2008/9/3 10:57
悲しいのは? 分類なし
この世を知って僅か12〜3年の頃、浜の黄色い岩の上で
海を見つめ雲を仰ぐ、ただそれだけで何だか悲しくなった。
どうしてかわからない。
雲が形を変えて夕焼けに吸い込まれる、ドキドキするような
「きれい!」の世界が悲しい感情につながることがわからない。
右の遠くには江の島や宙に浮かぶような富士山があったけれど
そちら方面は少しも悲しい気持ちにならないの。
ところどころ色の違う海や見上げる空だけが見ているうちに
悲しくなるのが不思議。
もしかしたら、悲しいのではなく不安だったのかしら?
まだ少ない言葉数では間に合わない感情だったのではないかしら?
動物に近い年齢だったからネと今になれば理由付けも整い、そうに
違いないと心の中で頷くのですが・・・
年齢分、それ相応分の言葉数も増えた筈のこの頃、刻々の空を見上げ
走る雲を目で追う・・と、脳のどこか遠くから懐かしいあの「悲しい」
がチクッと点のような印を見せる。
積み重ねた人類の「無理」に呆れたお仕置きか、異常と称される天候。
気まぐれな雨風日射しに翻弄され被害も少なくはない、悲しむ人も
多くあった。
大暴れの後先、エクスキューズの空や雲の美しいこと!
美しいものには理由がある・・そうか!美しいことは悲しいことなのだ!
悲しく美しく、透明な空は遠い。
それならば、と目の前に流し入れられた墨はゆるゆると近くの空を覆う。
今日の終わりがこれ?と不満顔の私に、ちょっぴりのオマケだよ〜
せっかくのオマケなのに少し不安な夕陽です。
こんなにきれいな赤なのにね〜
