2008/7/24  11:01

余命  分類なし

「どんな結果でも教えてくれよ」
術前、息子には重い約束をさせたという。

「貴女ならどう?」
それは私が手術をされた方ならという意味?それとも私が貴女
だったらという意味?
「どっちも」

私の経験で言えば体の異変は勘が働くもので「多分大丈夫です。
喫煙の経験も無いのだから、でも念の為に」とお医者さまは仰った
けれど黒が出ると確信していた。
ですからきっちり肺癌ですと癌センターで告げられてもショックは
なかった。

もっとずっと昔、娘の頃これはきっと盲腸炎と母に言いました。
かかりつけ医に話し調べて戴く。
きっちり盲腸炎と診断され即紹介された外科で手術。


分かるものだと思うの、みっちり付き合っている体だもの。
勘の元、情報神経の集約は、体の内でされるのですから。


「でも息子は約束が気になる様なの。
同じことを言った人がいて約束通り余命を知らせるとそれからの
落ち込みは見ていられなかったって。それこそ弱った体に鞭打たれた
感じだったらしい、でもね、約束だぞと言ったというし・・迷うの」


私が貴女なら言わない。これからの治療で充分わかる、念を押す
ことはないと思うの。

「やり残したことをさせたいなら堪えて知らせるべきという人も
いる」
Kサマにやり残したことがありそう?
「ない、ない、絶対ない。昔から拘ることが何もない人」と
笑う友人。
「余命なんてね〜事故でお終いなんてことだってあるものね〜」
そうでしょ?そういうことでしょ?それならお終いを癌と決めて
予定は1年、なんてわざわざ可笑しいと思うの。



明日の憂いのないのは子どもだけ、大人はそんなに自信に満ちて
はいない。
根拠のない自信は持てない。
今日が、今が大切なことを知っている。
癌でなくともジタバタ生きたりするもの。
これじゃいけないと景色に目をやり一息ついて気持ちを落ち着け
歩きだす。
今後の治療をしてもしなくても並々ならぬ状態だと覚悟がある筈
ですもの期限の念押しをすることはないと思う。

「もう迷わない、息子はどうかしら、話すわ。あっそれより執刀医に
口止めしなくちゃ、何だか考えなしなのよ。すごくおっちょこちょい。
『先生もう一針!』と手術中に看護士さんに注意されたとか、縫う
方向が違ってやり直したのは夫にだけじゃないみたい、医療に向いて
いない先生なのよね〜」
「お勉強はできたんだろうな〜手先の素質もないの」と笑う友。
英語を教える友人、頑張っても語学の素質がない子もいてね・・
と、普段の通り面白い話を笑って話す。


昨日の電話「どうした?と貴女から電話は出来ないと思って」
こういう気遣いの人なのです。
それで?
「あと1年の余命は知らせない、と皆に宣言した」
「どうなるかわからないものね、本当に1年でもそれはそれ」




私にしても・・・
明日がないと思えば今日の時間は手中の珠、愛おしい1分1秒をキリッと
使うも良し、もや〜っと風景を眺めるも良し。
今年の花を愛で、今この時だけの走る雲を見上げ、いずれは溶けて闇に
なる夕陽にうつつを抜かす、それでいいや。
誰のお役にも立てなかったけれどいいや。

ただ、最後に痛い辛いは困る。
それだけは相棒に申し伝え、延命もいらない、痛みを止めればこれで
お終いと宣告されても私の遺志、忘れぬようにと事あるごとに確認です。
「オレもな」
これで夫婦のお終いは決まった。
さあ、安心して喜び怒り哀しみ楽しもう、使い果すまでは私の持ち時間。




「私、今日も歌う予定が入ってるの。これから行ってくる。夫?病室の
テレビでサッカー観戦、自分が出来なくなった分、力が入るらしくて
うるさいのよ〜」


カミサマは人間を上手に造ったな〜と今さらの感謝です。




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