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明日(19日(土))公開の「崖の上のポニョ」(←関連サイトです)は、「ハウルの動く城」以来4年ぶりの宮崎駿監督アニメ新作で、いずれ見てきたいと思います。 昨年の春NHKの「プロフェッショナル 宮崎駿スペシャル」という番組で、その製作風景取材を見ましたが、今回CGを用いず、原点に戻っての手描きでのアニメ、今までで一番多い、17万枚にも及んだ、という作画枚数での作品。 真っ赤な魚の子ポニョと5才の少年との物語、またその母親や妹といった、ポニョを中心とする女性達を描いた作品でもあり、前作「ハウル・・」は、やや解釈が難解な部分もありましたが、今回は比較的素朴でシンプルな愛と冒険のストーリー、童話「人魚姫」がモチーフですが、自然界の生物と人間を同列に描くアプローチ、とのことで、やはり単なる子供向けファンタジー、以上のニュアンスも、とは思いますが、 宮崎アニメでは、背景に登場することはあっても、海が中心舞台、というのは初めてで、その手描きでの海中、魚達、波等の描写も楽しみです。声優はポニョ役が奈良柚莉愛、少年宗介役土井洋輝、母が山口智子、父長嶋一茂、その他所天海祐希、吉行和子、奈良岡朋子、所ジョージ等。 ご覧になった方の率直な感想、批評、コメントある方等、自由にどうぞ!(投稿でもメールでも結構です) <TB送受信の度更新に>
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| runarunaさん、投稿有難うございます。今回今一つ、の感想でいらっしゃったのですね。ご指摘の内「宗介のモデルが吾郎氏で、そうしたのは、『二度と吾郎みたいな子をつくらないために』という想いをこめて(!?)」という事は私もサイト等で見かけ(http://ponyoonacliff.info/7_3.php>)、「ゲド戦記」にも込められていた自分への複雑な気持ち、というのは宮崎監督も痛感され、作品にそういう思いもあったかと思うのですが、 主流はポニョと宗介の物語で、父の存在、あの家庭のあり方、というのはポイントというより背景的、な感で、確かに船乗りである父不在の家庭、でしたが、私は、本当に冷めてしまった家庭なら、まず有り得ない、ランプでの船と家とのやり取りに、あの親子3人なり、夫婦なりの絆、を感じ、宗介は、そうして遠方からメッセージを送る父の気持ちを受け止めて、 母を「リサ」と呼ぶのは、活発な母と同等な親しみ感覚、と感じていて、自分が彼女を守ろう、という気持ち、というのは拝見してなるほどと思ったのですが、いずれにしても、特に屈折を抱え無理に、という感のしない明るく均衡取れた少年、のキャラクターだったかと思いました。 それは、監督ご自身も、自分なりに、あの父のように、家族にシグナルは送っていた、という気持ち、また、実際そういうものは伝わらなかったかもしれないけれど、自分の歩んだ道を辿って映画監督になった吾郎氏に、よく自分不在でも、成長してくれた、という気持ち、 または、上記サイトにもあったように、父不在でもああいう少年でいてもらいたい、という理想の息子像、として描かれていた感で、この作品に対する吾郎氏の感想、は好意的か、苦笑い的か、どうなのだろう、と思うのですが、そういう監督の様々な思いの結晶の少年像、として、元気な金魚姫と歩むストーリーに、自然にフィットしているように思えたのでした。
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| 一昨夜放映、チェックしたのですが、私は録画不備で残念ながら、最初の約30分分しか見られませんでした。その記録はダイアリーの方に書いたのですが、番組を見て、感想、コメントある方等いらっしゃったらどうぞ! http://diary.jp.aol.com/applet/3h3mhcxmc/20080806/archive
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| 監督の大ファンなのですが、申し訳ないのですが、私も今ひとつ…と思ってしまいました、感想を書かせてください。 宗介君は監督の息子さんの吾郎さんがモデルで「仕事にかまけすぎて吾郎に父親らしいことを何もしてやれなかった。だからあの『ゲド戦記』を作ったのは自分への反抗だ。二度と吾郎みたいな子を作ってはいけない」という気持ちで、監督はこの映画を作り始められたそうなのです。 そう思って見てみますと、あんなに礼儀正しい宗介君が、母親を「リサ」と呼ぶのも、「リサ泣かないで…」と母を(父の代わりに)守ろうとするいう、「頑張って(無理して)大人になろうとしている子ども」という立場が理解できます。 しかし、その「父親不在がちな家庭と、それに影響される子ども」をきちんと描かなかったがために、宗介くんの内面に迫れず、だから自由奔放なポニョに彼が惹かれた理由も分かりづらく、また両親のすれ違いも物語にあまりからんでこず、あちこちで破綻が見られたように思います。 私は監督の大ファンで、今まで沢山素敵な映画を見せていただいたから、 『ポニョ』が今ひとつでもいいんです。 でも、傷ついた子ども時代を送られた吾郎さんのために、もっと頑張ってほしかったなあ、と思ってしまいました。
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| 今日PM10時〜11時半のNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で再び宮崎監督特集、これは上記の昨年春に放映の、「・・ポニョ」構想段階の同番組ドキュメント以降、さらに2年半に及ぶ密着取材で、「・・ポニョ」が仕上がって誕生する様子、 また、これまでの作品の秘話、同監督の幼少期から過去の苦悩や挫折にも焦点を当てた内容、とのことで、前回以上に、緊迫した製作現場の空気がありそうですが、今回も見てみたいと思います。 http://www.nhk.or.jp/professional/
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| いいえ、船と家のランプの点滅でのやり取り等は私も微笑ましく、「BAKA BAKA・・」と送るリサの意地っぱりぶり含め、父が沖を通る船の船乗りでない通常の家庭ではまず考えられないような、日常の中のある種さり気ないファンタジー、に思えたり、 周囲の合意の下でポニョを引き受ける流れになった宗介の5才なりの男気、というか、は特に不自然な流れにも感じられなかったのですけれど、ファンタジーと(それが生きるための)現実の描写バランス、は微妙で、捉え方はそれぞれかと思います。 挙げだすと、活発でサバサバした性質を表わすにしても、リサのラフすぎな運転ぶり等、突っ込み所もあるかと思うのですが、全体の後味的には、悲恋に終った原作の切ない人魚姫に対して、明るいトーンのポニョの前向きな未来のニュアンス、というハッピーエンドが一服の清涼剤的和みに思えました。
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なんか、少し意地になってる自分がいて申し訳ないです。そうですよ。ようは楽しめたらいいんです。確かに今の時代、刺激的な出来事や映画にばかりとらわれてるのかもですね…だからあえて崖の上のポニョで中途半端なところなく夢物語で終始終えてほしかったかもです。引き戻されるのですよところどころ現実社会に…。宗助のお父さんが帰れず愛してる的に船のランプを一斉に点滅させるシーン、ウチは惚れましたが、リサは全くの無反応。やけ酒あおるし…旦那が帰れなくて久々のラブラブタイムがなくなるから???って一気にコッチの社会に帰ってきました。最後宗助はポニョの保護者をポニョの父親から頼まれるのは、ポニョが金魚という宗助のペット的立ち位置から人身売買とまで言いませんが、なんだか重い。これが人魚姫の王子様なら結婚という男と女の責任ある結末でハッピーエンドですが、ポニョの親は5歳の娘を手放すし、宗助はいきなり5歳から保護者という重い責任を負わされるし…何度も現実社会に戻ってくるキーワードが入ってるのです。リサがポニョの父親を除草剤まかないで!って罵倒するシーンもしかり、リサが車の運転で宗助のシートベルトは気にするのになぜあそこまで荒い運転シーンが最初いるのか…???とか 気にしなければいいんですが、う〜ん水さすようでほんとごめんなさい。
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| いいえ、作品感想は今一つでいらしたにしても投稿下さって嬉しいです。1ファンとして思うには、宮崎監督はご指摘のような乗り物、兵器等にもこだわりぶりが見えたりしますが、あえて書くと鼻白む感ですけれどルーツ的に「一途、純粋なもの」の表現としてのアニメ、人(子供)がシビアな現実を離れて大らかになれるようなファンタジー、を描く事自体がお好き、かと。そういう部分が、今の混沌とした時代に、マンネリとも言われながらも心の拠り所的に浸透して、その結果ジブリという組織、の現状になったかとは思います。 先日ローソンで「・・ポニョ」グッズ通販パンフを見かけて持ち帰ったりして、そういう提携等広告戦術については、見方も色々かと思うのですが、私自身は、ファンという贔屓目をなるべく省いて見ても、同様に大規模で宣伝されるものに、子供のみならず大人の心にも、闇雲に刺激の強い作品が余りに多すぎ、と感じ、そういう作品群へのアンチテーゼ的にも、特にジブリの姿勢に不穏さは感じられないのです。
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申し訳ないです。映画を観てかなりがっかりだった感が強かったので、誰かにその思いを伝えたくてココに書き込ませて頂きました。私も子供のイラストを描いてまして、だからなおさらポニョの仕草や行動で『可愛さ』を狙ってるところがわかりすぎて変にヒネクレタ解釈にとったのかもしれません。と、いいますのも、ここ何年かの宮崎監督というよりスタジオジブリのスタンスが広告的戦術に長けすぎ、もうそこらへんで大人の汚さといいますか、強かさが前面に出てるのに内容が『子供に向けて作った映画』とか『精神病の世の中に』みたいな事を映画でうたわれても、なんだか興ざめしてしまいますよ。誰かや、何かの為に作るのではなく自分が戦闘機が好きとかそういう自分の我侭で作られた映画を宮崎監督が作られる方が私は共感できるような気がします。
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| 21さん、投稿有難うございます。2人の接近は、21さんは台詞まかせに感じられたですか、私はポニョからすれば宗介の、浜辺での命の恩人、的な始まり、宗介からすれば、本来無表情な小さかな、が見せる意外な喜怒哀楽、というユニークさに愛着がわいて、5才なりに保護心が生まれてきた、という所は伝わってきた気がしました。 ポニョの「可愛らしさ」というのは、キモ可愛い、ともよく言われてますが、感じ方は色々のようですね。。両親を名前で呼ぶのは、敬意の欠如、同等な友人的親しみ感、と両面で、一緒にポニョを見守る、的感覚もあったかもしれないですが、思えば特にこの物語では、あえて「リサ」でなく「母さん」でも、とは感じました。母と施設の関係は、災害の中車で見に行ったり、絆的な部分はあったのでしょうけれど、具体的な交流の描写は、時間的にカットされた感でしょうか。 大津波以降、パニックぶりが一切見えず穏やかな様子は、現実感的には奇妙で、以前の宮崎作品ではそこら辺もう少しリアルな部分も、と思いましたが、その災害がポニョが人間になろうとしたため、という背景もあり、人々がそれを見守る、というニュアンスもあって、結びに向けてのファンタジー世界に突入していたのかと解釈しています。
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今までの宮崎監督の作品からすると、なんだかストーリーが荒すぎて、多くを台詞に任せている印象でした。ポニョがなぜ宗介を好きなのか…、宗介がなぜポニョを守ると心から思えるのか?ポニョ以前の作品では「好き」とかそういう心情を台詞ではなく、ストーリーや表情、行動でコチラに伝わってきたのに…。あと、「可愛らしさ」の仕草がいちいち技とらしくこれ見よがしなのが残念です。お母さんを「リサ」と呼ばせる家庭の背景も今時なのかなぁ…とは思いますが、母親に対する尊敬とかそういう感情が観ているコチラに伝わりずらいし、また母親とひまわり施設の利用者との間柄ももう少し暖かいやりとりなどあればなぁ、と思いました。あの海の上のボートで漂流中の若夫婦のくだりは何だったのか?本来なら津波とは悲惨な状況なのにポジティブすぎるぐらいの勢いでストーリーが展開されるので頭の中でついていけませんでした。
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| 基本的には母リサに見守られほのぼのした交流、冒険ですが、宗介少年への一途な思いで会いに行く様子は、健気でもあり、特に荒れた海の上を走る姿は、幼いながら、女心としては、思い込んだら、という庵珍清姫風執念、さえ漂うような疾走シーン。 背後のメッセージ的には、5才の宗介少年の、魚だった事も含めポニョを受け入れるか、という姿勢が、世界の危機回避の分岐点に繋がっていた事等で、自然界をないがしろにする人間の心のあり方への警告、とも思えたりしましたが、海中、海辺の街の風景と共に、ほぼ期待通りには味わって楽しめた、宮崎新作ファンタジーでした。(修正再々投稿)
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| 昨日見てきましたが、冒頭の、多くのクラゲが泳ぐ海中シーンから、CGではない柔らかい手触り的タッチ、また、初めて海が舞台の宮崎アニメでしたが、以前「プロフェッショナル」の特集の中で、1つ1つ目がある波が集まった抑えた色合いの海、その上にポニョが立っている絵コンテがあって、その時は、ややグロテスクな感もしたのですが、 実際、動く作品になったのを見て、海自体が、部分的に自在にうねる柔らかい生き物のようで、今まで余り覚えがないユニークなアニメでの海、の感触。陸上の建物等の風景も、余り宮崎アニメで覚えがないパステルタッチもあり、やはり手描きの積み重ね、という手作り感が伝わってきたようでもありました。 それと、通常の宮崎アニメ的な周囲の大人の両親、老人達の中、ポニョの母は優美な少女コミックヒロイン的で、その登場シーンは異質タッチという感も。 ヒロインポニョは、改めて動く絵を見て、大橋のぞみ嬢の素朴なテーマ曲と重なって、何とも愛嬌漂う幼児体形子さかな、というか、正統的美人、キュートでない顔のつくり、何故かハムが好きだったり、気に障る人に水を吹きかける仕草等、どこか親しみ感、 人間の子供になる過程の、アヒルのような手足がややグロテスクに思えたり、子供のポニョは宮崎アニメヒロイン風、ではありましたが、さかな時代の方が印象的、また小型ポニョ体形の妹達の群、も視覚的インパクト。 お話的には、やはり「人魚姫」ベースで、ポニョが人間界にいるうちに、魔法を使う力が萎えてしまう様子等、人間の姿になったため声を失った人魚姫、が重なるようでもあり、思いを抱いた相手のため、自分とは違う世界にやってきて、そのため本来の力を失っていく悲哀というか、切なさ等もあったりしましたが、 人魚姫が王子への叶わない思いに苦悩していたのに対して、この物語はポニョのキャラクター的にも、ポジティブなアレンジ、人魚姫は、王子の血で海で帰れるにもかかわらず、愛する王子を殺したり出来ず消えていきましたが、そういう相手の人間の”血”が、ポニョは宗介少年の傷口の血を舐めることで、傷を治すと同時に、その血のお陰で人間に変化、という前向きな設定だったり、
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