2008/5/11 12:21
伝える必要のあることかどうか 最近の報道から思うこと
今週、愛知と京都で、高校1年生の少女が惨殺される、という痛ましい事件が
生じました。どちらも、まだ犯人が見つかっていません。
京都の事件について、マスコミがまず伝えたのは、遺体発見現場や少女の消息が
不明になる前後の事情など、事件に直接関係することのほか、少女が中学時代から
不登校であり、現在、在籍する高校にも、入学以来、わずか1日しか登校していない
ことでした。事件そのものの情報が乏しいせいか、マスコミは執拗に、同級生や
学校関係者に取材し、不登校の詳細を報じていました。
「事件と何の関係があるんやろうなぁ」とTOTOが顔をしかめました。
交友関係から犯人を探るため?被害者の性格、不登校が事件の鍵を握る?
そんな意識を持って報道しているとは、あまり思えません。ただ、取材するうちに
「一般の人とは異なる」事実が発覚したから・・・それだけのような気がします。
「たとえ関係あるとしても、こんなに報道すべきことじゃないやろなぁ」とTOTO。
そのとおりです。
最近、犯罪被害者の権利というものが意識されるようになりました。被害者を支援
する施策が検討され、これまで、刑罰を科す側と罰せられる側、国家と被告人の
関係を軸とし、被害者を「蚊帳の外」に置いていた刑事手続でも、被害者の関与が
一定の範囲で認められるようになりました。
施策の詳細は、http://www8.cao.go.jp/hanzai/seihu/seihu.htmlで。
被害者の心情に寄り添うような制度が整備される中、犯罪被害者に関する報道は、
以前から、重大な人権侵害を引き起こすことが指摘されながら、あまり改善されて
いる様子はありません。
被害者の顔写真はもちろん、家族構成、生い立ち、交友関係、被害にあった日の
行動の一部始終、そして、最近は、ブログや掲示板への書き込み・・・
被害者のプライベートな部分、事件に巻き込まれさえしなければ、おそらくは
親しい人以外には知られていなかったであろう部分が、新聞やテレビを通じて、
生前の被害者を直接知らない、不特定多数の人の知るところとなります。
先述の「不登校」の話は、まさに、プライベートな部分です。
プライバシーの問題だけではなく、一見、何の問題もなさそうな、事件の内容に
関わる報道でさえ、本当に伝える必要のあることか、首をかしげたくなるような
ものもあります。
たとえば、遺体発見時の様子・・・着衣がなかったとか、土がかけられていたが、
体の一部が見えていたとか、そうしたことは、本当に、共有しなければならない
情報なのか、非常に疑問です。
さらに、朝のワイドショーでは、各局、遺体発見現場からの中継映像を流して
いました。それだけでも遺族は耐えられないだろうと思うのですが、いくつかの
番組では、「ここから現場まで、実際に行ってみたいと思います。急勾配です。
遺体を担いで、ここを下りたとは考えられません」などと、レポーターが犯行の
「再現」を試みていました。実に、生々しい・・・そんな「再現」に何の意味が
あるのか、私には分かりません。事件の真相に迫るためなのかもしれませんが、
まだ何も明らかにされていない段階で、無責任にも、根拠のない「仮説」を立て、
客観性に乏しい「実証」を行い・・・それを妙に神妙な顔つきで、被害者のため
であるかのように行なうところが、腹立たしいところです。
ところで・・・
犯罪報道のあり方については、先日、BPO(放送倫理・番組向上機構)が光市の
母子殺害事件に関して、報道番組の多くが「極めて感情的に制作されていた」
との意見書を提出しました。「公平性の原則を十分に満たさない番組は、視聴者の
認識、思考や行動にストレートに影響する」との指摘は、来年からスタートする
裁判員制度との関係で、重く受けとめられるべきです。
マスメディアは、それが被害者に関するものであれ、加害者に関するものであれ、
収集した情報のうち、本当に伝える必要のあるものはどれか、伝えることにより
視聴者や読者、社会に与える影響を考慮し、判断しなければなりません。
聞いてきたことを何でもかんでも、誰彼かまわず伝えるなら、落語などに出てくる、
おしゃべりな「雀のお松」と変わりません。いや、「雀のお松」なら、行動範囲は
たかがしれていますし、町内の人たちは「どうせ、お松さんの言うことだから!?」
と割り引いて聞くでしょうが、新聞やテレビの場合は、そうじゃない・・・
それだけに、タチが悪いと思います。
生じました。どちらも、まだ犯人が見つかっていません。
京都の事件について、マスコミがまず伝えたのは、遺体発見現場や少女の消息が
不明になる前後の事情など、事件に直接関係することのほか、少女が中学時代から
不登校であり、現在、在籍する高校にも、入学以来、わずか1日しか登校していない
ことでした。事件そのものの情報が乏しいせいか、マスコミは執拗に、同級生や
学校関係者に取材し、不登校の詳細を報じていました。
「事件と何の関係があるんやろうなぁ」とTOTOが顔をしかめました。
交友関係から犯人を探るため?被害者の性格、不登校が事件の鍵を握る?
そんな意識を持って報道しているとは、あまり思えません。ただ、取材するうちに
「一般の人とは異なる」事実が発覚したから・・・それだけのような気がします。
「たとえ関係あるとしても、こんなに報道すべきことじゃないやろなぁ」とTOTO。
そのとおりです。
最近、犯罪被害者の権利というものが意識されるようになりました。被害者を支援
する施策が検討され、これまで、刑罰を科す側と罰せられる側、国家と被告人の
関係を軸とし、被害者を「蚊帳の外」に置いていた刑事手続でも、被害者の関与が
一定の範囲で認められるようになりました。
施策の詳細は、http://www8.cao.go.jp/hanzai/seihu/seihu.htmlで。
被害者の心情に寄り添うような制度が整備される中、犯罪被害者に関する報道は、
以前から、重大な人権侵害を引き起こすことが指摘されながら、あまり改善されて
いる様子はありません。
被害者の顔写真はもちろん、家族構成、生い立ち、交友関係、被害にあった日の
行動の一部始終、そして、最近は、ブログや掲示板への書き込み・・・
被害者のプライベートな部分、事件に巻き込まれさえしなければ、おそらくは
親しい人以外には知られていなかったであろう部分が、新聞やテレビを通じて、
生前の被害者を直接知らない、不特定多数の人の知るところとなります。
先述の「不登校」の話は、まさに、プライベートな部分です。
プライバシーの問題だけではなく、一見、何の問題もなさそうな、事件の内容に
関わる報道でさえ、本当に伝える必要のあることか、首をかしげたくなるような
ものもあります。
たとえば、遺体発見時の様子・・・着衣がなかったとか、土がかけられていたが、
体の一部が見えていたとか、そうしたことは、本当に、共有しなければならない
情報なのか、非常に疑問です。
さらに、朝のワイドショーでは、各局、遺体発見現場からの中継映像を流して
いました。それだけでも遺族は耐えられないだろうと思うのですが、いくつかの
番組では、「ここから現場まで、実際に行ってみたいと思います。急勾配です。
遺体を担いで、ここを下りたとは考えられません」などと、レポーターが犯行の
「再現」を試みていました。実に、生々しい・・・そんな「再現」に何の意味が
あるのか、私には分かりません。事件の真相に迫るためなのかもしれませんが、
まだ何も明らかにされていない段階で、無責任にも、根拠のない「仮説」を立て、
客観性に乏しい「実証」を行い・・・それを妙に神妙な顔つきで、被害者のため
であるかのように行なうところが、腹立たしいところです。
ところで・・・
犯罪報道のあり方については、先日、BPO(放送倫理・番組向上機構)が光市の
母子殺害事件に関して、報道番組の多くが「極めて感情的に制作されていた」
との意見書を提出しました。「公平性の原則を十分に満たさない番組は、視聴者の
認識、思考や行動にストレートに影響する」との指摘は、来年からスタートする
裁判員制度との関係で、重く受けとめられるべきです。
マスメディアは、それが被害者に関するものであれ、加害者に関するものであれ、
収集した情報のうち、本当に伝える必要のあるものはどれか、伝えることにより
視聴者や読者、社会に与える影響を考慮し、判断しなければなりません。
聞いてきたことを何でもかんでも、誰彼かまわず伝えるなら、落語などに出てくる、
おしゃべりな「雀のお松」と変わりません。いや、「雀のお松」なら、行動範囲は
たかがしれていますし、町内の人たちは「どうせ、お松さんの言うことだから!?」
と割り引いて聞くでしょうが、新聞やテレビの場合は、そうじゃない・・・
それだけに、タチが悪いと思います。
2008/5/12 14:12
投稿者:MOMO
2008/5/12 12:51
投稿者:トーマス
非常に同感です。
発生したばかりの未解決事件などは特に乱暴に情報が扱われているような気がしてなりません。被害者のプライバシーを事細かにしかもコレほどまでに速報で伝える必要があるのかと、いつも思います。
被害者の写真やブログ、卒業文集や寄せ書きなど、誰が情報提供するのか知りませんが、見たからナンなの?と思います。
捕まった犯人のことならいざ知らず、なんの落ち度もない被害者の個人的な記録などがこれほどまでに簡単に晒されてしまうなんて、被害者にとっては二重三重の被害に他ならず、酷いとしかいいようがありません。
犯罪被害者についてもさることながら、加害者の扱いについても、最近のマスコミのやり方には大きく疑問を感じます。
特に、未成年(または若くして)で凶悪犯罪を起こしてしまった犯人は、必ずといっていいほど「精神鑑定を受けた」ことが公表され、鑑定の結果(しかも簡易鑑定)で発達障害の疑いが出るとすぐに取り上げられる。
「障害があるヤツだから事件を起こす」と結びつけるほうが、自分たち(自分を健常と思い込んでいるヒト)にとっては安心だからなのでしょうか。
実際は、健常者が起こす事件の方が圧倒的に多いのに。
警察は、なんでもわかったことは公表しないといけないのでしょうか。
マスコミがどう取り上げるか、それが被害者・加害者にどんな影響があるかに配慮することは出来ないのでしょうか。マスコミが「言論の自由」を振り回し、傍若無人に振舞うことに強く憤りを感じています。
発生したばかりの未解決事件などは特に乱暴に情報が扱われているような気がしてなりません。被害者のプライバシーを事細かにしかもコレほどまでに速報で伝える必要があるのかと、いつも思います。
被害者の写真やブログ、卒業文集や寄せ書きなど、誰が情報提供するのか知りませんが、見たからナンなの?と思います。
捕まった犯人のことならいざ知らず、なんの落ち度もない被害者の個人的な記録などがこれほどまでに簡単に晒されてしまうなんて、被害者にとっては二重三重の被害に他ならず、酷いとしかいいようがありません。
犯罪被害者についてもさることながら、加害者の扱いについても、最近のマスコミのやり方には大きく疑問を感じます。
特に、未成年(または若くして)で凶悪犯罪を起こしてしまった犯人は、必ずといっていいほど「精神鑑定を受けた」ことが公表され、鑑定の結果(しかも簡易鑑定)で発達障害の疑いが出るとすぐに取り上げられる。
「障害があるヤツだから事件を起こす」と結びつけるほうが、自分たち(自分を健常と思い込んでいるヒト)にとっては安心だからなのでしょうか。
実際は、健常者が起こす事件の方が圧倒的に多いのに。
警察は、なんでもわかったことは公表しないといけないのでしょうか。
マスコミがどう取り上げるか、それが被害者・加害者にどんな影響があるかに配慮することは出来ないのでしょうか。マスコミが「言論の自由」を振り回し、傍若無人に振舞うことに強く憤りを感じています。

加害者の精神鑑定に関する話も、全くもって同感です。岡山の突き落としでも、予想どおり、その種の話が出ていますね。
実は、今、とある裁判所の委員をしているのですが、その席で、裁判所が世間の求めに応じ、できるだけ情報公開するようにしている、という説明がありましたので、発達障害の例をとりあげ、情報公開は大事かもしれないけれど、本当に公開が必要な情報かどうかは慎重に判断して欲しい、と発言してきました。これは、大学教員というよりは、発達障害児の母としての意見だったかもしれませんが・・・!?