2008/10/16  7:52

沈黙の交差点  情報技術
アメリカの息子
KARATANIによって解明されたKITANO 15

ありていにいえば、タケチャンこと「武」は「アカ」である。であれば、「アカ」すなわちコミュニズムの浸透を阻止しようとするアメリカ合衆国の試みは「自然」であり、それは1989年以後あぶくと消えたのではなくて、むしろそれから以後、露骨となったのであり、いまだ執拗に継続されているのだということが忘れられてはならない。ことわっておくが、「アカ」すなわちコミュニズムの運動は、いわゆる「冷戦」終結以後にこそ、その真価を問われるものなのであり、かくして、そこから考えて明らかなのは「冷戦」時代における共産主義が、とどのつまり、資本と「協賛」するものでしかなかったという事実である。同じことは当然、現在の「左翼」、共産主義国家についてもいえる。1989年以後、「アカ」すなわちコミュニズムは資本と国家に対抗しながら、さらに付け加えておけば、いわゆる「第3世界」に出口を求めるというのでもない、第4極としての「それ」自身を世界にときおり明滅させるという、俄かには識別し難い「対抗運動」になったのだといってよい。
そんなわけで、アメリカはタケチャンこと「武」を好かない。というより我慢がならないというほうが適切である。アメリカにとっては、その「存在」そのものが許しがたいのだ。というのも、それが巨額の財政「赤」字などという厭なものを思い出させもするからだし、思い切り羽を伸ばして、消費を満喫し、気持ちよく拡張しているときに、あからさまに「金」として現れて、決済の時を告げてよこすからなのである。アメリカにとって、正確に言えば、世界にとって、その存在そのものが「不快」なのである。したがって、これまで、そうしたものは断固として斥けておいたのだが、2008年の現在、「それ」は容赦なく回帰を遂げてしまったというわけなのである。今にして思えば、「武」に対して、なにゆえアメリカが何気なく無関心を装う一方で、実のところは執拗に「抵抗」を示し続けてきたのであるかは明らかである。ずばり、「キタノはクールだ!」からなのである。「それ」が過熱を冷却するからなのである。
しかるに、占領時代に生まれ、通訳をやっていた18歳年上の兄が家に招いた黒人兵持参の缶詰で食いつないだという家庭に育ち(『孤独』 ロッキング・オン)、幼時には「アメリカさん」と渾名され(『時効』 同前)、野球に熱中しもした「武」とはまぎれもない「アメリカの息子」なのである。したがって、まさにそれゆえに、アメリカは「それは機能していない」だとか「おまえなんて偉くもなんともないよ」だとかいった、いつもながらのたわけた情報戦略(お手盛り概算)によって、頑なに「それ」を否認し続けてきたのだ、といってよい。とはいえ、まさにその「否認」それ自体が、タケチャンこと「武」の出所を明らかにしてしまうという具合であるから、アメリカとしてもたまったものではないのである。「それ」の「一瞬の出現」が、そこでアメリカの「懐疑」以外の一体なんでありえようか。アメリカはそこで「自分こそが世界」なのではなくて、自分もまた「球面」上にあるひとつの存在に過ぎないのだということを悟るのである。

コメントを書く

名前
メールアドレス
URL
コメント本文(1000文字まで)


RSS1.0