2008/4/20 1:44
子供にレッテルを貼る 4) ペアレンツリンク
子供にレッテルを貼る
〜イギリスの子育てサポートグループ
「ペアレンツリンク」の研究レポート〜 TB007
日常の生活を振り返ってみると、頭の悪い子だの駄目な子だのと、私達は何の抵抗もなく子供の人格に対して単純に分類わけして、子供にレッテルを貼っているものです。
では、ここでご自分が子供だった頃のことを思い出してみましょう。悪いレッテルを貼られた時、どのように感じられたでしょうか。
「劣等感を持ったり、自分を過小評価するようになった」、「そう言われて頭に来たから、わざとそうしてやれと余計に悪くなった」、など、マイナスの結果が殆どでした。中には「奮発してそうじゃないと証明しようと努力した」という前向きな意見はあったものの、これもいくら努力しても否定され続けてしまうと、結局は自信を失う結果となってしまうようです。
では、逆に良いレッテルを貼られた時はどうでしょうか。「自信をもった」、「自分を過大評価して鼻が高くなりすぎた」等という意見の他に、「そう言われてそうせざるを得ないプレッシャーに苦しんだ」という人もいました。
ある人は『親切な子』と言われて来たので、弟や妹が自分達の分のお菓子を食べ終えてなお、彼女に「ちょうだい」とねだって来ても、「これは私の分よ」と断る事が、つい最近になるまでできなかったのだそうです。
つまり、周囲から「この子は常にこうする」と期待されてしまうと、そうしなかった、またはそうできなかった時に自分の存在価値を失ってしまう事を意味するわけで、子供にとってそれは大変なプレッシャーなのです。
この場合、得に危険な事は「自分自身に嘘をついている事に本人すら気がつかないこともある」という点で、親が本人の意思を確認したりしても、子供は「親が子供にそう答えてもらいたい」と思っている答えを本能的に読み取ってその通りに答えたりするので、隠された子供の本心を本人から聞き出す事ができない場合もあるという点です。
子供にとって親から褒められる事や親の感心を引く事は死活問題であり、その為にはそれにそぐわない自分の性格や感情は存在すべきものではなく、心のバケツに突っ込んで蓋をしてしまい、なかった事にしてしまうものなのです。
しかし、それを長年くり返していくうちに、バケツの中に閉じ込められた本当の自分は行き場もなく蓄積されていく一方ですから、そのうちに中で腐食し、ガスまでたまり、いずれ大爆発を起こしたりする事もあるわけです。こうして「ある日突然、人が変わってしまって周囲がびっくりする」という事が起こったりするものだと思います。
人間には誰にも様々な側面があるものであり、環境や立場、相手によっても、また、その日の気分によってすら正確も態度も能力までも変化するものです。にもかかわらず、「お前はこういう奴だ」と一方的に決め付けることは、子供の微妙な変化を受け止めてやる努力を怠っている事でもあります。
つまりは一つの事象ですべての人格を評価するのではなく、その場その場でやった事や出て来た結果に対してのみ、叱ったり褒めたりするように心掛ける事が、子供にへんなコンプレックスを与えたり、性格をゆがめたりせず、子供の素直な成長を促す為にとても大切な事なのです。
叱る時は単に「悪い子だ」と言うのではなく、「今、あなたのした事は悪い事であり、直して欲しいから注意しているのであって、貴方を嫌いになったわけではない」という点を明確にして叱る事が大切です。
一方、褒める時は、その結果や行為を繰り返す事を期待しない、そうでなかったからと言って親からの愛情が変わるわけではないという逃げ場を子供に与えてやるなどの配慮をしながら褒めると良いでしょう。
レポーターより:
親の側からすれば、誰もが子供に良かれと思ってやっている事なのに、ほんの少しの言葉の使い方の違いで、こんなにも違った結果を招くものだとは、、、子育ては奥が深く、また、これは子育てだけではなく、職場のボスと部下の人間関係にも通じるものがあり、大変関心させられました。
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〜イギリスの子育てサポートグループ
「ペアレンツリンク」の研究レポート〜 TB007
日常の生活を振り返ってみると、頭の悪い子だの駄目な子だのと、私達は何の抵抗もなく子供の人格に対して単純に分類わけして、子供にレッテルを貼っているものです。
では、ここでご自分が子供だった頃のことを思い出してみましょう。悪いレッテルを貼られた時、どのように感じられたでしょうか。
「劣等感を持ったり、自分を過小評価するようになった」、「そう言われて頭に来たから、わざとそうしてやれと余計に悪くなった」、など、マイナスの結果が殆どでした。中には「奮発してそうじゃないと証明しようと努力した」という前向きな意見はあったものの、これもいくら努力しても否定され続けてしまうと、結局は自信を失う結果となってしまうようです。
では、逆に良いレッテルを貼られた時はどうでしょうか。「自信をもった」、「自分を過大評価して鼻が高くなりすぎた」等という意見の他に、「そう言われてそうせざるを得ないプレッシャーに苦しんだ」という人もいました。
ある人は『親切な子』と言われて来たので、弟や妹が自分達の分のお菓子を食べ終えてなお、彼女に「ちょうだい」とねだって来ても、「これは私の分よ」と断る事が、つい最近になるまでできなかったのだそうです。
つまり、周囲から「この子は常にこうする」と期待されてしまうと、そうしなかった、またはそうできなかった時に自分の存在価値を失ってしまう事を意味するわけで、子供にとってそれは大変なプレッシャーなのです。
この場合、得に危険な事は「自分自身に嘘をついている事に本人すら気がつかないこともある」という点で、親が本人の意思を確認したりしても、子供は「親が子供にそう答えてもらいたい」と思っている答えを本能的に読み取ってその通りに答えたりするので、隠された子供の本心を本人から聞き出す事ができない場合もあるという点です。
子供にとって親から褒められる事や親の感心を引く事は死活問題であり、その為にはそれにそぐわない自分の性格や感情は存在すべきものではなく、心のバケツに突っ込んで蓋をしてしまい、なかった事にしてしまうものなのです。
しかし、それを長年くり返していくうちに、バケツの中に閉じ込められた本当の自分は行き場もなく蓄積されていく一方ですから、そのうちに中で腐食し、ガスまでたまり、いずれ大爆発を起こしたりする事もあるわけです。こうして「ある日突然、人が変わってしまって周囲がびっくりする」という事が起こったりするものだと思います。
人間には誰にも様々な側面があるものであり、環境や立場、相手によっても、また、その日の気分によってすら正確も態度も能力までも変化するものです。にもかかわらず、「お前はこういう奴だ」と一方的に決め付けることは、子供の微妙な変化を受け止めてやる努力を怠っている事でもあります。
つまりは一つの事象ですべての人格を評価するのではなく、その場その場でやった事や出て来た結果に対してのみ、叱ったり褒めたりするように心掛ける事が、子供にへんなコンプレックスを与えたり、性格をゆがめたりせず、子供の素直な成長を促す為にとても大切な事なのです。
叱る時は単に「悪い子だ」と言うのではなく、「今、あなたのした事は悪い事であり、直して欲しいから注意しているのであって、貴方を嫌いになったわけではない」という点を明確にして叱る事が大切です。
一方、褒める時は、その結果や行為を繰り返す事を期待しない、そうでなかったからと言って親からの愛情が変わるわけではないという逃げ場を子供に与えてやるなどの配慮をしながら褒めると良いでしょう。
レポーターより:
親の側からすれば、誰もが子供に良かれと思ってやっている事なのに、ほんの少しの言葉の使い方の違いで、こんなにも違った結果を招くものだとは、、、子育ては奥が深く、また、これは子育てだけではなく、職場のボスと部下の人間関係にも通じるものがあり、大変関心させられました。
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