2008/8/27  10:18

顔つき  分類なし

才能に不可欠は『続ける』ということ。
少しの坂道を歩くうちに人より上手に歩けているのかもしれない
と気づきこの山を登ってみようと志を決める。
だんだんに急勾配になり難しさも征服への道と自分を褒めながら
よじ登る。
この距離時間が永遠に続くような気さえし始める頃「何もこの山で
なくとも」とふと立ち止まる。
連なる隣の山の頂に目を移し、あそここそ自分の征服を待つ山と
新たな志が顔を出す。

ほどほどの「上手」を持つ人は、そうしてあちこちの山の鳥羽口を
歩き周る。
それはそれで良し、歩く楽しみは幾通りも体験できたと満足です。
狙いたがえず、頂上の一点を目指し続けることの難しさ、生半可な
ことではありません。


『根気』が才能に不可欠と思う所以。
この飽きずとどまらず続けることの難しいこと・・永遠と思われる
努力を重ねる人たちが世界中から集まるのがオリンピックですね。
才ある努力の人々は、あの歳月を思いてっぺんを目指す。



オリンピックに向かう人々が芸能タレントかと見紛うテレビ出演を
こなす、ビジュアルで、持て囃されるらしいことも含め、そういう
ことになっているのかと首をひねるものがありました。
選手たちが楽しく出演ならこちらからあれこれ言うのも煩いこと、
練習の合間の息抜きがこれならそれはそれですが・・・

スポーツ選手の「いい顔」は、自他と闘う場所こそ本領。


勝った!その瞬間、一番のしるし、天にまっすぐに向けた人差し指
日に焼けた少年のような顔じゅうの笑顔、ソフトボールの選手たちの
顔の良いこと!

唇を噛み複雑な顔の銅メダル受賞者の多い中、飛びあがって喜び、
あふれるウレシイ!に観る側をも染める女子レスリングの選手。



考えてみれば・・・顔の道具の配置、ほんの少しの大小、そんなものが
好き嫌いの判断基準ではない、嫌いなのは媚がどこかに潜む顔。
鏡の中の自分も含め、美醜に関係なく目のどこか、唇の端にチラとでも
媚を見つけるとイヤな顔つきだと思う。


いい顔つき。
羨ましいほど真っ直ぐな笑顔。

オリンピックの精神などというものは、とっくの昔になくなって当然、
お金に糸目を付けず、取り繕うことに腐心するのも已む無きことか、
媚いっぱいの形を教えられた開幕の少女の姿を可哀そうにと思うばかり。
代表決定まで複雑雑多な分野もあったりしてスポーツってこんなこと
でしたっけ?いや、それが「おとな」の事情というものと納得の振り、
理想は理想、現実は現実と思いこもうとする。

そんなあれこれを浄化する真っ直ぐな笑顔でした。
おそらく観ていた誰もが清涼の心地よい風を感じたのでは、と思います。


顔つきは作ろうとして出来るものではないことは、分かり過ぎる年齢。

つまるところ
何かに(何にでも)立ち向かう気持ちが顔つきを作るのです。
つまらないと思うありきたりなものごとの中に、「あっ!」を見つける、
それが核になった輝く目は、良い顔つきの初めの一歩と信じます。


平々凡々の暮らしの中、いい顔つきを望むならそれしかないな〜

いつか旅立つ日「いい顔をしていたね」と言われたいものです。






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