2006/7/29 19:24
第39話 トワノキオク アイルランド旅行記(1)
「3人で」なにか飲みに行こうと言い出したエリッサがぷいと消え、自分はセレステと二人でしばしたたずんでいた。何と言う大胆かつ不自然な行為・・・それも自分のまいた種だ。気まずい予感が足元から上に上がってくる。しかし、すぐセレステが言った。
「じゃあ二人で行く?」
「あ、ああ」
というわけで二人でホステルの玄関を出て、夕暮れのダブリンの路地を二人で歩いた。何をやってるんだ自分は。さっき知り合ったばかりの人・・・しかも若い女性、しかもけっこうモテそうな・・・と二人きりで酒など酌み交わしに行こうとしているっ・・・・・・・・!! いや落ち着け落ち着け、何もやましいことがあるわけじゃない。緊張する必要もない、何もいい印象を与えなければならないわけではないのだ。いや、できればいい印象は与えるべきだが、変な意味じゃなくてだ。そうだ落ち着け、どんなことになっても結局はお互い別な相部屋だから
「ねえK?」
「はい!?」
くだらない事で考え込んでいたところへ思わず声をかけられ、ちょっと叫び気味になってしまった。
「日本ではアイルランドに旅行に来るのはポピュラーなの?」
なぜかホッとする。
「うーん、それほどでもないよ。日本からはアメリカとか、イギリスとか、ヨーロッパへ行くのが一番ポピュラーなんだ。ニュージーランドではどうなの?」
すかさず質問返し。大学のシュルツ先生に教わった英会話の基本「キャッチボール」である。
「いいえ全然。海外旅行といえばオーストラリアかイギリスね。オーストラリアは近いから」
「へえ、ニュージーランドとはけっこう違うの?」
「うん、私の国はアイルランドに似てるけど、オーストラリアは・・・・・」
気づくと、目的のパブに到着するまでにけっこう会話がはずんでしまっていた。これはまさか、世に言う「ビギナーズ・ラック」なるものだろうか。何をするにつけても初心者のうちは上手くできる。しかし慣れてくると途端に駄目になる。最初は純粋でひたむきで、目の前のことに集中している。だから往々にして上手くいく。ところが慣れてくると余計な事を考えるようになる。いわゆる雑念だ。だいたいパチンコとか麻雀とか、ギャンブルをするときによく言われるが、自分は外国語や旅行にしても同じだと信じている。
パブのドアをくぐると、中はもうけっこう混んでいた。ライブのある日は混むのだろう。店内に入ったとき、けっこう視線を感じた。やはりアジア人と白人がカップル(便宜上)で来るのは珍しいのだろうか。しかしその視線にしても、「何だこの妙なカップルは」というネガティヴな視線ではなく、「おやおや、これは珍しい組み合わせだな。一体どういういきさつなんだろう」という好奇と期待の入り混じった、暖かい視線だった。やはり人間同士、敵意や好意はたとえ無言でもわかるものである。
「すごい人だね」
「そうね。テーブルが空いてないから、あそこに行きましょうか」
セレステがカウンターの奥の端の方を指さした。そこだけ空いている。よし、と言ってすぐ移動。
いよいよ酒が入る。何もおかしなことは期待してはいなかった・・・というより期待しないように努めていたが、やはり少し緊張してしまう。“Anything happens” - 「何だって起こりうる」というフレーズが脳裏をよぎる。落ち着くんだ。
こちらの顔を見て寄ってきたバーマンに注文を出した。
「ギネス1パイント」
「私はハイネケン。パイントでね」
セレステはそう言うが早いか財布を出した。おごられる気は全くないようだ。これでちょっと気が楽になった。なお後日知ることだが、ニュージーランドのカップルは基本的には何でも折半する。男が女におごらなければならないという局面は基本的にはない。
さて、何を話してたんだっけ。
そう思った、その時だ。
それが、来た。
何の前触れもなかった。
それは明らかに、男の手だった。
ぞくり、と無数の虫が全身を超高速で駆け抜けるような感覚が貫いた。
人ごみの中、カウンターと正反対の方向に向いていた自分の尻・・・・・・・ジーパンに包まれた何の変哲もないこの尻を、突然、男の手が、鷲掴みにした。
(ぬがあっ)
そう心の中で叫ぶが、実際には何も言わない。叫びたくても叫べなかった。まるで金縛りにかかったようだった。誰だ、と反射的に思ったが、これも同じ事で、体が振り向こうとしない。本能が告げていた、気づかなかったことにしておけ、と。
「K、ギネス好き?」
そのセレステの声で我に返った。
「ああ、とても」と機械的に返事をしながら、まじまじと彼女の顔を見た。当然だが、彼女は何も気付いていない。ちょっと待て、「奴」は一体何を思ってあんな事を・・・よりによって女性と一緒に居る男の尻を掴むとは・・・まさかセレステに触るつもりで間違えたのか? いや、それはありえない。
掴みたいから、掴んだ。
触りたいから、触った。
恐怖が全身をひたひたにした。自分の住む世界とは全く別な次元の存在が、このすぐ近くにいる。
その後は言うまでもないがセレステとの会話ははずまなくなってしまった。彼女は今までどおり色々な話を出してくれたが、申し訳ない事にちゃんと聞ける精神状態ではなかった。だから最初のビールがなくなった時点で、帰ろうと言った。
ホステルのロビーで別れたとき、セレステは「楽しかったわ、ありがとう」と言ってくれた。それで癒された。ちなみにこの後、アイルランドでもニュージーランドでも彼女に再会することはなかった。
そして余談だが、日本に帰ってから電車内で痴漢を働くような奴は人間のクズの中のクズ、全員終身刑か死刑が妥当だと思うようになったのは言うまでもない。
「じゃあ二人で行く?」
「あ、ああ」
というわけで二人でホステルの玄関を出て、夕暮れのダブリンの路地を二人で歩いた。何をやってるんだ自分は。さっき知り合ったばかりの人・・・しかも若い女性、しかもけっこうモテそうな・・・と二人きりで酒など酌み交わしに行こうとしているっ・・・・・・・・!! いや落ち着け落ち着け、何もやましいことがあるわけじゃない。緊張する必要もない、何もいい印象を与えなければならないわけではないのだ。いや、できればいい印象は与えるべきだが、変な意味じゃなくてだ。そうだ落ち着け、どんなことになっても結局はお互い別な相部屋だから
「ねえK?」
「はい!?」
くだらない事で考え込んでいたところへ思わず声をかけられ、ちょっと叫び気味になってしまった。
「日本ではアイルランドに旅行に来るのはポピュラーなの?」
なぜかホッとする。
「うーん、それほどでもないよ。日本からはアメリカとか、イギリスとか、ヨーロッパへ行くのが一番ポピュラーなんだ。ニュージーランドではどうなの?」
すかさず質問返し。大学のシュルツ先生に教わった英会話の基本「キャッチボール」である。
「いいえ全然。海外旅行といえばオーストラリアかイギリスね。オーストラリアは近いから」
「へえ、ニュージーランドとはけっこう違うの?」
「うん、私の国はアイルランドに似てるけど、オーストラリアは・・・・・」
気づくと、目的のパブに到着するまでにけっこう会話がはずんでしまっていた。これはまさか、世に言う「ビギナーズ・ラック」なるものだろうか。何をするにつけても初心者のうちは上手くできる。しかし慣れてくると途端に駄目になる。最初は純粋でひたむきで、目の前のことに集中している。だから往々にして上手くいく。ところが慣れてくると余計な事を考えるようになる。いわゆる雑念だ。だいたいパチンコとか麻雀とか、ギャンブルをするときによく言われるが、自分は外国語や旅行にしても同じだと信じている。
パブのドアをくぐると、中はもうけっこう混んでいた。ライブのある日は混むのだろう。店内に入ったとき、けっこう視線を感じた。やはりアジア人と白人がカップル(便宜上)で来るのは珍しいのだろうか。しかしその視線にしても、「何だこの妙なカップルは」というネガティヴな視線ではなく、「おやおや、これは珍しい組み合わせだな。一体どういういきさつなんだろう」という好奇と期待の入り混じった、暖かい視線だった。やはり人間同士、敵意や好意はたとえ無言でもわかるものである。
「すごい人だね」
「そうね。テーブルが空いてないから、あそこに行きましょうか」
セレステがカウンターの奥の端の方を指さした。そこだけ空いている。よし、と言ってすぐ移動。
いよいよ酒が入る。何もおかしなことは期待してはいなかった・・・というより期待しないように努めていたが、やはり少し緊張してしまう。“Anything happens” - 「何だって起こりうる」というフレーズが脳裏をよぎる。落ち着くんだ。
こちらの顔を見て寄ってきたバーマンに注文を出した。
「ギネス1パイント」
「私はハイネケン。パイントでね」
セレステはそう言うが早いか財布を出した。おごられる気は全くないようだ。これでちょっと気が楽になった。なお後日知ることだが、ニュージーランドのカップルは基本的には何でも折半する。男が女におごらなければならないという局面は基本的にはない。
さて、何を話してたんだっけ。
そう思った、その時だ。
それが、来た。
何の前触れもなかった。
それは明らかに、男の手だった。
ぞくり、と無数の虫が全身を超高速で駆け抜けるような感覚が貫いた。
人ごみの中、カウンターと正反対の方向に向いていた自分の尻・・・・・・・ジーパンに包まれた何の変哲もないこの尻を、突然、男の手が、鷲掴みにした。
(ぬがあっ)
そう心の中で叫ぶが、実際には何も言わない。叫びたくても叫べなかった。まるで金縛りにかかったようだった。誰だ、と反射的に思ったが、これも同じ事で、体が振り向こうとしない。本能が告げていた、気づかなかったことにしておけ、と。
「K、ギネス好き?」
そのセレステの声で我に返った。
「ああ、とても」と機械的に返事をしながら、まじまじと彼女の顔を見た。当然だが、彼女は何も気付いていない。ちょっと待て、「奴」は一体何を思ってあんな事を・・・よりによって女性と一緒に居る男の尻を掴むとは・・・まさかセレステに触るつもりで間違えたのか? いや、それはありえない。
掴みたいから、掴んだ。
触りたいから、触った。
恐怖が全身をひたひたにした。自分の住む世界とは全く別な次元の存在が、このすぐ近くにいる。
その後は言うまでもないがセレステとの会話ははずまなくなってしまった。彼女は今までどおり色々な話を出してくれたが、申し訳ない事にちゃんと聞ける精神状態ではなかった。だから最初のビールがなくなった時点で、帰ろうと言った。
ホステルのロビーで別れたとき、セレステは「楽しかったわ、ありがとう」と言ってくれた。それで癒された。ちなみにこの後、アイルランドでもニュージーランドでも彼女に再会することはなかった。
そして余談だが、日本に帰ってから電車内で痴漢を働くような奴は人間のクズの中のクズ、全員終身刑か死刑が妥当だと思うようになったのは言うまでもない。
2006/8/2 21:57
投稿者:管理人K
2006/8/2 1:00
投稿者:大山 正和
初めまして。たまたま、貴兄のところにたどり着きました。ついさっきまで、仕事をしていて、食事と共に少々拝見いたしました^^ なんとも素敵で、和む文章であり、体験でしょうか!とてもリラックスでき、幸せな気持ちです。有難うございました・・・・

初めまして。遅くまでお仕事、お疲れ様です。
嫌な体験でしたが、そんなに褒めていただくと書いた甲斐がありました。まさにブロガー冥利に尽きるというもの。こちらも幸せです。ありがとうございます。
今後も読まれた方が楽しく幸せな気分になれるようなものを書き続けたく思いますので、どうぞまたいらして下さい。
( ゚∀゚)ノ