2008/8/25  10:20

一会  分類なし

きっともうダメだと思う。
その実、そう思えばきっと大丈夫といつもの天の邪鬼論法。
その姑息な思いは、やはりお見通し。

季節の花を間近に見ることはできなかった。




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カメラで40倍に引き寄せてみると遠くにぽっかりぽっかり
開く蓮の遅れ花。


雨、風、陽射し、温度に湿度、こんなものが相まって時を選び
花は開く、という決まりまでは覆せない天の邪鬼論法でした。

植物との出会いは、いえ、どんな出会いもいっときのものです。
口が酸っぱくなるほど言い古された『一期一会』は真理。
たったこの一瞬に出会う様々は人が生きる2〜3000億秒(多分)
の数あるということ。
何億秒あろうが一瞬は一回、流れる時の尻尾を掴まえその過去に
入り戻ることはできません。


今ここで吸い込む空気は今ここだけのものと突き詰めれば、生きて
ここに居ること自体、偶然と思えば不思議。
必然ならば責務のようなものも感じます、大切にしなければ。





ゆらりと見える水からの立ち上がりはどうなっているのかしら?
開く花のない葉は重なり重なりしゃがみこまなければ茎は見えない。


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水につく辺りに見たのは思いがけない空。
伸びきることができずに終わりそうな葉の上は天でした。
雲の多い空がそこにある。



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はらりと散る花弁に雄蕊も続く、残るものは次に繋ぐ準備を初々しく
始めています。
そこに一瞬のとどまりもありません。


勤勉な『時の仕事』は着々と進んでいる。



こうしてはいられない、もう少しましな一瞬の使い方をしなければ・・







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