たまたまドキュメンタリーを続いて見て、「アイム・ノット・ゼア」程色々入り組んではいませんでしたが、ダーガーの生涯と、その心理面に重なるような物語の部分の、挿絵、アニメを交錯させながら追う構成で、これも異色作、という後味。
幼少期に両親と死別、妹は里子に出され、少年施設や知的障害児施設に送られ、そこを脱走、という十代までの波乱の経験が、子供(時代)への愛情、大人の扱いへの憤り、等として、作品に吐き出されているようで、
楽園のような明るい部分と共に、戦争、子供への虐待、反乱、制圧、救済、というようなシビアな描写も。また、少女が多く描かれ、解釈は色々のようですが、控えめに男性器のついた少女達、等、単にロリータコンプレックス的、というには微妙な描写も。
”動く絵画”としては、昨年の、油絵が移ろうような「春のめざめ」よりはぎこちなかった感ですが、絵自体素朴なタッチで、鮮やか、という部分は少ないですが、独特の、くすんだ淡い色が多い水彩。
帰りに3枚のカードセットを買いましたが、1枚はイラスト+写真のコラージュで、ダーガーはそういう雑誌や新聞等の写真収集にもかなり熱心で、それも作品に使ったようで、膨大な小説関係の数字のメモ等、やはり偉大なオタク的芸術家、という感も。
折に、当時のシカゴの発展ぶりの映像、も挟まれたりしましたが、先日の、社会と密接にリンクし変動していたボブ・ディラン、等とは対照的に、病院での雑役夫で生計を立て、背景の都会にはほとんど関与なく、ひっそり独自の世界だけを追求したアーティスト、
でも人との交際も苦手で究極の引きこもり、と言っても、自室で着々と自分の才能を吐き出していたタイプの情熱(執念)、晩年、施設に移り、自分の部屋を出た瞬間、彼の生涯は終わってしまった、というシーンが印象的。
インタビューを受けたアパートの人は、テレビもラジオも家族もない場所でこそ、優れた芸術が生まれる、とか、彼は孤独で寂しい生涯だったけれど、誰よりも豊かな精神世界を持っていた、等と語っていて、それは死後にでもその創作が評価されたからこそ、とは思いますが、傍目がどうであれ、人に迷惑をかけず自身豊かに納得して暮すに当たり、人それぞれの妥当な(活動)範囲、というものが、などとも改めて。 (訂正再投稿)
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