2008/7/29  17:03

松谷みよ子さんの公開講座 その3  NANAとその家族

そして、松谷さんといえば、民話…

実は、私は、民話が好きではありませんでした。
小学校入学時、『ちいさいモモちゃん』ともう一冊、『日本のむかし話』という
本を買ってもらいました。これは、父からでした。父は、得体の知れない(?)
作家の書いた物語よりも、日本古来の物語のほうがよいと譲らなかったのだ、
と後日、母が教えてくれました。父らしいエピソードです。
しかし、父の想いに反して、私が『日本のむかし話』を手にとることはほとんど
ありませんでした。西洋の「何とか姫」ならまだしも、日本の「何とか太郎」や
天狗、鬼が暴れたり、動物や神様が人間の姿で訪ねてきたりする話には、全くと
いってよいほど、魅力を感じなかったのです。

ですから、松谷さんの作品の中でも、民話には自ら進んでは手を出しませんでした
し、『モモちゃん』その他の児童文学に民話的要素が多く採り入れられることには
やや違和感を持っていました。
他方、代表作『龍の子太郎』は民話をベースにしたものではありますが、私には、
別カテゴリーに入るものでした。禁じられている魚を食べて龍になってしまった
母親の悲しみ、たくましく利口な太郎の冒険物語は、間違いなく、松谷さんの
創作物でしたからね。勧善懲悪、勤勉さや正直を讃える、シンプルで分かりやすい
民話には、このように細やかな心の動きや幾重にも伏線が張られた、深みのある
ストーリー展開はない、と私は思っていたのです。

そんなわけで、私は長い間、松谷さんが何故民話の採集にこだわるのか、理解
できずにいました。
しかし…
いつだったか、松谷さんがテレビの対談で、『さるのひとりごと』という民話を
朗読されました。それは、私の民話に対する偏見を覆すものでした。
群れから離れ、海を見に行ったサルは、「海はええなぁ」というひとりごとに
いちいち相づちを打つカニに腹を立て、カニを叩き潰してしまいます。ところが、
あんなにうっとおしく思えた相づちも、なくなると、寂しいもので…サルは、
潰したカニをまるめてダンゴにします。すると、ダンゴになったカニは、なんと
再びサルのために相づちを打ち始めるのです。
この民話の奥深さ…私は、すぐに本を取り寄せました。
以来、卒業式など「ちょっといい話」をしなければならない席では、話に代えて、
この民話を朗読することにしています。

昨秋、松谷さんが『じょうちゃん』という自伝を出版されました。その中には
松谷さんが最初、民話に魅力を感じなかったことが綴られていて、驚きました。
しかし、「夕鶴」で有名な木下順二さんや伴侶でもあった瀬川拓男さんと出会い、
民話というものは決して昔話ではなく、現代に生きる私たちのたわいない日常も
民話、私たちは民話の中に生きている、と…ここで、かつて、私が峻別していた
現代児童文学と民話は、重なり合うのです。

もっとも…
「私たちも、今、民話の中に生きている」と言われても、私は今ひとつ、実感
できずにいました。
しかし、昨日の公開講座で、聞き手役の編集者さんが民話採集について、こういう
趣旨のことをおっしゃったのです。
採集といっても、本になっている作品は、聞いてきたものをそのまま文字にした
のではなく、その民話のエッセンスを丁寧に拾い上げ、子どもにも読める形に
したものだ、と…
それを聞いて、私はハッとしました。
30年もの年月をかけて「モモちゃん」シリーズを完結させたときの、松谷さんの
言葉を思い出したからでした。



コメントを書く


名前
メールアドレス
URL
コメント本文(1000文字まで)


RSS1.0