2008/8/4  12:56

ナオミのこと  ニュージーランド

今日は朝イチで賃貸物件の手付け金を振り込んできました(家賃一ヶ月分、契約締結と同時に全額返金)。すかさず不動産業者に電話して振込終了の旨を伝えます。時間もないし、すぐ動いて欲しかったわけで。すると小1時間ほどして向こうから連絡があり、物件の管理者が来週月曜日からお盆休みに入るとのこと。うーむ、嫌な予感が・・・ところが「ですからお急ぎで進めて、今週中には手続きを終え、鍵の受け渡しができるようにします」とのこと。いい感じです。カナダやニュージーランドなんかだったら「じゃあ休み開けるまで待ってネ」で終わりですからね、さすがは日本。


* * *


ところでニュージーランドといえば一昨日再会したナオミとデヴィッド。

思えば不思議なカップルです。かたやアート系のナオミ、かたやコーヒー機器の貿易にたずさわっているデヴィッド。かたや日本人のお母さんとアメリカ人のお父さんを持ちつつ、ニュージーランドで生まれ育ち、米国とニュージーランドの二重国籍者であるナオミ。かたやイタリアからニュージーランドに仕事で来て、永住権を取って定住するようになり、ついには市民権を得てイタリアとニュージーの二重国籍者となったデヴィッド。おっと、今書いててやっと二人の共通点が発見できました。

基本的にはニュージーランド人でありながら日本と米国にも属するナオミ同様、デヴィッドもイタリア人でありながら、オーストリアとスロヴェニアにほど近い地域、イタリアでありながらそれほどコテコテのイタリアではない、むしろドイツ語文化圏とスラブ語文化圏の存在をひしひしと感じるような場所の出身だという話です(余談ですが、イタリア内部にもドイツ語圏があります)。二人とも、国籍が二つあるだけでなく、民族性も複数あるのですね。

さてそんなナオミさんと筆者が出会ったのはニュージーランドでフラットメイト(北米風に言うとルームメイト)だったフランス人留学生、サンドラのおかげでした。フランス人なのに「サンドラ」なんて名前はおかしい、「サンドリーヌ」ではないのかと思われる方もおられるかもしれませんが、彼女はお母さんがドイツ人なのでドイツ風のファーストネームなのです。(また多重国籍者、類は友を呼ぶ?)

このサンドラ、いい人なんですがいわゆるトラブルメーカーで筆者もけっこう被害を受けました。しかし(その代わりと言っては何ですが)サンドラを通じて知り合った人々の中にはいい人が多く、筆者のニュージーランド時代のベストフレンド、ペルー人のエクトルもこの中に入っています。このサンドラがもっと安い家賃を求めて引っ越した先の家にナオミが住んでいて、そのうち筆者とも顔を合わせることになったわけで。

ナオミに初めて会ったときにはかなり不思議な印象を受けました。お母さんが日本人なの、と言われればそう見えるし、お父さんはアメリカ人なの、と言われればそんな顔、特にイタリア系アメリカ人っぽい顔をしているような気もする。そして生まれも育ちもニュージーランドだから私は「キーウィ」なのよ、と言われるが、あのニュージーランド独特の訛りがほとんど無いし、話をするテンポがいわゆるキーウィ(ニュージーランド人、特に白人)とは全然違う。本人がそう言うからにはニュージーランド人で間違いないのですが、人物としてはもう、本当に多国籍的としか言えません。

で、そのあとすぐにナオミは家賃が高い代わりに眺めのいい家に引っ越してしまい、しばらく筆者とは顔を合わせる機会がなかったのですが、ある時突然に翻訳の手伝いを頼まれました。当時ナオミはネイティヴ・アートのギャラリーで働いていて、展示会やゲスト・アーティストの招聘など色々な仕事をしていましたが、そのうちパペットマスター(人形使い)という職業の人がおり、この人が日本の人形に大変に興味を持っているので、いくつか面白そうな記事を日本語から英語に翻訳してもらいたい、という話でした。当時わたしは文化人類学を勉強していたので、伝統芸能の記事を翻訳するのには適任と見なされたのでしょう。

日本語の読めないナオミの代わりにお母さんが選んだという記事を大雑把に訳し、プリントアウトしてナオミの新しい住まいを訪ねたわたしでしたが、なるほど、確かに眺めのいい家です。で、入ってみると彼女は何かタコを使った料理を作っていたので驚きました。そして件の翻訳のためにノートパソコンを部屋からダイニングに持ってきたのですが、これがなんと風呂敷に包まれている。まるで巨大な弁当箱みたいに見えてちょっと笑ってしまいましたが、ナオミは自分の日本人である部分を本当に大切に思っているんだなあ、と思った瞬間でした。ところがこのナオミ、筆者の英文を添削するときには様子が変わり、筆者の平坦で面白みのない文をあちこちいじって次々と見事な英文に書き換えてしまいます。筆者のバイト先の同僚(観光局)も大半はニュージーランド人でしたが、あれほど見事な文章を書ける人材はいなかったと思います。さすがは英語ネイティヴというどころではなく、ネイティヴ+αといったところでした。

この約2年後に日本に来た時に、ナオミは実は日本語は日常会話なら全然不自由しないくらい話せることが発覚したのでしたが、なんとお母さんが英語しか話そうとしなかったので(今はどうかわかりませんが、ニュージーランドではよくあったことです)日本語は自力で講座を取るなどして学んだという話。大したものです。しかし、そのとき言っていた二つのことには筆者も考えさせられました。

「お母さんが日本人だって言うと、みんな、ああそれで日本語が話せるのね、って言うのよ。頑張って勉強したんだけどなあ」

「日本の人は私のこと「ハーフ」って言うんだけど、嫌だわ」

最初のはニュージーと日本、共通の話でしょう。どちらの国でも「人種」と「人物」を密接につなげて考えるようになっており、親が日本人だったら子供も自動的に日本人になり、その結果その子供は日本語も日本文化も自動的に習得して然るべき、ということになりがちです。「わたしはニュージーランド人です、日本語は努力して学びました」という当人の意見が無視されることが多いので、ナオミにとっては頭が痛かったのでしょう。

二番目は言葉の問題であり、やはり人種の問題でもあります。まず英語話者からすると「ハーフ」は半分です。だから「ナオミさんはハーフ」という言い方は本人にとっては「ナオミさんは半人前」という聞こえ方になるわけです。ナオミにとってはどうもこれが気に障って仕方がないらしい。そこで「日本の人はハーフ&ハーフ、異なる二つの側面を合わせて一人前だって言いたいんだよ」と好意的な解説をした筆者でしたが、「でも、私は生まれも育ちもニュージーランドなんだから、ニュージーランド人として1人の人間なのよ、日本的な部分はプラスαだと自分で思ってるわ」という返事。

このナオミの反発心の背景には、「混血=不純」というよくある価値観があるでしょう。ナオミがニュージーで「日本人の血が混じっているから純粋なニュージーランド人ではない」と言われていたことは想像に難くありません。わたしのインド系ニュージーランド人の友人もある日、同じ悩みを語っていました。だからナオミは日本で「ハーフ」と言われると自動的に「白人の血が混じっているから純粋な日本人ではない」と言われていると思ってしまうのでしょう。筆者の意見では、日本人が「ハーフ」と言う時はあこがれ、羨望のような感情が多くあると思うのですが、ナオミにはそれは納得いかないようでした。

「日本の学者の中には『ダブル』(二重=ひとりで二人分)って言い方をしようって人もいるけど」と筆者が言うと、「それならまだマシだけど、実際誰もそうは言わない」と言われてしまいました。今思い返すと、ナオミはいつにない様子でこの話題に強くこだわっていたようです。ふだんはもっとサバサバした性格なのですが。

先日の来日ではその話題にならなかったのですが、もし同じ話が出たら「ナオミはハイブリッドだから」と言うつもりでした。これならカッコいいしわかりやすい。

さて、あまりにも長くなってしまったのでデヴィッドと、二人の出会いについては明日にでも語りましょう。



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