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日野コンテッサ(マイカーの歴史:番外編) RSS
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アクセス数:2283
投稿日時 2008/1/11 13:59:07
更新日時 2008/2/1 9:22:34
フランスのルノー社のライセンス生産をしていた日野ルノー(4CV:フォルクスワーゲン似の車)の経験を活かし、1961年(昭和36年)に発売したのが、日野コンテッサ900です。当時、近所のタクシー会社で日野ルノー(タクシ−として使われていた)を見ていましたので、コンテンサ900の発売を知っていましたが、日野コンテッサに興味を抱いたのはそれから3年後の1964年にイタリアの著名なデザイナーであるミケロッティーがザインした、コンテッサ1300です。近所の原っぱが整地され新しい団地(当時、文化住宅と呼ばれていました)が出来、そこに越してきたある家の前に真赤なコンテッサ1300がとまっており、時々、その家の父親と息子さんが仲良く洗車している情景を垣間見て、羨ましく思ったものです。結局、日野が国内で発売した、最初で最後の乗用車がコンテッサということですね。

ちなみに、当時、私が感じた文化住宅とは、「風呂がある」、「台所が家の中(土間ではない)にあり、レンジ(カマドではなく石油ガス式のレンジ台)がある」でした。よく遊びに行った友人宅には今で云う「リビングとダイニングキッチン」があり、リビング兼ダイニング兼寝室といった我が家に比べ、憧れの的でした。

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