2008/8/5  7:18

政治思想としての「武」  政治思想
「世界共和国へ」

かくして、「武」は「抑圧されたもの」が、いかにして社会に登場してくるかをあからさまに示している。しかるに、なだれを打つような「下剋上」(過剰流動性)の世界がそういつまでも続くものではないから、当然、そこで、「治国平天下」のために、しかるべき制度=システムの介入が要請される。とはいえ、そうした制度=システムもいつしか官僚化し、腐敗してくる。するとそこで、それにかわる新たなる制度はあらかじめそうした官僚化を防止するような技術を具えていなければならないということになり、価値増殖がそこにかかっている、まさに致命的な地点に「くじ引き」が導入される。いうまでもなく、それが『BROTHER』における「政治思想」である。同様に、『HANA-BI』における「政治思想」は「手で作られたものの」(マニュファクチュア)のアソシエーションがそこに編み出され、それを「家族的国家観」という支配的制度、すなわち「ネーション-ステート」に対抗させることにあるといえるし、『Dolls』では「ピンクの球」がその不可視の働きによって、カップルを暁の「宙吊り」にまで導き、「永遠平和」を喚起するというところに「武」が存している。

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