2006/2/2 23:08
父の気持ちを想うとき… NANAとその家族
父といっても、TOTOではなく、私の父の話です。
私は一人っ子です。母は小学5年生から慢性腎炎を患っており、出産などとても
望めない状況で、父もそれを承知で結婚したのですが、妊娠し、危険を冒して
私を産みました。それだけでも奇跡でしたが、若い夫婦は、「もう一人欲しい」
という希望を持ち、すぐに妊娠…しかし、翌年、早産で生まれた弟は、その日の
うちに亡くなりました。病院では死産扱いでしたが、父は、数時間しか生きられ
なかった息子に、自分の名前から一字とった名をつけました。遺体も引き取って
弔いました。廃棄物として処分される寸前だったそうです。麻酔なしの帝王切開
までした母は、結局、我が子の姿を一度も見られませんでした。
父は、私を大変可愛がってくれましたが、どうしても男の子が欲しかったようで
時々、「もし弟が生きていたら…」の話をしました。たとえば、テレビで高校
野球の中継を見ながら、「もしあいつが生きてて、高校野球やってたら、オレは
仕事休んでも応援に行くやろな」とか、「いや、やっぱり剣道かな」…父は、
高校時代から、ずっと剣道を続けてきたのです。
たまに授業参観で、「親子ドッヂボール」があると、父は、とてもはりきり、
「男の子は面白いな、思い切り速いボール投げたら、必死になって取りに来る」
とうれしそうでした(クラスの男の子たちも、「おい、おっちゃん来るんか」と
楽しみにしていました)。
私をガールスカウトに入団させて、自分は、同じ施設にあるボーイスカウトの
副長をしていました。
「結婚相手が見つかったら連れて来い、オレが酒を飲ませるから…」というのが
父の口ぐせでした。
警察官の父の周りには、いつも元気な若者がいました。職場の若者を見ながら、
いろいろと思いを巡らせていたのかもしれません。
でも、私が連れて来たのは、コップ一杯のビールで酔っぱらう人…体育会系の父
とは、まるで違うタイプでした。
それでも、結婚後、TOTOと一緒にキャッチボールしたり、卓球したときの父、
「息子です」とTOTOを他人に紹介するときの父は、本当にうれしそうでした。
そして…
生まれたのが、NANAです。
待望の男の子でした。1年後、父は定年前に退職して夜勤のない仕事に変わり、
母と2人、30年近く暮らした町から、私たちの近所に引っ越してきました。
NANAは、父が思い描いていた男の子像と異なり、泣き虫、臆病で冗談が通じず、
気に入らないと、癇癪を起こし…それでも、父は可愛くて仕方ないようでした。
小学校へ入学して間もなく、1人で通い始めたNANAの登校時間が通常の倍以上
かかっていることがわかりました。父は出勤前にNANAを尾行し、時間と場所を
細かく記録してくれました。
NANAが空手を始めたときはとても喜んで、送り迎えをしてくれました。
そのうち、パニックが頻繁になり、相談、そして診断…
診断結果を母には話しましたが、父には詳しく話せませんでした。診断を受ける
前に、ちらっと話したとき、「NANAは正常や」と父の顔色が変わったからです。
NANAの対応に困っていた母は今、父に隠れて、発達障害の本を読み、テレビの
特集を見ています。
でも…
昨年末、父が「これ、よかったら…」と新聞の切り抜きを渡してくれました。
私たちの町の教育委員会が、不登校児対策として、町内にあるフリースクールと
連携する、という記事でした。
本当は、父はもう全てを理解し、受け入れようとしているのかもしれません。
私は、NANAの障害を知っても、あまり悲しみませんでした。でも、父の気持ちを
想うとき、私は少し切なくなります。
私は一人っ子です。母は小学5年生から慢性腎炎を患っており、出産などとても
望めない状況で、父もそれを承知で結婚したのですが、妊娠し、危険を冒して
私を産みました。それだけでも奇跡でしたが、若い夫婦は、「もう一人欲しい」
という希望を持ち、すぐに妊娠…しかし、翌年、早産で生まれた弟は、その日の
うちに亡くなりました。病院では死産扱いでしたが、父は、数時間しか生きられ
なかった息子に、自分の名前から一字とった名をつけました。遺体も引き取って
弔いました。廃棄物として処分される寸前だったそうです。麻酔なしの帝王切開
までした母は、結局、我が子の姿を一度も見られませんでした。
父は、私を大変可愛がってくれましたが、どうしても男の子が欲しかったようで
時々、「もし弟が生きていたら…」の話をしました。たとえば、テレビで高校
野球の中継を見ながら、「もしあいつが生きてて、高校野球やってたら、オレは
仕事休んでも応援に行くやろな」とか、「いや、やっぱり剣道かな」…父は、
高校時代から、ずっと剣道を続けてきたのです。
たまに授業参観で、「親子ドッヂボール」があると、父は、とてもはりきり、
「男の子は面白いな、思い切り速いボール投げたら、必死になって取りに来る」
とうれしそうでした(クラスの男の子たちも、「おい、おっちゃん来るんか」と
楽しみにしていました)。
私をガールスカウトに入団させて、自分は、同じ施設にあるボーイスカウトの
副長をしていました。
「結婚相手が見つかったら連れて来い、オレが酒を飲ませるから…」というのが
父の口ぐせでした。
警察官の父の周りには、いつも元気な若者がいました。職場の若者を見ながら、
いろいろと思いを巡らせていたのかもしれません。
でも、私が連れて来たのは、コップ一杯のビールで酔っぱらう人…体育会系の父
とは、まるで違うタイプでした。
それでも、結婚後、TOTOと一緒にキャッチボールしたり、卓球したときの父、
「息子です」とTOTOを他人に紹介するときの父は、本当にうれしそうでした。
そして…
生まれたのが、NANAです。
待望の男の子でした。1年後、父は定年前に退職して夜勤のない仕事に変わり、
母と2人、30年近く暮らした町から、私たちの近所に引っ越してきました。
NANAは、父が思い描いていた男の子像と異なり、泣き虫、臆病で冗談が通じず、
気に入らないと、癇癪を起こし…それでも、父は可愛くて仕方ないようでした。
小学校へ入学して間もなく、1人で通い始めたNANAの登校時間が通常の倍以上
かかっていることがわかりました。父は出勤前にNANAを尾行し、時間と場所を
細かく記録してくれました。
NANAが空手を始めたときはとても喜んで、送り迎えをしてくれました。
そのうち、パニックが頻繁になり、相談、そして診断…
診断結果を母には話しましたが、父には詳しく話せませんでした。診断を受ける
前に、ちらっと話したとき、「NANAは正常や」と父の顔色が変わったからです。
NANAの対応に困っていた母は今、父に隠れて、発達障害の本を読み、テレビの
特集を見ています。
でも…
昨年末、父が「これ、よかったら…」と新聞の切り抜きを渡してくれました。
私たちの町の教育委員会が、不登校児対策として、町内にあるフリースクールと
連携する、という記事でした。
本当は、父はもう全てを理解し、受け入れようとしているのかもしれません。
私は、NANAの障害を知っても、あまり悲しみませんでした。でも、父の気持ちを
想うとき、私は少し切なくなります。
2006/2/5 17:49
投稿者:MOMO
うちでは、TOTOが一番寛容に見えます。実は一番こだわりがあって頑固なんですが…私は喜怒哀楽が分かりやすいので、よくいろんな人と衝突します。NANAもそうです。これも困ります(困っている本人が言うのだから間違いありません)。
2006/2/4 18:37
投稿者:きりん
>職場でもめると「あいつ道連れにやめてやる!」と刺し違え宣言したり
う〜ん、カッコいいなぁ・・・。ほれぼれ(違)
私の父はいやなことがあると胃とか十二指腸に潰瘍ができるタイプで、父→私→次男としっかり遺伝しています。
長男が性格的に鈍い(表現が悪いけど他に思いつかない・・・)のは、主人からの遺伝です。ただし、主人はかなり気が短いのに(これは次男に遺伝)、長男は家族で一番おっとりと寛容です。おかげで、今のところ集団生活でのトラブルは少ないのですが、将来のことを考えると非常に不安です。
う〜ん、カッコいいなぁ・・・。ほれぼれ(違)
私の父はいやなことがあると胃とか十二指腸に潰瘍ができるタイプで、父→私→次男としっかり遺伝しています。
長男が性格的に鈍い(表現が悪いけど他に思いつかない・・・)のは、主人からの遺伝です。ただし、主人はかなり気が短いのに(これは次男に遺伝)、長男は家族で一番おっとりと寛容です。おかげで、今のところ集団生活でのトラブルは少ないのですが、将来のことを考えると非常に不安です。
2006/2/4 18:11
投稿者:MOMO
KAZU母
孫って可愛いんだよね、きっと…
うちの父は、本当は、バイオリンの発表会見に行くより、剣道の試合や空手のほうがよかったんだろな、博物館より野球場でも連れて行きたかったんだろなと思うのだけど、現実に適応している姿が痛々しい…
きりんさん
父とは考え方の違いでよく衝突しましたが、気性がにています(KAZU母のところの、遺伝と同じく、NANAにも受け継がれています)。職場でもめると「あいつ道連れにやめてやる!」と刺し違え宣言したり、人から一本気とか、頑固とか言われるたび、父の血を感じます。
孫って可愛いんだよね、きっと…
うちの父は、本当は、バイオリンの発表会見に行くより、剣道の試合や空手のほうがよかったんだろな、博物館より野球場でも連れて行きたかったんだろなと思うのだけど、現実に適応している姿が痛々しい…
きりんさん
父とは考え方の違いでよく衝突しましたが、気性がにています(KAZU母のところの、遺伝と同じく、NANAにも受け継がれています)。職場でもめると「あいつ道連れにやめてやる!」と刺し違え宣言したり、人から一本気とか、頑固とか言われるたび、父の血を感じます。
2006/2/4 14:48
投稿者:きりん
警察官のお父さん・・・って、MOMOさんのイメージとはかなり違いますねぇ。
「盾となって家族を守ってくれる父親」ってカッコいいなぁ。私の父も主人もそういうタイプではないのでうらやましいです。
もっとも、そういうタイプの人と私が一緒に暮らしてうまくやっていけるかどうかは、かなり疑問ですが。
「盾となって家族を守ってくれる父親」ってカッコいいなぁ。私の父も主人もそういうタイプではないのでうらやましいです。
もっとも、そういうタイプの人と私が一緒に暮らしてうまくやっていけるかどうかは、かなり疑問ですが。
2006/2/3 9:53
投稿者:KAZUはは
AD/HD系のKAZUの兄が五歳の時亡くなった私の父もKAZU兄をそれはそれは溺愛しておりました。私の父は、KAZU兄がトラぶった頃には、もういなかったから、なんにも知らずになくなったわけです。
しかし、けっこう気難しかった父について、KAZU兄のAD/HDについて知るにつれ、私の父こそAD/HDだったかも?と確信するようになりました。
父は私の悩みのタネでしたが、AD/HDとして思い起こすと、不可解な事もなにやらわかる気がします。
KAZU兄は、おじいちゃんの出棺の時、突然行方不明になりました。さがすと、ひとり家の裏庭に行ってました・・・五歳なりに悲しくて、いやなことだったんだろうなと思います。
今でも、突然「じいじは○○やったな」と言い出します。多分同じ感覚の持ち主として、気が合ったのでしょう。もちろん、AD/HDは私の父からKAZU兄にとんでるわけじゃなく、私もですよきっと。
しかし、けっこう気難しかった父について、KAZU兄のAD/HDについて知るにつれ、私の父こそAD/HDだったかも?と確信するようになりました。
父は私の悩みのタネでしたが、AD/HDとして思い起こすと、不可解な事もなにやらわかる気がします。
KAZU兄は、おじいちゃんの出棺の時、突然行方不明になりました。さがすと、ひとり家の裏庭に行ってました・・・五歳なりに悲しくて、いやなことだったんだろうなと思います。
今でも、突然「じいじは○○やったな」と言い出します。多分同じ感覚の持ち主として、気が合ったのでしょう。もちろん、AD/HDは私の父からKAZU兄にとんでるわけじゃなく、私もですよきっと。
2006/2/3 9:02
投稿者:MOMO
ぺんぎんママさん、はじめまして。
ぺんぎんママさんも、そうでしたか。
発達障害関連の犯罪報道があると、必ず私の母が心配そうな顔をします。それを見るのもつらいです。
本当に、正しい理解が広がれば、いいですね。
ぺんぎんママさんも、そうでしたか。
発達障害関連の犯罪報道があると、必ず私の母が心配そうな顔をします。それを見るのもつらいです。
本当に、正しい理解が広がれば、いいですね。
2006/2/3 1:21
投稿者:ぺんぎんママ
http://pddto.exblog.jp/
http://pddto.exblog.jp/
はじめまして。
私も実家の両親に伝えるの悩みました。
今は二人して発達障害に関するテレビなんかを見て、良さそうなものがあると電話で「今日○時からあるよ」とか教えてくれたりするけど、それが有難くもあり、切なくもあり。。。
特に最近の発達障害に関するニュースは親の私でも気が重くなる話題も多くて、それを見る実家の両親はどんな気持ちだろうなって思うと複雑です。
正しい理解が進んで、あたたかく、暮らしやすい社会になるといいなって思います。
私も実家の両親に伝えるの悩みました。
今は二人して発達障害に関するテレビなんかを見て、良さそうなものがあると電話で「今日○時からあるよ」とか教えてくれたりするけど、それが有難くもあり、切なくもあり。。。
特に最近の発達障害に関するニュースは親の私でも気が重くなる話題も多くて、それを見る実家の両親はどんな気持ちだろうなって思うと複雑です。
正しい理解が進んで、あたたかく、暮らしやすい社会になるといいなって思います。
