翼には白線が1本ある雀の大きさですが、形はスマートで、「セキレイ」に似ていますが、家の締め切った二階の雨戸の戸袋の中に巣作りを始めてしまいました。

雨戸をやっと外して中を覗くと、枯れ草いっぱいの巣ができているので、巣の取り除きをやめました。

日本の将来、人口不足を嘆く私には、日本人の子孫を残す願いもあれば、可愛い小鳥のエネルギー同様に、無事に子作りをしてもらいたいと願う思いが湧くからです。

Guzou88の、ひとり言です。


2008-05-16

(84)階級制度

インド独特の身分制度であるカースト制度とは、お釈迦様の時代に、すでに婆羅門(ばらもん)、刹帝利(せっていり)、吠舎(べいしゃ)、首陀羅(しゅたら)といわれる厳として破ることのできない社会の階級がありました。

婆羅門(僧侶)、刹帝利(王侯・武士)は、ほとんど同等の身分で、、吠舎(べいしゃ)(平民)は、それらに対して、婚姻はもちろん交際さえ吟じられ、首陀羅(隷属民)にいたっては以上の人々に対して言葉さえ交わす事が出来ませんでした。

四階層で構成される身分制度の中で、釈尊は三千年前の昔に、すでに「万人は平等なり」と叫ばれたということは、実に驚嘆すべき事柄です、

日本では、「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」とは、明治の先覚者の言葉に、当時の人々は驚いたが、これは明治維新までは武士社会であったためのものですが、武士社会が国を支配した過去の歴史の中で、良いことはあまりありません。

現代では武士社会とは、軍事国家と訳した方がわかりやすくなりますが、現世界を見て、軍事独裁のミャンマーがあり、共産主義、社会主義のもとに、一党独裁の国々、それが中華人民共和国、北朝鮮、ベトナム、キューバ等と国民不在の政治がまかり通っています。

独裁者に依って支配される国の国民には、悲惨な出来事が続き、人間平等の自由な生活を満喫する私たちには、とても表現の出来ない事件が続発していても、この違いには、どうすることもできません。

中国の四川省の大地震、4万人を超えるとも云われる死者更に多くの行方不明者の救済よりも、共産党の組織の方が大事で、他国の支援を拒否して、地震の瓦礫の下に救いを求めながら死んでゆく国民の悲しみが、この組織の支配階級者には通じていないのだろうか。
昨日、やっと日本の救援に許可が出たのですが、手遅れの感は大きく心配です。

ミャンマーでは、台風と高波で、首都ヤンゴンまでは水びたりとなって、国民は援助の手を待っているというのに、国際的な支援を拒否して、国民は苦しんでいます。

北朝鮮は、私が書かなくても、将軍様の独裁で、国民不在、原爆を作って食料の確保に、脅迫の交渉を続けて、アメリカから50万トンの支援を約束されたようですが。

明治の偉人の、「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」の活躍努力された先輩に感謝して、戦争を棄てて、平和に生きる日本のすばらしさを改めて知るこの頃です。

Guzou88の、ひとり言です。


2008-05-15

(83)離婚夫婦同格

過日のことですが、今まで交際も無い相手でしたが、浄土真宗の信心篤い両親に育った関係から、職場問題と家庭の問題で、相談に来ていたある家庭のご主人との出来事、先日、ご主人は一人寂しく家の中で首をつって自殺してしまいました。

彼は一流会社に勤めて中堅の立場で働いていましたが、前年に別の支店への転勤となり、奥様は自宅近くのスーパーのレジ係のアルバイト、娘二人は小学生で、建て売りの一軒家を持って子犬と楽しそうに生活していました。

翌年の春になって、ご主人はまたまた転勤で、前の店に戻ったのですか、今度は一年前の部下が、店長となり、本人のショックは大分大きかったのでしょうか、家庭に戻っても無口になり、夫婦の間がこじれて、私に苦しい心境をいろいろと話しました。

私は世の中の動きに対応するいろいろな経験と、浄土真宗の念仏の心を説きましたが、その後は、何の音沙汰もなく過ぎていましたが、昨年離婚して子供は奥様が親権を取り、奥様さんは生家のある田舎に帰り、生家に近い家で子供との3人暮らしをしていたそうです。

この離婚は民事調停裁判の離婚でしたが、彼は会社を辞めて、新たな就職先を探して独身生活と、子供の養育費は、本人と彼の老両親が指定の送金先に滞る事無く送金を続けていたそうです。

しかし、知ることは送金先だけで、彼女の居場所もあかされず、子供に会うこともできない生活は、彼の人生さえも終わらせてしまいました。

日本の民法では、子どもに対する親権は、結婚期間中は夫婦が共同して持つのですが、離婚後は一方に決め、妻に親権が移ると、子どもとの面接可能の権利は明文化されていません。

なぜ、そんなに親権は一方的なのか、子どもに会えない片親は多いのは、不公平と思いますが、自治体に相談に行っても、扱う窓口もなく、行政は、法の裏付けがないと動きにくいのだと思いますが、離婚後の親権は子供たちにとって親であれば、両親の一方選択ではなく親は男女同格であるべきだとも思います。

私は、一人寂しく家の中で自殺した彼の心の悲しさを痛感しています。

Guzou88の、ひとり言です。


2008-05-14

(82)痛みの程度

もう、とっくに過ぎ去った事で、私には関係ないという過去の小泉内閣が、全力で構造改革の本格化に着手した結果を考えました。

これには、悼みを伴うものだというが、痛みにもいろいろと程度の差が生ずる。痛みの表現を区別すれば、経済面では、予告された痛みもあって、現在の正解はガヤガヤと騒がしくなって国民不在の勢力争いになっています。

国民の心の中は、シクシクと痛み始めているらしいが、それがキリキリの激痛になると大変だと過去の新聞の紙面で、日本語で言う痛みの表現は、外国では通用しないと結論づけていました、

日本人が外国で病気にかかった時など症状を相手に伝えることの難しさがおもしろい。

「ズキズキしていた頭が急にガンガン鳴り始めて」とか「キリキリまではいかないのですが、ずっとシクシクしていて、ときどきキュッと痛みます」など痛みの表現だけでもどれだけあることでしょうか。

同じ痛みの言葉の中で、心の痛みについては、ズキズキ、ガンガン、キリキリでは説明がつかない。心の痛みを持つ人の心の中は、見通せず、病気だと結論付ける場合が多くなります。

病気であれば医者に掛かれと、専門医を探して掛かってみても、心の痛みは取れません。

悩み事とか心の痛みは、生きている幸せを教え、感謝の生活を送ることで、仏教の教えがここに生きています。

手を合わせ、お念仏を繰り返す行為は、自然に心の痛みをも取り去るものです。

Guzou88の、ひとり言です。


2008-05-13

(81)死の苦痛

ある老人の質問で、「死ぬときは、苦しいですか、痛いですか」という質問が多く、臨終の苦しみに対する質問はあるのが当然で、人間に関わらず、生を持つものには必ず死があるからです。

私が子供の頃、説教師の老僧から聞かされた忘れられない答えがあります。 

「この世に来るときの苦しさと痛みは、帰るときと同じだよ。来たときの事は、みんな物心がつく頃には忘れてしまうもので、どうしても知りたければ、生んでくれたお母様から聞けば、半分は解るだろう、同じ痛みと苦しさは、お母さんなら覚えているだろう」と。

それならと、母親に聞けば、ほとんどの母親は、「忘れてしまった」というそうですが、忘れるほどの苦しさと痛みなのかと、漠然と考えてしまいます。

私達人間は、母親の体を借りてこの世に生まれましたが、来た道があれば、帰る道があります。 

医療の発展は、痛みを伴う末期の対策として、痛み緩和ケアの充実が先決だと論じられ、死か延命か安楽死かなど医師の悩みが囁かれていますが、現代医療の発展は、延命による苦しみを与えてしまうように思えます。 

だが、不思議な大事件発生、後期高齢者老人保健制度、何がどうなるのかさっぱりわかりません。

痛みの苦しみは、早く死ねと云われても、頭の中は、ずきずき、がんがんと苦しむ。

だが、私達は今はこの世にあるのですが、人生の終末の臨終を過ぎると、次には命尽きない極楽浄土に生きる約束があり、帰るところがあるという安心があることを承知してもらいたいのです。 

Guzuo88の、ひとり言です。


2008-05-12

(80)男女の仲

毎週日曜日の夜に放送される「篤姫」の番組を楽しんで見ていますが、けなげに結婚という運命に翻弄される姿に心が動きます。

この時代、男女という立場は厳格に区別されていたのは、武士社会においてのものとと云うよりも、社会全体の風潮でした。

それは、「男女七歳にして席を同じくせず」の社会で、儒教の影響が大きいのですが、現代では、男女のデートは当たり前に手を組んだり、ちょっとやり過ぎだと見られる若い男女の電車内のねちねちの姿は、恥ずかしいも何も感じない心境で、社会もこれを許しているのでしょう。

私の若い時代というよりも、戦後になっても、10年程度の間は、昔の、これは恥ずかしい行為だという風潮は続きました。

「遠くて近きは男女の中」という言葉がありますが、男女の縁は、結ばれやすいという諺はありましたが、心の中は、その通りてすが、戦時中となると、お巡りさんに見つかると、「オイ、コラ」と注意される始末となりました。

「男女七歳にして席を同じくせず」の諺が庶民に広まった江戸時代は、男女間の道徳が厳しく、そんな時代に、恋愛の心を焦がした男女の仲は、篤姫の生活にも見られ、テレビを見ている若者たちは、どのように思っているのか、私たち老人には、そちらの方に興味があります。

平安時代の女流作家で有名な清少納言の『枕草子』には「遠くて近きもの極楽、舟の路、男女の中」とありますが、感情動物の人間様から男女の愛を切り離されたら、自由という言葉は生まれず、これが一番の望みの由来で、名言が生まれたのでしょう。

人の愛は、仏教では、人間が本来備えている仏性とは、心の中に燃えていれば極楽そのもの、という考え方をすると、、空海は、著書で、「近くて見難きは我が心、細にして空に遍ぜるは我が仏なり」と表現されています。
 
現代では、空海さんの心に反して、堂々と愛の表現は自由で、仏様もほほえんで見ていらっしゃる。

Guzou88の、ひとり言です。


2008-05-11

(79)知恵の存在

五月のゴールデンウィークの連休も過ぎて、私が散歩をする近くの公園の木々の緑は、これから向かう厳しい暑さの夏を忘れさせるように、涼しく、さわやかです。

特に、四季を持つ目本では、誰でもが、そういう気分になるのは当たり前のことです。

自然の成り合は、樹木の姿から見ても、春の新緑から夏の濃緑、この間に子孫を残す果実の養成があって、熟成を済ますと、活動期の最後を五色の紅葉となって、美しさを見せながら落葉し、後は、冬の休眠に入るか、枯れて終わります。

草から樹木、動物など、生というものを持つもの全てが、人間同様な命の働きを続けてい
るのですが、万物の霊長といわれる知能を持つ人間にとっては、知恵の存在に気付かない人が多いのです。

人間には、休眠が無い変わりに、知恵という能力があり、地球全体の人間社会があるために、知恵を働かす苦楽を伴う人生がありますが、年々のこの季節は、万物の成り合いに添っての、感情が沸いてきます。

人間の持つ長い人生の中には、この世に生まれ、育てられ、教えられ、救われながらの成長が続き、成人として、社会に生き続ける恵みがあってのものですから、この恵みを知ることこそ、全て、生きる感謝の報恩謝徳という、人間としての絶対的必要行動が生まれて当然です。

新興宗教の、自分本意の我欲を追及するものは別ですが、本来の宗教の理念は、仏教でも、キリスト教でも、イスラム教でも、全ての根本理念は、「自分は、今、この世に、苦楽の社会に生きている。」自分の存在は、先祖があり、親あり、兄弟あり、友あり、親戚ありと、和で形成される社会に感謝する知恵の教えです。

生きる感謝の知恵を持たないことは、つまりは、大馬鹿者になり下がりますから、これこそ、自分の一大事と反省して、もっとも簡単な手を合わせる心ぐらいはもって頂きたい。

本来の宗教の心は、何の宗教でも、第一の概念は、自分がこの世に苦楽と共に生き、生かされていることに気付き、報恩謝徳の心を忘れないことです。

Guzou88の、ひとり言です。


2008-05-10

(78)井上選手引退

テレビの画面に映る、柔道の井上康生選手、引退会見はすがすがしくさわやかでした。
北京オリンピック出場の夢を果たせなかった柔道の井上康生選手が会見を行い、現役を引退することを正式に表明しました。

「本日をもって、私、井上康生は第一線を退く決意をいたしました。精いっぱい、本当に柔道にすべてをかけて生きてきたなというのがこの25年間の実感です。長いようであっという間だったなという気持ちもあります。今の心境としては、『我が柔道人生に悔いはなし』、そういう気持ちであります」。

五歳の幼児の時代から初めて、柔道一筋の路には、勝負となると、勝ち負けは必定で、世界の頂点にたてば、世界の柔道に心を燃やす人にとっては、絶対的な最高目標となりましたが、私は過去に、彼のおごり高ぶった姿と顔を見たことがありません。

吉川英治さんの小説を読んで「宮本武蔵」という人物に生死をかけた、武人たる者の闘争心を教えられた心地がしましたが、中でも、彼を追う「お通」さんの心情が、井上選手と結婚したタレントの東原亜希さん(25)が、心身をすり減らすほどに励まし努力の結果は急病という報道にも、女性の持つ愛情にこみ上げる感激をしました。

今後は2年間の海外研修を予定するなど、指導者としての道を歩むことになるそうですが、純情な少年たちに、柔道を通じての日本人らしい礼儀と、力の結晶を教え込んでいただきたい。

勝負の世界で、いったい「勝利」とは何かと考えると、勝つ者があれぼ一方に敗けた者がいる、敗けてくれる相手があるから「勝った」という気持ちも生まれます。

勝利者は誰よりも敗者にむくいる気持ちがなくてはならない、誰よりも強く相手とする敵がいないほどの力量があったとしたら、もう敗けも勝ちもありません。

強い人間とは、勝敗を二つともすて、越えた人なのだから、勝ちも敗けも上下はない、優劣もない。それは同じく等しいものと私は考えます。

お釈迦様の金言に「勝つもの怨みを招かん ひとに敗れたるもの苦しみて臥す されど 勝敗の二つを棄ててこころ静かなる人は 起居ともにさいわいなり」と、あります。

Guzou88の、ひとり言です。



2008-05-09

(77)“小声”女将

食べ残し別の客に 刺し身やアユの塩焼き 船場吉兆、吉兆消えるか?

最近はも法要後のトキは、ほとんど割烹料理店が利用されますから、僧侶の私も割烹、懐石料理にあずかることが多いのですが、どの店も店の繁盛を目標にして、まじめに努力しているこのご時世に、とんでもない高級割烹料理店が現れました。

マスコミを騒がせた牛肉の産地を偽装表示していた高級料亭「船場吉兆」の事件は、内部告発だろうが、今度は残飯料理の高級割烹料理で荒稼ぎとは恐れ入りました。

“小声”女将が会見して、世の中には図々しい女も多いが、湯木佐知子社長(70)「会見は初めてで、精巧なマイクで一語一語、聞き取れるということを全然、存じませんでした。恥ずかしい結果となり、反省している」とうつむきながら話していても、お芝居の名人お婆さんと見ていましたが、今度は“小声”で指示したらしい、他人の食い残しの高級割烹料理の使い回しです。

料理の責任者の弁明には驚きましたが、使い回しは、本店の調理場で、仲居が客席から下げてきた器の中身、はしを付けた料理は廃棄するが、はしを付けずに残った料理の一部は高級品を思わせる、器に盛り付け直して別の客に提供していたという。

アユの塩焼き、ゴボウをうなぎで包んだ「八幡巻き」、エビに魚のすり身を塗って蒸した「えびきす」、天ぷらは揚げ直し、手付かずで残った刺し身まで、悪い事をやれば罰があたるのは当然です。

食べた人は、高級料亭「船場吉兆」の名前に惚れて、たぶん流行の言葉「おいしい」のムードで大金を払っていたであろうが、内部告発から事がばれたら、大阪商人の面汚しとでも云うか、図々しい“小声”女将もさすがに真っ青になったでありましょう。

他人から悪感情をもたれたり、意地悪をされるのは、その人に対する、自分の行いに原因があるからという問題の代表的な例ですね。

人を恨んではいけない、つまりは「人の悪きは我が悪きなり」という教訓です。

『無量寿経』には「善悪の応報たる禍福(悪い思いとよい思いのこと)は、自らこれを承けて代わる者なし」と記されています。

Guzou88の、ひとり言です。


2008-05-08

(76)百年前からの寿命

しばらくの間、日本と中国の首脳外交が途絶え、両国の意地の張り合いは、胡錦濤国家主席の来日によって和らぎそうですが、その間にても、目を海外に移すと、イラクのテロ戦争、ミャンマーの台風災害と、世界の人間の命が消えていきます。

平和の祭典北京オリンピックも3ヶ月以内となりましたが、中国では相変わらずの排日教育が全土に蔓延している現実があり、困った大問題を引き起こさないでもらいたい。

胡錦濤国家主席にお願いしたいことは、中国人も日本人も皆同じく人間として幸せな人生を送りたいと願っていることは同じ人間としてお解りでしょうから、大国主義、覇権主義を棄てて、ちょっと不甲斐ない日本の総理大臣と平和主義に徹した話し合いをしていただきたい。

国民教育という者は恐ろしい力を持っているもので、過去の第二次世界大戦は、日本のトップの最高責任者、国民に向かって国の為に潔く死ね、靖国神社で神様になれと号令した結果は、戦時の多くの若者たちは、二十歳前後で死んでしまった。

彼らを追い込んだものへの巨大な疑問をいつも新たにするのですが、恐ろしい教育です。

百年前の日本人の寿命は、女性四十四・八五歳、男性四十三・九七歳、百年で四十歳以上も延びたが、順調に延びたのではありません。

厚生労働省の統計がすっぽりと抜け落ちている期間があるのが不思議です。

昭和三十七年から四十六年の十年間は、戦乱の時代だが、かろうじて敗戦の年の四十五年の統計が参考として残っています。

男性が二十三・九歳、女性が三十七・五歳だったとは驚きます。

二十歳そこそこしか生きられない時代や社会は、やはり普通ではありません。

騙した責任者は許せないけれど、人生八十の時代、日本人の純真な心も、今は楽しく勝手に生きることだと短絡的な生き方をする若者が多くなっています、困ったことです。 

Guzou88の、ひとり言です。
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