2008/8/13  21:48

一石三鳥ならず!?  NANAの研究活動

NANAの夏休みも残すところ、あと10日余り・・・
宿題プリント類は何とか目処が立っているものの、案の定というか、予想どおり
というか、目処が立たないのが自由研究です。

今年のメインは、サギの生態調査です。
近所の川にくるサギたちがどこから来て、どこへ帰るのか、日中何をして過ごして
いるのかを調べます。NANAは、旅行などで不在のときや「ゲリラ雨」で外出できない
ときを除いて、ほぼ毎夕、サギの観察に出かけます。時には、日中や早朝にも、観察
します。NANAだけでは大変なので、TOTOや私も通勤途中に観察することがあります。
データはそれなりに集まりつつありますが、そこには、これといった法則性もなく、
だから、これといった「結論」というか、「わかったこと」も書けそうになく・・・
ただ、ひたすら、「この日はこうでした」という記録を集めることに、どれほどの
意味があるのかと、自然科学に疎いTOTOや私は首をかしげるばかりです。
サギ類は時々、集団ねぐらを作ります。その「ねぐら」とやらを観察し、どこから
何時ごろ、どれぐらいのサギが飛んでくるのかを記録すれば、少しは、まとまった
レポートになるのではないかと、私たちの町で有名な(といっても、もちろん、
一般には知られていませんが)「集団ねぐら」に行ってみることにしました。

今年、NANAはもう一つ、自由研究のテーマを持っています。
福井の山中で拾ってきた動物の骨の「持ち主探し」です。
ちょっと気持ち悪いけれど、このほうが何とかなりそうだ、とは当初のTOTOと私の
予想でした。「骨の図鑑」を調べたり、博物館で骨格標本と比較したりすれば、
「●●の骨でした」という結論にたどり着くでしょうからね。何が出るか分からない
サギの生態調査より、はるかに自由研究向きだと思ったのです。
ところが・・・
NANAが持ち帰ったのは、10センチほどの長さの骨の「かけら」でしたので、意外と
正体をつきとめることが難しいようでした。K大の先生方に見せても、「う〜ん、
結構大きいからなぁ、クマか、イノシシか、ウシか」「一見すると、ウシっぽい
のだけれど、拾った場所が山だから、そうするとクマか」など、はっきりしない
のです。そもそも、全身の骨格標本など、そうあるわけではありませんから、
比較のしようもありません。
大阪の自然史博物館へ持っていけばよいのでしょうが、少し遠いので、とりあえず、
近くの動物園で調べてみることにしました。
都合のよいことに、動物園は「集団ねぐら」の近くです。ついでに、立ち寄ろうと
いうことになりました。

・・・とまぁ、今年の自由研究はどちらもかなり「危ない」ので、保険をかける
ことにしました。これまでの「新選組」ツアーをまとめ、「新選組ガイド」でも
作成したらどうか、と。これは、これまで訪ねた史跡の写真を貼り付け、まとめる
だけですから、それほど手間はかかりません。何より、確実に「形」になります。
これまた、都合のよいことに、「集団ねぐら」は新選組の史跡の1つで、まだ、
訪ねていない場所のそばにあります。やはり、ついでに、立ち寄って写真をとって
こようということになりました。

さて・・・
思い立ったら即行動、早速、今日の午後、「集団ねぐら」&動物園&新選組史跡を
まわりました。
最初に、「集団ねぐら」を訪ねると、シ〜ンとしていました。が、これは日中だから
だろうと気にとめず、新選組史跡へ行き、写真を撮りました(と簡単に書いています
が、炎天下、石段をたくさん上り下りして、かなり体力を消耗しました)。
次に、動物園に行き、動物には目もくれず、まずは資料室へ直行しました。ところが、
お目当ての骨格標本類は特別展のためにほとんど見えない状態、図書室にも目ぼしい
本がありません。仕方なく(!?)、いや、せっかく来たので、炎天下、動物園を
一周しました。帰りに、事務室で、「動物の骨について質問したいのですが・・・」
というと、獣医さんが来て下さって、丁寧に教えて下さいましたが、やはり、結論は
「イノシシの可能性があるけれど、これだけでは分からない!!」。
動物園を出たのが5時前、そこから、7時まで、「集団ねぐら」を観察しました。
けれど、飛んできたのはアオサギ2羽、どうやら同じアオサギが行ったり来たりして
いたようなので、実質は1羽でした。

一石三鳥を狙いましたが、結局、確実な収穫は新選組史跡の写真だけ・・・
はたして、NANAの自由研究は夏休み中にまとまるのでしょうか!?



2008/8/17  9:38

投稿者:MOMO

そうですね。これは、普段の授業でもいえることなんですが、「自分のしたいこと」をどこまでも追求するんですね。だから、到底授業の時間内にはおさまらず、放課後居残りしても間に合わず・・・どうしても仕上げなければならないものは「家で仕上げる」ことになりますが、そうでないものは、うやむやに・・・「まだ提出できていない」ことが行き渋りの原因になったりするので、傍観してもいられません。
親としても、教師としても、決して言ってはいけないことなのかもしれませんが、「とにかく、形だけでも出したほうがいいよ」と。たとえシンプルで、ありきたりの作品であっても、何も出さないよりはマシだから、と。まずは「最低限、これで出せる」という形を作り、そのうえで、自分なりの工夫を追加していく・・・学校という社会を上手く渡っていくには、こうしたコツがいるんですね。だけど、NANAはいつも、「こだわりの一品」を出すか、全く何も出さないか、の「芸術家」タイプです。

NANAの学校に関していえば、夏休みの宿題は、私のころより「ひどく」なっている気がします。漢字ドリルその他の問題集のコピーを大量に束ね、「やってきなさい」「丸付けもしてきなさい」・・・授業でできなかった分の補習でしかありません。毎年、ここでぼやいていることですが、できる子にもできない子にも画一的に与えられる「宿題」の部分は、必要最小限にしないと、「夏休みならではの体験」もできないし、宿題が「補習」の役割を担うとしても、真の意味での「補習」、つまり、「1人1人に合った勉強」もできません。センスのない宿題にはうんざりです。

2008/8/17  7:49

投稿者:えみりー

「夏休みの宿題」として、興味のあることや入れ込んでいることをまとめるのは、大変難しいことなのだ、私も痛感しています。

すうは(おそらくNANAくんも)「追求し続けたい」ヒトなので、小規模にまとめるのってとっても不本意なのでなないでしょうか。「なんとか提出できるかたちにしておくれ」ってこちらとしては思ってしまいますけどね。

基本的には私の頃と変わらない夏休みの宿題たち。もうちょっと出題に工夫があってもいいのでは、と思い続けています。

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