2008/5/13  6:34

チョコはお年頃  我が家のペット


久しぶりに登場、我が家のやんちゃ娘、チョコです。

2ヶ月ぐらい前から、チョコに、ちょっとした変化が現れました。近くに人が
いると、妙にブーブーと鼻を鳴らすのです。あまりに頻繁なので、鼻炎でも患った
のかと心配しましたが、人が離れると、ブーブーは収まります。この鼻を鳴らす
仕草は甘えているときにするらしいので、「チョコも、なついてきたのかなぁ」
と思っていました。
そこで、サークルに手を差し込むと、異常に絡みついてきます。手を鼻でつつき
ながら、グルグルと、ものすごい勢いでまわるのです。これまた、鼻でツンツン
つつくとか、人のまわりを跳ねながらまわるとか、いずれも「遊んでほしい」
のサインのようなので、「どういう心境の変化かなぁ」と戸惑いつつ、うれしく
思っていました。

手をまわしてやると、チョコの回転も早くなり…さすがに、あまりまわりすぎる
のは、体によくないだろう、と心配し始めたある日のこと、興奮したチョコが
私のうでにしがみつき、2本足で立ち上がり、ピョンピョン跳びました。
あれ、これってもしかして…!?
マウンティングでした。チョコは女の子のはずなので、「なぜ、女の子がマウン
ティング?」と驚きましたが、調べてみると、性別に関係なく、また、必ずしも
性的な意味ではなく、自分の優位を示すために、そういう行動をとるようでした。
飼い主に対しては、そういう行動をとらせない、そういう行動が見られたら、
相手をしない、むやみに興奮させないことが大事である、と分かりました。

春ですからね、動物は本能的にワクワク、ソワソワ落ち着かなくなるのでしょう。
チョコは、今、人間でいえば、20代ですからね、春に浮かれるのは当然です。
TOTOは、「そうかぁ、チョコもそんな年かぁ」と感慨深げ、まるで、年ごろの
娘を心配する父親のようです。

ようやくブーブーがおさまってきたある日のこと、今度は、朝6時すぎに、枕元の
あたりで、パッカパッカという不吉な音が…左から右へ、しばらくすると、右から
左へと音が流れます。
寝ぼけ眼で確認すると、早起きのTOTOがチョコを追い立てています。脱走です。
何とかサークルに入りましたが、20分後、またパッカパッカ…

普段、チョコは、放し飼いではありません。トイレの場所も、オシッコはともかく、
ウンチになると、全く定まっていないし、床には、かじられてはいけないものも
あります。足元をちょこまか動かれ、うっかり踏んでしまってもいけません。
けれど、終日、狭いケージに閉じ込めておくのもかわいそうですから、ケージと
サークルをつなぎ、いつでも出入りできるようにしてあります。もっとも、これも
チョコは、しばしば、サークルとケージの間に出来る隙間をぐぃっと開いて脱走
するので、誰か在宅しているときに限られます。隙間が見つかる(=チョコが
脱走する)たび、その場所を塞ぐのですが、チョコは新たな隙間を探し出します。
まさに、いたちごっこ…
ここ数ヶ月は、チョコのぐぃぐぃ押す力に留め具が耐えかねて、開いてしまった
とき以外、脱走事件はなかっのですが、チョコは、頭すら入らないような、ごく
わずかの隙間を見つけ、ぐぃぐぃと押し開けたのでした。
お年頃になっても、やんちゃぶりは変わりません。

さて、学校のウサギのほうは…
先週はずっと、校長が出張だったので、エサ代交渉はまだ実現していません。
獣医さんに相談し、給食に使った野菜の残りを分けてもらうアイデアをもらった
NANAは、そうしたことを中心に飼育環境の改善を、校長先生にお願いするようです。
がんばれ!

2008/5/11  12:21

伝える必要のあることかどうか  最近の報道から思うこと

今週、愛知と京都で、高校1年生の少女が惨殺される、という痛ましい事件が
生じました。どちらも、まだ犯人が見つかっていません。

京都の事件について、マスコミがまず伝えたのは、遺体発見現場や少女の消息が
不明になる前後の事情など、事件に直接関係することのほか、少女が中学時代から
不登校であり、現在、在籍する高校にも、入学以来、わずか1日しか登校していない
ことでした。事件そのものの情報が乏しいせいか、マスコミは執拗に、同級生や
学校関係者に取材し、不登校の詳細を報じていました。

「事件と何の関係があるんやろうなぁ」とTOTOが顔をしかめました。
交友関係から犯人を探るため?被害者の性格、不登校が事件の鍵を握る?
そんな意識を持って報道しているとは、あまり思えません。ただ、取材するうちに
「一般の人とは異なる」事実が発覚したから・・・それだけのような気がします。
「たとえ関係あるとしても、こんなに報道すべきことじゃないやろなぁ」とTOTO。
そのとおりです。
最近、犯罪被害者の権利というものが意識されるようになりました。被害者を支援
する施策が検討され、これまで、刑罰を科す側と罰せられる側、国家と被告人の
関係を軸とし、被害者を「蚊帳の外」に置いていた刑事手続でも、被害者の関与が
一定の範囲で認められるようになりました。
 施策の詳細は、http://www8.cao.go.jp/hanzai/seihu/seihu.htmlで。

被害者の心情に寄り添うような制度が整備される中、犯罪被害者に関する報道は、
以前から、重大な人権侵害を引き起こすことが指摘されながら、あまり改善されて
いる様子はありません。
被害者の顔写真はもちろん、家族構成、生い立ち、交友関係、被害にあった日の
行動の一部始終、そして、最近は、ブログや掲示板への書き込み・・・
被害者のプライベートな部分、事件に巻き込まれさえしなければ、おそらくは
親しい人以外には知られていなかったであろう部分が、新聞やテレビを通じて、
生前の被害者を直接知らない、不特定多数の人の知るところとなります。
先述の「不登校」の話は、まさに、プライベートな部分です。

プライバシーの問題だけではなく、一見、何の問題もなさそうな、事件の内容に
関わる報道でさえ、本当に伝える必要のあることか、首をかしげたくなるような
ものもあります。
たとえば、遺体発見時の様子・・・着衣がなかったとか、土がかけられていたが、
体の一部が見えていたとか、そうしたことは、本当に、共有しなければならない
情報なのか、非常に疑問です。
さらに、朝のワイドショーでは、各局、遺体発見現場からの中継映像を流して
いました。それだけでも遺族は耐えられないだろうと思うのですが、いくつかの
番組では、「ここから現場まで、実際に行ってみたいと思います。急勾配です。
遺体を担いで、ここを下りたとは考えられません」などと、レポーターが犯行の
「再現」を試みていました。実に、生々しい・・・そんな「再現」に何の意味が
あるのか、私には分かりません。事件の真相に迫るためなのかもしれませんが、
まだ何も明らかにされていない段階で、無責任にも、根拠のない「仮説」を立て、
客観性に乏しい「実証」を行い・・・それを妙に神妙な顔つきで、被害者のため
であるかのように行なうところが、腹立たしいところです。

ところで・・・
犯罪報道のあり方については、先日、BPO(放送倫理・番組向上機構)が光市の
母子殺害事件に関して、報道番組の多くが「極めて感情的に制作されていた」
との意見書を提出しました。「公平性の原則を十分に満たさない番組は、視聴者の
認識、思考や行動にストレートに影響する」との指摘は、来年からスタートする
裁判員制度との関係で、重く受けとめられるべきです。
マスメディアは、それが被害者に関するものであれ、加害者に関するものであれ、
収集した情報のうち、本当に伝える必要のあるものはどれか、伝えることにより
視聴者や読者、社会に与える影響を考慮し、判断しなければなりません。
聞いてきたことを何でもかんでも、誰彼かまわず伝えるなら、落語などに出てくる、
おしゃべりな「雀のお松」と変わりません。いや、「雀のお松」なら、行動範囲は
たかがしれていますし、町内の人たちは「どうせ、お松さんの言うことだから!?」
と割り引いて聞くでしょうが、新聞やテレビの場合は、そうじゃない・・・
それだけに、タチが悪いと思います。

2008/5/6  20:39

学校飼育動物の命  特別支援教育・その他の教育

「今度の理科の先生は、毎回、実験するんやで」とNANAが言いました。理科離れが
懸念される中、授業では
体験を重視し、理科の楽しさを伝えよう、という動きが
あります。その一環でしょうか。

私は、理科の実験に、あまりよい思い出がありません。多分、大半は、それなりに
面白かったと思うのですが、記憶に残っているのは、あまり愉快でない体験です。
たとえば、バナナを腐らせて、ショウジョウバエを飼育したとか、消化のしくみを
見るために、乳鉢の中にパンの切れ端、唾液を入れて乳棒で何度も突くとか、
思い出すだけで不快になります。

小学校で行われたフナの解剖も、楽しい思い出とはいえません。
班に1匹与えられたフナは、頭に傷をつけて気絶させているだけなので、ハサミを
入れると、バタバタ暴れました。理科室では、フナを掴んでふざける子、必要
以上にキャーキャー叫ぶ子、それを制する先生の怒声が入り乱れ…班員全員が
フナを放置して、騒いでいる中、私は、先生の指示に従って、淡々と解剖作業を
こなしました。ピクピク動く、小さな、赤い心臓を見つけたときはちょっぴり
感動しましたが、あとは、嫌な気分だったことを覚えています。

フナの解剖の話をすると、NANAは急に顔をしかめ、「何のために、フナの命を
奪うのか」と怒り出しました。フナの体のしくみが知りたいなら、模型やビデオで
よいではないか、たかが小学校の授業で、新しい発見をするためではなく、知識の
確認のために多数の命を奪うのは許せない、というのです。
なるほど、もっともな、NANAらしい意見です。
現在、多くの小・中学校で「解剖」の実験が行われなくなっているのは、NANAの
主張どおり、むやみに、フナやカエルの命を奪うべきではない、との考えによる
ものでしょう。

ただ、現在、学校で、動物の命が大切にされているかというと、かなり疑問です。
NANAの怒りの根底には、動物に対して冷たい学校への不満があります。

連休前、委員長になって初めての飼育委員会がありました。
「どうやった?」と尋ねると、NANAは堰をきったように、不満を並べ立てました。
一羽のウサギは昨年来、元気がありません。NANAからの訴えに獣医さんが応じて
治療して下さり、脱毛はおさまったようですが、食欲がなく…心配したNANAは
再び獣医さんに連絡をとり、ペレットの代わりに、野菜などを与えてみるよう
指導を受けました。以来、野菜を持っていっては、ウサギに与えています。
しかし、学校は、何の手当てもしません。それどころか、飼育本では、食べ残しの
エサは捨てるよう指示されていますが、担当の先生は、上から継ぎ足すよう指示、
NANAが反論し、古いエサを捨てようとすると、叱られたのだそうです。

「とにかくエサ代がないらしいんや!」とNANAが絶望的な声をあげました。
動物の飼育は、流行の体験型学習の典型です。しかし、動物を飼育すればエサ代が
要る、病気になれば治療費も要る…そんな、当たり前のことが教育現場では認識
されていないようです。
それでいて、飼育から生命の尊厳を学ぶとは噴飯ものです。子どもたちの心には
弱い動物を見殺しにする大人の身勝手さしか映らないでしょう。
お金がないのだから、弱い者、世の役に立たない者を切り捨てるのも仕方ない…
実に、昨今の世情に合った考え方(!)かもしれませんが、それで子どもは納得
するでしょうか。納得するような子どもでよいのでしょうか。

休み明け、NANAは校長に直訴する予定です。私も、NANAの行動を何らかの形で
支えてやりたいと考えています。

2008/5/5  16:21

奈良の旅 こぼれ話  NANAとお出かけ


炎天下の奈良の旅の翌日は、雨が降ったりやんだり…今日は地元のお祭りなの
ですが、子どもたちの御輿は午後から中止となりました。NANAにとっては最後の
子ども御輿なので、ちょっと残念ですが、昨日、あれだけエネルギーを使った
のですから、NANAの体には恵みの雨です。

さて、奈良の旅全体については前の記事で紹介しましたので、こちらは、番外編
として、「どうでもいい」話をいくつか…

東大寺の南大門には、運慶・快慶の作と伝わる仁王さんが並んでいます。その前に
立ち、私はNANAに「ほら、仁王さんの口見てみぃ。アーていうてるのと、ウンて
いうてるのがあるやろ、これはどの仁王さんでも、そうなんやで。2人の息が
うまい具合に合うことをアウンの呼吸ていうのは、ここから来てるんや」と少し
親らしく、蘊蓄を傾け…門をくぐると、真裏には狛犬がおりまして、「ほらな、
仁王さんだけと違うで、狛犬さんかて、アー、ウ?ウ?」「ママ、アー、アーに
見えるけど」
確かに…?!アー、アーと口をあんぐり開けています。
「せっかく、知識を見せたのに、あ〜あ〜、やなぁ、ママ!」とNANAが笑います。
あ〜あ〜って…うまいこと言うやないの!
気になるので、帰宅して調べてみると、あの狛犬も由緒のあるもので、日本最古の
石製狛犬なのだそうです。
ちなみに、私は最初、仁王さんのところでも、「こっちがアーで…あれ!?」
と左右逆に説明しかけたのですが、これも単なる私の勘違いではなく、通常とは
逆の配置になっているようです。今まで、気づきませんでしたが。

大仏殿の中に入ると、すぐ目の前に大仏さんが座っておられます。座高は五丈
三尺五寸…約15メートルです。物のサイズに異常な関心を持つNANAが、大仏に
固執したのは必然でしょう。
もう一つ、NANAが密かに楽しみにしていたのが、柱の穴くぐりです。大仏さんの
裏にまわると、柱に穴が開いています。この穴のサイズは、大仏さんの鼻の穴
と同じだそうで…そんなに小さい穴ではないのですが、私は今までに2度、この
柱に引っかかっている方を見たことがあります。どちらも、中年のご婦人で、
自力では、前にも後ろにも行けないらしく、軽く騒ぎになっていました。
そう何度も行ったわけではないのに、2度もそういう場面に遭遇するとは、結構、
頻繁に起こっているんじゃないか、と想像するのですが…
NANAは子どもで、しかも痩せていますから、楽々通れると思いますが、如何せん、
昨日は大変な人出で、穴の前には長蛇の列。別の意味で、通りにくい…
「また、今度にするわ」とNANA。体が穴に通れるうちに、もう一度、連れてきて
やりたいです。私も、小さいとき、何度か経験しましたからね。

奈良といえば、鹿…
幼稚園のころ、クラスメートが鹿にお弁当を食べられました。その光景を目の
当たりにしたので、奈良の鹿にはよい印象がありませんが、NANAのため、150円の
鹿せんべいを奮発しました。
「鹿にやっといで」と渡すと、「いや、オレ、遠慮しとくわ」
私にしつこく促されると、NANAは渋々、「角のない鹿」を選んで、せんべいを
与えていました。
そのくせ、「鹿の角、買ってほしい!」
なんでやねん!!
若草山で文華さんの一行と別れ(「帰り道分かるか?」「はい、鹿に聞いて帰り
ます」「そうか、しっか(鹿)り聞きや」というバカバカしいやりとりが…)、
休憩がてら、土産物屋さんに入ると、NANAが、「あ、鹿や!買おう!」
というわけで、右が今回買った鹿、左は先日、宮島で買った鹿です。
ま、こんなもんです。

2008/5/4  19:27

大仏は大きかったなぁ  NANAとお出かけ


例年どおり、「連休は家で過ごす」が基本の我が家では、この連休も、特別な
プランはありません。
6時間目の授業がない木曜日、TOTOとNANAが「クレヨンしんちゃん」の映画に
行きました(何故か、先週と今週の2週連続)。
土曜日に、K大博物館に行きました(これも、先週と今週の2週連続)。
で、あとは家でゆっくり、と思っていたら、落語家の桂文華さんから、「猿後家」
ツアーに参加しませんか、とのメールが届きました。

「猿後家」という落語があります。
商家の後家さんが猿にそっくりな顔で、そのことを気にしているため、その店では
「猿」という言葉が禁句になっていますが、口達者な太兵衛は歯の浮くような
お世辞を並べ立て、後家さんに取り入ります。ところが、奈良に行ったことが
ないという後家さんに、奈良の話を聞かせていると…ここで、奈良に行ったことの
ある人はピンと来るでしょう。奈良には、有名な「猿沢の池」というところが
あります。太兵衛は、ピンチを凌げるか!?…という
お話ですが、この太兵衛の歩いた道を辿ってみようじゃないか、というのが、
「猿後家」ツアーです。
具体的には、三条通りから南円堂〜大仏殿〜三笠山〜春日大社〜三作石子詰め、
そして、最後が猿沢池と全行程約10キロの手ごろなハイキングコースです。

というのは、まぁ、一般人の話でして、基本的にインドア派のNANAには、結構
厳しい行程かも、と思いました。気候のいい(暑くも
なく、寒くもない)時期に、家族で何度も休憩しながら、というならともかく、
30度近い気温で、大人の人たち(文華さん以外は初対面)と歩くなんて…でも、
NANAに無駄で断るのもどうかと思い、「どうする?」と聞いてみると、あっさり
「行くわ」!?
「結構歩くで、奈良やで」「知らん人ばっかりやで」とマイナス情報を並べました
が、「うん、ちょっと遠いけど行くわ、オレ、大仏が見たいし…こんなことでも
ないと、行かへんしなぁ」いやぁ、ごもっとも!
私は子どものころから、学校の遠足やら何やらで、何度も奈良に訪れていますが、
NANAはまだ一度も行ったことがありません。「大仏見たかて、どうってことない」
というのは見た人の言い草で、一度も見たことがないなら、見たいでしょうし、
見るべきです。といって、こういうところは、何かきっかけがないと、なかなか
行けません。

ところが、昨夜から、NANAはくしゃみと鼻水がとまらず…
「やめとくか」と言ったのですが、「行く、大仏見たいし」。
集合は12時、JR奈良駅です。10時ごろ出発すれは、現地で30分ぐらい余裕がある、
と考えていましたが、調子が悪そうなので、出発時間を30分ずらしました。
これでも、ギリギリに着くはずでしたが、予想以上にNANAの歩く速度が遅く、
5分遅刻してしまいました。ま、この時点で気づくべきでしたが、インドアで
歩くのが苦手、異常な暑さ、そして体調が今いち…東大寺に到着するころには、
NANAはもうヘトヘトになっていました。水分補給はマメにしていましたが、もはや
そんな問題ではなさそうで…若草山でおやつ休憩をとったときには、ぐったり
していました。
ここは、NANAが何と言ってもツアーは途中離脱しようと思い、NANAに確認すると、
「うん、帰るわ、ここで」。
春日大社には行かず、若草山から駅まで、NANAのペースに合わせ、休みながら、
ゆっくり帰りました。

散々な奈良旅行、と思いきや、NANAは満足したようです。
「大仏は大きかった、写真やと細かいところまで見えるけど、迫力までは分かれ
へんもんなぁ」
今日の名言でした。

2008/5/2  10:18

メーデーに・・・  TOTOとMOMOの仕事・子育て

昨日は、メーデーでした。NANAの担任の先生は、昨年に引き続き、お休みでした。
NANAたちはビデオ(昨年は「対馬丸」、今年は「やがて…春」)を見たり、
図書室で読書をしたり・・・もちろん、見回りにくる先生もおられるでしょうが、
ほぼ終日、「自習」で過ごしたようです。

当たり前のことですが、メーデーに参加されない先生のクラスは、普通に授業が
行なわれます。なぜ、NANAの先生は2年連続、5月1日に休むのか・・・「自習」は
うれしいかもしれませんが、そのことは、NANAたちにとって謎であるはずです。
6年生では、後半に「公民」の授業があります。前半の「歴史」でも、明治期以降、
労働運動の話が出てくるでしょう。
よい機会なので、「メーデー」の意味を説明しました。労働組合という組織の
説明もしました。
「じゃあ、メーデーに行かない先生も、労働組合に入ってるの?」とNANA。
当然の疑問です。
労働者であっても、全員が労働組合に入っているわけではないこと、最近は、
労働組合に入らない人が増えてきたことも説明しました。偶然、NANAを受け持つ
先生は、保育所の先生も、小学校の先生も、組合系の先生が多いのですけどね。

NANAは、私の話を興味深げに聞いていました。
思えば、私が小さいころ、世間ではよくストが行なわれました。父親が電車で
通勤していたときは、ニュースを見ながら、「ストに入るのかぁ・・・」
「大変やな」「いや、今度は集改札だけやし・・・」「ほな、帽子に筋の
ついた、偉い人が改札に立ちはるなぁ」などという会話を、よく耳にしました。
メーデーの話題も、今よりずっと大きく取りあげられていて、テレビのニュースを
見ながら、「この人ら、何でこんな格好してはるの?」「ん?それはメーデー、
労働者のお祭りや」「給料上げろ、のほかにも、いろんなこと言うてはるなぁ」
「そうや、生活に関わることは何でも、全部言うてはるんや」などという会話が、
自然に行なわれていました。
だから、「メーデーとは・・・」とか、「労働組合とは・・・」なんて、改めて
説明を受けなくても、NANAぐらいの年頃なら、よく分かっていました。
しかし、労働運動が一時の勢いを失い、労働組合も新規加入者の激減に、存続すら
危ぶまれる組織が増えている中、NANAたちにとって、メーデーも、ストライキも、
どこか「昭和の香り」のする、遠い存在になっているのだろう、と実感しました。

かくいう私自身、職場の労組に所属はしているものの、そのことを意識するのは
毎年、年末に行なわれる「役員選挙」のときぐらいで・・・当たると、夜や休日に
会合その他の仕事が増えますから、「どうか、当たりませんように・・・」と毎度、
祈るような気持ちでいます。若手の新規加入者がほとんどないため、組合員の年齢が
上がり、定年その他の事情で組合員数は確実に減っています。考えてみれば、役は
数年に一度まわってくる、給料から組合費は天引きされる、しかし、組合による
交渉の成果(賃上げや福利厚生施策)は、組合員、非組合員を問わず享受できる、
となると、組合加入にメリットを感じない(むしろ、デメリットばかり!)のは、
当たり前です。しかも、団体交渉では、毎年同じようなやりとりが繰り返され、
本当に団交があって初めて得られた成果なのか、毎年の「お約束」として決まって
いたことなのか、非常に疑わしいところもあります。

それでも・・・
いつだったか、他の職場から来られた人が、「労組のありがたさは、なくなって
初めて分かるんや」とおっしゃいました。労組がないと、労働条件を守ることが
いかに困難か、1人1人の労働者がいかに無力かを実感するのだ、と・・・
♪ひとりの小さな手♪という歌がありますが、まさに、「ひとりの小さな手」、
「ひとりの小さな声」、「ひとりの小さな目」では何もできず、何も見えず、
何も言えないけれど、みんなの手、声、目を合わせれば、何かできる、という
ことなのでしょう。
そして、たとえ小さくても、声をあげなければ、世の中は何も変わらない・・・

ただ、これは私の悪い癖なのかもしれませんが・・・
こうした運動に対しては、いつも、少し引いた立場をとってしまいます。
それは、相手や周囲の事情が気になってしまうからです。
「○○してくれ」と要求しても、相手にその要求を満たす能力(資力も含めて)が
なければ実現しません。
「○○導入反対」と声高に叫んでも、反対するだけでは白紙に戻すだけです。
○○導入の契機となった問題の存在自体(たとえば、赤字財政)を否定するなら
ともかく、そうでなければ、実現可能な代替案を提示する必要があります。
「○○してくれ」、だけど、どういう方法で行なうかは一切、相手におまかせ、
「○○導入反対」、だけど、その分、どういう方法で切り抜けるかは、相手に
おまかせ、あるいは、「おまかせ」とまでは言わなくても、かなり抽象的で、
「夢物語」のような現実味のない話では困る、と私は思うのです。
職場の労組で委員をするたび、こうした「水をさす」発言をしては顰蹙をかい
ましたが、労働運動にせよ、小学校との交渉にせよ(!)、「要求・反対、あとは
一切おまかせ」ではなく、「具体的な政策提言(その前提となる、正確な情報の
開示要求も)」型であるべきだ、と思います。
そしてね・・・
そうした運動によって、少なからず迷惑を被る人がいることは、どこかで意識
しておくべきです、終日自習を強いられるNANAたちのように・・・
もちろん、正当な権利行使である限り、誰にも遠慮をする必要はないのですが、
それだけの犠牲(ともいえないほど、ささいなものかもしれませんが!)のうえに
行なっていることを意識するだけで、運動がただの「お祭り騒ぎ」「形式的な年中
行事」に終わることは避けられる気がします。

2008/4/28  16:33

私の中の「変わらない私」  NANAとその家族

今朝、出勤前に、TOTOが「そっちの自転車に乗るなら、ライトが点かなくなって
いるから、帰りに自転車屋に寄って、直してきて」と言いました。
我が家には、大人用自転車が2台あります。1台は、子供用座椅子のついた、
いわゆるママチャリ、もう1台は、子供用座椅子がなく、スタンドも一本足の、
すっきりしたデザインです。普段、ママチャリには私、すっきりデザインには
TOTOが乗っているのですが、TOTOがNANAを迎えに行くとか、NANAと出かける、
という場合には、交換しています。今日は、TOTOがNANAのバイオリンレッスンに
付き合うので、お互い、普段とは違う自転車に乗って職場へ行くわけです。
・・・といっても、最近は、もうNANAを後ろに乗せるわけではないので、もはや
交換する意味が全くないのですけれど!?

さて、TOTOに修理を頼まれた私は、ちょっと困ってしまいました。
パンクとか、チェーンが外れた、というなら分かるのですが、ライトが点かない
のは自転車屋で直すものなのか、不安になったからです。
「あの〜、ライトが点かないんですけど・・・」「へ?それは電気屋に言うて
下さいよぉ」なんて言われたらどうしよう、と・・・
付き合いの長いTOTOは、すぐに私の不安を察し、「一度、頼んだことがあるから、
大丈夫やで」と笑いました。
「じゃあ、ブレーキも緩んでるから、ついでに直しとくわ」と私が言うと、「君、
ブレーキの修理を頼むついでに、『あの〜、ライトも点かないんですけど、それも
ここで直してもらえたりするんですか?』て聞くつもりやろ!」とTOTOが爆笑、
図星だっただけに、私も苦笑しました。

私は、昔から、こういう「くだらないこと」で悩む癖があります。
先日も、お風呂の換気扇が故障したとき、ガス会社に電話してよいのかどうか、
ものすごく悩みました。マンション入居時に渡された書類を探し出し、どうやら
ガス会社でよいらしい、ということは分かったものの、確信にまで至らなかった
ので、「あの〜、こういうことを、そちらに問い合わせてよいのかどうか、
分からないのですが、マンション入居時にもらった書類では、そちらの名前が
書いてありましたもので・・・」と長い前置きをしてから、修理を頼みました。
そんなわけで、予約や注文、問い合わせの電話をするのが大変苦手です。
「へ?うちじゃありませんよ」とか、「あぁ、そういうことはできません」とか
直接言われるのが怖いんです。

小さいころ、家族旅行に行くと、部屋での夕食後に、父が決まって「MOMO、
ごちそうさまでしたってフロントに電話しといて」と言うのが、たまらなく
嫌でした。「部屋番号は言わなくていいの?いきなり、ごちそうさまでした
っていうの?食事が終わりましたっていうほうがいいの?」としつこく聞いては
父の不興をかい、「お前は、そんなこともでけへんのか!」と叱られました。
旅行へ出かけるときから、夕食後の電話のことが気になって、楽しめない状態
でした。実に、バカバカしい話です。まぁ、そんな子どもだから、父も敢えて
毎回、電話させていたのかもしれませんけどね!

今は、FAXやメールという手段があって、大いに助かっています。
職場での連絡や問い合わせには、メールを使うことが多いです。
「電話するか、直接行けば、早いのに・・・」と同僚に笑われます。
でも、何か他の仕事をしている人に声をかけたり、電話をしたりして、仕事を
中断させるのには、勇気が要ります。メールなら、手の空いたときに対応して
もらえますから、少しは気楽です。私自身も、しどろもどろで、要領の得ない
話にもなりませんしね。
そう言うと、「MOMOさんは、会議で手を挙げて、言いにくいことをズバズバ
発言するのにねぇ、そのほうがよほど勇気が要るよ」とまた笑われます。
確かに、そうなんですけどねぇ・・・

今日、私はまた1つ年を重ねました。
いくつになっても、外観や暮らしている環境が変わっても、私の中には、
子どものころから「変わらない私」がいることを実感します。
それは、内弁慶で、人見知りなMOMOです。けれど、頑固で、自分が正しいと
思ったことは、たとえ親や先生が相手でも、決して譲らないMOMOであり、
勝手の分からないこと、突然のこと、初めてのことにはオドオドと自信のない
MOMOでもあります。

もちろん、年齢や環境に応じて、変わっていく部分もあります。
先ほど、自転車屋に行ってきました。ブレーキとライトを修理してもらい
ました。「はい、すぐ直しますね」とあっさり言われたので、気をよくし、
ついでに、少しネジが緩んでいたスタンドの修理も頼んでみました。
今夜の誕生日会用のお寿司の宅配も頼みました。たまっていたクーポン券を使う、
といういつもと違う要素が入っていたので、ドキドキしましたが、何の問題も
なく、注文が完了しました。
ほんの少しだけ強くなった(!)、42歳の私です。

2008/4/27  11:57

もう6年生だもん!  NANAとその家族

今日は、久しぶりに、NANAの希望で、K大博物館へ出かけました。
「NANAくん、久しぶり!」と受け付けのおばさん。私にチラシを渡しながら、
「もうNANAくんは大きいから、つまらないかもしれないけど…」。子どもの日に
開催される博物館のイベントでした。そろそろ、NANAも「子ども向けイベント」を
卒業する年齢に近づいてきたのです。
博物館のO先生も、「久しぶり!うわぁ、背が伸びたなぁ」。
そう、なんてったって、もう6年生ですからね。

とはいえ、NANAのお目当ては相変わらず、「週末子ども博物館」でして…
年度始めですから、相手をして下さる人にも多少の異動があります。
顔見知りの院生さんが「NANAくん、これやってごらんよ!」と勧めてくれたのが
海の哺乳類の歯のクイズ…3種類の歯を見て、何の歯かを当てます。
「え〜!難しいなぁ」と言っていたNANAですが、担当の研究者から「小型の…」
とヒントをもらうと、「コガシラネズミイルカとか?」「いや小型といっても、
4m近い」「じゃあ、ハンドウイルカ」「正解」「じゃあ、これはシャチ?」
「うん、正解」「ということは、これはマッコウクジラ?」「正解!!」
すると、顔見知りの院生さんは、「ね、すごいでしょ、NANAくんはここの常連。
6年生にしては驚異的な知識でしょ?」と何故か、興奮気味。
そのコーナーを担当していた人は、今日が初仕事だったようです。クジラの専門家
らしく、NANAは、閉館まで、その人とマニアックな話をしていました。
マッコウクジラの歯の一部までもらったのに、NANAがしつこく「どうやったら、
ハンドウイルカの骨がもらえるのか」なんて聞くものですから、思わず頭をポンと
たたきました。
ところが、「違うよ、そういう意味じゃなくて、イルカの骨や歯をどうやったら
入手できるのか知りたくて…何で叩くのさ!」
失礼いたしました。もう敬語も使える6年生なんだもんね。

先日、保育園の先生が「保育園の35周年記念誌」を届けて下さいました。
ページを開いてみると、開設以来の卒業生の写真が並んでいて…NANAの学年のも
ありました。ほんの5年前なのに、みんな、幼い顔です。
NANAは真ん中で、ポーズをとっています。当時は、♪世界に一つだけの花♪が
流行っていて、NANAは、よくズボンのポケットに手を突っ込んだり、体を斜めに
して、「スマップ風」に歌っていました。そんなことまで、思い出しました。

NANAがその保育所でお世話になったのは3才からです
保育所の一斉受け付け直後の2月生まれですから、すぐ受け入れてもらえるのは
一般家庭を利用した昼間里親しかありませんでした。
まぁ、「一般家庭」といっても専ら施設面であり、4〜5人の先生が15名前後の
子を見る「小規模乳児室」でしたけどね。
保育所入所までの「つなぎ」として使うのは申し訳なく、年限の3才までお世話
になりました。
1年間ドイツへ行きましたので、保育所生活はわずか2年間…それでも、記念誌を
眺めていると、「あぁ、こんなふうだった」と鮮明に思い出すことができます。

余談ですが…
最近、乳児室でお世話になっていた先生が非常勤で入っておられます。NANAの
卒室後しばらくして、乳児室が閉鎖されたからです。
記念誌にも、その先生の写真が何枚か載っていました。何だか不思議な気分です。
でも、2ヵ月から3才までのNANAを知る先生が、3才からのNANAしか知らない
保育所にいる…切れていた線が、すっと繋がったようで、ちょっぴり、うれしく
なりました。

親以外に、NANAの成長を見守ってくれる人がいるのは素敵です。

2008/4/24  17:28

親の想い、子の想い  TOTOとMOMOの仕事・子育て

職場では、年に一度、保護者面談の機会があります。
初めてのときは、大学での保護者面談なんて必要だろうか、と半信半疑でした。
しかし、面談を希望する保護者は驚くほど、多いのです。

内容はほとんど進路のことです。これまた、私には驚きでした。
大学生です。もう大人です。自分の進路に関する情報を何故、親を介して手に
入れようとするのか、と…でも、違うのです。話をよく聞いてみると、大抵は、
「親の希望する進路」の話であり、当人は了解していない(と考えられる)ことが
多いのです。
「法曹になってほしいのですが…」「大学院に行かせたいのですが…」「公務員が
いいと思うんです」!?
若い頃は、そういう親にウンザリし、気持ちがつい態度に出てしまうことも
ありました。今、そろそろ「大学生の親」の世代にさしかかり、多少親の立場も
理解するようにはなりましたが、やはり、子どもそっちのけで進路を語る親の
気持ちはよく分かりません。

他方…
最近、進路相談に来る学生も増えました。ここでも、親の影がチラチラ見える
ことがあります。
「ボクは○○○を希望しているけれど、親は…」というものから、「私は今まで
親の期待にそえなかった、就職ぐらいは頑張って、親にも納得してもらえるような
ところに…」というものまで様々ですが、こんなふうに口に出さない場合でも、
親の意向を気にしている人はたくさんいます。
できるだけ、親の意に添おうとするのも、逆に、敢えて、親とは全く異なる道を
選ぶのも、親という存在の大きさゆえかもしれません。先の例のように、親が
自分の気持ちを明確に示している場合だけでなく、むしろ、言葉上は反対の気持ち
を表しているときでさえ、子どもは、親の何気ない言葉や表情から、本当は何を
望んでいるかを敏感に察します。親自身も気づいていない「本当の気持ち」を
見透かされていることもあります。

多くの人がそうであるように、私もまた、ずっと「親の想いに応えられなかった
という気持ちを抱えてきました。
「いつも元気で、ハキハキと大きな声で」「口よりも、体を動かせ」「ウジウジ
せず、言いたいことはハッキリと」「体力第一、勉強は二の次」…そんな教育方針
のもとに育ったのが、勉強はまずまずだけど、恐ろしく不器用で、運動能力が
乏しく、内気で泣き虫、おまけに理屈っぽい子だったのですから、神様はかなり
意地悪です。
「内気で泣き虫」は何とか克服(!)し、今では、逆の印象すら与えるように
なりました(でも、鋭い人や付き合いの長い人には見抜かれます!)が、その他は
如何ともしがたく…
親の想いに応えようと、高校のとき、無謀にも剣道部に入ったこともありますが、
わずか2日で挫折しました。
それだけに、NANAが空手を始めたときは、とてもうれしかったのですが、案の定、
NANAには合わず一昨年、NANAが駅伝に出たときは、いそいそ応援にやって来た
両親の笑顔を見て、「これで、ようやく親孝行できた」と思ったものです。

さて、今週に入ってから、NANAは調子は急落し…
昨日は、例によってリミットぎりぎりに出かけたものの、学校へは行き着かず、
終日、私の実家で過ごしました。
言葉とは裏腹に、「学校へ行って、楽しく過ごして欲しい」という私の本音を
NANAは敏感に感じとっているのでしょう。
だけど…
親になって分かったこともあります。
我が子が自分の想いに反した生き方をしても、その子らしく、いきいきと過ごして
くれれば、親にはそれが一番うれしい、ということ…
NANAにはまだ、分からないでしょうけど、ね。

2008/4/22  18:35

踏み出した一歩を支える  NANAとのつきあい方

先週の木曜日のことです。
ハムスター作戦の効果か、毎朝の行き渋りも全くなくなり、絶好調のNANAは、
「今日は、8時に集まって、ハムスターを教室へ運ぶねん」と張り切って出かけ
ました。月曜日にやって来たハムスターは、しばらく、職員室(の担任の机の下)
で、「慣らし飼育」されていました。この異例の扱いは、「ハムスターは急な
環境の変化に弱いから、静かな職員室での慣らし期間が必要」というNANAの意見
によるものだったようです。

「大体、水曜日か木曜日に移動させようと思うねん」と1人で仕切るNANAの姿に
「他の子はどう思っているだろう」との不安はありました。だって、せっかく
可愛いハムスターが来たというのに、なかなか教室に来ないのですからね。
もちろん…
「校長先生やその他の先生方はどう思っておられるだろう」という気持ちもあり
ました。職員室で飼うなんてね、子どもたちが入れ替わり立ち替わり覗きに来ます
し、NANAのように、「世話をする」という大義名分のもと、休み時間のたびに
出入りし、放課後には居座る子どもも…決して好ましい状態ではありません。

さて、その木曜日…
NANAが、不機嫌そうな表情で帰ってきました。
「朝、予定どおり、ハムスター運んだん?」
「うん、でも、またすぐ職員室に戻した!」と吐き捨てるように言うNANAは、
目に涙を浮かべています。
「触ったらあかんって言ったのに。前の日の終わりの会でも言ってあったのに。
教室に持ってきたら、みんなが勝手に触りだして…止めても聞いてくれへん!」
やはり、予想どおりのことが起こりました。こういう衝突は必ずある、と思って
いました。飼育本の指示に忠実なNANAと、それは承知していても触りたいと思う
子どもたちとの間で、この種のトラブルが起きるのは明らかでした。しかしまぁ、
よりによって修学旅行の前日でなくても!?

NANAの判断で職員室に戻したようですが、これまた、「なんでNANAが決めるの?」
という声が上がっても不思議はありません。NANAが生き物係であるとしても、
係のメンバーの1人にすぎないNANAだけで決めることではないからです。
ここは、先生の出番だと思いますが、どうもその気配はなさそうです(!)から、
家で少しサポートしてみました。
NANAの主張が正しいとしても、もう少し穏やかに伝えられるように、新聞づくりを
提案したのです。ちょうど、理科の先生にも、「ハムスターをよく知るために、
新聞でも作ればいいよ」とアドバイスされていたらしく、いつになくあっさり、
「やってみる!」とNANA。
書くことが苦手なNANAに、パソコンでの作成を勧め…代休日だった昨日、第1号の
本文が完成しました。発行者は「生き物係NANA」です。次号以下は、生き物係の
メンバーが順番に担当してもよいし、引き続き、NANAが書いてもよいでしょう。
今日、担任の先生にデジカメを借りてハムスターを撮影したそうです。その画像を
貼り付けたら、新聞は完成です。

一歩踏み出したら、世界が広がりますが、その足元にはゴロゴロした石がたくさん
あります。気を抜くと、転んでしまいます。だからといって、先回りして石ころを
取り去ってしまうのではなく、つまずいたり、転んだりしたときに、目や声が
届く距離で、じっと見守ってやりたいと思います。

さて、一歩といえば…
最近、バイオリンでも、ポジション移動やら、ビブラートやら、装飾符やら、
大きな一歩を踏み出したNANA、只今、エルガーの名曲「愛の挨拶」に苦戦中です
が、先生に「弾けてる!頑張れ!」と励まされながら、ゆっくりと前進しています。

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